第49話 純粋な好意







 臨戦態勢をとっていたグラファルトを背に全力疾走で逃亡を試みた俺であったが、結局グラファルトに追いつかれて後方から思いっきりダイブされる。

 そうして俺の背中に馬乗りとなったグラファルトは、涼しげな表情で俺を見下ろすのだった。


「――たくっ、精神世界と同じ事をしおって。追いかける我の身にもなってみろ」

「くっ……殺せ! いっそ一思いに殺してくれ!!」

「それだと我も死ぬ事になるのだが!?」


 捕まってしまった絶望感から思わず叫んでしまった俺に、グラファルトも叫び返してくる。

 そもそも、全力で走ったのになんで追いつけるんだよ……絶対肉体補正みたいなもの付いてるよね!?


 俺が地面を睨みつけながらブツブツと呟いていると、グラファルトは溜息を吐いて声を掛けてきた。


「あのなぁ……お前は気づいていなかったと思うが、我は”身体強化”の無属性魔法を使っていたのだ。魔法を使えないお前に負けるわけがなかろう?」

「え、ずるい……俺もそれ使いたい」

「愚か者め。さっきまでスキルも碌に使えていなかった奴が何を言っておる。”身体強化”は覚えれば便利だが、序盤は慣れるまでに激痛が走るのだぞ? そんな魔法を大事な作戦の前に教えるわけがなかろう……」


 そうしてグラファルトは俺の身体を器用に回転させ仰向けにすると、俺の目を見てニヤリと笑みを浮かべる。


「さて、愚か者には罰が必要であろう?」

「……やっぱり殺すのか……最後に恋人が出来ていい人生だったよ」

「そんなわけないであろう!? また”首噛み”をするだけだ!」

「死んだほうがマシだァ!!!!」

「何て事を言うんだ貴様ァ!!」


 そうして怒鳴り合い乱闘を重ねた結果、魔法を使えるグラファルトに軍配が上がり……俺は二度目の首噛みをグラファルトにされるのであった。


 当然の事ながら、加減を知らないグラファルトの首噛みに絶叫したのは言うまでもない。











 グラファルトによる首噛みの刑が終わり、執行者であるグラファルトは思いっきり噛み付いた事で満足したのか俺の背中から離れる。

 俺はすぐさま身体を起こして噛まれた首元を抑えた。


「いてて……思いっきり噛みやがって……」

「そうでなければ罰にならないであろう? そもそも、我の顔を見て逃げたお前が悪い」

「うっ……それはその……というか、なんだよ【白銀の暴食者】って! 俺は何も聞かされていないぞ?」


 逃げた事への後ろめたさから話題を変えようと口にした言葉に、「誤魔化しおったな」とこちらを睨むグラファルト。

 そんなグラファルトから視線を逸らし続けていると、溜息を吐いて折れたグラファルトが説明をしてくれた。


「はぁ……我もこの力を手に入れたのはついさっきでな。元々は黒椿の提案だったのだ」

「黒椿が?」

「そうだ。大方、我が死んでしまっては困るからだろうがな、こちらとしても強くなるに越した事はない。故にその提案を受け入れて【悪食】を改変したのだ」


 いつの間にそんな事をしていたんだろうか……え、というか”改変した”っていう事はウルギアも一枚噛んでるのか?

 そう思い、俺はすぐにウルギアへと声を掛けた。


(ウルギア? 今大丈夫?)

(はい、藍様よりも大事な用事などございません。何かご用でしょうか?)


 うん、相変わらずの忠誠心だ。

 本当にこの元神様は、俺のどこを見て忠誠を誓ったんだろうか……その期待を裏切っていないか俺は怖いよ……。


(えーっと……【白銀の暴食者】って、ウルギアが改変を使ったんだよね?)

