第32話 黒椿のお願い
藍とグラファルトがこれからの事について話している頃、白色の世界では黒椿がファンカレアとミラスティアによって詰問されている最中であった。
二人が詰問している内容は、藍とグラファルトの魂の繋がりについてだ。
黒椿から現在藍とグラファルトが置かれている状況についての説明を受けた二人は座っていた椅子から立ち上がり、黒椿の前へと移動した。
そして、黒椿の肩を二人で抑えて鬼気迫る顔で黒椿への質問を間髪入れずに行っている。
「――本っ当に大丈夫なのね?」
「藍くんの体には悪影響はないのですよね!? ちゃんと答えてください黒椿!!」
「うぅ……僕は悪くないのに……全部邪悪なる神格が悪いのに……」
「「黒椿!!」」
「ひゃいっ!?」
……といった感じに終わることない詰問に黒椿は涙を浮かべながら答えているのであった。
そうして一時間程が過ぎた後、二人からの詰問はようやく終わり解放された黒椿はテーブルに突っ伏して力尽きていた。
満足そうに紅茶を飲むミラスティアとお茶請けのクッキーを美味しそうに食べるファンカレアを見て、黒椿は突っ伏したテーブルの上から悪態をつき始める。
「……いくら藍の事が心配だったとは言えさ? この仕打ちはあんまりじゃないかな……」
「うっ……すみません……」
「そうね、確かにちょっと質問しすぎたと反省してるわ」
ファンカレアとミラスティアは顔を見合わせ苦笑し、黒椿へと謝罪する。
そんな二人の顔を頬を膨らませながら睨み付けた黒椿は溜息を溢して伏せていた顔を上げた。
「まぁ、気持ちはわかるからいいんだけどさ……その代わりと言ってはなんだけど、二人にお願いがあるんだよね。特にミラには絶対やって欲しいことがあるんだけど」
「お願い、ですか?」
「……嫌な予感がするわね」
煎餅を齧り湯呑をお茶を飲み始めた黒椿をファンカレアは首を傾げて、ミラスティアは怪訝そうにしながら見ていた。
口元から湯呑を離して一息ついた黒椿は微笑みを浮かべながらその内容を口にする。
「じゃあ、まずはファンカレアからね。あ、ちなみに――藍がこの世界へ転生させられた理由については知ってるから」
「ッ!?」
「どうやって知ったのか気になるだろうけど、それについては黙秘させてもらうね。一応同じ様な事は藍も出来るようになると思うから、その時にでも藍に聞いてみて? それで、お願いの内容だけど、いまフィエリティーゼで起こっている転生者たちの暴走について確認したいことが――って聞いてる?」
「は、はい……すみません、続けてください」
ファンカレアは驚愕した様子で黒椿を見つめる。
当然ながらファンカレアはもちろん、ミラスティアも藍が転生させられた理由について黒椿はおろか当人である藍にすら話していなかった。
それを黒椿はあっけらかんとした態度で知っていると口にしたのだ。
あまりの衝撃にファンカレアが黙っていると黒椿が首を傾げてファンカレアの顔色を伺う。
はっとした様子で大丈夫だと告げてファンカレアは黒椿に話を続けるように促した。
「じゃあ、続けるね? 今回の転生でファンカレアは藍に頼もうとしていた事があるよね? それは、フィエリティーゼで起こっている転生者たちによる暴動についてであってるかな? いや、あれは暴動と言うよりも世界への反逆行為と言っていいかもしれないね……」
「……本当に、全て知っているのですね」
黒椿の話にファンカレアは悲し気に微笑みぽつりとそんな言葉を溢す。
藍がフィエリティーゼへ転生する事は地球の管理者との契約で決まっていた。
ファンカレアにとってはずっと待ち望んでいた存在であり、白色の世界へ来たならば早急に加護を授け儀式の間にて試練を受けてもらい、そのままフィエリティーゼへと転生してもらう。そして、藍が望む自由なセカンドライフを謳歌して貰おうとそう考えていた。
しかし、地球の管理者との契約により多くの彷徨える魂がフィエリティーゼへと転生することになった影響で、藍が白色の世界へ来る前にフィエリティーゼの情勢が大きく変わってしまった。
自分たちの意思とは無関係に転生することになってしまった転生者たち。
その中の一部に女神に対して恨みを抱く存在が居た。
彼らは小さな組織を作り上げ、転生して直ぐフィエリティーゼの国々で暴れ回っていた。そうして次第に訪れた国々で転生者を勧誘していき人数を増加させた組織は、何もない北の大地を占領し転生者の国”
当然の如く神の使徒であるミラスティアを除いた五色の魔女が転生者たちを拘束する為に動いたのだが……特殊スキルを保有する転生者に苦戦を強いられていた。
神の使徒である五色の魔女達は決して弱い存在ではない。それでも、転生者たちを止められないのはあるスキルが原因だった。
それは【不死】の特殊スキル。
何度殺そうともその魂と肉体は瞬く間に復活を遂げ生き返る。その【不死】を死祀に属する転生者は全員が保有していた。
これは死祀の王である男が持つ【スキル複製】と【スキル譲渡】によるものであり、【不死】スキル以外の特殊スキルも同じ様に複製されているものと推測されている。
こうして死祀は世界を混沌へと誘い、それは奇しくも魔竜王――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルが邪神となる原因を作った存在でもあった。
