第55話 夜明けに備えて



「――ディルク王、本当に申し訳ございません」


 謁見の間で、俺はディルク王に土下座をして謝罪した。

 それは白色の世界でミラから王女様が攫われたという話を聞いた時から……いや、もっと前、ファンカレアから転生者達の話を聞いた時から決めていた事だ。


「顔を上げろ! お前は何も悪くないではないか!?」

「良いんだ、グラファルト」

「良くない!! お前が謝る必要などないのだ!!」


 俺が深々と頭を下げていると、グラファルトの声と共に肩に小さな手が掛かる。

 しかし、俺は持ち上げようとする手に抵抗してその体を上げようとはしなかった。


 そうしてグラファルトに抵抗していると、隣に立つフィオラから声を掛けられる。その声は何処か困惑している様な……理解できないと言わんばかりの声だった。


「私にも貴方が謝る理由が分かりません……何故、貴方はディルク王に頭を下げるのですか?」

「……確かに俺は何もしていない。本当なら謝る必要もないのかもしれない。でもなフィオラ、俺は死祀と同じ転生者であり、死祀と同じ地球人なんだ」


 俺が直接関わっていないとしても、それでも……同郷の者がこの世界で迷惑を掛けている事に変わりはない。


「だからこそ俺は謝罪をするんだ。必要がないとか、そういうのに関係なく……自己満足かもしれないけど、それでも俺が心から申し訳ないと思っているから謝るんだ」


 そうして、ディルク王の方へと顔を向けて、もう一度深く頭を下げる。


「ディルク王、同郷の者が迷惑を掛けて本当に申し訳ない。これは許しを請う為の謝罪ではなく、俺自身のけじめとしての謝罪だ」

「……」


 ディルク王は何も言わない。

 しかし、正面から誰かが近づいて来るのは足音で分かっていた。


……ディルク王の転生者への怒りは計り知れないモノだろう。

 俺は一発や二発くらい殴られても仕方がないと思っている。


「――面を上げよ」

「……え?」


 ディルク王の言葉にゆっくりとした動作で顔を上げる。

 そして、上げた先にあるディルク王の顔を見て……俺は思わず声を漏らした。

 目の前に立つディルク王、その顔には怒りの感情など一切なく――とても穏やかな笑みを浮かべていた。


「其方の謝罪はちゃんと受け取った。だからもう良い」

「……どうして、怒らないんだ? 俺は死祀と同じ転生者だぞ?」

「――ラン・セイクウ……確かに其方は、余の娘であるシーラネルを攫ったあの者たちと同じ転生者なのであろう。だがな……」


 そこで一度ディルク王は言葉を止めて大きく息を吸い込んだ。


「見くびるな!!!!」

「ッ!?」

「お前に感謝することはあれど、理不尽な恨みをぶつける様な事は断じてしない!! 娘が窮地に立たされていようとも、このディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスは、罪なき者を責める様な愚か者ではないわ!!」


 その声は謁見の間にて響き渡る。

 ディルク王の叫びに自分の体が震えているのがわかった。


 最初の挨拶とは全く違う言葉遣いだけど、何故だかこちらの方がディルク王にしっくり来る。

 もしかしたらこれがディルク王の素の言葉遣いなのかもしれないな。


 ディルク王の声が止んで、謁見の間には再び静寂が戻って来る。

 そうして訪れた静寂の中、ディルク王は座る俺の前に膝を着き同じ体制を取っている。

 異世界の人にとって正座は厳しいんじゃないかと思ったが、ディルク王は綺麗な所作で正座を作った。


「急に声を張り上げてすまなかった」

「い、いや……驚いたけど、大丈夫」

「……ランの謝罪はしかと受け取った。次は、こちらの番だ」

「こちらの番って――ッ!! ディルク王!?」


 ディルク王は目の前で俺に頭を下げる。

 そして、震える声を振り絞り俺に心から願うのだった。


「頼む……!! どうか、どうか私の娘を救って欲しい……!!」


 床に着けている両手は拳を握り震えるほどに強く握られている。


「とても優しい子なんだ……家族である私たちの宝なんだ……!! 部外者であるランに残酷な行為をさせようとしている事も重々理解している、だが……私が頼れるのは、もうお前しか居ないのだ……ッ!!」