(はい。藍様に無断で決めてしまい申し訳ないとは思ったのですが、藍様とあの駄竜の魂が繋がってしまった現状を鑑みて、今のままでは駄竜の力が心許無いと判断し丁度駄竜から奪った【悪食】などというスキルがありましたので、そちらを改変して多少なりとも力を授けた次第でございます)


 ……俺のせいじゃないよね?

 ウルギアがさっきからグラファルトの事を執拗に”駄竜”って呼んでるのは俺のせいじゃないよね!?

 俺が思わずグラファルトの方を見ると、グラファルトは首を傾げて「なんだ?」と聞いてくる。

 それに対して俺は「なんでもないよ」と答えてウルギアとの会話に戻った。


(な、なるほど……もしかしてだけど、ウルギアってグラファルトとか黒椿とか、俺の身体に宿っている人たちになら自由に話せたりするの?)

(はい。どうやら藍様が地球で暮らしていた頃と違い、肉体の再構成と膨大な魔力を手にした影響で私の能力も向上しているようです。ある程度の自由は利きますし、改変に関してもスキルなどに対してならそれほど魔力を消費する事は無いようですね)


 おお……ウルギアと話しているととんでもない事実が次々と舞い込んでくるな……


 え、肉体の再構成ってなに? そんな話ファンカレアからも聞いた事ないぞ!?

 いや、でもそうか……俺一回死んでるんだもんな。そう考えれば肉体が再構成されていても不思議ではない……のか?

 どんな風に再構成されているのか、ちゃんとファンカレアに聞かないとな。


(……)

(申し訳ありません。やはり、勝手にあの駄竜にスキルを渡すべきではありませんでしたか?)

(い、いや、そうじゃない……それに関しては特に問題ないよ。俺の事を考えてやってくれたわけだし。ただ、語られた衝撃の事実に驚いてるだけだから……)

(……? そう、ですか?)


 俺の言葉がいまいち理解できないのか、ウルギアは間の悪い言葉遣いでそう返事をする。

 ウルギアにお礼を言い話を終わらせると、目の間でグラファルトがしゃがみこんでいた。どうやら終始無言で座る俺を心配して顔を覗き込んでいたらしい。


「どうした、どこか具合でも悪いのか?」

「いや、お前に噛まれた傷以外なんともないよ……。ウルギア――って言ってもわかんないか。お前のスキルを改変した張本人に話を聞いてたんだよ」

「ああ、邪神と化した我と戦っていたというあの人格の事か。なんだ、てっきり何かあったのかと思ったぞ。心配して損したではないか!」

「お前なぁ……」


 俺が呆れて溜息を吐いていると、グラファルトは慣れた手つきで俺の膝上に向かい合うように腰を下ろし噛まれた傷に手を添える。


「まあ良い。回復魔法を掛けてやるから、その間に何を話していたのかを聞かせてみよ」

「……」


 そうして、俺はグラファルトに回復魔法を掛けてもらいつつ先程のウルギアとの会話を話していたのだが、話の途中で治療が終わったのか暇を持て余していたグラファルトは、その小さな体の向きを変えて座り直すと俺の両腕を自分の胸の前へと持って行き顔を擦りつけて来る。


 なんだろう……竜のスキンシップはこうなのだろうか?

 物凄く気持ちよさそうにやってるから止めるのもなぁ、と思ってしまう。

 俺自身にも特に支障もない……強いて言うのなら生え際あたりに生えてる小さな角がたまに擦れるくらいか。それも痛い訳でもないので、後は可愛らしい仕草で甘えてくる普段とは違うグラファルトとのギャップに俺が悶えているくらいだ。


「んぅ……? どうしたのだ?」


 なるべく意識しないようにグラファルトから視線を外していると、それに気づいたグラファルトが上を見上げて俺にそう聞いてきた。

 ぐっ……ここに来てのそのアングルはダメだ……!!

