第51話 森に集う神の使徒
創世の女神が創造した世界、フィエリティーゼ。
この世界には、東と南に大森林と呼ばれる場所が存在する。
一つは、山岳地帯を中心に広がる東の森林であり、現在は絶滅したとされる竜種が住んでいた”竜の渓谷”があるという事で広く知られている。
そして、二つ目となる南に存在する森林は……フィエリティーゼに住まう人々にとって恐怖の象徴として知られる場所であった。
名を”死の森”。
死の森の周囲には、六色の魔女たちによって張り巡らされた結界が常に発動していて、転移魔法以外では入り口となる一箇所を除いて足を踏み入れる事が出来なくなっている。
危険地帯ではあるものの、森に生息している薬草や果実は大変貴重な素材であり冒険者ギルドでは常に森の調査依頼が貼られていて、その報酬も金貨100枚と破格である。
しかし、その依頼を受けるものはほとんど存在しない。
それは何故か?
答えは単純で、死の森に存在する魔物が強すぎるからだ。
先に名が出た血戦獣は、仮に国内に現れた場合一日と経たずにその国は滅びるであろうと云われる程に、凶悪な魔物として世界に認知されている。
死の森以外に存在していた血戦獣たちは既に六色の魔女が片付けていた為、人々は結界の中にいる存在をしっかりと目撃した事はないが、魔女たちの弟子である二代目国王たちの残した書記によって、その脅威に対する警告は代々国王となった者へと引き継がれ、国王となった者たちも国民へとその恐怖を伝え続けていったのだ。
幾人もの猛者たちを帰らぬ者へとしてきた恐ろしき森。
――現在、その森の中央には……六人の人影がテーブルを囲み座っていた。
「懐かしいですね……六人で素材採取の”散歩”に来ていたのを思い出します」
死の森の中央。
そこにはおよそ30m程の大きさの泉がある。
その泉の畔で、フィオラは椅子に腰掛け周囲を見渡し懐かし気にそう呟いた。
ここでもう一度伝えておくが、この死の森はその脅威から危険指定地域として世界中に知られている場所だ。
そんな場所に散歩感覚で足を踏み入れられるのは、世界中を探しても神の使徒である六人だけ。彼女たちにとって死の森とは、”いい素材が取れる散歩コース”でしかないのである。
「そういえば、昔は良くここに来ていたわね。それこそ悪さをしたレヴィラ達を罰として連れて来たこともあったわ」
「……あの子は泣いていましたね」
「仕方がないわ、反省してもらわないとまた同じことを繰り返すでしょう?」
死の森へ転移して直ぐ、慣れた動作でテーブルと椅子を取り出したミラスティアは左側に座るフィオラと、フィオラの弟子であるレヴィラの話で楽し気に談笑していた。
「ミラ姉ミラ姉!! そろそろ来るんだよね!?」
「こらこら、落ち着きなさいアーシエル。そうね、合図はもう送ってあるからしばらくしたら来ると思うわ」
二人の会話にアーシエルは落ち着きのない様子で割って入る。
そんなアーシエルをミラスティアは軽く諌めてもうすぐ到着すると伝えた。
「そっかそっか〜!! 楽しみだなぁ〜!! 早く会いたいなぁ~!!」
ミラスティアの言葉を聞いたアーシエルは待ちきれない様子で足をパタパタと動かしている。
アーシエルの左側ではリィシアがお気に入りのウサギのぬいぐるみを抱えて、ミラスティアから貰ったクッキーを黙々と食べていた。
「ランくんだったよね? 一体どんな子なんだい?」
「ロゼもーそれが気になってたー」
ライナはその長い足を組み優雅に紅茶を飲みながらミラスティアにそう質問をした。ライナの言葉に、テーブルに突っ伏していたロゼは顔を上げてぶかぶかの白衣を揺らしながらライナの言葉に同意する。
「そうねぇ……優しい子なのは間違いないわね。見た目はこんな感じよ」
そう言い終えたミラスティアは上空へと手を翳し、魔法によって自らの記憶の一部から作り出した映像を見せる。
そこには白色の世界で過ごしていた藍の姿が映し出されていた。
『わぁ……!!』
(あらあら……あの子は人気者ねぇ……)
