第54話 闇夜の謁見
真夜中の泉の畔で、俺とグラファルトは特に話しをする事なく二人で泉を見ていた。
先程までの少しだけしんみりとした雰囲気はなくなり、お互いに心の距離が一気に近づいたのは良いんだけど……。
「……」
「ッ!? ……~~ッ」
俺がグラファルトを横目に見ると、グラファルトもこちらを見ていた様で目が合った。そしてグラファルトは俺と目が合うと、顔を真っ赤にして抱えていた膝元に顔をうずくめてしまう。
「……グラファルト」
「……ち、違うのだ」
「まだ何も言ってないけど……」
このやり取りをかれこれ四回は続けている。
先程の余裕のある大人な雰囲気は完全に抜け落ちて、今はその小さな体をこれでもかと縮こませている。
「……あ、あのな」
「うん?」
どうしたものかと胡坐を組んでいる自分の足首を掴み上を見上げていると、グラファルトの籠った声が聞こえ来た。
俺が返事をすると、グラファルトはゆっくりと話し始める。
体勢は変わることなく、顔もうずくめたままだけど。
「本当はな? あの時、口付けなどしようとは思っていなかったのだ……それどころか、あ、愛しているなど……」
「えっと、つまり本心ではないって事――「違う!」――ッ」
俺の言葉を遮りグラファルトは大きな声で否定した。
「……お前の事を想う気持ちに嘘偽りはない。先の告白は……紛れもない我の本心だ」
「そ、そっか」
良かった……。
自分で言っておいてなんだけど、”本心ではない”なんて言われたらどうしようかと思った。
「じゃあ、思ってもいなかったのにしてしまったのは一体……」
「そ、それは……」
グラファルトはそこで言葉を止めてしまう。
俺は特に急かすことなく、そのままグラファルトが話し始めるのを待っていた。
そうしてしばしの沈黙の後、グラファルトはポツリと一言呟いた。
「――わからないのだ」
「わからない?」
「あの時、藍を涙を見た瞬間どうしようもなく胸が苦しくなったのだ。だがそれは別に悲しいわけではなく、寧ろお前の事がたまらなく愛おしくて、感情が昂ぶってしまって……それで、気づけばあの様な……。本当はもう少し先の予定だったのだ! 人間で言う恋人となって直ぐに愛しているなどと、そんなの可笑しいと思われると思ったから……もう少しタイミングを見て数年の時を過ごしてからお前に愛を伝えよと思っていた! それどころか口付けなど」
「落ち着けグラファルト!!」
「ひゃ!?」
ダムが決壊したかのごとく捲し立てるグラファルトの肩を掴み俺が止めると、グラファルトは体を強張らせてうずくめた顔を上げた。
そうして俺の顔を見て、涙目になりながら顔を赤らめて謝罪を口にする。
「す、すまない……」
「謝らなくていいよ。それにさ、俺は嬉しかったよ」
今にも溢れそうな涙を拭った後、俺はグラファルトの頭を優しく撫でた。
グラファルトは特に嫌がる事なく、そのまま撫でられている。
「グラファルトが言う様に、俺は多分いっぱいいっぱいだったんだと思う。急に異世界に来て何をするのかと思えば、同郷の人間が異世界に迷惑をかけているから対処しなくちゃいけない。俺はこれから同郷である転生者の先輩達を殺すんだ。そう考えたら色々と考えちゃって……一人で悩んでた」
「……」
「だからさ、グラファルトの言葉には本当に救われたんだ。一人で抱え込まなくていいんだって……そう思えたんだ」
色々な責任が伸し掛かり今にも潰れそうな心を、グラファルトが隣で支えてくれた。
「愛しているって言われて、俺の隣に居てくれるってわかって、本当に嬉しかった。ありがとう」
「うぅ……」
俺が感謝を伝えると、グラファルトは恥ずかしくなったのかまた顔を膝にうずくめてしまった。
でも、先ほどとは違いその小さな体を俺の方へと寄せてぴったりとくっついて来る。
そんな可愛らしいグラファルトの頭を、泉を見ながら俺は撫で続けるのだった。
グラファルトとの会話を終えて、顔を洗った俺達は六人の魔女達の元へ向かう。
俺が声を掛けると一番手前に居たミラがそれに気づいてこちらへと近づいて来た。
「おかえりなさい、もう少し休んでいてもいいのよ?」
「ただいま、もう十分休んだから大丈夫だよ」
ミラの言葉にそう返事をすると、ミラは俺の顔を見て首を傾げた後、右手で俺の頬へと触れて目の下を親指で撫で始めた。
結構洗ったんだけど、やっぱり泣いた痕が残っていたらしい。
「あらあら、一体誰に泣かされたのかしら……」
