第35話 六色の魔女③
ミラスティアが転生者を片付けた後、竜の渓谷の最奥で六色の魔女たちは、ミラスティアが亜空間から出した大きな円卓を囲んでいた。
ちなみに、三人の亡き骸はミラスティアにお願い(命令)されたアーシエルが氷漬けにした後、ミラスティアが紫黒の魔力で作り出した亜空間へと収納している。
亜空間は、フィエリティーゼにおいて魔法使いが最初に覚える生活魔法であり、その性能は魔力量・魔力の性質・魔力操作の三つによって大きく変わる。
ミラスティアはその膨大な魔力量と巧みな魔力操作によって複数の亜空間をそれぞれの用途で使い分けており、その中の一つに紫黒の魔力の性質を兼ね備えた特殊な亜空間を保有している。その性能は亜空間内に入れた物質を魔力に変換するというものだ。ミラスティアは隠したい物や処分したい物を良くこの亜空間に放り投げており、他の魔女たちを叱る時にも『あまりおいたが過ぎるとこの中に突っ込むわよ?』とよく脅していた。
円卓の上にはそれぞれに紅茶と、お茶請けとして日本製のお菓子が用意されている。
ミラスティアは日本の菓子類、特にフィエリティーゼには少ない甘いクッキーやチョコレートを気に入っていて、時間を停止させた亜空間の中にまとめ買いをした菓子類を放り込んでいた。
ミラスティア以外の五人は不思議そうにプラスチック製の袋に入っている菓子類を見つめ、ミラスティアが食べていたチョコチップクッキーの袋を手に取り開ける。そうして五人はチョコチップクッキーを口に頬張り……
『……ッ!?』
その味に五人全員が驚愕し、口の中に広がる甘い幸せを噛み締めた。
「ミ、ミラ姉何コレ!? すっごく美味しいよ!?」
「はむっ……はむっ……」
アーシエルはその美味しさに驚愕し、円卓を強く叩き前のめりになる。アーシエルの左側ではリィシアがその小さな口に休むことなくチョコチップクッキーを運んでいた。
「この黒いのはチョコレートだよね? こんなに甘い物だったかな……?」
「ロゼはー、この袋? が気になるー」
アーシエルの右側に座るライナは、自分が食べたことのあるチョコレートとの違いに首をかしげていた。そんなライナの右隣では、ロゼがチョコチップクッキーが入っていたプラスチック製の袋を上へと掲げていじっている。
「美味しいです……素晴らしい菓子ですね。うふふっ、見てくださいミラスティア。皆があなたの出した菓子に夢中ですよ?」
「慣れてしまっていたけれど、やっぱり違う物よね。私も初めて口にした時はこんな感じだったのかしら?」
ロゼの右側で、上品に口元を手で隠してフィオラはその味を絶賛する。そして周りを見渡し、他の四人の反応を楽しそうに眺めてフィオラはミラスティアにそう言った。
その言葉を聞いてミラスティアは過去を思い出す。そうして改めてフィオラを含めた五人の反応を見渡して、楽しげに食べ続ける友であり家族である少女たちの顔を見て満足し、優雅に紅茶を口へ運んだ。
「ごほんっ……さあ、菓子を楽しむのも良いことですが、今は話し合うことの方が先決です。菓子は置いてまずは話をしま——はぁ……わかりました……わかりましたよ……菓子を食べながらでも構いません。ですが、話し合いには参加してくださいね?」
咳払いを一つして、フィオラは全員に菓子を食べる手を止めるように話したのだが……、フィオラが”菓子を置いて”と口にした途端その場に居た全員がこの世の終わりだと言わんばかりの表情を浮かべた。
そこには何故かお茶請けを出した当人であるミラスティアも含まれており、それを見たフィオラは自分を無理やり納得させて、溜息を吐いた後で五人に向かって菓子を勧めた。
「というより、何故ミラスティアまでそんな顔を……」
「……日本は平和だったから、堅苦しい会議なんかもなかったし……お茶菓子を食べながら話すのが当たり前だったのよねぇ」
「ッ!? いいねいいね!! フィオ姉、私たちもそうしようよ!! 堅苦しい会議でもケーキとかビスケットとか置いてさ!!」
「ッ!! 私もアーシェお姉ちゃんに賛成!! フィオラお姉ちゃん、お菓子いっぱい!!」
ミラスティアの一言にアーシエルとリィシアが立ち上がり、円卓の上に飛び乗ろうとする勢いで手を上げながらフィオラに訴える。そんな二人を見てフィオラはゆっくりとミラスティアの方へ顔を向けて「助けてください……お姉ちゃん」と小声で伝えるのだった。