 そこにはどれ程の思いが込められているのか、俺には正直わからない。

 子供なんていないし、攫われるなんて事も経験した事はないから。


 でも、もしも自分の大切な人が同じ状況に陥ってしまって、自分にはどうする事もできなくて……そんな時、僅かでも希望の光が差し込んだとしたら。

 それが例えどんなに細い光であっても、俺はきっと求めてしまうと思う。


「私はどうなっても構わない……望むのならこの命も差しだそう。だから、どうか……」

「顔を上げてくれ、ディルク王」

「……」

「大丈夫だ!! 貴方の娘は、俺が絶対に助け出すから!!」


 ディルク王の肩を掴み、俺は声を張り上げる。


「ッ……」


 きっと、長い時間眠れていないんだろう。

 もしかしたら、食事すら喉を通らないのかもしれない。

 そう思える程に衰弱し、やつれてしまっているディルク王に俺ははっきりとした声で語り続けた。


「部外者なんかじゃない。俺は死祀の同郷で同じ転生者だ。同胞の犯した罪は、同胞が償わないとな……フィエリティーゼに降り立つ前に、もう決めていたんだ」

「……」

「明日には王女様を連れてちゃんと戻ってくるから!! だから、ディルク王はそれまでにしっかりと休んでくれ。そんな顔だと、戻ってきた王女様に心配されるぞ?」


 ディルク王の肩を一度だけ叩き、俺は笑ってそう言った。


「そうだな……折角の再会にこの有様では、シーラネルを不安がらせてしまうか……」

「そうだよ、だから後は任せて――ッと!?」

「ディルク様!!」

「王よ!!」


 話の途中でディルク王の体が前へと倒れてきて、咄嗟にその体を支える。

 その様子を玉座の後ろで見ていた二人が、慌ててこちらへと駆け寄ってきた。


「えっと、どうすれば?」

「……どうやら気を失っているようです。ディルク様はこちらで介抱致しますので、後の事は我々にお任せください」


 目を閉じたまま動かなくなったディルク王を駆け寄ってきた二人の内の一人に預ける。

 どうやら気絶しているだけの様なので、俺はディルク王を抱える執事さんらしき人の言葉に頷き立ち上がった。


……本当に眠れていなかったんだろうな。

 ディルク王の為にも、さっさと王女様を救いに行かないと。


 心の中でそう思いながら俺は後ろに振り返り、グラファルトと六色の魔女達の顔を見て声を掛ける。


「それじゃあ、明日に向けて俺は何をしたらいいのか――その詳細を教えてくれ」

「……わかりました。ですが、もう時間もありませんので、先に東の森へと移動しましょう」


 フィオラはそう言うと再び転移用の空間を作り出し、俺達に入るように促す。

 そうして俺達は白い空間へと足を踏み入れ、謁見の間を後にした。


















 転移先はまたもや暗い森の中だった。

 俺が周囲をキョロキョロとしていると、リィシアはすぐさま精霊の力を借りて周囲を明るくしようとしてくれたが、それをミラが制止した。


「ダメよ、リィシア」

「どうして?」

「死祀の国の近くだから、なるべく相手を刺激しないようにしないといけないの。ここで大人しくしていれば、あの子も月明かりに慣れて見えるようになるわ」

「……わかった」


 ミラの言葉に頷いて、リィシアは精霊を呼ぶのを止めた。


 どうやら今いる場所は死祀の国の直ぐ側らしく、その為なるべく気づかれない様にしたいのだとか。

 幸いな事に、最初に儀式の間から転移した森よりは鬱蒼としていない為、慣れない視界の中でも月明かりでぼんやりと姿を見る事が出来るから、精霊の光がなくても問題はなさそうだ。




「さて、それでは今回の作戦について詳細をお話しします」

「とは言ってもやること自体は少ないんだよね〜!」


 フィオラの声にアーシェの楽しげな声が続く。

 そうして俺は、今回の作戦についての詳細を知ることが出来た。


 一、リィシアの【精霊眼】を使い夜明けと共に死祀の国の監視を行う。

 二、リィシアがシーラネル王女の姿を確認できたら、俺とグラファルトは死祀の国の上空へと転移する。

 三、シーラネル王女を発見次第、グラファルトに救出してもらいフィオラの元へと届けてもらう。

 四、グラファルトがフィオラの元へ転移を終えたタイミングで、魔女六人による大型結界魔法”六色封印”を発動して死祀の国全体を囲む。

 五、俺が【漆黒の略奪者】を使い転生者たちを一網打尽にする。


 大まかな流れはこんな感じになるらしい。


「”六色封印”って言うのをする理由は?」

「転生者達の逃亡対策よ」


 俺の言葉にミラはそう言って説明してくれる。


「今回の目的は死祀に属する転生者達を一掃する事だから、逃げられると面倒なのよ。ちなみに、ファンカレアに死祀の転生者達のことは監視してもらっているから今は全員もれなく死祀の国に居るわよ」