 見た目だけじゃなく、その仕草までもが可愛らしいグラファルトに俺はもうノックアウト寸前であった。


「いや、聞きたいのはこっちの方だから……どうしたんだお前、なんか行動が幼くなってないか?」

「なんだそれは……別に大した理由ではない、こうしているのが気持ちいいからしているのだ。何か変か?」

「いや、変ではないけどさ……」


 変ではない。

 むしろ背丈の低いグラファルトがやると見た目的にも様になっている。

 だけどなぁ……一応俺も男な訳で、恋人でもない異性に対して過度なスキンシップはどうなんだろうか。


「う~ん……グラファルトが良いなら構わないけどさ、こういう過度な触れ合いは好きな相手以外にはしない方が良いと思うぞ?」


 俺がグラファルトにそう言うと、白銀の少女は首を傾げて衝撃の一言を口にした。


「なら何も問題はないであろう? 我はお前の事を好いておるからな」

「――ん?」

「ん? だから、我はお前の事が好きだぞ? 番になってもいいくらいには。それならば別に問題なかろう?」

「……」


 そうして、グラファルトは何事もなかったかのようにまた気持ちよさそうに目を細めて俺の腕に顔を擦り付けるのだった。




















 俺は今グラファルトを正面に座らせて向かい合っている。

 理由は言うまでもなく、先程のとんでもない発言だ。


「えっと、グラファルト? 改めて聞くのは申し訳ないんだけど……お前はその、俺の事を異性として好きなのか?」

「うむ! 我はお前の事が好きだぞっ」


 俺の問いにグラファルトは少しだけ頬を赤らめニッと笑みを浮かべている。


 いつだ!? 一体いつそんなイベントが発生していたんだ!?

 俺がそんな風に首を傾げて考えていると、グラファルトがその表情を曇らせ上目遣いでこちらに寄ってくる。


「も、もしかして迷惑だったか……? 我に好かれるのは……」

「そんな事はない! グラファルトみたいに可愛らしい子に好かれて迷惑なんて思わないよ。ただその、一体いつ好きになったんだろうって思ってさ」


 俺の言葉を聞いて安心したのか、グラファルトは「そ、そうか……!」と呟いて小さく微笑んだ。

 そして、少しの間をおいて話し始める。


 白銀の竜が、人間である俺に恋をした瞬間を。


「……そうだな、我がこの胸の高鳴りを感じたのはおそらく、暴走してしまったあの時だと思う」


 グラファルトは、愛おしそうに自らの胸に手を添えてそう言った。

 そうして俺の目を静かに見つめ、グラファルトは再びその口を開く。


「あの時、我の自我は崩壊しかけていた。お前に聞かされた真実に、思い出したヴィドラス達の声に、我は正気ではいられなかったのだ……」

「……」

「そうしてただ終わりを待つ最中、我は救いを求めていた。誰かに救ってほしかったのだ。ヴィドラス達の願いを、転生者達に壊される世界を、そして救いようのない我の事を……図々しくも救ってほしいと、そう願っていた」


 グラファルトはそこまで話すと、四つん這いの格好でこちらへと進み始める。

 そして、俺の目の前まで来ると右手を伸ばし俺の頬へとその手を添えた。


「そんな時にな、お前の声が聞こえたんだ……。我を救おうとする、誓いともいえるあの声が。嬉しかったんだ、我の間違いを正してくれたお前の声が。嬉しかったんだ、ヴィドラス達の為に涙を流すお前の姿が。嬉しかったんだ、救いようのない我に伸ばされたお前のその手が……」

「グラファルト……」

「あの時、あの時に我は――お前に恋をしたんだぞっ」


 グラファルトは優し気な表情ではっきりとそう言った。

 その頬は朱色に染まり、可愛らしい顔立ちとは裏腹にとても大人びた雰囲気を醸し出す。添えられた右手は優しく俺の頬を撫でていた。


「この想いは一生変わることはない。我はお前が好きだ、大好きだ。だからと言ってお前の気持ちを無視して押し付ける様な真似はしないがな」

「……」


 どうするべきなのか。

 グラファルトの事が嫌いか?

