第34話 六色の魔女②
「——あら?」
グラファルトの体を回収し終えたミラスティアは、フィエリティーゼについて詳しく調べる為に友人の元へ転移しようとしていた。
しかし、魔力の気配に敏感なミラスティアは膨大な魔力を保有した者が五人こちらへ向かっていることに気が付く。
それ以外にも虫が何匹かチラついているのを感じたが、特に気にすることもなくミラスティアは強い気配たちが現れるのを待っていた。
「同じタイミング……会議でもしていたのかしら?」
ミラスティアがそう呟くと、空間に五つのヒビが入る。
それは落雷の如き黄色の閃光。
それは大海の如き青の氷結。
それは大樹の如き緑の新緑。
それは溶岩の如き赤の爆炎。
それは流星の如き白の栄光。
五つのヒビは次第に大きく広がっていき、そこから五人の女性たちが姿を現す。
「――私から顔を出しに行こうと思っていたのだけれど……これは手間が省けたわね」
上品に腕を組んだミラスティアは愉快そうに微笑み、激しい音が響く氷結の亜空間へ顔を向ける。
亜空間が開き切るのを待てなかったのか、氷結の亜空間を作り出した張本人は周囲の氷を砕きながらその姿を現した。
「あー!! やっぱりミラ
「……相変わらず落ち着きのない子ね……アーシエル」
えへへとはにかみ氷結の魔女――アーシエル・レ・プリズデータは薄い氷の板を空中に作り出し、そこに腰掛けて足をぱたつかせていた。
「久しぶりね、元気にしていたかしら?」
「うんっ! わたしは元気が取り柄だからねー!!」
氷の板からアーシエルはぴょんと飛び降りて地面へ着地する。
そのままミラスティアの方へと駆けて行き目の前までたどり着くと、アーシエルは腰を折りミラスティアに頭を下げる。その姿を見てくすりと笑みを溢したミラスティアは右手を伸ばし、アーシエルの瑠璃色の頭を優しく撫でた。
撫でられたアーシエルはむふふと空色の瞳を細めて上機嫌になる。
これはフィエリティーゼにおいてが二人集まると必ず行われていた行為であった。
「ふふ、あなたはいつまで経っても変わらないのね」
「ああ……何百年ぶりだろう……しあわしぇ……」
「——むぅ……アーシェお姉ちゃんだけずるい」
アーシエルを愛称で呼ぶ可愛らしいその声は、新緑の若葉が集まる空間から響いた。新緑の若葉が舞い踊り、その中から背丈の低い若緑色の長い髪を二つ結びにした少女が現れる。
少女は浮遊魔法を使い地上へ降りると、沢山フリルが付いた白と浅緑を基調としたドレスを揺らし小さな歩幅でアーシエルを撫で終えたミラスティアの元へと駆けて行く。
「あら、リィシアったらそのぬいぐるみも持ってきたのね」
「うん……ミラお姉ちゃんがくれたうさぎさん、ずっと一緒」
リィシアと呼ばれた新緑の魔女——リィシア・ラグラ・ヴィリアティリアは紫色の大きなウサギのぬいぐるみを胸元でぎゅっと抱えてその頬を朱色に染める。
その光景に笑みを浮かべてミラスティアがリィシアの若緑色の頭を撫でていると、リィシアの後方から三人の人影がミラスティアの元へと近づいて来ていた。
「全く……ミラスティア姉さんってば急に帰ってくるんだから……」
「ごめんなさいねライナ。ちょっとお使いを頼まれてしまったのよ」
「え、ミラスティア姉さんがお使い……?」
金糸雀色のセミショートを揺らして背の高い女性、閃光の魔女――ライナ・ティル・ヴォルトレーテはミラスティアを見て苦笑する。
その後ろでは腰まである所々寝癖が跳ねている茜色の髪をした少女が、ライナの腰あたりから顔を覗かせていた。
「おー……本当にミーアだー」
「その愛称で呼ばれるのも久しぶりね、ロゼ」
「ロゼもミーアに名前呼ばれるの久しぶりー」
爆炎の魔女――ロゼ・ル・ラヴァールは、袖の余った白衣を振りながらミラスティアに力ない返事を返す。今にも眠ってしまいそうなロゼは体をふらふらと揺らして、半分程しか開いていない目を閉じてミラスティアに微笑んだ。
「――ちょうど五人で話し合いをしていた所だったので、みんなで会いに行こうという話になったんですよ」
そうして、最後の一人がミラスティアの前へと姿を見せた。
月白の長い髪を垂らし、灰色の瞳を細めた栄光の魔女――フィオラ・ウル・エルヴィスはミラスティアの前に手を伸ばす。
「お久しぶりですね、ミラスティア」
「ええ、久しぶりねフィオラ。その後はどうかしら?」
ミラスティアは紫黒の瞳を細めて微笑み、伸ばされたフィオラの手をとった。
フィオラはミラスティアから投げ掛けられた問いに俯き深刻な表情で返答する。
「良い……とは言えません。私たち五人が集まっていたのも、現在フィエリティーゼで起こっている騒動が原因ですから」
