第53話 はんぶんこ



 俺と五人の魔女達は自己紹介を終えた後、ミラとグラファルトが居るテーブル席へと向かった。

 そうして辿り着いたテーブル席で、椅子へと腰掛け紅茶を飲んでいるミラと目が合い、俺を見たミラは物珍しいものを見るような目をして声を掛けて来る。


「……随分と懐かれている様だけれど、一体何をしたのかしら?」

「……それは俺が一番知りたいよ」

「……」


 俺とミラはそこで話を区切り、同時に下へと視線を向ける。

 そこには、俺の腰にしがみつく新緑の魔女の姿がった。


「あ、あのさリィシア。そろそろ離して――「いや」……なんで?」

「――放っておけ、藍。新緑の娘は精霊を通して魔力を鋭く感知することが出来るのだ。大方、お前の魔力の質が常闇に似ているから懐いておるのだろう」


 俺がリィシアの扱いに困り果てていると手前に座るミラスティアの正面、そこで棒状のチョコ菓子を食べているグラファルトは手に持っていたチョコ菓子をこちらに向けてそう言った。


 おい、何で地球にあった菓子が此処に……ってそんなのミラ以外にありえないか……。


「俺の魔力の質が似ている?」

「早い話、肉体は再構築されているがその魂までは作り直されていない。新緑の娘はその魂に宿る魔力から、その人物がどのような人間なのか判断できるという訳だ」

「それで、孫である俺はその魂に宿る魔力の性質がミラの魔力と似ていると……」

「そう言う事だ。新緑の娘は常闇に特に懐いておったからな、常闇に似ているお前の事を気に入っておるのだろう」


 そう言われると無理やり離すなんてことは出来ないよな……。

 腰に顔を埋めてグリグリと擦りつけて来るリィシアの頭を撫でて、俺は仕方がないと思い放置することにした。


 そうして、リィシアの頭を撫でていると後方に立っていたフィオラはミラへと近づいて声を掛ける。

 どうやら、そろそろ森を移動するのだとか。


「ミラスティア、私たちの顔合わせも終わりました。早速で申し訳ないのですが王宮へと転移しましょう」

「そうね、もうになっているだろうし」

「ええ、ですのでこれ以上待たせる訳には――「ちょっと待って!」……どうしました?」

「――今って、朝だよね?」


 思わず二人の会話に割って入る。

 え、聞き間違いじゃなければ、いま”真夜中”って言った?


 それは、俺にとっては信じがたい事実であった。

 だって、俺がいるこの森は――温かみのある陽に照らされた青空の広がる場所なのだから。


 俺の言葉を聞いた二人は首を横に振り否定する。

 そして、ミラは思い出したかのように説明を始めるのであった。


「そう言えば何も教えていなかったわね。そうね……とりあえず、この”幻影魔法”は解除するわね?」


 ミラが右手で指を鳴らすと先程までこの場所を照らしていた太陽も、広がり続ける青空も姿を消し、辺りは暗い闇へと様子を変える。

 うわ……嘘だろ? 魔法ってなんでもありなんだな……。


「これが現実の時間よ。こんなに周囲が暗かったら自己紹介も碌に出来ないと思ってね、この周囲の空間だけ”幻影魔法”を使って明るくしていたのよ」

「な、なるほど……。さっきまで明るい場所に居たから目が……」

「……”精霊よ――我らに光の祝福を”」


 それは、俺にしがみつくリィシアの声と共に現れた。

 周囲に小さな光の球体が幾つも現れて一つ一つがその光で辺りを照らし出している。

 口にした文章からして、この光が精霊なのかな?


 俺がそんな事を考えながら視線をリィシアへ向けると、精霊によって照らされた彼女の顔は俺と目が合うと少しだけ赤くなった。


「……精霊にお願いした、明るくしてって」

「えっと……?」

「困ってたから……これで、見える?」


 なるほど、俺の為に精霊を呼んでくれたか。


「……ありがとう、リィシア」

「……むふ」


 リィシアに感謝を伝えてその頭を優しく撫でていると、リィシアは満足そうに声を漏らす。


 そうして精霊が光を灯す夜の森で、話はこれからの事へと移るのだった。









 この世界で、俺が最初にやらなければならない事。


 それは、転生者達の抹殺だ。

 いや、転生者達に攫われた王女様の救出だっけ?

 まあ、どちらにしても同じだ。


 どうやら暴徒と化した転生者達は、フィエリティーゼの東側に”死祀”という名の国を建国しているらしい。

 死祀の国には転生者達しか住んでおらず、その目的は”自分たちを勝手に転生させた女神への復讐”という、なんとも子供染みた理由であった。

 そもそも、死祀の人間は大事なことを忘れているのだ。


 いや、正確には自分の状況を飲み込めずに聞き逃していたのかもしれない。


 白色の世界でファンカレアと出会った時に説明されたこと。

 それは、地球で現在起こっている厄災と言う名の逃れられない悲劇の話。

 周期的に訪れると言う厄災に見舞われている地球では多くの魂がその居場所をなくして彷徨い続けていた。

 彷徨い続けた魂は、いずれその存在を保つことが出来ず消滅してしまう。


 困り果てた地球の管理者であったが、そこで予期せぬ好機が訪れる。それは、フィエリティーゼの女神であるファンカレアから出されたとある提案であった。


 ”こちらの世界に召喚された蓮太郎と、そのパートナーであるミラスティア・イル・アルヴィスをそちらの世界へ送りたい”


