第38話 閑話 コルネ・ルタット〜自責の疾走〜





 転生者達がシーラネルを連れ去ってから、もう日付は変わり昼を過ぎていた。


「ハァ……ハァ……ッ」


 コルネ・ルタットは大量の汗を噴き出しながらその足に力を込めて、長い道をひたすらに駆け抜ける。


(早く、早く知らせなければ……! 街を抜ければ検問に引っかかる……そんな時間も今は惜しい、街を外れて最短ルートの森を突っ切る……!!)

「【加速】!! ”身体強化”!!」


 その足を止める事なくコルネは頭の中で判断し、限界が近づいていた体に【加速】と強化魔法をかけるのだった。


 【加速】、それは彼女が幼い頃から保有していた特殊スキルだ。

 使えば個人の身体能力を高め、限界を超えてその素早さをスキルの名の通り加速させる事が出来る。その効果時間は使用回数が増えるごとに少しづつ伸びていき、現在のコルネの持続時間はおそよ20分程度だ。

 コルネは【加速】の制限時間が来ると、直ぐさま掛け直して走り続けている。


 しかし、己の限界を超える度にコルネの体には決して少なくはない痛みが伴う。

 コルネはそれを幼い頃から続けている訓練で知っていた。

 わかっていた。

 自分の体が今にも壊れそうになっている事を。


 それでも、その痛みを知っていても、止めるわけにはいかなかったのだ。


(シーラネル様……すみません……私は、私はなんて弱いんだ……ッ)


 助けられなかった。

 転生者達を前に、何も出来ずにただ攫われるシーラネルを見る事しか出来なかった。

 そんな思いが走り続ける足に力を込める。

 握っていた拳からは血が流れ、振り切る度に雫となり後方へと飛び散っていた。

 そうしてコルネが考えるのは、優しい笑みを浮かべた自身が仕えるシーラネルの事。


(私は……一体何の為に努力をしてきたんだ……!!)





 コルネが生まれた”ルタット家”は、代々エルヴィス大国の王族に仕えていた。

 コルネの父親は国王であるディルクに、母親は王妃であるマァレルに仕え、常に傍で主人を支え続けている。


 そんな両親の背中を見ていたコルネは自ら礼儀作法や戦闘訓練などを積極的に受ける様になり、そうして訓練を続けていたある日……7歳となったコルネは、自分より二つ年下の少女に出会ったのだ。



——あなたがコルネですね!? わたしのなまえはシーラれル……シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスです!! これからよろしくおねがいしますね、コルネ!!



 たどたどしい言葉遣いで一生懸命に伝えてくる王妃と同じ桜色の髪をした少女。シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスは無邪気な笑みを浮かべコルネへと手を差し伸べる。


 コルネはこの時、目の前の少女に一目惚れをした。

 それは恋とは違う特別な感情であり、”この方の為ならば命をかけるもの厭わない”。たった一瞬の邂逅でそう思わせるくらいにコルネはシーラネルに心を奪われたのだ。

 こうしてコルネはシーラネルの従者となり、空いた時間はシーラネルを守る為に過激な戦闘訓練を繰り返す日々を送っていた。時には怪我をしてシーラネルにその過激さを注意される事もあったが、それでもコルネは止める事なく強さを求め続けた。


 全ては、愛すべきシーラネル王女殿下の為に。


 それがコルネ・ルタットの幸せであり、シーラネルの傍に居れる事が彼女にとっての誇りであるのだ。







 だからこそ、少女は駆け抜ける。

 そこが草木の生い茂る場所であろうと、川が流れる場所であろうと、泥が跳ね返りその身が汚れようとも……少女はそのスカイグレーの髪を揺らし疾走するのだった。


 森へ入り気づけば日は暮れていた。

 そうして訪れる夜に、コルネは焦りを見せる。


(周囲が暗くなってきた……けど、この森を抜ければ王都へは一直線。この時間なら門番も王家の騎士が行っているはず……)

「急がないと——「「グルァァァ!!」」ッ!?」


 その雄叫びにコルネは視線を右へと移す。

 そこには白い毛並みをした二頭の狼の姿があった。


「こんな時にスノーウルフとは……」


 コルネは目の前に飛び出してきた二頭の狼にその足を止め悪態を吐く。


 スノーウルフは森林や雪原などに生息する魔物である。

 知性は低く本能のままに生き物を襲いその血肉を食らう為、旅人や新人の冒険者にとっては天敵とも言える存在。

 スノーウルフの厄介なところは、自分の魔力を氷の結晶へと変質させ飛ばしてくるその習性だ。素早い動きに加えて遠距離からも攻撃できるスノーウルフに集団で襲われるとベテラン冒険者であっても一人では苦戦を強いられることもある。


