第43話 その先を知ることが出来た




 紫黒のヒビから現れたミラの話を聞いて、俺は異世界での平穏な生活を諦めた。

 今からフィエリティーゼへ転生するのか……そう覚悟を決めていたのだが、どうやら今すぐという訳ではないらしい。


「流石に今の状態の藍を連れて行くわけにはいかないからね。とりあえずは魔力操作、身体操作、あとはスキル操作かな? この三つを覚える為の時間をミラとファンカレアに相談して作ることにしたんだ」


 黒椿は椅子に腰掛けた状態で両足をパタパタとさせそう言うと、美味しそうに煎餅を齧り始めた。

 それを見ていたファンカレアが黒椿の言葉を引き継いで説明を続ける。


「創世の女神である私の権限を使い、白色の世界の時間を停止させます。とりあえずは藍くんが一通り感覚を覚えるまで……といった形式にしようかなと思っています。ちなみに既に時間は停止させていますが……特に違和感はありませんか? 体が動かしにくかったり、周囲の動きが遅く見えたりなど」

「……特にないかな」


 ファンカレアの質問に答えるために手足を動かしてみたり、丁度良いところに煎餅を齧ってる精霊がいたので観察して見たが特に問題はなさそうだった。

 そのことをファンカレアに伝えると、ファンカレアは小さく頷き黒椿を見る。

 ファンカレアの視線気がついた黒椿は湯飲みに入っている煎茶を飲み干し俺の前へと歩いて来た。


「じゃあ訓練を始める前に、僕の用事を済ませちゃおうかな」

「用事?」

「そうそう! 精神世界にいた時、僕が藍のスキルをいじったの覚えてる?」

「……黒椿の魔力が俺の体に入ってきたやつの事か?」


 俺がそう説明すると黒椿は「あってるあってる」と微笑み頷く。


「あの感覚でね、グラファルトの魂を藍の体から出したいんだ。ほら、儀式の間で話したグラファルトの肉体に魂を戻すってやつ! あれをやっちゃおうかなって」

「うん? でも、共命の影響で俺とグラファルトの魂は繋がった状態になってるんだろ? 大丈夫なのかそれ……」

「あー大丈夫大丈夫、繋がってるって言っても魂が一つになってる訳じゃなくて、なんて言えば良いかな……二つの魂が一本の糸で繋がってる状態って言えば良いのかな? 流石に世界間で離れたりしたら危ないと思うけど、同じ世界に居るなら特に問題はないよ!」

「うーん……? 俺の肉体に留まる必要はないってことか?」

「そんな感じかな? まあ、藍の体からグラファルトの魂を取り出しても繋がってる糸は切れないみたいだけどね……。だから、グラファルトの魂が消滅したら藍の魂も消滅しちゃうし、その逆もあるからそこだけは気をつけてね?」


 黒椿の説明をなんとなく理解した俺は、その言葉に頷く。

 とは言ってもいずれはしっかりと理解したいところだよな。それに、いつまでもグラファルトを縛り付けたくはない。あいつには自由にフィエリティーゼで生きてほしいからな……それがヴィドラスたちの願いでもあるだろうし。


 黒椿は俺が頷くのを確認した後、俺の前に両手を出す。

 俺はその意図を汲み取って黒椿の手を握り目を閉じた。


「それじゃあ、まずはグラファルトの魂をイメージするところから始めようか?」

「いきなり高難易度な要求をされた気がする……」

「あはは、イメージはなんでもいいんだよ? 大事なのはグラファルトの魂を固定する事だから。一番簡単なのはやっぱり球体をイメージする事かな? ほら、日本の怪談とかでよく出てくる人魂だっけ? あんな感じ」


 人魂か……それならなんとかなりそうだな……。

 黒椿の指示通り、俺は頭の中でグラファルトの魂を人魂の形でイメージする。

 そうしてイメージを固定していると、掌から何かが体に流れ込んでくる感覚が伝わってきた。

 これって、黒椿の魔力だよな? 精神世界の時よりは違和感を感じなくなってる気がする。


「お、あったあった。一応、グラファルトに確認をとってもらっていいかな?」

「確認? ウルギア……えっと、【改変】さんと話す時みたいにすればいいのか?」


 ウルギアと言っても黒椿に伝わるのかわからなかった為、俺は【改変】さんと言い直して黒椿に伝えた。


「うん、そんな感じ!」

「わかった」


 俺は頭の中でグラファルトに声を掛ける。


(グラファルト、聞こえるか?)