 そんな訳がない。見た目はもちろん可愛いと思うし、好みではないと言えば嘘になる。だが、それ以上に……グラファルトと話すのは楽しいんだ。

 なんだろう、ずっと傍に居ても平気というか、時間を忘れるくらいに夢中になれる。


 嫌いなところなんてない。

 俺は……グラファルトの事が好きなんだと思う。

 でも、俺には既に二人の恋人たちがいる。

 多分二人は快諾してくれるような気がするけど、そうじゃなくて……黒椿とファンカレアには誠実で居たいんだ。

 特にファンカレアに関しては、黒椿の件で一度無断で決めてしまった前科がある。 

 もちろんちゃんと謝罪して許してもらってもいるが、だからと言って舌の根も乾かぬ内に同じ過ちを犯すわけにはいかない。


 そうして頭の中で自分の気持ちと現状を整理した後、俺はグラファルトに声を掛ける。


「ごめん。今ここで、グラファルトの気持ちに答えを出すことは出来ない」

「ッ……そう、か」

「あ、違うぞ!? ごめん、言い方が悪かった」


 俺の謝罪を聞いて、グラファルトは明らかに落ち込みその瞳を潤ませてしまう。

 そこで言葉足らずな自分の発言に気づき、俺は慌てて訂正した。


「ど、どういうことだ? 我の事が好きではないと言う事ではないのか?」

「違う。俺もグラファルトの事は好きだよ、もちろん異性として。でも、俺には既に二人の恋人がいるんだ。だから、グラファルトと付き合うとするならば、しっかりと二人に話してからにしたい」


 グラファルトから一歩下がり、俺は胡坐を解いて正座へと姿勢を正す。

 そうして、グラファルトへと頭を下げた。


「勝手で申し訳ないと思う、だけどこれだけは譲れないんだ。だから、グラファルトへの返事はもう少しだけ待って欲しい」

「……」


 頭を下げ続けてグラファルトの返答を待っていると、小さな両手が俺の頭を持ち上げようとしてくる。その手に抗うことなくされるがままの状態でいると、次第にグラファルトの顔が見えるようになった。

 半分だけ開いた瞼の奥では朱色の瞳がこちらを見つめていた。


「全く……紛らわしいではないか」

「ご、ごめん……」


 不満そうに頬を膨らませてグラファルトは俺にそう呟いた。

 その声に俺が謝ると、俺の顔を自分の胸へと持って行きグラファルトは俺の頭を抱きしめた。


「まぁ良い……互いに想いは同じだと知れたのだ、後は吉報を待つのみだなっ」

「あ、あの、グラファルト……当たってる、当たってるから……」

「むっ、お前は我の胸でも意識してしまうのだな? 我の胸なんぞ創世の女神に比べれば大したことはないであろう?」


 いや、確かにファンカレアと比べると小さいかもしれないけどさ……それでもグラファルトも女の子なわけで、低い背丈とは裏腹に意外と膨らみのある少女の胸の感触が俺の顔にダイレクトに伝わってくる。


「ちょ、グラファルト、本当にまずいから!」

「こ、これ、そんなに動くでない――あっ」

「こんな状態で変な声を出すのはやめろ!?」




 こうしてグラファルトと両想いである事を知った俺は、次の魔法訓練の担当である黒椿とファンカレアに、グラファルトとの関係について相談しに行くことになる。




 まあその前に、目の前で起こっている珍事を何とかしないといけないのだが……。












@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@



 まあ、過度なスキンシップからして予想していた方もいそうですよね。

 一応タグにも書いてある通り【恋愛】【ハーレム】を含みますので。

 竜娘を放っておくことが出来なかった。。。


 そして、次回で転生へと踏み出せるかなと思います……!!

 これからも本作をよろしくお願いいたします。



                              炬燵猫


@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@@

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る