「ッ!? ち、違うぞ!? いや、確かに泣かせてしまったのは我だが……いじめたわけではないぞ!?」
「本当かしらねぇ……」
「藍!! お前からも言ってやってくれ!! というより助けてくれ!!」
訝しげに見つめるミラに弁解をしていたグラファルトは青ざめた顔をこちらに向けて助けを求める。
流石にこのままだとグラファルトが可哀そうだと思い、俺はミラにいじめられていた訳ではない事を説明して納得してもらった。
最後は慌ただしくなってしまったが、無事休息を終えて皆と合流した俺たちはこれから向かうエルヴィス大国の話を始める。
説明役はエルヴィス大国の建国者であるというフィオラが受け持ってくれた。
どうやらこの世界には六色の魔女がそれぞれ建国した五つの国があるらしい。
なぜ六つではなく五つなのかを聞くと、『私は国王なんて面倒だと思ったから国を作らなかったのよ』とミラが答えてくれた。
でも、その時の六人の空気に少しだけ違和感を感じたのはなんだったんだろう……。もしかしたら、言いたくはない他の理由があるのかもしれないな。
特に無理に聞くような事はせず、俺はミラの言葉に納得する事にして、これから行くエルヴィス大国についてフィオラから説明してもらう。
「現在、エルヴィス大国の国王であるディルクは謁見の間にて待機しています」
「王様か……」
「ふふっ……ランくん、そんなに不安がらなくても大丈夫ですよ? ディルク王には既に説明をしてありますし、公式の謁見ではありませんから変に畏まる必要もありません」
どうやら態度に出ていたらしい……。
俺が不安に思っているのを察したフィオラは優しく微笑んだ後にそう付け加えた。
良かった。
てっきり大勢の前で話すのかと思ってたけど、それなら安心だな……。
フィオラは俺が安堵しているのを確認し終えると、止めていた説明を再開する。
説明によると、転移先である謁見の間にて国王との顔合わせをして、顔合わせを終えたら直ぐに死祀の国近くの森へと移動する運びとなっているらしい。
「五日後に公開処刑を行うのは分かっているのですが、正確な時刻までは把握できていないのです。ですので、直ぐ近くで待機をして何か動きがあれば迅速に行動できるようにして欲しいのですが、問題ありませんか?」
「俺は大丈夫。グラファルトは?」
「我もそれで構わん」
俺とグラファルトの返事を聞いたフィオラは頷き、白い魔力を外へと解放する。
「では、細かい打ち合わせは一先ず後へと回して、早速転移するとしましょう。ディルク王をこれ以上待たせるのは心が痛みますので」
フィオラはそう言うと誰もいない空間へと右手を翳し、そこへ白い魔力を収束させる。
集まった魔力は空間を歪め、闇夜に煌めく星々のように広がり始めた。
そうして人が通れるくらいに広がった空間へ、フィオラは足を進めていく。
「この先は謁見の間へと繋がっています、さあ……行きましょう」
フィオラに誘導され、俺たちは白い空間の中へと入る。
眩い光に包まれること数秒で視界は開けていき、薄暗い森の中だった周囲はガラリとその姿を変えた。
石造りの壁に囲われた広い空間。
床の中央には深紅の絨毯が道を示すように奥へと伸びている。
そうして絨毯を辿るように視線を奥へと向けると……そこには一人の男が豪華な椅子へと腰掛けていた。
「お待たせしましたね、ディルク王」
「フィオラ様、其の者が……そうなのですね?」
ディルク王と呼ばれた男がこちらへと視線を向けてくる。視線はディルク王だけではなく、その後方に控えている二人からも感じだ。
俺はゆっくりと前へと歩き、フィオラの隣へと立つ。
「お初にお目にかかる、ミラスティア様の血を継ぐ転生者よ。我が名はディルク、ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスだ。このエルヴィス大国の国王をしている」
「丁寧なご挨拶をありがとうございます。お――私の名前は制空藍と申します。名前が藍で、家名が制空です」
ディルク王は姿勢を正し、堂々とした口調で俺に名を語る。
その圧倒的な存在感に、俺は慣れないながらも丁寧な口調を意識して挨拶を返した。
俺が挨拶を終えると、ディルク王は優しい口調で声を掛けてくる。
「ランと呼んでも構わぬか?」
「は、はい」
「うむ、ではラン。その様な堅苦しい言葉遣いをしなくても良い」
「え、でも……」
流石に国王様に対してそれはまずいんじゃないか?
