―不死をも殺す略奪者編―
第37話 序章 シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィス~一日目の夜~
――目が覚めると、そこは見知らぬ場所でした。
石作りと思われる床で、私はいつの間にか眠っていたみたいです。
「あれ……私は……」
私は一体何をして……ッ!?
「そうだ、私は確か……」
徐々に覚醒していく意識。
そこで私は意識を失う前の記憶を遡り、状況確認を行います。
あの日、同盟国への視察を終えて馬車でエルヴィスへ戻っていて……。
そして……森で襲撃に遭った。
あの独特の口調とルネの背中越しに見た姿から推測するに、賊は死祀と呼ばれる転生者達で間違いない。
「それで、急に眠くなって——」
そこまで口にして私はようやく自分の身に起こった出来事について理解しました。
「そういう事ですか……」
今まで見えなかった暗闇が、その闇に慣れて鮮明になっていく。
石造りの狭い部屋。
そこにはベットも無ければ、テーブルもない。
あるのは簡易的に作られた手洗い場らしき物と、部屋の上の方に付けられた小さな格子窓のみ。
私の両腕と両足には、鉄製であろうズシリと重い手枷が嵌められている。私はこの手枷に見覚えがあり、その記憶を明確にする為に両手に魔力を集中させてみます。
「……ッ。予想通り、魔力を遮断する魔道具でしたか」
集中した魔力は外へと放出された瞬間に何かに弾かれるように霧散してしまう。
その光景を見て私は、両腕に嵌められた手枷が王国が管理する事となっている禁止指定の魔道具だと理解しました。
「しかし、どういう事なのでしょうか……?」
そこで、一つの疑問が浮かびます。
「彼らは一体……これを何処で手に入れたのでしょう?」
死祀は独立国家であり、その活動は盗賊に近しいものであると最近王宮にある資料で見た覚えがあります。盗賊の様に旅人から武器や食料を奪い、殺戮の限りを尽くしてきた彼らの行動が落ち着き始めたのはここ数年の事……。
旅人から手に入れた?
いいえ、それはありえません。
現在、禁止指定の魔道具は六色の魔女様達によってその全てが各大国の管理下に置かれています。この手枷を国の許可なく持っている事自体が犯罪行為であり、その罪はとても重い。手枷を盗み出そうとして、処刑されたものまでいる程に。
そして、その製造技術も消滅してから日は長く、手に入れること自体が不可能です。
「となると、これまでにあった違和感が自然と繋がっていきますね……」
全世界へ広く活動していた死祀がその行動を急に変え、エルヴィス大国の傘下にある同盟国への集中的な領土侵攻。そして、襲撃された同盟国からの過剰とも言える量の視察の嘆願書……それも全てがエルヴィス大国から離れた僻地と呼ばれる場所にある国ばかりでした。
「それに、近頃エルヴィス大国を中心に広がっていた噂も気になります」
エルヴィス大国、特に王都に滞在する貴族の方々から耳にした噂。
『【神託】を持つ者は女神様の愛を授かる者、その者を殺すという事は女神様の逆鱗に触れるのと同じ事』
『女神様のお声を聞ける【神託】を持つ者は創世の女神の加護によって常に守られている』
いつからか、誰からかもわからず、そんな噂が広がり始めていた。当然ながら【神託】を持つ者が女神様の特別などという事は全く持ってない。
それは、【神託】を持つ私だから確信が持てる。【神託】とは、あくまで女神様が世界の情報を得る為に存在するスキル。こちらからお声掛けをしても必ず答えてくださる訳ではありません。確かに女神様の加護は授かりますが、その効力は【神託】を持たない方々と変わりありません。
そんな噂を流す理由……。
これまでの流れから推測するに、これは仕組まれた計画……?
