第40話 悪夢の女王②
――悪夢の女王。
それは常闇の魔女であるミラスティア・イル・アルヴィスが、他の五人の魔女達の弟子の全員に呼ばれていた異名である。
自分が弟子を持つことはなかったミラスティアは他の魔女の弟子達を可愛がり時には魔法を教えたり、貴重な素材を譲ったりなど、何かと弟子達の面倒を見る事が多かった。
しかし、それはあくまでミラスティアの主観的感覚という大前提がつく。
当初、弟子達はミラスティアがやってくる事を恐れていたのだ。
ミラスティアが遊びに来る事を、各々の師匠である魔女らに聞いた瞬間に逃げだすくらいに。
というのも、ミラスティアの弟子達の可愛がり方にも少々問題があった。
魔法を教える時には”同じ魔法を相手に使われた時の対処も必要だ”と言い、弟子達を柱へ磔にして的にしたり。
貴重な素材を譲った後に”今後は自分で取れるように”と危険地帯である場所へ強制的に転移して、危険種と呼ばれる凶悪な魔物と戦わせたり。
弟子達が逃げ出したとしても、すぐさま魔力を追って転移してくる為、ミラスティアがやって来る日は弟子達にとっての悪夢そのものであった。
だが、弟子達もただやられるだけではなく、一度だけ……たった一度だけではあるがミラスティアに抵抗した事がある。
繰り返される悪夢に我慢の限界を迎えた弟子達は、自分の命を守る為に全員の力を合わせてミラスティアと対立した。現れたミラスティアを五人で囲み、持てる全てを以て一斉攻撃を仕掛けたのだ。
この時、弟子達はミラスティアの事を甘く見ていた。
いくら強いと言えど、自分たちは神の使徒である魔女の弟子。
その弟子が五人もいれば、負ける事はないのだと……。
しかし弟子達は思い知らされる。
それが、愚かなる自惚れである事を——。
一斉に放たれた攻撃を、ミラスティアは紫黒の魔力で飲み込み、弟子達が使った同じ魔法をそれぞれに打ち返した。それも”空間支配”で全員を拘束した状態で。
そうして、弟子達は理解するのであった。
ああ、この方には逆らう事すら許されないのだと。
そうして、この日以降怯えた弟子達はミラスティアを異名で呼ぶようになる。
終わらぬ悪夢を生み出す常闇——
そして現在、エルヴィス大国の王宮内にある謁見の間にて、栄光の魔女——フィオラ・ウル・ルヴィスの弟子であるレヴィラ・ノーゼラートは窮地に立たされていた。
「――あらあら、その目の色……どこかで見た事があるわねぇ? まぁ、私の知っている”あの子”は確か女の子だったと思うのだけれど……心当たりはないかしら?」
「き、きき気のせいではないだろうか……貴女様には、この老いぼれが
「……ふぅ~ん、そう答えるのね?」
「は、ははは……(誰かァァァ!?!? 助けてください!! バレちゃうよ……今までフィオラ様に隠して頂いていた偽装がバレちゃう!!)」
レヴィラは震える顔で無理やり笑顔を作り、ミラスティアの言葉に返答しながらも自分の詰めの甘さを悔やんでいた。
どうせ誰にもバレはしないと……そう高を括っていたレヴィラは、年老いたエルフであるノーガス・ヴァン・ライムバルドへ偽装する時、その瞳の色を変えずにいたのだ。
レヴィラの返答を聞いたミラスティアはその笑みをさらに深くし、ニヤニヤとレヴィラを見つめ続ける。
突如訪れた悪夢に震えるレヴィラであったが、ミラスティアの後方にある大きな扉が音を立てて開くのを視界の端に捉える。
そして、その扉の向こうから現れたのは……レヴィラにとっての救世主になり得る存在であった。
「——全く、わざわざ転移をしなくても扉から入れば良いではありませんか」
「「「フィ、フィオラ様!!」」」
扉の向こうから現れた人物、それは栄光の魔女であるフィオラであった。
ミラスティアの登場に困惑していたレヴィラ以外の三人は、フィオラの登場に驚愕し慌ててその場に跪く。
フィオラの姿を見たレヴィラはというと……。
「ああ……創世の女神よ……感謝致しますッ……」
自分の師であるフィオラの登場に祈りの姿勢を作り、この場にはいない創世の女神へと感謝を告げるのであった。
謁見の間に足を踏み入れたフィオラは祈り続けるレヴィラを見て何事かと首をかしげるが、隣にいるミラスティアの顔を見て「ああ……」と小さく呟いた。