「そうなんだよー! もう私たち大忙しでまともに休んでないんだー……」
フィオラの言葉にアーシエルがミラスティアの右腕にしがみつきながら訴える。アーシエラの行動に「ずるい」と呟き、リィシアは反対の腕を片手で掴む。そんな二人にされるがままになるミラスティアを見て他の三人は呆れつつも笑みを溢した。
「そんなに酷い状況なの?」
「こっちが負けているわけではないのですが、何分相手は転生者……それも全員が【不死】のスキルを所持している状態ですので、倒しても倒してもキリがないのが現状です。なので、今はこちらから攻め込むことは止めて襲撃されたら追い返す形に変えました」
「あら、あなたの【スキル封印】でもダメなの?」
「どうやら【不死】には効かないようです。あなたの【紫黒の魔力】と同じですね」
ミラスティアは「なるほどね」と相槌を打ち、情報を整理する。
フィオラの所持する【スキル封印】は、特殊スキルの中でも逸脱した存在と言えるだろう。
その力は、フィオラが視認するだけで発動することが出来る。
フィオラが対象に選んだ相手は、フィオラに視られた瞬間に自身が保有しているスキルを封印され、フィオラが解除するか一度死ぬことでしかその封印を解くことは出来ない。
しかし、ミラスティアの保有する【紫黒の魔力】や転生者達が保有する【不死】などといった幾つかの特殊スキルには効果がないらしい。そうであったとしても通常スキルは全て封印することが出来るので強力なスキルであることには変わりない。
(フィオラが居ればそこまで心配することはないと思っていたのだけれど……そうもいかないようね)
ミラスティアは同年代であり一番仲の良かったフィオラの強さをよく知っている。
彼女のスキルが転生者に通用するのなら、特に自分や藍が積極的に動く必要はないと考えていた。
しかし、そう上手くはいかない現状にミラスティアは小さな溜息を吐くのであった。
「ファンカレアから大体の状況は聞いていたのだけれど、どうやら思っていたよりも大変そうね」
「そうでした……実は、創世の女神様に知らせなければならないことがあったんです」
ミラスティアの言葉を聞いたフィオラはその表情に陰を作りそう言った。
「そうねぇ……それじゃあ、お茶でもしながら話を聞こうかしら? ああ、でもその前に――”さぁ、そこで平伏しなさい”」
「「「ッ!?!?」」」
ミラスティアの声に五人は後ろを振り返る。
そこには、先程までは居なかった三人の男女が震えながら地面に平伏していた。
「全く……あなた達、私に会いに来てくれたのは嬉しいけれど――”ちゃんと虫が付いて来ていないか確認しなきゃダメよ?”」
『……ごめんなさい』
五人が振り返ると、そこには紫黒の瞳を魔力で光らせたミラスティアの姿があった。そうして語られる支配の魔力が込められた声に五人は身震いしながら頷き返事をする。
五人の返事を聞いてミラスティアは五人に掛けていた支配だけを解除する。
支配から解放された五人は力が抜けた様にその場で膝をついた。
「……まあいいわ。私としても手間が省けたから」
そう言い終わると、ミラスティアは膝をついた五人を置いて歩き始める。
「うぅ……まだ震えてるよぉ……ミラ姉の支配久しぶりだ……」
「慣れてるつもりだったけどー、やっぱり怖いねー……」
ミラスティアが平伏している三人の元へ歩いて行くのを見届けながら、いつも怒られていたアーシエルとロゼは昔のトラウマを思い出してその顔を青くしていた。
「……アーシェお姉ちゃんとロゼお姉ちゃんはいつも怒られ過ぎ」
「ですね、私もそう思います」
「いっつも二人は何か壊したり暴れたりしてたからね……」
既に立ち上がっている三人はそんな二人を見て苦笑していた。
「さて、私の声が聞こえているかしら?」
「お、お前は一体なんなんだ……っ」
「体が……動かないッ」
「クソッなんで隠密が効かねぇんだよ!!」
ミラスティアの言葉に聞く耳を持たない三人の男女は理解の及ばない状況に混乱していた。
「はぁ――とりあえず三人も要らないわね」
ミラスティアはそう言うと真ん中で叫ぶオールバックの男に右手を翳した。
翳した右手からは紫黒の魔力が漏れ出ている。
それを目の当たりにした三人は顔を見合わせてニヤリと笑みを浮かべた。そうして、オールバックの男は荒々しい声でミラスティアに叫び出す。
「はっ何をしても無駄なんだよ!! テメェがいくら攻撃しようと俺達は死なねぇんだ!! 残念だったなぁ!!」
「――なら、試してみようかしら?」
そうして、ミラスティアは右手に力を込める。
――ミラにこれ渡しておくよ! 元々ミラのものだったしね。ああ、そうだ! ちょっとだけ【改変】しておいたから!!