「なるほど……そもそもの疑問なんだけど、”六色封印”なんてすごい魔法があるなら俺が居なくてもなんとかなったんじゃ……」

「残念だけれどそれは無理なのよ。”六色封印”って以外と面倒なのよね、必ず六人が結界の外で囲むように立っていないといけないから、私も結界が発動している間は身動きが取れないし……。それだと王女様を救う事は出来ないしょう?」


 まあ、そんなに上手い話はないって事か。

 ミラの説明を受けて納得した俺は、ミラと細かな内容を説明してくれたフィオラにお礼を言い、この後の予定について聞いてみた。


「そうですね……夜明けまで後三時間と言った所でしょうか? 私たちはそれぞれの持ち場へと転移しますが、ランくんはグラファルトと共にミラスティアが居るこの場で休んでいてください。何か動きがあれば通信用の魔道具で知らせますので」


 フィオラは俺に一つの水晶を渡す。

 どうやらこの水晶が通信用の魔道具になっているらしい。


「それねー、ロゼが作ったのー」

「そうなの!?」


 俺が水晶を眺めていると、水晶の横からひょこっとロゼが顔を出す。

 正直、フラフラとして眠そうなロゼがこういう道具を作ったりしている姿が想像できないんだが……。


 俺がそんな事を考えていると、ロゼを支える様に後ろに立つライナが話し出した。


「ロゼ姉さんはこう見えて魔道具作りの先導者なんだよ。この世界に伝わる魔道具のほとんどはロゼ姉さんが作った物をアレンジしたり複製したりしているだけだからね」

「そ、そうなんだ……凄いなロゼ……」

「えっへん

、ロゼすごーい」


 月並みな言葉になってしまったが、俺がロゼを褒めるとロゼは両手を腰へと持って行き胸を張って満足そうに頷いている。

 胸を張り威張りん坊のポーズをするロゼの頭を軽く撫でていると、フィオラが全員に向かって声を掛けた。


「さあ、長きに渡るこの惨劇に終止符を打つ時です。各自、持ち場へ移動しましょう」


 その声を合図に、ミラを除いた五人の魔女達は自らの魔力で作り出した転移空間へと足を踏み入れる。


「それじゃあランくん! また後でねっ!!」

「ああ、また後で!」


 一番最初にアーシェが氷の空間を殴りながら無理やり広げて入って行った。

 いや、大人しく広がり終わるのを待とうよ……。


「……またね、お兄ちゃん」

「ああ、またねリィシアって……お兄ちゃん?」


 リィシアはそう言うと紫色のウサギで口元を隠して、慌てて若葉が舞う空間へと入ってしまった。

 おかしいな……いつの間にお兄ちゃんになったのだろうか……。

 本人には言えないけど、どちらかと言えば年齢的にリィシアの方がお姉ちゃんだと思うよ……。


「それじゃあ、僕たちもそろそろ行こうか?」

「そうだねー、ロゼー寝ない様にしないとー……」


 ライナは眠そうに目を擦るロゼを炎の空間へと入れると、自分も閃光の空間へと入り俺に手を振りその姿を消した。


 そうして、残るはフィオラとなった訳だが。


「……」

「……どうしたの?」


 フィオラは俺の方をじっと見つめた後、ゆっくりと首を横に振り「なんでもない」と口にする。


「すみません、気にしないでください」

「……?」

「この件が片付いた後、私の国を観光しましょう。その際、私が案内をさせて頂きます」

「あ、ありがとう?」


 なんで急にそんな話を?


 俺が感謝の言葉を伝えると、フィオラは俺の耳元まで近づいて……そして、小さく呟いた。


「ごめんなさい……どうか、どうか無理だけはしないでくださいね」

「それってどういう……」


 俺が言い終わる前に、フィオラは悲しげに微笑み白い空間へと駆けて行った。


「……あの子なりに責任を感じているのよ」

「責任?」


 フィオラの声が聞こえていたのか、白い空間が消えた後でミラは俺にそう話した。


「結果的に、外の世界からやって来たあなたに全てを押し付けてしまう形になってしまったから、あの子としては思うところがあるのよ」

「……」

「私としても、折角フィエリティーゼに転生したのだから、過酷なのは今日で終わらせて後は楽しく過ごして欲しいわ」


 ミラはそう言うと俺の背中を軽く叩いて前へと歩き出す。

 そうしていつものテーブルセットを出して見慣れた仕草で紅茶を嗜むのだった。


 五人が持ち場へ転移した後、この場に残るのは俺とミラとグラファルトの三人だけとなり、俺たちはミラが用意したテーブル席に着いて夜明けまでの三時間を静かに待ち続ける。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る