上空に映し出された映像に、ミラスティア以外の五人は釘付けである。
そんな様子を見ていたミラスティアは自らの孫の人気振りを心の中で感心していた。
しばらくの間無言で映像を見続けていた五人だったが、ぽつりぽつりとそれぞれの感想を口に出す。
「ランくんカッコイイ〜!! それに、笑った時の顔が少しだけミラ姉に似てる気がする!!」
「優しそうに笑う……ミラお姉ちゃんにそっくり……」
「背丈は僕よりも少しだけ高いのかな? これなら一緒に剣の修行が出来るかも」
「でもー……魔力の色が違うー?」
四人はそれぞれの印象を口にして楽しそうに盛り上がっている。
しかし一人だけ、フィオラだけはミラスティアへと近づいて小声で声を掛けていた。
「ミラスティア……良いのでしょうか? こんなにも優しげに笑う青年に、私たちは……」
「……もう、引き下がる事は出来ないわ。でも、そうね……あの子にはこの作戦が終わったら、ゆっくりと静かに過ごして欲しい……心からそう思うわ」
フィオラの言葉に、ミラスティアはその表情を暗くしてフィオラに言葉を返す。
その言葉を聞いたフィオラは、罪悪感に押し潰されそうになる気持ちを胸に秘めて、もうすぐ世界へ転生するであろう青年に対して心からの謝罪を述べるのだった。
「ごめんなさい……この恩は必ずお返しします……」
そうして、誰の耳にも届かぬフィオラの言葉を最後に束の間の茶会は終了となり……ミラスティア達の立つ地上には、黄金の魔法陣が浮かび上がる。
六人は魔法陣を前に並び立ち、そこから現れるであろう人物の登場を今か今かと待ち続けた。
「行ってきます!!」
ファンカレアにそう言いグラファルトと一緒に魔法陣へと入った俺は目眩に似た視界の揺らぎを感じ、気持ち悪くなっていた。
視界は眩いほどの光に包まれていて正直何がどうなっているのかさっぱりわからない。
「グラファルト……気持ち悪い……」
「おい、それだけ聞くと我が言われている様で腹立たしいぞ。言い直せ」
右隣にいるグラファルトに横腹を突かれた俺は、「ごめん」と謝った後に目眩に似た症状に陥っている事をグラファルトに説明した。
「ああ、それは長距離の転移に慣れていないからだな。回数をこなせば何れ慣れる」
「……何事も回数が大事って事ね」
グラファルトの言葉に頷いて、俺はゆっくりと目を閉じた。
しばらくして体が一度だけ大きく揺れると、今までとは違う足の感触と流れる風から漂う自然の香りに気がついた。
そうして、ゆっくりと瞼を上げると……そこは緑の広がる幻想的な場所だった。
森の中なのは間違いない。
目の前にはそう確信させるのに十分なほどの木々が立っている。
しかし、見渡す限りの自然よりも俺の目を奪っていたのは目の前にある泉だった。
数歩前へ歩けば中に入れるくらいに近くにある大きな泉。少しだけ前のめりになり泉の水面を覗いてみると、透明度が高いのか泉の底まで見えるほどに透き通っていた。
泉の中には様々な種類の魚が泳いでいて、中には宝石の様にキラキラと輝く虹色の魚までいた。
そんな、まさにファンタジーと言わんばかりの光景に思わず目が離せなくなる。
凄いな……こんな景色、地球に住んでいた頃は見れなかった。
まあ、俺があまり外に出ていないだけで、これくらいの景色なら地球にもあるのかもしれないけど。
それでも、俺は見た事もない景色に魅了されていた。
「……おい、いい加減こちらへ顔を向けたらどうだ? お前を待っている者達に失礼であろう?」
「俺を待っている者達? 一体誰が……ッ!?」
グラファルトの声に疑問を抱きつつも俺は泉から目を離して言われた通りに後ろへと振り返る。
そして……俺はフィエリティーゼに降りて初めての出会いを果たした。
「――紹介するわね? 同胞であり、家族でもある……世界に六人しか存在しない”神の使徒”の称号を持つ彼女たちを」
フィエリティーゼの頂点に君臨する、六色の魔女といわれる存在に。
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