ミラスティアは白色の世界で楽し気に笑う唐紅色の髪が特徴的な少女を思い出して小さく微笑む。
「さあ、久しぶりの食事よ――【吸収】」
ミラスティアがそう口にすると、右手から溢れた紫黒の魔力がオールバックの男へと放出され男が見えなくなるほどに全体を包み込む。
その状態が数秒続いた後、まるで用が済んだと言わんばかりに紫黒の魔力はオールバックの男から離れて、ミラスティアの体へと戻っていく。
地面に平伏したオールバックの男はピクリと動くこともなく、叫び声をあげることもなかった。
そんなオールバックの男を、横に並ぶ二人は見続ける。
「お、おい……」
「そんな……すぐに生き返るんじゃないの?!」
二人は動かないオールバックの男に叫び声をあげた。
【不死】のスキルがあれば死ぬことはないと高を括っていた二人は、目の前で起こった【不死】を持つ男の死に震えが止まらない様だ。
「あら、どうやら私の攻撃はあなた達に効くみたいね? 良かったわ」
ミラスティアは震える二人に向かって笑顔でそう語り掛け……二人の前へとしゃがみ込む。
「ねぇ……あなた達の仲間に、竜を殺した者が居るでしょう?」
「ひっ……」
「私はね――あの子みたいに優しくはないの」
ミラスティアの顔を見あげた女は恐怖で涙を浮かべる。
それは、とても冷たい目であった。
道端のゴミを見るような、興味も、関心もない目。
やろうと思えばいつでも消せる。
そう言わんばかりのミラスティアの目に女はガタガタと震え許しを請う。
「お、おい!! 俺達を殺せば、死祀の王が黙って――」
「……あなたも要らないわねぇ」
割り込んできた叫び声に反応して視線だけを左に向け、ミラスティアは紫黒の魔力を男へと放つ。
男は迫りくる死に断末魔を上げたが、十秒も経つことなくその声は紫黒へと消え去った。
「さあ、これで落ち着いて話せるわね」
「ひあ……あぁ……」
「正直にあなたの知っている事をすべて話しなさい、そうすれば……私の気分が変わるかもしれないわよ?」
ミラスティアは顔だけを上げ平伏している女にそう言った。
その瞳に、紫黒の魔力を光らせて。
女は全てを話す。
自分は何者なのか、仲間はどこに居るのか、この後の作戦や自分が所持しているアイテムについてなど、自分の知る限りの情報を語り出した。
それは藁にも縋る思いで……否、そうではない。
この場に置いて、ミラスティアの言う事は絶対なのだ。
ミラスティアは広範囲に広げていた支配を自分と平伏す女を囲むギリギリの範囲まで凝縮した。広範囲の時でさえ平伏してしまう程に強力だった支配が凝縮されたことによって体だけではなく、その精神すらも支配されてしまう程に絶大な効果を発揮していたのだ。
”その常闇は、全てを支配する”
それがミラスティア・イル・アルヴィスの強さであり、彼女が世界最強と謳われる所以の一つでもある。
「そう……ありがとう、もう良いわ」
女から話を聞いたミラスティアは感情の籠っていないお礼を述べて女を紫黒の魔力で飲み込んだ。
そうして、女は抗う事の出来ない恐怖から解放され仲間の元へと旅立つ。
「さて、それじゃあお茶会を始めましょうか」
紫黒の魔力を体へと戻し、ミラスティアは後ろへと振り返って五人に笑顔でそう告げた。
『……はい、わかりました』
今までの出来事を見ていた五人は変わる事のない……否、強くあり続ける世界最強の魔法使いに逆らうのは止めようと――心の中で誓うのだった。
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炬燵猫です。
必要かどうか悩んだのですが。
ミラスティアさんが保有する【吸収】の変化について記述しておきます。
【吸収】
スキル・生命・魔力を奪う事が可能。(特殊スキルについては奪え無いモノも有る)
奪ったスキルは一度だけ使うことが出来る。
魔力は貯めこむことは出来るが、キャパオーバーとなった魔力は外へ漏れ出て消えてしまう。
効果範囲は最大100mだが、遠ければ遠いほど力が弱くなる。
【吸収+】
スキル、生命、魔力を奪う事可能。(制限なし)
復元と改変の影響で奪ったスキルは永遠に使える。
魔力は貯めこむことが出来る+限界値も底上げされる。
効果範囲は距離・高さ共に最大1000mで距離に比例して効果が弱まったりすることはない。
といった感じです。
ちなみに↓は【漆黒の略奪者】です。
【漆黒の略奪者】
全てを奪う略奪の力。
レベル・状態・スキル・称号・魔力・肉体的経験・記憶・生命など、生物の全てを奪う事が可能。(制限なし)
全ての能力は永遠に引き継がれる。
魔力は大幅に底上げされる。
距離は魔力が続く限り永遠と。(邪神を倒した藍なら100kmは余裕です)
そして藍に関してはこのスキル+ウルギアや黒椿が居る為、基本的に略奪したスキルを好き勝手に改造されたりしている。
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