 地球の管理者はこのチャンスを逃すまいと、ファンカレアへ彷徨える魂の受け入れを要請した。

 ファンカレアはそれを承諾し、こうして……存在が消滅するはずであった彷徨える魂たちは、フィエリティーゼという新たな世界で第二の人生を送る権利を与えられた。


 しかし、幸か不幸かファンカレアはせめてもの配慮として転生者達が苦労をしないように、前世の記憶を残したままフィエリティーゼへと転生させてしまう。

 そうして、地球の事情を知らない転生者たちは”一方的に転生させられた”と勘違いを起こし暴徒と化してしまったのだ。


 わからない訳ではない。

 突然の死を迎えて、未知の土地へと連れて来られて、そして転生させられてしまう……。

 それだけ見ればさぞ不遇だと思えるであろう。


 だが、そうではないのだ。

 ちゃんと真実を知る機会はあった。

 現に、フィエリティーゼに降り立った全ての転生者が暴徒と化した訳ではない。俺がこの世界へ転生するまでに1999人という人数の転生者がこの地に降り立ったが死祀に属しているのはその内の1000程だ。


 半分の転生者はその不運とも言える死に晒されても、そこで暴徒と化すことはなく新たな人生を謳歌して生きて行こうとしている。


 それを、残り半分の奴らの所為で台無しにされるわけにはいかないのだ。



 だから……世界の為に、世界を生きる人々の為に、俺は死祀を滅ぼす。








「――大丈夫か?」

「え?」


 ミラの説明が終わった後。

 王宮へと転移する前に少しだけ休息を取ろうと言う事になり、俺は泉の畔に座り込み、泉を見ながら死祀となった転生者達について考え事をしていた。


 そうして、思考に没頭していると不意に後ろから声を掛けられる。

 後ろへ振り向こうとしたが、それよりも先に声の主は俺の背中へと抱き着いて俺の頬へ自分の頬をくっつけて来た。


 白銀の髪が精霊の光に照らされて闇夜に煌めく。

 その髪の持ち主であるグラファルトは、くっつけていた頬を離して俺を不安げに見つめていた。


「座り込んで何をしているのかと思えば……随分と浮かない顔をしているな。何か考え事か?」

「……」 

「……国王との謁見に緊張しているのかと思っていたが、どうやら違うようだな」

「ちょっとね……」


 口では笑みを作っているが、グラファルトの表情は未だに不安げに俺を見つめていた。

 心配してくれている彼女に申し訳なくなり、俺はグラファルトに先程まで考えていた事を全て話した。



「――なあ、藍」


 話し終えた後、グラファルトは俺の名前を呼ぶ。

 そして、俺の頭を右手で引き寄せ自分の頭と合わせるのだった。


「グラファルト?」

「どうしてお前は……一人で抱え込んでしまうのだ?」

「……それ、は」


 グラファルトの言葉にズキリと胸が痛む。

 そんな俺を宥める様に、グラファルトは優しく俺の頭を撫で始めた。


「一人で抱え込むな。それはお前の悪い癖だぞ」

「でも……」

「良いか、藍。そもそもだな……お前はまだ若すぎるのだ。年齢もそうだが、その心も若い、若すぎる……だからな? 抱えきれないモノは落としてしまえば良いのだ」


 まるで子供を諭すようにグラファルトは俺にそう語り続ける。

 その声は心地よく耳に響いて、俺の心を温かくしてくれた。


「だがお前の事だ、どうせそんな事は出来ぬのであろう?」

「……そうかもね」


 グラファルトの言葉に、俺は小さく頷いてそう答える。

 人から託された思いを、責任を、選んで置いていくなんて……俺には多分出来ない。そんなに器用に生きれる自信はない。


 俺の返事を聞いてグラファルトはふっと小さく笑うと、撫でていた手を止めて俺の隣へと移動する。

 そうして俺の顔を両手で支え、グラファルトは真っ直ぐに俺の目を見るのだった。


「もしお前が捨てられぬと言うのなら……押し潰れてしまいそうになっているのなら……お前が抱えている物、その半分を我に寄越せ」

「ッ……」

「お前が道を誤ったなら、我が手を取り道を示してやる。お前が強大な敵に一人で立ち向かうというのなら、その隣に我は立とう。だから一人で抱え込むな、優しき我の略奪者半身よ」


 俯かせていた俺の顔がグラファルトによって上げられる。

 出来れば見せたくなかった……男の涙なんて、カッコ悪いと思うから。


 俺の顔を見たグラファルトは優しく微笑み……その顔を近づけて、唇を重ねた。

 時間にして十数秒、長い口づけを終えたグラファルトはその顔を離し、涙が流れる俺の頬を抑えてその口を開く。


「お前の強さも、お前も弱さも、全部我に見せてくれ――我はな、藍……お前を愛しているぞ」

「ッ……あり、がとう……」


 上手く声が出せない。

 それでも、必死に声を出しグラファルトへ感謝を伝える。


 そして、目の前で微笑む白銀の少女に俺は涙を拭い笑顔で言葉を返した。



「――俺もお前を……グラファルトを愛してる」











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