第58話 救いの手




 死祀の国では朝から慌ただしく人々が動き、エルヴィス大国第三王女であるシーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスの処刑の準備を進めていた。


 元々森林地帯であった場所を切り開き、木材や魔法で作り出した石を使った石材を利用して作られた死祀の国。

 素人同然の転生者達が建てた家々は所々が崩れていたり、不揃いな場所があったりと不便な家も多かった。

 【建造】というスキルを持つ転生者は居るが、それもたった一人でありスキルの使い方もなっていない為、しっかりと作られた家が少ないのだ。


 いつもは家の建設に集中している【建造】スキル持ちの転生者は、数日前から国の中央に掛かりっきりであった。

 そこには、石造りの処刑台が建設されている。

 処刑台は四方から階段で上れるように設計されていて、その高さは5m程あり遠くからでも処刑の姿がなるべく見えるように考えられていた。


 そして早朝、建設されていた処刑台は完成した。

 最終調整も終了し、後は執行人である転生者がシーラネルの首を切断するだけ。





 転生者達が慌ただしく準備を進める中、処刑対象であるシーラネルは、処刑台側にある石造りの小さな家屋で祈りを捧げて静かに過ごしていた。


「……」

「――こんな時まで、あの忌々しい女神に祈るとはな」


 祈るシーラネルに対して格子扉越し死祀の王、自らをプロメテウスと呼んだ男はそのドクロの仮面越しに悪態を吐く。

 そんなプロメテウスの言葉に、シーラネルは重ねていた手を解き祈りを止めた。そうしてシーラネルはゆっくりと立ち上がり、フラフラの体を前へ進ませて毅然とした態度でプロメテウスを睨みつけるのだった。


「そう睨んでも状況は変わらない。お前は今日、死ぬんだ」

「……いいえ、私は最後まで諦めません」


 プロメテウスの言葉にシーラネルは真っ直ぐとそう返事を返した。

 そんな彼女の態度が気に入らないのか、プロメテウスは不満げに鼻を鳴らして悪態を吐き続ける。


「……なぜだ? お前は今日確実に死ぬ事になる。これから処刑台に上り、お前は我々の目の前で首を落とされるのだ!」

「……私は諦めません、それに私は絶対に死にません」

「なぜそう言い切れる?」

「――助けが来る事を、信じているからです」


 シーラネルがそう言うとプロメテウスはしばしの沈黙の後、その肩を震わせて大きな笑い声を響かせた。 


「愚かな奴だ!! 少しは賢いと思っていたのだが、やはりまだまだ小娘だな。ありもしない助けに縋り続けるとは……」

「……助けは、必ず来ます」

「ッ!!」


 どれだけ馬鹿にされようとも、その意思を変える事なく同じ言葉を口にするシーラネルにプロメテウスは苛立ちを隠せず、格子扉を強く叩く。


「いいだろう……時期に処刑だ。それまで貴様は来ない助けを祈り続ける事だな!!」


 そう言い残して、プロメテウスは部屋の出口へと早足で歩いて行き、その扉を力強く閉じるのだった。


 残された地下室で、シーラネルは再び祈り始める。

 そうして頭の中に思い浮かべるのは、ファンカレアと邂逅した夜の出来事だった。


「……信じております」


 シーラネルはそう呟き握った手の力を更に強くする。

 その体は微かに震えており、閉じた瞳からは涙が流れていた。


「どうか……どうか……お救いください……」


 救いが来ると信じてはいるが、目の前にある恐怖から逃れる事は出来ない。

 シーラネルは、そんな恐怖に抗うように転生者達によって外へと連れて行かれるまでの時間を、直向きに祈り続けるのであった。















「同胞諸君!! ついにこの時が来た!!」

『おおおおおお!!』


 処刑台の上に立つプロメテウスの声に、それを処刑台の下から見ている転生者達が声を上げる。

 処刑台の下には死祀の属する全ての転生者が集まっていた。


「今こそ!! 我らをこの世界へと送り込んだ、あの忌々しい女神に報復する時だ!! その為にも……まずは哀れな生贄に登場してもらうとしよう!!」


 プロメテウスの声を合図に石造りの家屋の扉が開かれ、バンダナ男と眼帯男が姿を現す。そして、その後方には手枷に鎖を巻かれたシーラネルが、前を歩く二人に引っ張られる様にフラフラと足を進めていた。