「ミラスティア、あまりあの子をからかわないであげてください。一応、彼女の生存は極一部の者以外には秘匿されている事象ですので……」
フィオラはミラスティアに近づき小声でそう呟いた。フィオラの話を聞いたミラスティアは不服と言わんばかりに頬を膨らます。
「でも失礼だと思わない? あの子、私の顔を見た途端まるで悪魔を見るような顔をしていたのよ?」
「それはあなたがッ……いえ、あなたは純粋にあの子達を可愛がっていただけですもんね……だとしたら怯えられている自覚なんて、あるわけありませんよね……」
「……?」
フィオラは不貞腐れるミラスティアに、自分が行ってきた弟子達への所業を説明しようとするが、無自覚であるミラスティアがそれを理解するはずがないと悟り諦める。
そして、首を傾げて見つめてくるミラスティアに話題を変えるように話し始めるのだった。
「それよりもまずは——しなければいけない事がありますから、先にそちらを片付けてしまいましょう」
「……それもそうね。じゃあ早速、始めましょうか」
フィオラとミラスティアは話しながらにその視線を跪くベルドへと向ける。
ベルドは汗を大量に垂らし、その床に大きなシミを作っていた。
「ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスとその従者よ、いつまでもその体制は辛いでしょう、楽にしていなさい。そして、タルマ伯爵領の現当主——名をベルド」
「は、はいっ!!」
「貴方には悪いとは思いましたが、この場での話は全て聞かせて頂きました。その上で、栄光の魔女であるフィオラ・ウル・エルヴィスが貴方に問います」
話を聞かれていたと言うフィオラの発言にビクリと体を震わせベルドは短く返答をする。
そうして、フィオラはベルドの前へと歩み寄りその口を開いた。
「先ほど、貴方が発言した”常闇のミラと友好を結ぶ事に成功した”という言葉……これに嘘はありませんか?」
「……はい!! 嘘偽りはございません!!」
フィオラから投げかけられた問いに、ベルドははっきりとそう答えた。
その場に居る者の反応は様々であった。
国王であるディルクと従者は神妙な面持ちでフィオラとベルドを見つめ。
宰相のノーガスに偽装しているレヴィラは、ベルドの発言に憐れみその首を左右に振る。
そして、フィオラの後ろで話を聞いていたミラスティアは新しいおもちゃを見つけた事に喜びその口角を上げて笑みを溢していた。
ベルドは緊張した面持ちでフィオラの返事を待っている。
そうして数秒の静寂が謁見の間に訪れた後、一呼吸をおいてフィオラはその口を開くのであった。
「そうですか……だ、そうですよ? ミラスティア」
「……へ?」
フィオラは冷めた瞳でベルドを見た後、後方へと振り返り笑みを浮かべる少女の名を呼んだ。その声は静かな謁見の間に響き渡り、ベルドだけではなく玉座に座るディルクとその後ろで控えていた従者の耳にも届いていた。
ベルドはフィオラの言葉に間抜けな声を出し、その視線をフィオラが見ている見目麗しい少女へと向ける。
ミラスティアはフィオラの元へと歩き始めてその隣まで移動すると、惚けた顔をしたベルドを見下ろしその首を小さく振る。
「残念だけれど、私がこの世界へ戻ってきたのは……そうね、フィエリティーゼの時間軸で考えると300年振りかしら? だから、貴方のような子豚さんと会ったこともないし、会ったとしても友達になる事はないわね……つまり”貴方と友好を結んだ”なんて事実は存在しないわ」
「え、あ……し、しかし……私にはこの指輪が……」
現在の状況をいまいち理解できていないベルドは、それでも自分が常闇のミラと友好を結んではいないと言われた事実だけは分かり、諦め悪く反論しながら、震えるその手で紫黒の魔力の溢れた指輪をフィオラとミラスティアに見せる。
その指輪を目にしたミラスティアは、チラリと年老いたエルフに偽装しているレヴィラの方を見た後、視線をベルドへと戻し笑顔で語り出すのだった。
「それが一番の謎なのよ……。その指輪はね? 私が”特に可愛がっていたフィオラの弟子”にあげたものなの、さて——これはどういう事なのかしらねぇ……?」
