第36話 そして、変わりゆく世界。






 フィエリティーゼには、六色の魔女達が建国した数千年の歴史を誇る大国がある。



 栄光の魔女を象徴とする大陸中央――エルヴィス大国。

 閃光の魔女を象徴とする大陸北東――ヴォルトレーテ大国。 

 爆炎の魔女を象徴とする大陸南東――ラヴァール大国。

 氷結の魔女を象徴とする大陸北西――プリズデータ大国。

 新緑の魔女を象徴とする大陸南西――ヴィリアティリア大国。


 この五つ大国を中心にフィエリティーゼには大小さまざまな国が作られ、そして文明は発達していった。



 それは数百年も昔の事である。

 ある日を境に六色の魔女達は、最も優秀な弟子たちに自国の王位を譲り渡し政治の表舞台から姿を消してしまったのだ。

 とは言っても最初の数十年は補佐としてしっかりと王の隣に立ち、次代の国王が一人で仕事をこなせるようになるまでしっかりと育成に力を入れ、一人で任せられるようになるまでは王としての立ち振る舞いなどを徹底的に教え込んだらしい。


 それは、各国の歴史書内で『次代国王の日誌』という題名の書記にて、日々の教えの厳しさから何度も逃げ出そうとしたと記されている程のスパルタだったとか……。



 そうして、弟子たちは結婚して跡継ぎを残していき……魔女達が退位してから300年の月日が流れていた。








「それでは王女殿下、本日はありがとうございました」

「こちらこそ、国の復興で忙しい時にお邪魔してしまい申し訳ありません」


 簡易的な挨拶を終えて、ニヤニヤと気味の悪い笑みを見せるふくよかな男の元を去り、少女は自分が乗ってきた馬車の待機場所へと歩みを進めた。




「――ようやく、被害状況の確認が終わりましたね」


 豪華な装飾がなされた馬車に入り、国の豊かさを強調する為に用意された高価なドレスや、希少な宝石で作られた装飾品をその身に纏った少女が、今まで作り出していた笑みを崩してその顔に疲れを見せる。

 少女に続いて使用人である女性が馬車へと入り少女に一礼した後、少女の正面へと腰掛ける。使用人は馬車が動き出すのを確認すると、慣れた手つきで少女がいつも使っているクッションを亜空間から取り出し手渡した。


「片道で五日間でしたね。エルヴィス国内ではなく、同盟国である小国に変更された時点で怪しいとは思っていましたが……王女殿下の初の視察、それがこんな僻地の……しかもあんな気色の悪い笑みを浮かべる男の元になるとは……!! 一体、国王陛下は何をお考えなのでしょうか!?」


 憤りを隠す事なくスカイグレーのショートヘアを揺らし、護衛兼お世話係のコルネ・ルタットは不満を漏らした。

 コルネの自分の事を思って言ってくれている言葉に、抱えていたクッションの上に顎を置いていたエルヴィス大国第三王女——シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスは小さな笑みを溢す。


「ルネ、お父様も言っていたでしょう? 転生者達に襲われた同盟国が不足している物資について話をまとめたいと頻繁に手紙を寄越していて困っていると。それに、お兄様やお姉様達が忙しく働いているのに、同じ王族である私だけ何もしないという訳にはいかないと我が儘を言ったのは私の方なんですから」

「で、ですが……」

「あなたが私の為に怒ってくれるのは嬉しく思います。ですが、まだ12歳といえど私は王女として——きゃっ」



――それは、シーラネルにとって余りにも突然の出来事だった。

 エルヴィス大国へ向かって進んでいた馬車が、馬の鳴き声と共に急停止する。急停止による衝撃でシーラネルは前方へと倒れそうになるが、間一髪の所でコルネにより体を支えられて怪我をせずに澄んだ。


「貴様ら!! 一体何――「あーそういう面倒なのは言いからよぉ……早いとこ【神託】を持ってる王女様をこっちに渡せ」――」


 外から聞こえる護衛の騎士達とは違う声に、シーラネルは賊に襲撃されたのだと気づく。そして、その賊の正体についてもおおよそ理解していた。


「死祀……ですね……」

「……どうやらそのようです。賊の気配は前方にのみ……王女殿下、ひとまず馬車を降りましょう。降りたら私の後方へと控えて、いつでも同盟国へと逃亡できるようにしていてください」


