第41話 悪夢の女王③
「——その者は我が国を裏切った反逆者である!! 急ぎ地下へと監禁し、今回の計画についての詳細、裏で繋がっていた者の名前、その手口の全てを尋問せよ!! タルマ伯爵領への調査も忘れるな!!」
「「はっ!!」」
ディルクの声に、ベルドを両脇から抱える騎士達は規律正しい返事を返し、ベルドを連れて謁見の間を後にする。
そうして騎士達を見送ったディルクの元に、ディルクの従者であるヴァゼルが近寄り跪いた。
「申し訳ございません、ディルク様。主人の許可なくあの様な行動に出た事、ここにお詫びいたします」
謝罪の言葉を述べるヴァゼルはコルネよりも暗いその灰色髪が生えた頭を深々と下げる。
ディルクはそんなヴァゼルの元へと肩膝をつき、その肩へと手を置いた。
「良い、良いのだヴァゼルよ。娘を思うお前の気持ちは余にも痛いほどにわかる。それに、お前はあの男を殺した訳ではないのだ。もしも余がお前の立場であったら、迷う事なく殺していただろうからな……。ヴァゼルよ、良くぞ耐えてくれた! お前の判断が、更なる悪を暴く事になるであろう」
「勿体なきお言葉にございます……」
「此度の件が終わり次第、余の名においてルタット家の三名は長期の休養とする。これは王命であり絶対である。勿論、その間の費用は余の個人資産から出させてもらう。お前は家族との時間をゆっくり過ごすのだ」
ディルクはヴァゼルの肩を叩き優しく語りかける。
ヴァゼルはその言葉に深々と頭を下げて答えた。その肩を小さく震わせ、下げた頭の先には雫が垂れた跡が床にできている。その様子を見て、ディルクはもう一度ヴァゼルの肩を叩くと小さく頷き立ち上がりフィオラとミラスティアの方を向く。
「フィオラ様、そして常闇の魔女であるミラスティア・イル・アルヴィス様、此度のご助力エルヴィス大国の国王として感謝致します」
「礼には及びません、我が名を汚す者を捨て置けなかっただけですので」
「私もお礼を言われる様な事はしていないわ。あと、ミラスティアで構わないわエルヴィス国王」
「はっ!」
二人の言葉を聞き、ディルクはその場に跪く。
その様子を見ていたフィオラは苦笑しながらディルクに跪くのを止めるように諭した。
「ディルク王、今は私たちだけですので構いませんが……公の場で国王が簡単に跪いてはいけませんよ? それが例え私たちに対してであってもです」
「し、しかし……」
「貴方の敬う心はとても嬉しく思います。ですが、貴方はこの国の王なのです。王とは常に威厳を持つ存在でなければなりせん。それはどんな状況でも変えてはならない、何故ならば貴方にはこの国の全ての民を守る義務があるのですから」
「そうね、人払いの結界とかがある場所ならまだしも、公の場であったり、特に他国の人間や貴族の前では止めておいた方が良いわ。この国の品位に関わることだから」
フィオラとミラスティアは真剣な面持ちでディルクにそう語りかける。
ディルクは二人の教えをしっかりと聞き取り、跪いていたその足を立たせて二人の顔を見て頷いた。
「お二方のいう通りです。どうやら私は王としての自覚が足りていなかった様ですな……お二方の言葉、しかとこの胸に刻み精進して参ります!」
「ふふふ、期待していますよディルク王」
「今回の件みたいな事もあるのだから、これからは王都だけじゃなくて国全体の情報も集める様にした方が良いわよ? 一番楽なのは【隠密】を持っている影の部隊を作るとかかしらね」
「はっ! 参考にさせていただきます」
ミラスティアのアドバイスにディルクは跪くのではなく、会釈をして返答する。
こうして、謁見の間で起きた騒動はその幕を閉じ——。
「——あ、そうだったわ」
……ようとしていたのだが、ミラスティアはある事を思い出しその視線を一人の年老いたエルフへと移した。
そうして、ミラスティアはその視線を年老いたエルフから外す事なく隣にいるフィオラに声を掛ける。
「ねぇ、フィオラ」
「……なんでしょうか、ミラスティア」
「いくら私が寛容だと言っても限度があるのよ……それこそ、可愛い教え子に渡した筈の”紫黒の魔力を内包した指輪”が知らない子豚さんに渡っていたとか……そんなことがあれば言いたい事は沢山出来るわけで」
「……」
「そういうわけで、ここに居る人間の前でなら——別に良いわよね?」
「……今回ばかりは、あの子が悪いですね。わかりました……許可します」
フィオラはミラスティアの目の笑っていない口だけの笑顏を見て諦めた様に眉間を抑えてそう言った。そして、謁見の間に人払の結界を張るとディルクとヴァゼルに対して声を掛ける。
「ディルク王、そしてその従者のヴァゼル……でしたね? これから見る光景を絶対に他言しないと、ここで誓ってもらえませんか?」
「は、はい……フィオラ様がそう仰られるなら……」
「私もディルク様と同じく誓わせていただきます」
「感謝します。この事を知るのは六色の魔女とその弟子たちのみ、今まで隠し通してこれたのも私たちがその情報を秘匿していたからです。ですので、決して口外しない様に」
「「はっ!!」」
フィオラの真剣な眼差しを受けて二人は姿勢を正して返答する。
その声を聞いたフィオラは一度だけ頷き、ミラスティアの方を見てゴーサインを出した。
「こちらの話はまとまりました……もう良いですよ、ミラスティア」