「ヒッ……」
その悲鳴はベルドからではなく、その後ろに立つ年老いたエルフから発せられる。
レヴィラは一瞬ではあったが、ミラスティアから放たれた殺気を感じとりその身を震わせフィオラの方へと視線を移した。
——お願いします……助けてください、お師匠様……。
そんな思いを込めて送られたレヴィラの視線に気づいたフィオラは笑顔を見せる。そして——その首を左右に振るのであった。
「ッ!? 私に……救いなどなかったんだ……」
そう呟き、レヴィラはその場に膝をつき項垂れる。
そんな宰相の姿にディルクと従者は首を傾げて困惑するばかりであった。
そうして、謁見の間が混乱し始めたところでフィオラは咳払いを一つして注目を集める。
「話を戻します。ベルド・タルマ、貴方はいい加減その頭で理解するべきです」
「い、いったい、なにを……」
「先ほど、貴方は目の前にいる人物に言われたではありませんか。”私は貴方と友好を結んだ覚えはない”と、それで理解できませんか? 貴方の目の前にいる人物がどのような存在なのかを」
フィオラの言葉を聞いて、ベルドは混乱している頭を使い思考する。
そして、唐突に顔をあげると腰を抜かしてアワアワと震えだすのであった。
「ま、まさか、そんな……貴女は……貴女様は……本物の……」
「ああ、そういえば自己紹介がまだだったわね」
ベルドの視線を受けて、ミラスティアは忘れていた自己紹介を始めるのであった。
「改めましてこんにちは。私の名前はミラスティア・イル・アルヴィス。そうね、あなた達に分かりやすく説明するのならば”常闇のミラ”と言った方がいいのかしら?」
「よろしくね」と微笑みミラスティアはディルクと従者、そして目の前で涙目になっているベルドに挨拶をする。
「ベルド・タルマ伯爵。此度のシーラネルの件で気になる事が幾つかあります。なぜ貴方はミラスティアと友好を結んでいるなどと嘘を吐いてまで、今回の救出劇に名乗りを上げたのですか? それも国王に成功後の報酬を確約させる宣言までさせて……貴方には、ミラスティアの力を借りずともシーラネルを必ず救えるという確信があったのですか?」
「そ、それは——「あら、そんなの簡単よ」——ッ!?」
フィオラから投げかけられる問いにベルドはあからさまに狼狽え始める。
しかし、フィオラからの問いに答えたのはベルドではなくミラスティアであった。
「この子豚さんの領地はシーラネルが攫われたエルヴィスの東、それも端の方にあるのでしょう? 死祀の国も確かその近くじゃなかったかしら? 子豚さんの領地を調べればすぐに分かると思うわよ……裏で誰と繋がっていたかがね?」
「ッ!? まさか……ベルド、貴様!!」
ミラスティアの言葉に、その先の言葉ディルクは立ち上がりベルドを睨みつけた。
しかし、それよりも先に反応した者がいた。
「グボァッ!?」
素早く動いたその人物は狼狽えるベルドの顔面を殴りつけ、ベルドの体を左側へと吹っ飛ばす。
そうして、拳を強く握る人物——ディルクの従者であり、今回の一件で自責の念に駆られ重傷を負ってしまったコルネの父である、ヴァゼル・ルタットはその殺気を隠す事なくベルドへ向けるのであった。
「……貴様の行いが、愛する娘を傷つけた」
一歩、また一歩とヴァゼルはベルドへ向かい歩みを進める。
「……貴様の行いが、忠誠を誓った主とその家族を傷つけた」
そうして、殴られた頬を抑えるベルドの元へ辿りつき……ヴァゼルは目の前にいるベルドを睨みつける。
「……楽に死ねると思うなよ? 薄汚い豚め」
刹那、謁見の間に轟音が響き渡る。
こうして、ヴァゼル・ルタットはその怒りが求めるままに力の全てを込めたその拳を下へと向けて振り下ろしたのだった。
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娘を思う父は強し……。
二章に入ってから藍くんが出てきていなくて申し訳ないです……
悪夢の女王は残り一話か二話で終わり、その次は藍くんの話になる予定ですのでもうしばらくお待ちください!
炬燵猫
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