——六色の魔女たちは血が繋がった姉妹ではない。
それは、はるか昔の話。
厄災の蛇と呼ばれる怪物を倒した六人は女神ファンカレアによって〈使徒〉の称号を授かった。
寿命という概念は消失し、肉体的成長も止まった六人は長い年月を共にし続ける事で、自然と友人であり……同時に家族のように接する事が多くなっていく。
そうしていつの日か、ミラスティアを先頭にフィオラ、ライナ、アーシエル、ロゼ、リィシアと年齢順に呼び方を変えていったのだった。
そして現在、今にも泣きそうな顔をして次女であるフィオラが見つめるのは、唯一自分よりも年上である長女、ミラスティアであった。
ミラスティアはそんなフィオラを見て苦笑した後、空いている左手の指を弾く。
軽く指を弾いただけであったが不思議とその音は渓谷内に響き渡り、騒いでいた末っ子と四女を黙らせるには十分であった。
「あなた達……フィオラを困らせるのもいい加減にしないとねぇ? それとも——そんなにこの中に入りたいのかしら?」
「「……ひぃっ!?」」
ミラスティアの背後に現れた紫黒の稲妻が迸る亜空間を見て、二人はその顔を青ざめる。自分の事ではないはずなのに、フィオラ、ライナ、ロゼの三人もつられるように姿勢を正していた。
二人が静かになったことを確認した後、ミラスティアは背後の亜空間を閉じる。
「はい、お利口ね。それじゃあ話を始めましょう?」
『はい、お姉さま……』
こうして、円卓の上で起こったお菓子論争は強制的に幕引きとなった。
落ち着きを取り戻したところで、六色の魔女たちによる会議は順調に進んでいく。
はじめに口を開いたのはミラスティアだった。
「はじめに伝えておくけれど……毎年のように行っていた、邪神復活を懸念しての各国合同訓練——あれ、もう必要ないわ。邪神は消えてしまったから」
『……はい?』
「私の孫がね、あ、その前に娘がいるのだけれど、その子が子供を二人産んでね? それで、兄の方……ランって言うのだけれど、その子がいまファンカレアのところにいるのよ。それで、その子が邪神を倒してくれたからとりあえずは邪神の事は忘れて、いまは転生者達に集中を——「ちょ、ちょっと待ってください!」……あら?」
次々とミラスティアから語られる話に五人は驚愕し慌ててフィオラがその話を止める。
フィオラは高鳴る鼓動を沈める為に深く呼吸をして、ゆっくりとその口を開いた。
「当時のあなたと蓮太郎を見ていた側として、結婚するかなあと想像していましたが……え、あなたが子供を作ったんですか? それに孫まで……」
「ええ、らしくないことをするのも面白いと思ってねぇ……話すと長くなるからとりあえずいまはそれで納得してちょうだい」
他にも何か言おうとしているフィオラに対して、ミラスティアは「時間もないでしょう?」と言って先を促す。
悶々としたままのフィオラであったが、ミラスティアの言い分もわかる為その気持ちを抑えて溜息を溢した。
「……はぁ、いつかじっくり聞かせてくださいね?」
「ふふ、約束するわ」
そうして、話はファンカレアと地球の管理者の間で交わされた契約へと移り、そこから孫である制空藍の事へと変わっていく。
2000人目の転生者としてフィエリティーゼに来ることや、邪神と成ったグラファルトを救ってくれた事、藍の力と宿している精霊、自我を持つスキルがあることなど、ミラスティアは要点をまとめて簡潔に話す。
その話を、五人は驚愕や苦笑しながら聞いていた。
「――まあそんなわけで、転生者に関してはそこまで心配しなくていいわ。ランが何とかしてくれるから」
『……』
その言葉に五人はほっとして肩の力を抜いた。
「そうですか……ランくん、でいいですか? ランくんはあなたから見て本当に転生者を倒せる程の力を持っていると……現在フィエリティーゼを混乱の渦へと陥れている元凶を倒すことが出来ると――「できるわ」……即答ですか。私たちは会ったことないのでいまいち想像が出来ないのですが、あなたがそこまで言うのならそうなのでしょうね」
フィオラの言葉を聞いてミラスティアは「それもそうね」と首を縦に振る。そうしてしばらく顎に手を置いて考えた後、その場に居た五人にとっては信じられない発言をするのだった。
「そうねぇ、なんなら今回の転生者の件をあの子が解決できなかったら――私に【奴隷契約】を使っても良いわよ? それで、私に転生者たちを一人残さず殺す様に命令してもいいわ」
