第39話 悪夢の女王①





――エルヴィス大国の王宮。

 シーラネルの公開処刑まで明日となってしまったこの日、謁見の間には国王が玉座へと腰掛け、その左右後方には宰相の年老いたエルフと国王の従者であるコルネの父親のみが控えている。

 それは少人数での謁見を申し出た、今玉座の前で跪くとある貴族の願いによるものだった。


「エルヴィス王よ、お久しぶりでございます。この度はシーラネル様の件、さぞ心を痛まれたことでしょう……」

「――タルマ伯爵、どこでその話を嗅ぎつけた」


 国王であるディルクはそのブロンズブルーの瞳で、跪く貴族を睨みつける。

 しかし、その目の下には隠しきれない程大きなクマがあり、髭のないその綺麗な顔はやつれていた。


 現在、この謁見の間には王妃であるマァレルは居ない。

 コルネによってシーラネルが攫われた事を知ったあの日以降、体調を崩して床に伏せているのだ。それに付き添う形でウェイド、第一王女のメルロ、第二王女のレイネルも不在である。

 厳密にはウェイドはディルクについて行こうとしていたが、眠れていないウェイドを見兼ねたディルクがマァレルの傍に居るように命じた。

 それ程に、今回のシーラネルの件はディルク達一家を疲弊させていたのだ。


 そんな中で行われた今回の謁見。

 ディルクの目の前で跪いている小太りの男、ベルド・タルマは脂汗をその顔から噴き出し床に敷かれた絨毯をその汗で湿らせる。


 代々エルヴィス大国の東部にあるタルマ領を治めて来た伯爵位の貴族。その現当主であるベルドは、コルネが帰還した日から即座に箝口令かんこうれいを敷いていた筈のシーラネルの事を何故か知っていた。


 ベルドは顔を上げ額の汗をハンカチで拭くと、ぐへへと不気味な笑い声を出し語り始める。


「そうは申されましても、人の耳は早いモノですからなぁ……それに、我が領地は事が起こった東にございますので」

「ふんっ……それで? 朝早くに貴様が寄越したこの紙に書いてある事について、説明があるのだろうな?」

「もちろんですとも! 本日はその為に王への謁見を申し出たのでございます!」


 王の言葉を聞き、水を得た魚の様に両手を広げ大袈裟に喜びを表現するベルド。

 その様子を、玉座側に居た三人は静かに見下ろしていた。


 今回の謁見をディルクが許可した理由。

 それは、目の前で嬉々として笑みを浮かべるベルドが、朝早く門番に手渡した手紙の内容を読んだからであった。


『わたくしめの力を以てすれば、シーラネル王女殿下をお救い出来るやもしれません』


 根拠もなく唯々怪しさのみが満載のこの文章に、玉座の後ろで控えている宰相は話を聞く必要はないと進言したが、ディルクは話だけでも聞こうと宰相の言葉に耳を貸さなかった。


 シーラネルの事を思うとろくに眠る事も出来ず家族の疲労も限界に近い。栄光の魔女であるフィオラから預かった通信用魔道具にも特に反応はなく、最早ディルクにとってそれがどんなに怪しいモノであろうとも、縋れるものに縋らずにはいられなかったのだ。


 ベルドは謁見を許可してくれたディルクに対する盛大な感謝を述べ終えると、手紙に書いていた文章について説明を始めるのであった。


「それでは、説明をさせていただきます。わたくしめは”たまたま”今回の件を耳にしてそれはもう慌てました、我が麗しのシーラルネ王女殿下にもしもの事があれば……そう思い居ても立っても居られなかったのです!」

「……つまらん前置きはよい、さっさと本題に入れ」


 さも演劇の役者の様に身振り手振りを入れながら感情的に語り出すベルドに、ディルクは溜息を吐き先を促す。その後ろでは、従者はゴミを見るような蔑む視線を隠すことなく送り、宰相に至ってはその老体を震わせてその右手に持った木製の杖で今にも魔法を放とうとしていた。


