第57話 小さな違和感
死祀に属する転生者達を一掃する作戦が今日行われる。
迅速に対応できるように東の森で待機していた俺達は特に何もないまま夜明けを待ち続けていた。
そうして待ち続けて数時間後、薄暗い夜空は青く変わり始めて、周囲はその景色を明確に視認できるほどに明るくなっていく。
「……もう夜明けか」
「ええ、それにしても……あなたはこの子みたいに寝ないのね?」
俺が空を見て呟くと、正面に座るミラがそう聞いて来る。
その声に視線を前へ向けると、ミラは俺から向かって左に座るグラファルトの頭を右手で撫でていた。
グラファルトはその口元にお茶請けで出されていたクッキーの欠片を付けて、テーブルに頭を置き気持ちよさそうに眠っている。
どうやら、俺とミラが他愛もない話を繰り返している内に眠ってしまっていたようだ。
「気を失ったりしてたから、体は十分に休めてるんだと思う。特に眠くはないんだ」
「そう。まあ、あなたが元気ならそれでいいわ」
「……心配してくれてありがとう」
俺の事を心配してくれたミラにお礼を言い、俺は席を立つ。
「この辺りも明るくなって来たし、ちょっと歩いて来るよ」
「あまり遠くには行かないでね? 何か動きがあったら魔道具で連絡するわ」
ミラの言葉に頷いて、俺は森の中を散策しに行くことにした。
「……」
気温的には春に近いな。
陽が出てきたら少し厚手の長袖だと暑いかもしれないけど、風が適度に吹いていて心地良い。
そうして森の中を軽く散策していると、頭の中で俺を呼ぶ声が聞こえてくる。
(もしもーし)
(黒椿か、どうした?)
(んー? 一人でお散歩してる旦那様へ可愛いお嫁様からのラブコールってところかな?)
(……)
(えっまさかの無反応!? 流石の僕でも傷つくよ……)
思わず黙り込んでしまっていたら、黒椿は泣きそうな声で猛抗議してくきた。
そんな黒椿に申し訳なくなり、俺は謝罪の言葉を口にする。
(ごめんごめん、ちょっとびっくりしただけだから)
(ならいいけどぉ〜、全く、グラファルトとはあんなにイチャイチャしてたのにさ!!)
(イチャイチャって……見てたのかよ)
(見てたよ!! いや、正確には見ちゃったんだよ!! 僕は藍の守護精霊だよ!? 常に見守る為に見てたに決まってるでしょ!? 藍とグラファルトが真面目な話をしてて『うう、いい話だなぁ……』って思ってたらキスとか愛してるとか!! 歯をギリギリと鳴らしながら見つめてた僕の気持ちわかりますか!?)
おお……黒椿様がご立腹だ……。
そっか、この世界に来てからもちゃんと俺の事を見守っていてくれてるのか。
そう考えると有難いなと思うけど……途中で見るのを止めたりしなかったんだね……歯をギリギリと鳴らしてまで見続けたんだね君は。
(そんなになるなら見なければ良かったのに……というか、やっぱり俺の中から出て来れないのか?)
(出る事は出来るよ? 代わりに世界が滅ぶ事になると思うけど……良いかな?)
(これから世界救おうとしてる人間に対してなんて事を言うんだお前は……)
どうやら黒椿がフィエリティーゼへと姿を現せるようになるにはもう少し時間が掛かるらしい。
(今は藍の体の中にお邪魔して僕という存在を隠しているから大丈夫だけど、結局のところ僕は、この世界にとっては異物みたいなものだからね。今は藍の体を通じて少しづつ僕の魔力をこの世界に流してるところだから、この世界が僕の魔力を異物とみなさなくなるまでは、もう少し掛かるかなー……)
黒椿の説明はなんというか何となく理解は出来るけれど途中にわからない所があっていまいち全容を把握する事ができなかった。
(うーん……いまいち良く分かってないんだけど、今すぐ出ると世界が滅ぶってどういう原理なんだ?)
(他の世界ならそうはならないんだよ? 現にミラだって地球に行ったけど特に何も起こらなかったみたいだから。この世界が特別なんだよ)
(それって、ファンカレアが力を封印しているのと関係していたりするのか?)
