第44話 足並みを揃えて





 告白のやり直しを終えて無事恋人となった俺達は、テーブルを前に隣同士に座り他愛もない雑談をしながら黒椿達の帰りを待っていた。

 といっても、俺の疑問にファンカレアが答えてくているだけだけど。


 そうして雑談をしている時、不意に思った疑問を聞こうと話し出したのだが……


「――そう言えば、さっきの告白で「は、はい!?」……?」


 ”告白”と言う言葉を口にすると、ファンカレアは顔を赤らめ手に持ったクッキーをテーブルに落とした。


「えっと……どうしたの?」

「い、いえ!? な、なんでもありゃましぇん!!」

「……どう見たって何かある人の反応だよね? 顔も赤いし……ほら、クッキー落ちてるよ」


 うーん……病気って感じじゃないよな? そもそも女神様って病気にかかるのだろうか? 俺の予想が正しければ多分かからないイメージだけど……

 ファンカレアがテーブルに落としたクッキーを手に取った俺は、それをどうしようかと考えた結果、もったいないと思い口に頬張る。


「お、結構うま……い?」

「〜〜〜〜ッ!?!?」


 クッキーの美味しさに感心していると、すごい視線を感じることに気がついてその視線の先を見る。そこには、湯気が出るんじゃないかと思う程に顔を赤くして涙目で口をパクパクと動かしているファンカレアの姿があった。

 えっ、もしかしてこれ最後の一枚だった!? いや、テーブルには同じクッキーが置いてある……それじゃあ一体どうしてファンカレアは……あっ。


 そういえば、このクッキー……ファンカレアが齧っていたような……。


「ご、ごめんファンカレア! 俺、今気づいて……」

「い、いえ! だ、大丈夫です大丈夫です!! わ、わた、わた私達はこ、恋人同士なんでしゅからぁ!? だから、か、か間接き、き……き……」

「……うん、ごめん。俺が悪かった、だから一旦落ち着こう?」


 両手で顔を覆い、”き”という言葉を延々と繰り返すファンカレアにそう言い、俺は空になっていたファンカレアのカップに紅茶を注いだ。



 しばらくして、紅茶を飲み落ち着きを取り戻したファンカレアは一息ついて俺に声を掛けて来る。


「すみません……私、動揺してしまって……」

「だろうなとは思ったけど、どうして急に? 今までは手を繋いだり、その……抱き締めたりしてもここまでは動揺してなかったと思うんだけど……?」

「そ、それは、その……今まではいっぱいいっぱいだったと言いますか……他の事に集中していたり、意識しないようにしていたので……」


 つまり今までは邪神が現れたり、俺との会話に集中していたりして意識しないようにしていたけど、今回は強く意識してしまったと……。


「それって……もしかしてだけど、さっきの告白が関係してたりする?」

「~~ッ」


 俺の言葉にファンカレアは再び顔を赤くして小さく何度も頷いていた。

 あー……ファンカレアはそういった……所謂男女の経験が全くないから耐性がないんだっけ? 儀式の間でミラがそんな話をしていた気がする。

 俺がそのことをファンカレアに聞いてみると、彼女は赤い顔を下に向けて、両手で覆い隠して話し出す。


「はい……お恥ずかしながら、そういった事は世界を見るときもなるべく見ないようにといいますか……目を閉じて隠していました……」


 どうやら、ミラの話は本当らしい。

 それも、フィエリティーゼを覗いているときに、男女がキスをしているのを見るだけで顔を真っ赤にしてしまうほどなのだとか。


「その、藍くんと恋人になれたのは嬉しいんです……でも、それを意識し始めたら……そしたら、急に胸の高鳴りが激しくなってきて……藍くんへの好きって気持ちがいっぱいになって……すごく、ドキドキして……」

「う、うん……」

「お話に集中して落ち着いたと思っても、少しでも藍くんとの関係を思い出したら、また顔が熱くなってきて……それで、藍くんがクッキーを食べてるのをみたら、わーってなってしまって……すみません。私、こういった経験が本当になかったので……変、ですよね……幻滅しますか?」