 その光景を見たベルトは慌てて咳払いを一つすると、本題へと入り出す。


「で、では改めて本題を――わたくしめの力を以てすれば、必ずやシーラネル王女殿下をお救い出来る……それは事実でございます」

「――タルマ伯爵、余の前でつまらぬ嘘は許さんぞ?」

「重々承知しております。王よ、此度のシーラネル王女殿下の救出――是非わたくしめにお任せください!!」


 自信ありげに語るベルドに、ディルクはそのブロンズブルーの瞳を細めて思案する。すると、後方に控えていた宰相が杖をつきながらディルクの隣へとやって来た。


「タルマ伯爵、貴殿の申し出は大変嬉しく思うが……現在、我が国の建国者である栄光の魔女――フィオラ様が動いて下さっておる。我々が迂闊に動くわけにはいかぬのだ……」

「ふんっそんな弱腰で構えていて、シーラネル王女殿下に何かあったらどうするのだ!?」


 宰相が申し訳なさそうにそう告げると、ベルドは心底不満げに宰相に向かって悪態を吐く。

 そんなベルドの小言を聞いた宰相は、その瞳を細めてベルドに疑問を投げかける。


「ほう……そこまで言うのであれば、さぞ素晴らしい計画があるのでしょうなぁ? 是非この老いぼれにも分かるように、その計画の内容を説明して頂きたい」

「……いいだろう、心して聞け!」


 宰相のからかう様な口調を聞いたベルドはその眉間に青筋を立てて小刻みに震えている。

 そうして、苛立ちを隠せない様子のベルドの口から、その計画が語られるのであった。


「その前に確認なのですが……。現状、フィオラ様から何か動きがあったと連絡は?」


 その言葉に宰相が国王であるディルクの顔色を伺う。ディルクは宰相の顔を見て小さく頷き、現在の状況についてベルドへ話すことを承諾した。


「残念ながら、未だフィオラ様からの連絡は来ていませんなぁ」

「それはつまり、フィオラ様を以てしても困難を極める事態と言う事ですな?」

「何を言うかと思えば……仮にそうであるとして、それが何を意味するのだ? フィオラ様でも困難を強いられる事態、貴殿にはなにも出来ないであろう?」


 宰相は呆れた様にベルドへと告げる。

 ベルドはそんな宰相の言葉を意に介さず、不気味な笑みを浮かべ静かに声を出す。


「確かにわたくしめには何も出来ません……しかし、シーラネル王女殿下をお救い出来るであろう協力者が居ります」

「協力者……その者は一体何者だ?」


 少しでも可能性があるならば……そんな気持ちからか、ディルクは前のめりになりベルドへと質問する。

 ベルドはそんなディルクの様子を見て、昔話をし始めた。


「およそ三百年程前の話でございます……ご存じではありませんか? 六色の魔女の中でただ一人、その姿をくらませていた存在を」

「ッ!? まさか……生きておられたのか!?」


 その言葉に、ディルクはその玉座から立ち上がる。従者であるコルネの父はその話に付いていけず混乱し、宰相は何も口にせずベルドを静かに睨み付けていた。


「その通りです。わたくしめはつい先日……世界最強の魔法使いと謳われるあの常闇の魔女――ミラ様と友好を結ぶことに成功いたしました!」

「そうか……常闇のミラ様が生きて……」

「ええ、ですから王よ……是非ともわたくしめに「――騙されてはなりませぬぞ、王よ」――ッ、何を言うのです宰相殿!!」


 常闇の魔女と会うことが出来たと話すベルドに対して、宰相はその魔力を体外へと溢れさせてベルドを睨みつけている。

 その顔は怒りに染まり、今にもベルドを殺してしまいそうなほどの殺気を漂わせていた。

 宰相はベルドの声を無視してディルクへと語り続ける。


「お忘れになったのですか? 王が即位された20年も前に、フィオラ様が話していたではありませんか……”常闇のミラは、もうこの世界には存在しない”と」

「ッ……そう、ではあるが……」

「大体、あの者の言葉だけを信じて仮に失敗でもしてしまったならば、それこそフィオラ様に顔向けできませんぞ?」


 宰相の言葉に、ディルクは俯きその両目を片手で覆う。

 そして、無視され続けていたベルドはついに宰相へと怒鳴り出した。


「いい加減にしろ!! 貴様は私が嘘を吐いていると言うのか!!」

「先程からそう言っているでしょう? 貴殿の証拠もない発言に騙されるとでもお思いか? そんな根拠もない発言で私が納得すると思わぬ事だな」


 怒り心頭のベルドに宰相は冷静にそう言い放つ。

 その言葉を聞いたベルドはニヤリと青筋が出来た顔に笑みを浮かべ宰相を睨みつける。


「――なるほど、証拠があればいいのだな……?」


 そして、ベルドはのそのそとズボンのポケットから小さな指輪を取り出した。


「見よ、宰相殿!! これはミラ様から賜った”闇魔力”が込められた指輪だ!!」

「――それはッ!?」

「この指輪に魔力を込めると――この通り!! 内包されている”闇魔力”が溢れて来るのです!! ミラ様が仰るにはこれはあくまで装飾品と言う事でしたが……この世界にはもう存在しない”闇魔力”が込められた指輪、これ以上に証拠と成る物がありますでしょうか?」