「ほらっ早く歩けよ!!」

「ッ……」


 バンダナ男に鎖を強く引かれシーラネルはその顔を引きつらせる。

 前へと引かれる度に、体が軋むような痛みに襲われて手枷が嵌められた箇所は内出血を起こしていた。

 それでもバンダナ男はその手を緩めることなく、ズカズカと自分のペースで処刑台の階段を上り始めて……そして、とうとう階段を上り切って処刑台へとシーラネルを立たせる。


「さあ、生贄となる【神託】を持つ王女のご登場だ!!」

『わああああああ!!!!』


 シーラネルが処刑台の前方へと押し出されると、シーラネルの姿を見た転生者達は一斉に歓声を上げ始める。

 そんな転生者達の様子を見たシーラネルは、恐怖を感じて思わず後ろへ一歩下がった。


(こんなにも多くの転生者が……ファンカレア様……)


 シーラネルは胸の奥に抱えていた不安を大きくする。

 果たして、ファンカレアの言っていた救いは来るのだろうか……仮に来てくれたとして、この人数の転生者を相手に勝てるのだろうか……。


 そうしてシーラネルが不安を募らせている間にも、処刑の準備は着々と進んでいく。シーラネルは両膝を処刑台の床につかされ、母親譲りの桜色の髪を乱暴に掴まれて顔を地面へと向けさせられた。


 シーラネルはここに来て恐怖を抑えられずにはいられなくなる。

 体は大きく震え出し、そのシアンブルーの瞳には涙を溜めていた。



(怖い……体の震えが止まりません……でも、それでも……)

「……どうだ? 求めていた救いの手は差し伸べられたか?」


 右側から聞こえる揶揄う様な声にシーラネルが顔を向けると、そこにはプロメテウスがしゃがみ込んでいた。


「ふははははは!! どうした? 先程までの威勢が嘘の様ではないか?」


 プロメテウスは、シーラネルの涙を見て愉快そうに笑い声を上げてそうシーラネルに問いかける。

 シーラネルはその問いに答える事なく、その悔しさから顔を下へと向けるのだった。

 しかし、プロメテウスがそれを許さず頭を掴んでいたバンダナ男とその役割を変わってシーラネルの顔を前へと向けた。


「折角の泣き顔を何故隠すのだ? ほら、同胞達にも見せてやれ!! お前の絶望に塗れたその表情を!!」

(――ファンカレア様……ラン様……助けて……!!)


 せめてものの抵抗として、シーラネルはその瞳を閉じて歯を食いしばる。

 そうして心の中で、敬愛する女神の名を叫ぶのだった。






 その叫び声は、当然ながら誰にも聞こえることはない。



 現に、転生者達はその心の叫びに何も反応する事はなく、シーラネルを見世物の様に扱い続けている。







 だが、シーラネルのその叫びに応えるように……










―――パキッ。




――パキパキッ。





――ガシャンッ!!