 え、なにこの天使、めちゃくちゃ可愛い……違う、女神だった。

 何だろう……顔を赤らめて、上目遣いの状態で聞いてくるファンカレアさんがすごく可愛くて、こっちまでドキドキしてきた。

 変って聞かれても、俺だって付き合った経験ないんだけど!? こういう時、どう答えれば……。

 そうして、必死に答えを模索するが思いつくはずもなく……俺は素直に思った事を伝えることにした。


「正直、俺も地球では異性とお付き合いをした事なんてないけどさ、ファンカレアの事、幻滅したりなんてしないよ? ファンカレアの持っている感情は大小の違いはあれど、恋をした人が経験する当たり前のことであって、決して変な事じゃないと思うから」

「そ、そうなんでしょうか……」

「きっとそうだよ。だからさ、ゆっくりでいいんじゃないかな? 無理せずゆっくりと、ファンカレアのペースで慣れていけばいいと思うよ。俺も、ファンカレアの隣でゆっくりと歩いて行くから」


 上手く伝えられたかはわからないけど、伝えたい事は伝えられた気がする。


 もしかしたら、俺があまり動揺していないのも原因かもしれないな。

 俺の場合は恋愛に関する書籍や映像が豊富な世界に生まれて、妹の付き添いでラブロマンスの映画とか見に行く事が何度もあったから慣れていただけなんだけど。

 あとはゲームの知識とか……。


 ファンカレアの場合は、学べる場はあったはずだけどそれを自ら拒絶というか、逃げてきたというか、そんな感じに避け続けてきたからその反動が今になって来ているんだと思う。


 だからといって、それが悪いわけじゃないと思うけどね?

 例え恋愛に関してファンカレアの進む速度が他の人たちより遅いとしても、それを急かしたり手を引っ張ったりするのはなんか違う気がする。

 そうしないと立ち止まり続けて進めない人もいるとは思うけど、ファンカレアの場合は違うと思った。

 ファンカレアにはファンカレアのペースがあって、それだってちゃんと進もうとしてるんだ。

 だったら、恋人として俺がするべき事は、ファンカレアのペースに合わせて一緒に歩いていく事なんじゃないかな?

 

 そうして、伝え終えた俺はファンカレアの隣で紅茶を飲みながらゆっくりと返事を待っていた。

 紅茶を飲み終わりカップを置いた時、ファンカレア側の手に何かが触れる感触があった。

 手元を見てみると、ファンカレアの左手が俺の手を握っている。


「……」


 まだ恥ずかしいのか顔は未だに伏せたままであるが、それでも俺の手を握る力はしっかりとしていて、握っている手を離す様子はない。

 どうするべきか悩んだが、俺は意を決してその手を握り返してみた。


「ッ……」


 一瞬ファンカレアの体が小さく震えるが、それ以降は特に抵抗されることなく握られている。

 そうして、しばらく手を握っているとファンカレアは俯きながらに話し出した。


「正直、まだ恥ずかしくて……胸が苦しいくらいにドキドキしています」

「……」

「でも……それが心地よくて、とても、とても幸せだと思えるんです」


 ファンカレアは握っている手の指を恐る恐るといった感じに絡ませて、伏せていた顔を上げて俺に微笑む。まだその顔は赤いがそれでも幸せそうに微笑む彼女を見ていると、不思議とこちらまで笑顔になる。

 そうして、絡められた指に応えるようにこちらも指を絡め、恋人つなぎの形にして握り返した。


「今はこれで精一杯です。ですが、少しづつ……私も前へと進んで行きたいと思っています……それでもいいですか?」

「大丈夫、さっきも言った通り、俺たちは俺たちのペースで進んで行けばいいんだ。君がゆっくりと歩いて行くのなら、それを急かすような事はしない。俺も君の隣で、ちゃんと歩いて行くよ」

「……はい! ありがとうございます!」


 俺の言葉に、ファンカレアは満面の笑みを浮かべて絡めた手に力を込めた。



 きっと、俺とファンカレアとのペースはこれでいいんだ。

 こうやって、俺たちはゆっくりと愛を育んでいくんだと思う。





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