第42話 さよなら、スローライフ
レヴィラへの説教が終わった後、謁見の間に居た五人は場所を移して会議用の部屋にて椅子に腰掛けている。説教に疲れ果て、床で膝を抱えているレヴィア以外は……。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさいごめんなさい……」
「「……」」
部屋の隅で廃人の様になっているレヴィラを、ディルクとヴァゼルは唯々無言で見続けていた。声を掛ける事も考えたが、何と声を掛けていいのかもわからず、謝罪の言葉を繰り返すレヴィラを二人は今も見続けている。
「……放っておきなさい。どうせ後10分もすればケロっと元気になるんだから」
「ミラスティアの言う通りです。今はこれからの話に集中しましょう」
縦長のテーブルを挟んでディルクとヴァゼル対面に座るミラスティアとフィオラは、紅茶とお茶菓子を嗜みながらディルク達にそう告げる。
ディルク達は顔を見合わせ頷くと、前へと向き直しフィオラとミラスティアに顔を見せる。
ディルク達の顔を見たフィオラは「では、始めます」と明日に向けての話を始めるのだった。
「まず、ディルク王に宣言しておきましょう。貴方の娘は明日、必ず救出することが出来るでしょう」
「そ、それは本当ですか!? シーラネルは……シーラネルは無事に!?」
「こらこら、気持ちはわかるけれど少しは落ち着きなさい?」
テーブルを叩き立ち上がり声を張り上げるディルクを、ミラスティアは優しく注意する。
ディルクは我に返り「申し訳ございません」と謝罪をして椅子に座り直した。
「安心してください。リィシアに頼み【精霊眼】を使用してもらいました。精霊を介して死祀の国を覗いてもらいましたが、シーラネル王女はちゃんと生きています。どうやら、転生者達の言っていた事は本当のようですね。明日の処刑のために生かしているのでしょう」
「そ、そうですか……シーラネルは、ちゃんと生きているのですね……」
ディルクはフィオラの言葉を聞いて心からの安堵する。そうしてその瞳に涙を溜めて両手で顔を覆うのだった。
「ですが、油断出来ない状況である事に変わりありません。いくら肉体が無事だとしても、その精神も無事とは限らないのですから……現に、シーラネル王女の精神はもはや限界に近いでしょう」
「っ!?」
「まあ、当たり前といえば当たり前よね。いくら王女だとはいえ、まだ12歳の女の子なのだから」
「ええ、リィシアの話によれば食事も口にしていない様子でまともに動いてもいないそうです……こちらから連絡する手段がない以上仕方がありませんが、おそらくは助けが来ると思う事すら諦めてしまっているのかもしれません……」
フィオラ達から語られた現状に先ほどまでとは打って変わりディルクとヴァゼルの表情は暗くなっていく。
そうして沈黙が流れる中……部屋の隅からレヴィラの声が四人の耳に響く。
「お師匠様……ミラスティア様……今すぐ動く事は出来ないんですか?!」
「あらレヴィラ、もう隅っこで座っていなくていいのかしら?」
「茶化さないでください!! これでも、あの子を心配しているんです……」
「……残念だけど、今すぐには無理ね」
「どうしてですか!? ミラスティア様なら、転生者なんて一瞬で殺せますよね!? 昔にあった【闇魔力】を持つ者を皆殺しに――「レヴィラ・ノーゼラート!」――ッ」
無理だと告げるミラスティアにそれでも尚食い下がるレヴィラを、フィオラは魔力を込めた声で制止する。
「いい加減にしなさい。自分が何も出来ないからといって、すぐに他者に頼るのは貴女の悪い癖です。相手の気持ちも考えずに愚かな発言をしてはいないと、そう教えてきましたよね?」
「……申し訳、ありません。私が愚かでした」
「……どうやら、貴女も相当参っているようね。……そうね、別に出来るのよ? 私だけでも転生者達を滅ぼす事くらい」