 処刑台が建てられた広場の上空で何かが割れる音が響いた。









「ッ!? 何事だ!!」


 その音にプロメテウスは慌てて上空を睨みつける。

 視線の先にある上空。

 そこには、一つの人影が見えた。



 正確には、一つの大きな人影に小さな人影が重なってしまってそう見えるだけなのだが、それにプロメテウスが気づくのはもう少し後の事になる。



 そうして、上空に浮遊する人影は静かに処刑台を見下ろしている。

 背中と思わる部分には翼の様な影があり、それを使い浮遊しているのだとプロメテウスは瞬時に判断した。


「――ん? なんか今ガラスが割れる様な音がしなかったか?」

「おそらく結界か何か張ってあったのだろう、我らの力に耐える事が出来ずに砕けたのだ。脆い結界だな」


 距離が近づいていくにつれて、プロメテウスを含めた処刑台の上にいる人間はその人影から発せられる声を耳にする。

 プロメテウスはここでようやく影が二つある事に気づくのだった。


「ふーん……まあいいか。とりあえず……」


 男と思われる声の主がそう口にすると、人影の大きさが一瞬にして先程よりも小さくなった。


「ッ……気をつけろ!! 何が起こるかわから――」


 慌てるプロメテウスの声は、途中で途切れてしまう。


 何故ならば、プロメテウスは背後に移動していた人物によって殴り飛ばされ、処刑台から姿を消していたからだ。


「なッ!?」


 その一瞬の出来事にバンダナ男が驚愕し思わず声を上げる。

 殴り飛ばした当人である青年は、特にその声に反応する事もなく続けて右側に居た眼帯男へと足を進めるのだった。


「く、来るなァ!! 僕に近づくなァ!!!!」


 髪も服装も黒で統一された青年は、その口調を崩して怯える眼帯男の言葉を無視して眼帯男に近づいて行く。

 眼帯男は腰を抜かして後ずさりをするが、やがて端へと追いやられ逃げる事が出来なくなってしまった。


「ふっ……ふざけるなァ!! こうなったら、僕の能力で!!」


 そうして眼帯男はその瞳を赤く染め、シーラネルを護衛していた騎士たちの様に拘束しようと試みる。


「……ん?」

「ふはははは!! どうだ!? 僕のスキル【拘束】を喰らった感想は!! お前が何者かは知らないが、僕の拘束の前じゃあただの雑――」


 その動きを止めて首を傾げた青年を見て眼帯男は嬉々として語り出したが、その話の途中で青年に殴り飛ばされてしまった。


「なんか目が光ったら警戒してたけど……結局何をしたんだろう?」


 眼帯男が居たであろう場所を見つめて、青年はそう小さく呟いた。

 そうして後方へと振り返り、青年はバンダナ男へと視線を向ける。


「とりあえず、後はお前だけだな」

「くそがッ!! ぶっ殺してやる!!」


 青年の言葉にバンダナ男は怒りを露わにして腰に携帯していた双剣を鞘から抜き取る。そしてバンダナ男は、どこからか盗んだのであろう業物と思える二本の剣で、仲間を殴り飛ばした青年に斬りかかるのだった。


 しかし、それはあまりにも愚かな事である。

 何故ならば――


「喰らえぇ!!!!」



 パキンッ。



「……は?」

「これで最後っと」


 業物の剣よりも、青年の魔力装甲の方が頑丈だからだ。

 斬りかかった自分の剣が折れる様子を間抜けな声を出して見ていたバンダナ男は、無傷の青年によって同じく処刑台の下にいる転生者達目掛けて殴り飛ばれた。


 そうして、処刑台を見ていた転生者達がいる場所に三つの大きな穴を作った青年は、状況が飲み込めず混乱しているシーラネルの元へと歩き始める。


「ッ……」


 青年が近づくと、少しだけ怯える様な仕草を見せるシーラネルはその顔を上げることが出来ず、地面を見て体を震わせるのだった。

 そうして体を震わせるシーラネルを見た青年は、ゆっくりとしゃがみ込んでその目線を下へと下げる。


「君がシーラネルだね?」

「は、はい……」


 青年から発せられる優しい声音にシーラネルはその口を恐る恐る開いて、ゆっくりと視線を上へと向ける。


「間に合って良かった……君を助けに来たよ」

「あ、あなた様は一体……」


 未だ状況を飲み込めていないシーラネルは青年に対して何者なのかを聞いた。




 そして、シーラネルはその名前を聞くことになる。




「初めまして、シーラネル。俺の名前は――」




 それは、ファンカレアから聞いていた――待ち望んだ人物の名前だ。




「俺の名前は制空藍。あ、こっちの世界風に言えばラン・セイクウになるのかな?」

「ッ!?」

「よろしくね、シーラネル。改めて……君を助けに来たよ、もう大丈夫だ! 良く頑張った!」

「……ッ……わだし……不安で……本当に来るのがなっで……不安で……」


 優しく微笑み、青年はシーラネルの桜色の頭を軽く撫でる。

 その温もりに触れたシーラネルはとうとう我慢することが出来ず、年相応の子供らしい泣き声を上げた。



 こうしてシーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスは、制空藍との出会いを果たすのだった。

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