その言葉に、円卓の空気は凍り付く。
発言をしたミラスティアのみが、特に気にしていない様子で紅茶を飲んでいた。
フィオラはその瞳を鋭くさせてミラスティアを睨みつける。
「……本気ですか?」
「ええ、本気よ。なんなら今から契約書を――「ミラスティア!!」……っ」
円卓に強い衝撃が伝わる。
それは、フィオラが円卓に握った拳を振り下ろしたことによって起こった現象だ。拳が振り下ろされた場所は砕け、その形を保つことが出来ず崩壊する。
ミラスティアはその光景を見つめ驚愕していた。
「……ミラスティア、いい加減にしてください」
「な、なによ……」
「私たちが、あなたを奴隷にするなどと……本気で思っているんですか?」
「――え?」
予想外の言葉にミラスティアは首を傾げて呆けた顔をする。
フィオラの言葉に続くように他の四人からも声が発せられた。
「あー……ミラスティア姉さん。フィオラ姉さんはね? 例え冗談であっても『自分たちがミラスティア姉さんを奴隷にすることを許容している』って思われたくないんだよ」
「うん、フィーはねー、ロゼたちの事大好きだからー、ロゼもねー、嫌だなぁ……」
「あはは……、私も嫌だなーって思っちゃう。ミラ姉は家族だから……」
「私も、フィオラお姉ちゃんの気持ち……わかる」
そうして語られる四人の話にミラスティアは驚き、そして後悔する。
(――それもそうよね。例え話だとしても家族を奴隷だなんて……私も迂闊だったわ……)
そうして、ミラスティアは手に持っていたカップを円卓に置いて五人の顔を見る。
「ごめんなさい。例え話でもしていい話ではなかったわ」
「……ミラスティア、あなたは私たちの家族です。私たちはあなたが”信じて”と一言いえば、それだけで頷きます。ですから、もう先程の様な発言はしないでください……あなたは私たちにとって、たった一人のお姉ちゃんなんですから」
「……約束するわ」
ミラスティアの言葉に五人は頷き、重くなった空気は少しずつ和らいでいく。
そして今度は”私を信じて欲しい”と口にしたミラスティアに五人は”わかった”と返事をするのだった。
こうしてミラスティアの話が一段落して、話題はフィエリティーゼの現状へと移る。五人を代表してフィオラが説明役を担いミラスティアに話し始めた。
「現在のフィエリティーゼの状況ですが……地図を見せた方が早いですね」
フィオラは投影魔法を使い円卓の上空に大きな正方形の地図を出した。
「どこにどの国があるのかは……流石に覚えてますよね?」
「ええ、問題ないわ」
「では進めます。この数百年で転生者達はその数を増やし、現在では1500人を超える組織となっています。そうして転生者達は自らを”
そうして、フィオラはその大きな地図の真ん中より少し東にズレた位置へ魔法で作り出した小さな炎を灯す。
「……意外と近くに居るのねぇ」
「流石に50kmも離れているので大丈夫だとは思いますが……先程の三人を見る限り油断は出来ませんね」
「出来れば転生者たちが建国した国――死祀国と呼ぶことにするわ。死祀国とその近郊の国々の情勢なんかも知りたいのだけれど……無理そうね」
ミラスティアは話ながらにフィオラの顔色を伺っていたが、フィオラはミラスティアの言葉に首を横に振った。
「残念ですが、死祀国は転生者達のみで作られた国であり、その情勢は全くわかりません。周辺諸国の情勢に関しても今の私たちは王位を退いて長いので、そこまで詳しくは……。エルヴィス国王に情報の開示を要請すれば可能だとは思いますが」
「時間が掛かりそうだし、そこまで必要って訳じゃではないから構わないわ」
フィオラは申し訳なさそうにそう言い、そんなフィオラに対してミラスティアは「気にしないで」と微笑む。
「大体理解したわ――それで、あなたが創世の女神様に伝えたかった事っていうのは何かしら?」
「……」
ミラスティアの言葉に、フィオラはその表情を暗くする。
そして――フィオラの口から語られた事実に、ミラスティアは眉間を押さえるのであった。
「三日前、エルヴィス大国の王女であり【神託】の特殊スキルを持つ少女――シーラネル第三王女殿下が攫われました。その目的は……神託の巫女を大々的に処刑する事によって、創世の女神をこの世界に降臨させる事だそうです」
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