 その指輪を見てディルクと従者は驚愕し、宰相はその顔を青ざめている。

 ベルドが手に持つ指輪、その指輪の宝石からは紫黒の魔力がゆらゆらと漏れている。


「宰相よ……これは……」

「い、いや、王よ……あれは、実は――「王よ!! どうか、いまご決断を!!」――ッ」

「……タルマ伯爵、貴殿は此度の報酬に何を望むのだ?」

「お待ちください、王よ!!」


 ディルクから発せられた言葉に、宰相は慌てて止めに入ろうとする。しかし、ベルドは宰相の声を掻き消す程の声量でその望みを口にするのだった。


「それでは……過去に何度か進言していたシーラネル王女殿下とのご婚約の件を、お願いできませんでしょうか?」

「なっ!? そ、それは……」

「王よ、今動かなくてどうするのです!? このままではあの麗しいシーラネル王女殿下が処刑されてしまうのですぞ!? それに比べたら、わたくしめの些細な願いなど安いものでしょう?」

「う、うむ……」

「さあ、王よ!! ここでわたくしめに誓ってください!! シーラネル王女殿下をお救いした暁には、わたくしめとシーラネル王女殿下のご婚約をお認めになると!! そうすれば、わたくしめは早急に常闇のミラ様へとご助力を願いにまいりましょう!!」


 改めて膝をつき、ベルドはディルクに語り続ける。

 ディルクはシーラネルの事を思い浮かべた後、先程見せられた指輪の事を思い浮かべる。


(もし、本当にシーラネルを救えるのだとしたら……)


 そして、ディルクは傍で首を振る宰相に「すまぬ」と呟き、その玉座から立ち上がる。


「エルヴィス国王――ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスが宣言する!! 我が娘、シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスを救い出した暁には――」


 そこでディルクは俯き、一瞬の躊躇いを見せる。


(シーラネルの意を無視しての婚約……しかし、このままもしシーラネルが亡くなるような事になれば……)


 そうして心の中で葛藤を繰り返し覚悟を決めたディルクは、再び声を張り上げようと顔を上げる。



 だが、その声が発せられることはない。

 なぜならば――。




「――いつまで経っても終わらないみたいだから来てみたのだけれど……面白そうな話をしているのね、私にも聞かせてくれないかしら?」




 ――謁見の間に、誰もが予期せぬ来訪者が現れたからである。



 紫黒のヒビが空間を砕き、そこから黒いドレスを身に纏う見目麗しい顔立ちの少女が姿を現す。

 その長い黒髪を揺らし、少女は楽し気に微笑みそう言った。


「「「――ッ!?」」」


 ディルクと従者、そしてベルドは少女の出現に驚愕する。

 しかし、そんな三人とは違い……否、そんな三人とは比べられない程に絶望の表情を浮かべる者がいた。


「ば、馬鹿な……!!」

「あら? あなたもしかして……」

「ひぃッ!?」


 その人物を見つけた少女は、新しいおもちゃを見るように楽し気にニヤリと笑う。

 少女のその楽し気な顔に絶望の表情を浮かべていた人物――宰相であるノーガス・ヴァン・ライムバルドは、少女の言葉に小さな悲鳴を上げた。



……今までのしわがれた声ではない、女性の様な高い声を出して。



(なんで……なんでなんでなんでなんで!? もう帰ってくることはないと思ってたのに!! どうしてここに”悪夢の女王クイーン・オブ・ナイトメア”がいるのよ!?)



 こうして、ノーガス・ヴァン・ライムバルド――に偽装しているエルフの女性……元エルヴィス大国二代目国王、レヴィラ・ノーゼラートは予期せぬ再会を果たしてしまう。


 六色の魔女の弟子全員が”悪夢の女王”と呼び恐れた相手――常闇の魔女、ミラスティア・イル・アルヴィスとの再会を。









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次回

レヴィラ、死す。

     お楽しみに!!(普通に続きを書きます)

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