「ッ!! それじゃあ――」
ミラスティアの発言にレヴィラが声を出すが、ミラスティアが片手をあげてそれを制止する。そして、ミラスティアは自分だけで動けない理由を語り出すのだった。
「でもね、それではダメなのよ。いくら私が強いからといって、1000人を超える転生者を一度の攻撃で葬る事は出来ないわ。それじゃあ回数を重ねて攻撃し続ける? 確かに、それなら転生者達を葬る事は出来るかもね。でも――囚われのお姫様の命の保証までは出来ないわ。私の力は強力過ぎる、仮に少しでも私の力に触れてしまったら、お姫様は一瞬でその命を失うことになるわ。だから、ごめんなさい。私一人ではお姫様の救出を確約する事は出来ないわ」
「「「……」」」
「……では、なぜフィオラ様は先ほどあの様な発言を?」
ミラスティアの話を聞いてその場にいる四人が顔を俯かせる中、ディルクはフィオラの口にした”必ず救出する”という発言の矛盾に気がついた。
そうして、投げかけられたディルクの疑問にフィオラは真剣な眼差しで答える。
「――ミラスティアの話によれば……明日、2000人目となる転生者が現れるそうです」
「「ッ!?」」
「お師匠様!? まさか……その転生者を説得して死祀の国へ向かわせるつもりですか!? 流石に無茶です!! 初対面の転生者に協力してもらったとして、シーラの救出が出来るなんて到底思えません!!」
レヴィラはフィオラの話を聞いてテーブルを叩き早口で捲し立てる。
そんな興奮状態のレヴィラに声を掛けたのはミラスティアであった。
「大丈夫よ、レヴィラ」
「どこが大丈夫なんですか!? いくらお二方の考えた作戦だからと言って、いきなり来た見ず知らずの人物にシーラの命を預けるなんて出来るわけ――」
「――だって、明日来る転生者は私の孫だから」
「……は?」
ミラスティアから告げられた衝撃の事実に、頭に血が上っていたレヴィラはその言葉を聞いてスーッと上っていたはずの血が下がっていくのを感じていた。
そして、椅子に腰掛けていたディルクとヴァゼルも目を見開きミラスティアを見ている。
「え、えっと……こんな時に冗談なんて笑えませんよ?」
「冗談じゃないわ、事実よ」
「い、いや……でも、仮にミラスティア様の孫だからと言って即戦力になるわけが」
「それについても大丈夫よ、あの子……私より強いから」
なんとか理解しようと頭フル回転させてレヴィラはミラスティアと話すが、またもやミラスティアから放たれた信じがたい事実に処理が追いつかず混乱して――。
「……もう……だめ……わけわかんない……」
バタンッという大きな音と共に、レヴィラはその場に倒れ込んだ。
こうして、レヴィラがぐるぐると目を回し気を失ってしまった為、会議は一時中断となる。
なお、レヴィラを気絶させた張本人は特に気にする様子もなく優雅に紅茶を飲んでいた。
「……なるほど、いや、まだ信じたわけではありませんが……とりあえず状況は理解しました」
レヴィラが気絶してしまった昼過ぎから、かなりの時間が経過して今はもう夕暮れ時になっている。
というのも、目を覚ましたレヴィラと口を開けて呆然としているディルク、ヴァゼルの三人に事のあらましを説明していた事でかなりの時間を消費してしまったのだ。
特にディルクとヴァゼルにとっては、歴史の中の人物であるミラスティアの話は全てが初耳であり、ミラスティアはディルクとヴァゼルに質問をされては、その説明を中断して質問に答え、また説明を再開するというやりとりを何度も繰り返していた。
結果として、ある程度は納得をした三人であったが、レヴィラは聞いた後でも少しの疑念が残っているのか首を捻り小さく呻いている。
「私の言葉だけでは信用できないかしら?」
ミラスティアは正面に座る三人にそう言った。
しばらくの沈黙の後、神妙な面持ちでディルクはゆっくりと話し始める。