王とは国の頂点に立つ存在だ。
そんな人物にフランクな話し方をしてはこの国の人たちに示しがつかないんじゃ……。
「其方の事はフィオラ様とミラスティア様から聞いている。ここは公の場ではないのだ、其方の話しやすい言葉遣いで構わぬ。我の事もディルクと呼ぶが良い」
どうすればいいか……。
隣に立つフィオラを見ると、フィオラはこちらを見て一度小さく頷いた。
「ディルク王が許しているのです、ここは提案を受け入れましょう」
「……わかった」
フィオラの言葉に頷き返し、俺はディルク王に顔を向ける。
「それじゃあ、改めてよろしく。でも流石に呼び捨てには出来ないから呼び方はディルク王で大丈夫か?」
「うむ、それで構わぬ」
俺の言葉にディルク王は満足したのか口角を上げてその顔に笑みを浮かべた。
こうして、エルヴィス大国の国王であるディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスとの謁見は始まりを迎えたのだ。
(……さて、私の心配はどうやら杞憂で終わりそうだな)
謁見の間に在る玉座にて、国王であるディルクは心の中でそう呟いた。
自らの娘であるシーラネルを救える存在、それは奇しくもシーラネルを攫った者と同じ転生者だった。
果たして、どの様な人物が現れるのか。
もし、死祀の様な考えを持つ者だったとしたら……そんな不安を抱えながら、ディルクは玉座にて転生者の来訪を待つ。
そうして現れた青年は……話に聞いていた通りの若者だった。
自らの挨拶に丁寧に返事をして節度を持った態度で接する青年に、ディルクは心からの安堵をした。
互いの自己紹介が終わり、ディルクは藍に声を掛ける。
「ランよ、本当ならばシーラネルを救い出してくれる其方に余の家族を紹介しておきたいと思うのだが……。妻のマァレルは床に臥せて居てな、息子と娘二人も妻に付き添っていて、碌に睡眠も取れていないのだ。この場に呼ぶ事は出来ればいまは避けたい」
「無理に呼ぶ必要はないよ。自分たちの体の方を大事にして欲しい」
「其方の気遣い感謝する。だが、この件が片付いたら出来れば一目会ってやって欲しい」
ディルクがそう言うと、藍は「わかった」と言って頷いた。
こうして挨拶を終えたディルクは早速本題に移ろうと口を開くが、それよりも先に藍がディルクに声を掛ける。
「ディルク王、俺は貴方に言わなければいけない事がある」
「……聞こう」
藍の言葉に、謁見の間の空気は一気に重くなる。
それは、六色の魔女達やグラファルトでさえも聞かされていなかった事であったからだ。
故に、ディルクだけではなくその場にいる全員が藍の言葉を固唾を飲んで待っていた。
しかし、藍は全員の予想を大きく外す行動に出る。
『ッ!?』
「何をしておるのだ藍!!」
謁見の間にグラファルトの叫びが木霊する。
グラファルト以外の全員は藍の行動に驚き、そして困惑していた。
シーラネルを救い出し、死祀の暴走を止めるために来訪した転生者。
漆黒の略奪者、制空藍は……。
「ディルク王、本当に申し訳ございません」
――その場で正座を作り、その頭を下げたのだ。
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