(ん? これは【念話】とは違う感覚だな……その声は藍か?)

(ああ、なんか黒椿がお前の魂を外に出すけど大丈夫か?ってさ)

(我としては特に問題ないが……大丈夫なのか?)


 俺と同じように不安げに聞いてくるグラファルトに、俺は先ほどの黒椿の話をそのまま伝える。

 グラファルトはいまいちピンと来ていない感じであったが、とりあえず問題がないなら構わないという事で了承を得た。


 確認した事を黒椿に伝えると、すぐに俺の体の中から何かが引き抜かれる様な感覚が襲って来る。

 そうして、少しの脱力感を感じていると黒椿から「もう終わったよ」と声を掛けられた。


 目を開けると、そこには唐紅色の魔力で覆われた白銀の魂を持つ黒椿の姿があった。黒椿が手に持つ白銀の魂は、炎の様にゆらゆらと揺れ動いている。俺がイメージした怖い話に出てくる様な、まさしく人魂であった。


「ほら! これがグラファルトの魂だよ!」

「お、おお……本当にイメージした通りの人魂だ……」

「それじゃあ、僕とミラは向こうでグラファルトの魂を肉体へ戻す作業してくるから!」


 「後でね!」と言い、黒椿はミラを呼んで俺とファンカレアから離れていった。


 そうして、俺とファンカレアは向かい合うのだが……。


「……」

「……」


 あれ、なんかすごく気まずいぞ!?

 そういえば、なんだかんだバタバタしててファンカレアとこうして二人っきりで話すのってあの告白以来なのか……。


 そうして、何か話題はないかと頭を働かせている時、ファンカレアに話さなければいけないことがあるのを俺は思い出した。

 それは、黒椿との約束でもある俺の気持ちについての話だ。


「あ、あのさ、ファンカレア」

「は、はい!? な、なんでしょうか……」


 急に声を掛けたからか、ファンカレアはビクッと体を震わせ顔を赤らめている。

 俺は一度だけ深呼吸をして……そして、ファンカレアに対して頭を下げた。


「ごめん! 俺、ファンカレアに対して不誠実なことをした!」

「え? ふ、不誠実なことですか? 一体どの様な……」


 俺の言葉に、ファンカレアは首を傾げて不安げにそう聞いてきた。


 ファンカレアの疑問に答える為に、俺は精神世界での出来事を話した。

 黒椿が幼少期からの幼馴染出あり俺の初恋の相手であることから、ファンカレアに全てを話すと黒椿と約束をしたことまでの全てを話して、そしてまた頭を下げる。


「ファンカレアのことが好きなのは本当だ。俺は君の事が好きだ。でも、それと同じくらいに黒椿のことも好きだと気づいた……不誠実で申し訳ないけど、それが俺の気持ちだ」

「……」

「怒ってくれて構わない。それくらいに酷いことをしていると思うから……本当にごめん!」


 そうして、ファンカレアの返事を待っていると、ふふっと小さな笑い声が俺の耳に聞こえてくる。

 その声にゆっくりと顔を上げると、そこには口元に手を当てて優しい笑みを浮かべるファンカレアの姿があった。


「ふふっ……ふふふっ……ごめんなさいっ」

「えっと、ファンカレア?」

「藍くんに二回も好きって言って貰えたのが嬉しくて……ふふふっ」


 おかしいな、想定していた反応と違い過ぎる……。

 顔を赤くしてニコニコしているファンカレアに俺が困惑していると、それに気づいたファンカレアは、後ろにあるテーブル席を指さして俺に声を掛けてくる。


「ふぅ……立ち話もなんですから、あそこに座ってお茶にしましょうか」

「え、ああ……うん?」


 そう言ってファンカレアはテーブルへ向かって歩き出す。

 その後ろ姿は……何故だか楽しそうに見えた。

 























 テーブルの席に着いた俺は、自分が眠っている時に黒椿が同じことを話していたという事実と、フィエリティーゼと地球の文化の違いについてファンカレアに説明される事となる。