「ありがとう、フィオラ……さあ、久しぶりに遊びましょう——レヴィラ・ノーゼラート」
「「なっ!?」」
「……ッ」
ミラスティアの声にディルクとヴァゼルはその視線を左へと移した。
そこには、大量の汗をダラダラと垂らし後ろへとゆっくり下がり続ける年老いたエルフの姿がある。
二人はミラスティアの言葉に驚愕した。
何故ならば、ミラスティアが口にしたその名前はフィオラの弟子であるレヴィラ・ノーゼラートを指している訳であり、いま二人の前に居る年老いたエルフと、国に保管してある書物に記されたレヴィラの人物像とでは、あまりにもかけ離れていたからである。
ミラスティアの言葉が信じられないディルクは恐る恐るミラスティアへと話しかけた。
「あ、あのミラスティア様? この者はノーガス・ヴァン・ライムバルドという名であり、性別も男である訳で……ミラスティア様の口にしたレヴィラ様とは似ても似つかないのでは?」
「あら、あなた達は知らないのね? レヴィラ・ノーゼラートは【偽装】っていう特殊スキルを持っているのよ」
「そ、そうなのですか……? 国で保管されている歴史書にはレヴィラ様の細かなスキルまでは載っていなかったので、知りませんでした……」
ミラスティアの返答を聞き、ディルクは語られた事実に感嘆する。
そうして、ディルクの問いに答えたミラスティアは、再度レヴィラへと視線を移し自身の体から紫黒の魔力を外へと出した。
「さて、どうするのレヴィラ? 私が無理やり解除してもいいのよ?」
「……わかりました……わかりましたよ!! 解除すれば良いんでしょう!?」
ミラスティアの強迫とも言えるその言動に、レヴィラは諦めて【偽装】を解除する。年老いたエルフを囲むように白い竜巻が現れてその姿を隠した。
そして竜巻が止んで消え去ると、そこには背丈の低いエルフの少女が立っていた。
年老いたエルフの着ていたローブを纏い、その深い緑色の髪をツーサイドアップにした少女は不満たらたらに悪態を吐き始める。
「全く……折角上手い事やってきたのに台無しですよ……そもそも、なんでお師匠様もあっさり了承しちゃうんですか!? 私目立ちたくないからってあんなにお願いしたじゃないですか!」
「どうしてと言われても……そもそもの原因は貴女ではありませんか……」
「うぐっ」
「どうしてミラスティアからの贈り物である指輪がタルマ伯爵の手に渡っていたのか……説明してもらえますね?」
「うぐぐ……」
フィオラから注がれる正論に胸を抑えるレヴィラは深呼吸を一つして、その目に涙を浮かべて語り出した。
「実は……ぐすっ……100年程前に旅をしていて、その時に……ぐすっ……落としてしま——「「嘘ね(ですね)」」——ッ!?」
レヴィラの話を聞いてたフィオラとミラスティアは話の途中にも関わらずレヴィラの言葉をばっさりと否定した。
そして、フィオラは自分の弟子の詰めの甘さを嘆きつつレヴィラが忘れているであろう”ある事実”を口にする。
「はぁ……レヴィラ、私たちに嘘は通用しないと昔から言っているではありませんか。忘れたのですか? 私とミラスティアが特殊スキルである【看破】を所持している事を」
「まあ、レヴィラの場合は【看破】なんて使わなくても、嘘くさい演技で直ぐにわかるのだけれど、残念だったわね?」
「そうだった……お師匠様たちには隠し事なんて出来ないんだった……くっこうなったら……」
嘘が通用しない事を知ったレヴィラはその顔を右隣へと向けて、今までの出来事を呆然と見ていたディルクに向かって声を張り上げる。
「我が名を継承する王よ!!」
「へっ? わ、私ですか?」
「そうだ!! エルヴィス大国第二国王であったこのレヴィラ・エルヴィスの名の下に命ずる——私の盾となり、あの二人から守れ!!」
そう高らかに宣言するレヴィラにディルクは顔を引きつらせた。そして、どう答えればいいかを問うためにフィオラとミラスティアの方を見ると、二人は息のあった動作で首を左右に振って”命令を聞く必要はない”と伝える。
二人の動作を見たディルクは人払いの結界がある事を確認した後、レヴィラの方へと体を向けて、その頭を深々と下げて丁重にお断りした。
「申し訳ありませんが、謹んでお断りします」
「なっ!? 私はお前の先輩だぞ!? 敬え!! もっと私を敬え!!」
「——だったらもっと尊敬されるような姿を見せなさいよ……」
断られた事に憤りその場で地団駄を踏むレヴィラに、ミラスティアは呆れてぼそりと呟いた。
この後、何度も言い訳を繰り返すレヴィラにミラスティアはついに我慢の限界を迎え、”空間支配”を使いレヴィラを拘束すると紫黒の魔力を掌の形に変質させて、レヴィラの頬に張り手をかまし続けた。
そうすること数十分。
レヴィラはその両頬を真っ赤に腫らしてミラスティアの前に土下座をする事となるのであった。
……ちなみに、指輪を手放した理由は――”欲しい魔道書が高すぎて、手持ちのお金では足りず質屋に入れていたが、気づいた時には売り払われた後だった”という、なんとも救いようのない理由であり……。
その事実を知ったフィオラ、ミラスティアにレヴィアが説教をされたのは言うまでもない。
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