 コルネは万が一の事を視野に入れ、狭い馬車の中ではなく自分が得意とする風魔法が使える外へ出るように促す。

 コルネの言葉に頷き、シーラネルはその後を追う形でコルネと共に馬車の外へと出る。そうしてコルネの後ろから進行方向である道へと顔を向けると、そこには黒いバンダナを額に巻いた男が、双剣を構えて護衛の騎士達と対峙していた。


 バンダナを巻いた男はシーラネルをその目で捉えるとニヤリと笑みを浮かべ愉快そうに笑い出す。


「お、結構かわいいじゃん!! けど流石にガキ過ぎるなぁ、俺的にはあと十数年くらい年取ってた方が……」

「……貴様の趣味など、どうでもいい。わかっているとは思うが身柄の拘束が最優先事項だ。例の計画の日まではその身を傷つける事は許されない」

「チッ、わーってるよ。たく、殺しちゃいけねぇ仕事なんてめんどくせぇ……」


 バンダナを巻いた男の言葉に、後方から低い声がそう忠告を入れる。すると、バンダナを巻いた男の後方から、黒い眼帯を左目に着けた痩せ型の男が姿を表した。

 バンダナ男は眼帯男の言葉に舌打ちをしてつまらなそうに返事をする。


 二人の会話を聞いていた騎士達はすぐさま防御陣形をとり、シーラネルを二人から隠すように前に立つ。


「貴様らの好きにはさせん!! お前たち、王女殿下をお守りしろ!!」

「「「はっ!!」」」


 三人の騎士達がコルネを隠し、先輩騎士の指示に従う。

 その様子を見ていたバンダナ男は溜息を吐き、騎士達を睨みつけた。


「はぁ……てめぇら馬鹿なのか? 俺達が何も考えねぇでここに来るわけがねぇだろうが!! おい! さっさと拘束しろ眼帯!!」

「貴様に指図されるのは癪だが……まあいいだろう」


 バンダナ男の叫び声に応える様に、眼帯男は騎士達の前へと歩みよりその眼帯を外して隠していた瞳を開く。


「我に秘められし大いなる力よ……立ち塞がる我が怨敵をその力で拘束せよ!!」


 謎の掛け声と共に、眼帯男の瞳の色が黒から赤へと変わり怪しく光出す。


「い、いかん!! 総員、あの瞳を――」


 先輩騎士が叫ぶが、その声は途中で途切れてしまう。

 慌てて視線をそらしたはずの先輩騎士はその体の自由を奪われてしまったのだ。それは後方でシーラネルを守っていた騎士達も同じことであり、既に騎士達は拘束された後となっている。

 その光景を見ていたバンダナ男は、愉快そうに先輩騎士へと近づいた。


「ははははっ!! 可哀そうになぁ? 『目を見ていないのに!?』って顔してるぜ? そんなの簡単だ――あいつのスキルは”てめぇらが見ているか”が重要なわけじゃねぇ、”眼帯が見ているか”が重要なんだよ!」

「――人のスキルについてペラペラと……相変わらず口が軽い」


 不機嫌そうに呟く眼帯に「わりぃわりぃ」と軽く謝り、バンダナ男は慣れた手つきで騎士達の持つ剣を自分の亜空間へとしまっていく。


 そうして用が済むと眼帯男の方へと振り返り歩き始めた。


「それじゃあ、目的を果たしますかねぇ……シャドー!!」

「――もう終わっている」

「ッ!? そんな……」


 眼帯男の後方へと移動したバンダナ男がそう叫ぶと、突如として全身を黒い服で隠したシャドーと男がバンダナ男の隣に現れ、その両腕には眠った状態のシーラネルが抱えられていた。