俺が推測でそう答えると、黒椿は『良くわかったね』と言って愉快そうに笑った。
(この世界を創造した後、ファンカレアはその力のほとんどを封印してしまったから、今のファンカレアだと僕の力を世界に影響が出ないように抑える事が出来ないんだよ……だから、僕は藍の体を通して僕と言う存在の源である魔力を、影響が及ばない範囲で少しづつ流し続けてるんだ。そうして世界に僕という存在を慣らしていって、僕が現れても問題がないようにする為に)
(……それって、俺の【漆黒の略奪者】を使って何とかできないかな?)
(えっ?)
(いや、お前が出てきた時に【漆黒の略奪者】を使って魔力とかを奪えば、もしかしたら影響は小さくなっていくんじゃないかなって……安直な考えで申し訳ないけど)
正直、黒椿がいないのは寂しいと思う自分が居た。
こうして話が出来るようになっただけマシではあるが、10年前の突然の失踪がトラウマのようになっているのかもしれない。
(なんていうか、その……折角また再会出来たわけだし、早く出てこれる方法があるならそれに越したことはないだろ? 俺としても早く会いたいと思うし)
(……相変わらず優しいね、藍は。ありがとう)
黒椿は優しい声音で俺に感謝の言葉を伝えてくる。
そんな彼女の声に思わず顔が赤くなるのが分かった。
(でもごめんね。気持ちは嬉しいけど、それは出来ないと思う)
(そ、そうか……やっぱり【漆黒の略奪者】でも無理か)
(というより、今の藍には難しいって事なんだけどね)
(今の俺?)
黒椿の話では、俺はスキルを扱える様になってはいるが、それはまだまだ荒削りであり未熟なままなんだとか。
(今の藍には細かい調整は難しいかもしれないね、下手をしたら僕という存在を丸ごと奪っちゃうかもよ?)
(それは嫌だな)
(僕としても早く外に出たいよ……? 藍の事はすっごくすっごく心配してるからさ。でも、焦って事を進めると最悪の場合消えちゃうから……今は我慢だね)
(……まあ、危ない橋を渡らずとも少しだけ待てば安全に会えるなら、その方が良いよな)
俺がそういうと黒椿は『そう言う事』と返事をする。
(……まぁ、対策はちゃんとしたし)
(ん? 何か言ったか?)
(なんでもないよ! それよりも、そろそろ戻った方が良いんじゃない?)
(あー、確かに……もう戻っておくか)
空を見るともう陽が昇ろうとしている所だった。
魔道具には特に反応がないしまだ大丈夫だとは思うけど、一応戻っておいた方がいいな。
(ふっふっふっ! それじゃあ戻るまでの道のりはこの黒椿ちゃんが話し相手になろうじゃないか!!)
元気な黒椿の声が頭の中で響く。
こうして、俺は黒椿の声を聞きながら――懐かしく感じる東の森を歩き始めるのだった。
「――あれ、俺いま……一体何を……」
(ん? どうしたの?)
俺が足を止めてそう言うと、黒椿は不思議そうにそう訪ねてくる。
いま、俺は一体何を考えていたんだろうか……。
東の森なんて、歩いた事はないはずなのに。
「……ま、いっか」
(藍……?)
(……いや、なんでもないよ)
考えても結局理由はわからないままで、俺は答えを探す事を諦めて黒椿との会話に集中する事にした。
森を散策している時に感じていた違和感は、黒椿と話している内に消えて俺は無事にミラ達と合流する事ができた。
まあ、自分が寝ている間に勝手に散策に出かけていた俺に対して、グラファルトは若干不満そうにしていたけど……。
そうして三人で最終確認を済ませて話し込んでいる内に陽は上へと昇り続けて、燦々とした光が世界を照らし始める。
そして……。
『――王女様、外に出た』
作戦の始まりを合図する様に……そんなリィシアの声が魔道具から聞こえてきた。
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本編として組み込むかどうか悩んでいたのですが、結局入れる事にしました。
一応、本編に関係のある部分ではあります。
次回から二章も佳境へ……。
あ、二章が終わっても藍くんと恋人達の物語はまだまだ続きますよ!
これからも本作を是非是非お楽しみください。
炬燵猫
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