第48話 白銀の暴食者
あれから結界内に戻った俺は、ひたすらに【漆黒の略奪者】を使い魔道具を探す訓練を続けていた。
ミラのアドバイスのおかげで五つの魔道具は一度目の休憩後から二時間くらいで見つける事ができた。そうして魔道具を見つけた事を報告すると、ミラは次の訓練内容を俺に説明してくれた。
それは、漆黒の魔力の空間内において対象を指定できる様にする事だった。
乱闘となった場合、味方にまで影響を及ぼす力は厄介なものとなる。今回の訓練の目的でもある王女様の救出においてもそうだ。
仮に今の状態で【漆黒の略奪者】を使ってしまえば、広範囲へと漆黒の魔力を広げ転生者たちを一掃した場合、間違いなく王女様を巻き込んでしまう。
だからこそ、対象を指定出来るように訓練する必要があった。
訓練内容は簡単で、少し離れた所にある棒状の魔道具を漆黒の魔力の空間内へと入れた状態で、棒状の魔道具に内包されている魔力を奪い去るというものだった。
棒状の魔道具は二本立てられていて、その頭上には魔力で出来た炎が灯されている。
訓練をするに当たっての注意点は、【漆黒の略奪者】以外のスキルを使うのは禁止で、当然ながら俺が直接炎を消すのも禁止だ。
それに加えて漆黒の魔力を操り片方だけを飲み込むも禁止らしい。
理由としては、これはあくまで広範囲で漆黒の魔力を広げた時に対象以外の者に被害を出さない様にする為の訓練だから、必ず二つの魔道具を漆黒の魔力で覆う事が絶対条件なんだそうだ。
最初の数時間は本当に苦労した……。
まず、漆黒の魔力を広げようと思い意識すると無駄に広がってしまう事が判明した。
俺の感覚ではとりあえず俺を中心に数百m先にある二本の魔導具まで広げるつもりで展開したんだが、結果として漆黒の魔力は結界内全域にまで広がってしまい無駄に疲れる事になってしまった。
今は結界で阻まれているからそれでも問題ないが、これからフィエリティーゼに転生する身としてはなんとかしないといけないと思った。
範囲指定が出来ず魔力が尽きるまで延々と広がり続ける様では話にならないからだ。
とりあえず、次の休憩までの三時間はこの対象指定を後回しにして、漆黒の魔力を広げる範囲指定に時間を費やす事にした。
そして――。
「――【漆黒の略奪者】」
休憩が終わり、ミラに結界の入口近くで待機してもらった俺は【漆黒の略奪者】を発動して、俺と前方にある二本の魔道具が端になるように漆黒の魔力を展開した。
漆黒の魔力を展開し終えたのを確認した後、ミラが立っている所へと歩いて行く。
そして漆黒の魔力で覆われた空間から外へ出てみるが、俺と一緒になって移動する様子はない。
どうやら一度指定してしまえばその場で固定される様だ。
「上手くいったみたいね。これなら無差別に人を傷つけることはないと思うわ」
「やっと範囲指定が完了したけど、本番はこれからなんだよね……」
「大丈夫じゃないかしら? ここまで上手に出来ているわけだし、次の休憩までには終わりそうね」
「これが終わったら、ミラとの訓練は終了になるの?」
俺がそう聞いてみると、ミラは「ええ」と頷き答えてくれた。
「まだ色々と教えたい事はあるけれど、今の訓練を終えればとりあえずは転生者を一掃できると思うから。終わったら次の担当に任せるわ」
「次って……体術だよね?」
「そうよ、担当はグラファルトがすることになってるわ。本当は違ったのだけれどね」
「え、じゃあ何で急に……」
俺の言葉にミラは溜息を溢して話してくれた。
どうやらグラファルトの魂を肉体へと移し終えた時、今後の流れを説明する中で俺の戦闘訓練の話題が出たらしい。
そこで、肉体を取り戻し元気いっぱいのグラファルトが駄々をこねて無理やり割り込んだのだとか……何やってんだよあいつ。
「本当は黒椿が担当だったのよ。戦うというよりも、肉体の力加減を教えるだけの予定だったから。でも、グラファルトがどうしてもやりたいって聞かなかったのよね……。結局、黒椿が折れてファンカレアと一緒に魔力操作と魔法について教える事にしたってわけ」
「ちょっと待って……いまの話を聞く限りだと、俺がグラファルトと戦う事になってるような気がするんだけど……」
「必ずしもそうなるとは言い切れないけれど……かなり高い確率でそうなると思うわ。だってあの子、肉体を取り戻して走り回ってたから……多分暴れたいんじゃないかしら?」
……黒椿にチェンジできないかな?