 コルネはその光景に顔を青ざめ、自分の【気配察知】でも気づけなかった存在を睨みつける。


「き、きさ、まぁ……ッ!!」

「――それでは、我はこのまま王の元へと向かいます」

「あーはいはい……相変わらず忠誠心が深いですなぁ……」


 シーラネルを抱えたシャドーの言葉にバンダナ男は軽口を言いしっしっと片手を振る。

 そうして、シャドーはシーラネルを抱えて森の中へと姿を消した。


「そいじゃあ、俺らも帰るとするかね」

「――今回もつまらぬ仕事であった」


 シャドーが消えた事を確認した後、バンダナ男と眼帯男は膨大な魔力を外へと放出し魔法を行使する。次第に二人の体は光に包まれて騎士達から見えなくなってしまった。そうして、バンダナ男の楽し気な声のみが響く。


「あ、そうだった……テメェらを生かしておく理由だけどな? ちゃんと国に帰ってこのことを知らせてもう為だからな?」


 そうして、バンダナ男から語られた内容は……長くシーラネルの傍に居たコルネにとって、絶望と言わざるを得ないモノであった。


「いいか? 五日後だ、今日から五日後に俺達はクソ女神へ戦いを挑む! 【神託】を持っていたテメェらの王女様はクソ女神を呼び出すための生贄って訳だ!! テメェらがこの世界にいる使徒様だったか? そいつらに頼んで救出してもらおうとするなら戦ってやるよ、泣き寝入りしてクソ女神に祈ってもいいが……どっちにしろ、俺達のやる事は変わらねぇ」


 そうして、バンダナ男の言葉に続けるように最後に眼帯男が叫んだ。


「我らの目的はこの世界の終焉!! 己が創り出した世界を、愚かなる女神自らが破滅へと誘うのだ!! その為に、我らは世界を混沌へと誘おう!! これは、世界の終焉への第一幕である!!」


 眼帯男の笑い声が木霊し、死祀の二人は転移魔法でその場から消えてしまう。



 こうして、エルヴィス大国第三王女――シーラネル・レヴィ・ラ・エルヴィスは死祀によって誘拐され……その命は、残り五日間だと宣告された。


















――シーラネルの処刑まで残り三日。



 夜中のエルヴィス大国の王宮内は大騒ぎになっている。

 それは、【俊敏】と肉体強化を限界まで使い果たし、五日の距離を二日で帰還したコルネによって伝えられた話が原因だ。


 王宮内にある会議室。

 そこには、エルヴィス大国の王家が集まっている。


「――事態は急を要する、至急騎士団への連絡を!! 冒険者ギルドへの連絡も忘れるな!!」

「は、はいっ!!」


 会議室に置かれたテーブルを強く叩き、第一王子であるウェイド・レヴィ・ラ・エルヴィスは使いの者へそう叫ぶ。

 怯えにも近い声を上げ、使いの者は急ぎ会議室を後にした。


「あぁ……シーラ……どうして……」


 その声はエルヴィス国王であるディルク・レヴィ・ラ・エルヴィスの隣から呟かれる。

 そこには、シーラネルと同じ桜色の髪を持つ女性がその顔を両手で抑えて座っていた。


「マァレルよ……すまぬ。余がシーラネルに視察を任せたばかりに……」


 ディルクは妻であるマァレル・レヴィ・ラ・エルヴィスの肩に触れ謝罪する。

 その様子を見ていたウェイドは父であるディルクの発言を否定した。


「父上、それは違います! 父上は最後まで反対していたではありませんか! 悪いのは全て死祀の連中であって、父上が気に病むことではありません!」

「しかし、結果として末娘であるシーラネルは攫われてしまったのだ。これを失態と呼ばず何という?」

「ッ……」


 その言葉にウェイドは悲痛な面持ちで、拳を強く握りしめる。


「し、失礼します!! 急ぎ報告しなければならない事が――」


 重い空気が流れる中、先程ウェイドの命令で使いに出ていた男が慌てた様子で会議室へと足を運んだ。

 ウェイドは苛立ちをぶつけるように声を荒げる。


「貴様!! いまは攫われたシーラネルについて会議をしている所だぞ!! それ以上に大事な要件などあるはずが――「次代の国王と成る者が、感情に身を任せる様な人間では困りますね。私の名に泥を塗るつもりですか?」――ッ!? あなた様は……!!」