 説明をしているファンカレアは終始ニコニコしていて……その理由を聞かされていた俺が、先程の自分の言葉を思い出して赤面していたのは、言うまでもない……。


「――ですので、藍くんが謝るような事は何もないんですよ? でも、私としては藍くんに好きと言って貰えて嬉しかったです!」

「そうか……黒椿に言われててそうなのかなぁとは思ってたけど、やっぱりあるんだ……文化の違い……」

「黒椿にも言いましたが、私の守護するフィエリティーゼでは一夫多妻が普通でした。それは私が意図的にそうしたのではなかったのですが、自然とそうして知恵ある生命は増え続けて行ったのです。ですので、フィエリティーゼを守護する私としてもそれが当たり前であり……藍くんが私と黒椿を同じくらい大切にしてくれるのなら、それはとても喜ばしい事なんですよ」


 ファンカレアは自分の胸に手を置いて優しい笑みを浮かべている。

 俺は、ファンカレアの言葉を聞いてしっかりと頷き、自分の想いを真っ直ぐに伝える事にした。


「俺はファンカレアの事も、黒椿の事も、どちらもかけがえのない大切な存在だと思ってる。その思いに嘘はないよ」

「ふふふ、なら何も謝る必要はないんですよ。藍くんは胸を張って、堂々と私たちを愛してくれればいいんです!」

「その表現はなんか違う気がするけど……でも、うん。これからは地球の文化じゃなくて、フィエリティーゼの文化を理解して、しっかりと二人を大事にしていこうと思う」


 都合のいい話だけど、どちらかを選ぶのではなく両方の手を取れるのなら、俺は迷わず後者を選ぶ。それが、みんなが幸せになる結末になると思うから。


 目の前にいるファンカレアに、俺は姿勢を正してそう誓った。


「それじゃあ、これで藍くんが謝る必要はなくなりましたね?」

「そうなるね。でも、謝りたかったのは本当だよ? 結局、ファンカレアに何も言わずに黒椿と付き合う事になったのは事実だからね」


 そう言って出された紅茶に口を付けていると、顔を真っ赤にしたファンカレアが声を張りその口を開く。


「あ、あの!! それじゃあ、もし藍くんが許してくれるのなら……謝罪の代わりに、私の願いを聞いてくれませんか?」

「お願い? 俺に出来る事なら大丈夫だけど……」


 俺がそう答えると、ファンカレアは少しだけもじもじとしながらその小さなお願いを口にした。


「……もう一度……もう一度だけ、私に告白をしてくれませんか?」

「え、告白を?」


 その意図がわからず、俺が首を傾げているとファンカレアはぽつりぽつりと話始めた。


「その……私は藍くんから沢山好きと言ってもらいましたが……私からはまだ、言葉で貴方に伝えられていないので……なので……今度はちゃんと、私の気持ちを伝えたいんです!」


 顔を赤らめながらも真っ直ぐに俺を見て、ファンカレアは俺にそう言った。

 そう言えば、邪神に攫われたあの時も”私も藍くんが――”までしか聞けなかったんだっけ。

 ファンカレアの俺への態度とかで、好きでいてくれてるっていうのが分かってしまうから、言われなくても気づけてただけなんだよな……

 そうか、ファンカレアはずっとそれを気にしてたんだな。


 俺は手に持っていたカップを置いて、ファンカレアに「わかった」と伝える。

 そして椅子から立ち上がり、ファンカレアの元へ近づいてその手を取り跪いた。



「――ファンカレア、俺は君の事が好きだ。君が許してくれるのなら、これからも俺と一緒に居て欲しい」



 俺は胸の内にある、嘘偽りのない想いをファンカレアに伝えた。


 そうして、ファンカレアからの返事を待っていると……周囲の雰囲気がガラリと変わる感覚に襲われる。

 思わず顔を上げると、そこには黄金の瞳でこちらを見ているファンカレアの姿があった。


「――ずっと、私はずっとこの時を待っていました」

「……ファンカレア?」

「……億という年月を過ごしてきたはずの私が、あなたを待つこの数百年を、とても長く感じました。それくらいに……私はあなたを想い続けた」


 黄金の瞳から、涙が静かに溢れ出す。

 しかし、その顔はとても幸せそうで――目の前の美しい存在に、俺は目を離すことが出来なかった。



「私も、あなたが大好きです……ずっと、ずっと大好きですっ」



 涙をポロポロと溢して、それでも満開の笑顔を浮かべるファンカレアは……優しい声音で俺にそう答えてくれた。


 邪神に攫われたあの時の続き……その先の言葉を、こうして俺は知ることが出来たんだ。



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