 そんなスノーウルフが、満身創痍のコルネの前に二頭現れた。

 額から流れる汗を拭い身をかがめたコルネは、手の甲を使いスカートを軽くたくし上げ、太ももに隠していたナイフを鞘から抜き出した。

 そうして二頭のスノーウルフと対峙して、右足を強く踏み込む。


「……ッ!!」

「ギャウッ」

「グルァ!!」


 【加速】と”身体強化”により最高速度となったコルネは、その速さを活かし右側のスノーウルフへ素早く接近すると、その喉元をナイフで深く切り裂いた。

 切り裂かれたスノーウルフは小さな呻き声をあげるとその場に倒れて動かなくなる。

 そうしてコルネは残りの一頭へと視線を向けるが、左側に居たスノーウルフはコルネが右側に居たスノーウルフの喉元を切り裂くのと同時に、その魔力を氷の結晶へと変質させていた。

 仲間が殺された事で怒り心頭なスノーウルフはその雄叫びと共に氷の結晶をコルネへと飛ばす。


 この時、コルネは二つの災難に襲われていた。


 一つは、残ったスノーウルフの氷の結晶が想定していた数よりも多かった事。一桁を超える事はないと踏んでいたその結晶は、コルネの予想を超えて二桁を超える数になっていたのだ。

 そして二つ目は、約二日間休む事なく走り続けた疲労がここに来て限界を迎えていた事。その影響はコルネの体を停止させ、コルネの膝を地面へと着けさせる。


 そうして、膝を着いたコルネにスノーウルフの攻撃が降り注ぐ。

 なんとか致命傷を防ごうと手に持ったナイフで応戦するが、同時に降り注ぐ結晶には対応する事が出来ず、コルネの右肩と左の横腹に氷の結晶が突き刺さる。


「くっ……うっ……ッ」


 コルネはその痛みに涙を浮かべ、たまらず小さな嗚咽を吐いた。

 幸いな事に横腹は氷の結晶が掠めた程度で済んだ為傷は浅いが、右肩には貫通する事なく、氷の結晶が突き刺さっている。


 痛みに悶えるコルネにスノーウルフは唸り声をあげて更に氷の結晶を作り出そうとしていた。


(痛い……痛い……でも、それでも……諦める……ものかぁ!!)


「ウアァァァァ!!!!」


 コルネは自分を奮い立たせるように叫び、右肩に刺さったままの氷の結晶を左手で引き抜いた。

 そして、震える足を無理やり立たせてそのまま目の前にいるスノーウルフへとかけていく。


「そこを……どけぇ!!!!」


 コルネはスノーウルフを睨みつけ、左手に持ったナイフでその脳天を突き刺した。コルネの凄まじい殺気に怯えたスノーウルフは、一瞬ではあるがその動きを止めてしまった。それがコルネのチャンスとなり、スノーウルフの敗因となる。


 こうして、突如現れたスノーウルフとの戦闘を終えたコルネは、フラつく足を引きずりながら、王都へと急ぐのであった。
















 夜の王宮に騎士の叫び声が木霊する。


「誰か、誰かいないか!! 急いで宮廷魔法師を連れてきてくれ!! シーラネル王女殿下の従者が大怪我をしている!!」


 その声を聞いて騎士団が数人と、宮廷魔法師が慌てて駆けつける。

 宮廷魔法師の女性はコルネの体を見て思わず目を背けそうになった。


 裂傷やどこかに打ち付けたような打撲痕が至る所にあり、外傷の中でも特に酷いのは右肩の刺突痕だった。

 コルネは荒い呼吸を繰り返し、その顔は青白くなっている。


 そんなコルネの状態を見た宮廷魔法師は側で見ている騎士達に叫ぶ。


「大至急、王宮内にいる侍女たちを呼んで来てください!! 早く清潔な場所で治療を始めないと手遅れになってしまいます!!」


 そうして、騎士達が王宮内へと入るのを確認すると宮廷魔法師はコルネの前へと手を翳しその手に魔力を込める。


「——彼の者を癒せ、”上級回復”」


 回復魔法を唱えて、宮廷魔法師はその経過を観察する。

 コルネの裂傷は少しづつ塞がっていき、打撲痕もうっすらと消え始めている。しかし、肩に出来た刺突痕だけは流れる血を止めただけでその傷までは治せなかった。

 さらに、コルネの呼吸も酷く乱れたままで治まる気配はない。


(これはもしかしたら、内側にも怪我をしているかもしれませんね……早急に原因の究明を——)


 そうして、頭の中で考えていた事をを伝える為に離れた所にいる騎士へ駆け寄ろうとした時、宮廷魔法師の右腕をコルネが強く掴んだのだった。


「コルネ・ルタット!? 私の声が聞こえますか!?」


 宮廷魔法師の叫び声に、再び集まって来た騎士達も近づく。その中には、コルネの両親の姿もあった。


「——く、王に……伝え——」

「コルネ・ルタット! 無理しなくて良いのです! あなたの命は必ず助けますから!!」

「申し訳、ございません……私は、私は王女殿下を……」


 その後、コルネから語られた事実にその場にいた全員が驚愕する事となる。

 コルネは駆けつけた侍女と宮廷魔法師によって治療室へと運ばれた。


 こうして、王宮は長い夜を迎える。

 王はその事実に嘆き、王妃は隠す事なく涙を流す。

 兄である第一王子は怒りを露わにして、姉である第一、第二王女は心からシーラネルが無事である事を祈り続けた。



 これが、フィオラが王宮へと訪れる数刻前に起きた出来事である。




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