 声の主は怒鳴るウェイドへと歩みを進める。

 白を基調とした法衣に似た服装、夜でも一際目立つ月白の長い髪を揺らし、栄光の魔女――フィオラ・ウル・エルヴィスはその灰色の瞳でウェイドを見つめる。


「家族の危機に感情的になるのは仕方がありません。それは、私とて同じこと、ですが……人の上に立つものが一時の感情で周囲の者へ当たるのは恥ずべき行為です。反省なさい」

「も、申し訳ございません、フィオラ様……!!」


 フィオラに叱責され、ウェイドは己の犯した行為について頭を下げて謝罪する。フィオラは謝罪するウェイドを見て頷いた後、国王であるディルクに向かって声を掛けた。


「ディルク・レヴィ・ラ・エルヴィス……我が弟子の名をその名に刻む現エルヴィス大国の王よ。あなたの家族は私の家族も同じ……なれば栄光の魔女である私は、その全てを以てあなた方に手を貸しましょう」

「ッ……あ、ありがとうございます……!! どうか……どうか、娘を……シーラネルを……!!」


 フィオラから発せられた言葉に、その場に居た全員が跪き感謝を表す。


フィオラは全員に椅子に掛けるように伝えると今後のことについてその口を開いた。


「時間がありません、明日の朝にでも他の魔女達へ声を掛け私たち五人で策を練ります。あなた達は、エルヴィスの王族として国民の不安を取り除く事に専念して下さい」

「あ、あの……我々の方でも騎士団と冒険者ギルドへ声を掛けている所なのですが……」

「……残念ですが、【不死】のスキルを持つ相手では分が悪いでしょう。至急、むやみに敵を刺激しないよう待機命令を出しなさい。シーラネル第三王女殿下の救出は私たちで行います」


 ウェイドの質問にフィオラは丁寧に答える。

 その返答を聞いたウェイドは先程怒鳴ってしまった使いの男を呼び出し、男に対して謝罪をした後、騎士団と冒険者ギルドへ待機命令を出すように伝えた。


「では、私もそろそろ動きます。状況に変化がありましたらこの魔道具を使い連絡をします」


 フィオラは亜空間から手の平サイズの連絡用魔道具である水晶をテーブルに置き、席を立つ。


「フィオラ様!!」


 背中を見せたフィオラに王妃であるマァレルが声を荒げる。


「どうか……あの子をよろしくお願いします……」


 そうして、涙で濡れた顔を見せフィオラに対して懇願するのだった。

 フィオラはマァレルの方へと振り返り、優しい笑みを見せて宣言する。


「安心しなさい、あなたの娘は必ず救って見せます」


 フィオラはそう言い残すと、転移魔法を使い王宮を後にした。


























――こうして……世界は大きく動き出す。



 公開処刑を嬉々として待ち望む転生者たち。

 世界の破滅を企む死祀の王。


 そんな彼らの上空に、二つの影が現れる。

 影は処刑台へと降下して、囚われた少女を救い出す。

 

 小さな影に少女を預けると、少女を抱えた小さな影は上空へと飛び去った。

 騒ぎ出す転生者達を前に、残った影は静かに呟く。

























「――【漆黒の略奪者】ッ」










――混沌世界で、漆黒の王は全てを奪う。









                  第一章 ―完―












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炬燵猫です。


ただひたすらに毎日投稿し続けた一章は、これにて終わりとなります。

色々と力不足を実感させられた一章ですが、これからも書き続けますのでよろしくお願いします。


明日から二章が開幕です。


二章も大体の流れは考えておりますので。

毎日とは確約できませんが、ほぼ毎日を目指して執筆していきます!


質問、感想などもお待ちしておりますので是非!!


作品のフォローと★での評価、レビュー等もよろしくお願いいたします!!


ここまでお読みくださり本当にありがとうございました!!





ちなみに、二章の始まりはもう書き始めていて……ゆるっと始まります。


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