そう思いミラに聞いてみるが、ミラは首を横に振りそれを否定した。
「無理よ……一度黒椿が断った時なんて床に転がり回って泣いてたのよ? あなたも男の子なんだから、諦めて戦いなさい。男の子は戦うの好きでしょう?」
「いや、それはかなりの偏見があると思うんだ。俺は出来れば穏便に……あの、ミラ? 何で結界の外に出ようとしてるのかな? まだ話してる途中なんだけど!!」
「それじゃ、終わったら声をかけてね? 私は外でゆっくり待ってるから」
そうして、俺の叫びも声も虚しくミラはそのまま外へと出てしまった。
「……この訓練が終わったら速攻逃げよう」
俺だけとなった結界内でそう小さく呟き、俺は対象指定の訓練を始めるのであった。
「はぁ……はぁ……くそ!!」
「お~い!! いい加減諦めろ~!!」
後方から聞こえてくる叫び声に、俺は振り向くことなく走り続ける。
くそ!! ミラのやつ、俺が訓練を終わらせるタイミングを狙ってチクりやがったな!?
訓練を終わらせてこっそりと結界の外へ出ると、満面の笑みを浮かべるグラファルトが仁王立ちをして待機していた。
『ふっふっふっ!! 待ちくたびれたぞ、藍!! さあ、我との楽しい戦闘――』
グラファルトが言い終わるのを待つことなく、俺は右へと体を捻り思いっきり走り出した。
そして現在。
全速力で走る俺の後方からは、相変わらずグラファルトの楽しそうな声が響いていた。
「あははは!! 楽しいなぁ藍!! 体を動かすのは楽しいぞ!!」
「俺は全然楽しくねぇぇ!!」
「そうだろう、そうだろう!! お前にもこの楽しさが理解できるだろう!!」
「話を聞けよこの駄竜!!」
俺の声を無視して、グラファルトは笑いながら声を上げる。
こいつ、肉体を取り戻してハイになってるんじゃないだろうな? なんか精神世界に居た頃よりも落ち着きがないぞ!?
チラッと後ろを振り向くと、小さな体を全力で動かしニコニコとこちらへ距離を詰めて来る少女の姿が見える。
やばい、追いつかれる……!!
「こうなったら……【漆黒の略奪者】ッ!!」
「おお!! 何だそれは!? 魔力装甲か!? カッコいいなぁ!!」
物質化した漆黒の服を見て、グラファルトは興奮したように叫ぶ。
俺はそんな声を無視して、グラファルトの魔力だけを対象に漆黒の魔力を後方へと放出した。
ミラの話では、魔力が枯渇した状態になると体を起き上がらせることすら困難になるらしい。
それを狙って、俺はグラファルトの魔力を奪おうと【漆黒の略奪者】を使う。
しかし、俺は知らなかった。
――ウルギアが、黒椿に頼まれてグラファルトの持つ特殊スキルを【改変】していた事を……。
「はっはっはっ!! なんだかんだ否定しておったが、結局お前も戦いたいのではないか! よかろう! お前が本気で我に挑むと言うのなら、我もそれに応えよう!!」
その声に俺は後方へと振り返る。
距離にして200mくらい離れたところで、グラファルトは迫る漆黒の魔力の前に立ちはだかる。
「さあ、我らも暴れるとしようぞ――【
グラファルトが叫ぶのと同時に白銀の魔力が少女の体を覆いつくす。
そうしてグラファルトを覆いつくした白銀の魔力は、俺の漆黒の魔力と同じように物質化して服へと変化していく。
動かないグラファルトにめがけて漆黒の魔力が飲み込もうと広がり始めるが、それを予想していたかの様に、白銀の魔力が口と成り、牙と成り、漆黒の魔力へと喰らいついていく。
そして、グラファルトへと向けて放出した漆黒の魔力は白銀の魔力によって全て喰いつくされてしまった。
白銀の服に身を包み、グラファルトは笑みを浮かべて叫び声をあげる。
「さあ!! 我と戦おうぞ、漆黒の略奪者!!」
高らかに声を上げ、その場で戦闘態勢を取るグラファルト。
そんな少女を見て――俺は……。
「……嫌だッ!!」
俺は、全力で後方へと逃げるのであった。
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