「どうやら、陰で転生者達を誘導した何者かがいる様ですね……」
こんな事なら、コルネに頼んでしっかり調べてもらえばよかったですね……。
コルネは無事でしょうか……それに、私を守ってくださったエルヴィスの騎士達も……あなた達に何かあっては、お父様に顔向けできません。
「どうか……どうか、ご無事で……」
「あ~王女様起きてるじゃん!」
小さな窓へ祈りを捧げていると、背後から女性の声が聞こえてきます。
その声の方へ振り向くと、そこには灯した蝋燭を乗せた燭台を手に持つ肌の露出が多い女性が、鉄格子の向こうに立っていました。
「こんばんは~ご飯もってきたよ」
「……」
「あれれ、もしかして嫌われてる? まぁそうだよねぇウチらに攫われてる訳だし」
女性は軽い口調で話しながら、特に警戒することもなく鉄格子の扉を開け、私の前へと食事の入った板を置いていきます。食事はパンが一つと木製の器に入った水のみ。それでも、比較的まともな食事が出たと事に私は心から安堵しました。
「まぁぶっちゃけ? ウチは王女様には申し訳ないなぁとは思ってるよ?」
「……そう思うのでしたら、私をエルヴィス大国へと帰して欲しいですね」
変わらず軽い口調で話す女性に私は叶うことのない願いを言いました。
鉄格子の扉を閉め、鍵を掛け直した女性は大きな声で笑い出します。
「あははは!! 無理無理っ!! だって、王女様が必要なんだもん! 明日になったら詳しく説明があると思うけど~ウチらの計画には王女様が絶対必要だからね~」
「計画?」
「そうそう! 女神様をね? この世界に呼び出すの!!」
「なっ!?」
その言葉に私は思わず声を上げてしまいます。
「なんて愚かな……」
「――愚かだと? それは、我らをこの世界へと転生させた女神の事ではないか」
「あや?
私の声に反論する様に、低い男性の声が肌色の多い女性の背後から聞こえます。
蝋燭の灯で見えたその姿は……不気味と言わざるを得ませんでした。
血を塗り固めたような赤黒いローブを纏い、その顔は人の顔の骨で出来た仮面で覆われています。
「……食事を置くだけのはずなのに貴様の帰りが遅いと周囲が騒いでいたのでな、様子を見に来ただけだ。それと、我のことをその名で呼ぶな! 我の事はプロメテウスと呼べ!!」
「あちゃ~みんな心配してるのか~……それじゃ、ウチは戻るかな~!! じゃあねっ王女様! 斎っ……えーっと、プロくんも!! 後でね~」
女性はそう言うと奥にある扉を出ていきます。
部屋に残った男性は溜息を溢しこちらへと顔を向けている。
そうして、しばしの沈黙を置き……男性は静かに語り出すのでした。
「わかってはいると思うが、ここから逃げることは出来ない。ここは我ら死祀の作り上げた国であり、この世界の者は存在しない。転生者による独立国家なのだからな」
「……」
「そう睨むな、恨むのなら貴様に【神託】などというスキルを授けたあの忌々しい女神を恨む事だな」
「――恨むことなど、万が一にもございません」
「ふんっこの世界の人間の大半はそうだ、全く……反吐が出る」
男性は悪態を吐き、人骨で覆われた頭を左右に振りました。
そうして後方へと振り向き、そのまま部屋の扉へと手を掛け――。
「我はこう見えて忙しいのだ、詳しい話は明日にでもしよう。ただ……そうだな、これだけは伝えておく」
「……なんでしょう?」
「貴様の命は、残り五日だ」
「ッ!?」
「いや、正確にはもう日付が変わる頃か……ならば、今日が終われば残り四日となるな……四日後に、貴様を公開処刑する。それが、女神を呼ぶ為に必要な儀式だからだ」
男性の言葉が私の頭に響き渡る。
残り……四日?
処刑、そして女神様を呼ぶ為の儀式……。
「ま、待ちなさい!! 【神託】のスキルを持っている者を殺しても、創世の女神はこの世界に――「では、明日また会おう」――待ちなさい!!」
重い体を上げて鉄格子を掴み叫びましたが、男性はその扉を閉めて戻って来ることはありませんでした。
そうして、誰も居なくなった鉄格子の先を私は茫然と眺めます。
「――私は、死ぬのですか……?」
まだ、12年という短い生涯。
やりたいことも見つけられていない。
娯楽も、勉強も、食事も、恋も、まだ……何も満足に出来ていないのに。
重い足を引きずり私は上を見上げてその小さな窓に祈りを捧げます。
震える手を強く合わせ、気づけば、私の目には涙が浮かんでいました。
「――創世の女神よ……どうか……どうかお救い下さい……」
こうして、シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスの長い五日間は始まり……女神様へのお祈りで一日目が終わりを迎えたのでした。
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