「正直申しますと、いくらミラスティア様のお言葉であったとしても、そうですかと安心する事は出来ません……特に私にとっては娘の命に関わる問題です。やはり、一度も会った事もない見ず知らずの人間に全てを委ねるのは……抵抗があります」
「……そうね、あなたの発言はもっともだと思うわ」
ミラスティアはポツリとそう呟くと顎に手を当てて考える。
そうして、閉じていたその口を開きディルクにある提案をするのだった。
「では、こうしましょう。私が女神様に頼んで今から孫を連れてくるから、実際に会って決めてちょうだい?」
「そ、そんな事が可能なのですか?」
「大丈夫じゃないかしら? どれくらい掛かるかは答えられないけれど、今日中には連れて来ると約束するわ」
そう言うと、ミラスティアはディルクの顔を見て「どうする?」と首を傾げる。
ディルクは数秒の間その目を閉じて考えたあと、首を縦に振りミラスティアに答えた。
「……わかりました。実際に会って判断するとします」
「そうして頂戴、ああそうだ。強さに関しては本当に心配する事はないわよ? それはミラスティア・イル・アルヴィスの名に誓って約束するわ」
そう言い微笑んだミラスティアは、紫黒の魔力で作り出した転移空間へと入り、会議室を後にする。
フィオラ以外の三人は、先ほどのミラスティアの発言に驚きを隠せずにいた。
フィエリティーゼ最強と謳われる常闇の魔女が、その名において約束する強大な力を持つ者。
「果たして、どのような人物が現れるのか……」
ディルクはミラスティアの孫である転生者を、その胸に期待と不安を抱きながら待ち続けるのであった。
精神世界でグラファルトと他愛もない会話をしていると、俺は急激な眠気に襲われた。グラファルトの話によると、俺の肉体が覚醒し始めている合図なのだとか。
抗う事の出来ない眠気に誘われるまま、こうして俺は精神世界で眠りにつくことになる。
そして現在。
目を覚ました俺は、白色の世界で何故か豪華なベッドの上に居て……体を起こすと、目の前にはファンカレアと煎茶を呑んでいる黒椿の姿があった。ていうか黒椿、お前外出れたのね……普通に煎餅も食べてるし……後で俺も貰おうかな。
儀式の間にいた筈なのに気が付けば白色の世界で眠っていた俺は、とりあえず諸々の事情を聞こうと起き上がりベッドから降りると――目の前に突然、空間を砕く紫黒のヒビが現れてそこから見覚えのある人物が顔を出す。
それはフィエリティーゼ最強の魔法使いであり、俺の祖母であるミラスティア・イル・アルヴィスだった。
ミラは俺を見るや否や近づいて来て、ガシッと俺の両肩を掴んだと思ったら矢継ぎ早に早口で捲し立てて来た。
そうして、話をあまり聞きとれていない俺を無視したマシンガントーク繰り返していたミラは、満足そうに微笑み一言――。
「――と、言う訳なのよ」
と口にして話を終えた。
「いやいや、急すぎませんかね!?」
「あら、でも大体の事情は把握出来たでしょう?」
「いや、まあ聞き取れた部分だけでも大雑把には理解出来たけどさ……」
でも、聞き取れた内容だけでもかなりまずい事態って言う事だよな? 名前は聞き取れなかったけど王女とか言ってたし……。
話を纏めると……王女様の処刑が明日で、ミラだけでは救うことが難しくて、作戦の鍵となる俺という転生者を見定める為に、国王が待っていると?
これ絶対に断れないやつだよね……拒否権とか――。
「――残念だけれど、拒否権はないわ」
「でしょうね!? あったとしても使いづらいよその権利……」
異世界転生0日目、邪神を倒しグラファルトを救い出した俺は、転生して直ぐに囚われた王女様を救い出さなければいけないらしい。
――どうやら俺は、転生後の世界でも……ゆっくり出来そうにはありません。
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