俯くファンカレアの顔を見て、黒椿は優し気に微笑みファンカレアの震えた手に触れる。
「ごめんね? 別にファンカレアを責める為にこの話をした訳じゃないんだ。藍の転生は神々の間で交わされた契約みたいなものだから仕方がないって理解してるし、ファンカレアが藍に頼もうとしている事についても世界の創造神としては全くおかしくない頼みだと思う」
「……」
「だけどそれでもし、藍が命の危機に瀕したとなれば――僕は迷うことなく藍の命を優先する。例えそれがフィエリティーゼに住まう人々の命を奪うことになろうとも、フィエリティーゼの創造神である君と敵対する事になろうとも」
黄金の瞳を煌めかせ黒椿はファンカレアにそう告げた。
その瞳は嘘を言っていない。
黒椿の真剣な表情にファンカレアは何も言えずその顔を暗くした。
「でも、僕としてはそんな手段は取りたくはない。藍だってそんなことを望んだりしないだろうからね」
「そう……ですね。藍くんは……優しい子ですから……」
「だから聞きたいんだけど……仮に藍が転生者を殺した場合、その魂はどうなるのかな?」
「転生者の魂……ですか?」
予想外の質問に思わずファンカレアは聞き返す。
黒椿はそんなファンカレアの言葉に頷いて話し始めた。
「藍は優しいからね、もし殺した相手の魂が消滅してしまうとわかったらきっと殺す事を躊躇してしまうと思う。だから、ファンカレアには殺された魂がその後どうなるのかを藍にしっかりと説明して欲しいんだ」
黒椿は優しい口調でファンカレアにそう言った。
ファンカレアは黒椿の言葉を聞き、その真意を理解する。
「安心してください。フィエリティーゼで命を落とした魂は、生前の記憶を消して、別の命へと生まれ変わります。もちろん、前世での生き方によって次の人生の良し悪しは決まってしまいますが……それでも、存在が消滅することはありません」
「ただ、注意しないといけない事もあるわ」
しっかりとした口調で黒椿に告げるファンカレアの隣で、ミラスティアが付け足すように話し出す。
「フィエリティーゼでは死者の魂を呼び覚ます死霊術のような魔法もあるのよ。呼び出された魂は器……そうね、例えば鎧とか死骸とかそういったモノに憑依させて術者が意のままに操る事が出来る。まあ時間が経った魂は自動的に天界へと運ばれるからそこまで便利な魔法ではないのだけれど、それを大々的に行ってきた集団が居たから用心しといた方がいいわね」
「はい……ですので転生者の魂に関しては、悪用されないように死を確認した者から直ちに天界へと運ばれるようにする予定です。それくらいしか私にはできないので……」
「いやいや、それを知れただけでも十分助かるよ! これで藍が躊躇う事はなくなるだろうから」
黒椿は苦笑しながらそう言った。
「あの……黒椿は、藍くんが”人間を殺害する”という事について許容しているのですか?」
ファンカレアは黒椿の言葉を聞いて抱えていた疑問をぶつける。
それはファンカレアがずっと気になっていた事であり、藍をフィエリティーゼへ転生させることについて悩んでいる理由でもあった。
藍が暮らしていた日本では一般人として過ごしている限り、人を殺すという行為を行うことはない。
当然、普通の大学生として暮らしていた藍はその一般人に属するわけで、人を殺した経験など皆無であった。
だからこそ、藍を愛しているファンカレアは悩んでいた。
ミラスティアによって強力なスキルを手に入れても、邪神を倒しその強大な力を手に入れたとしても、人を殺したことのない藍にとって現在のフィエリティーゼは過酷な場所となってしまうのだから。
「うーん……それについては”仕方がない”って感じかな? 藍が暮らしていた日本とフィエリティーゼでは随分と文化が違うと思うし、そっちには盗賊とか人型の魔物とかもいるんだよね?」
「そうですね。盗賊は割と多いみたいです、【神託】を持っている巫女が確かそのような事を言っていました。魔物に関しては多いのですが……藍くんの世界で知られているもので例えるならばオーガやトロール、アンデッドなどが人型に部類しますね」
「だとしたら、身を守るためにもそこは許容してもらうしかないかなって思ってる。僕から説明して、出来れば転生する前に慣れる為にも特訓みたいなことをしたいなぁって」
苦笑しながら黒椿はファンカレアにそう言った。
黒椿の言葉にファンカレアは頷きミラスティアもそのことに同意した。
「私も黒椿の意見に賛成よ。実際に住んでいて思った事だけれど、地球……特に日本ね、あそこはフィエリティーゼに比べて平和過ぎるわね。良いことだと思うけれど、日本での感覚を強く持ったままフィエリティーゼに転生させるのはちょっと危ないと思うわ」
「そうですね……では、人型の魔物を倒す訓練から始めましょう。幸いにもこの白色の世界は時間の流れを止める事が出来ますから」
二人の言葉に黒椿はうんうんと頷いてテーブルに置いてあった湯呑を手に取り煎茶を飲み干した。
「ふぅ……真面目な話をして疲れたよ。とりあえず、フィエリティーゼで暴れている転生者たちに関しては藍が対応するから安心してね?」
「あらあら、あなたが勝手に決めていいのかしら?」
自信満々に語る黒椿に呆れながら笑みを溢すミラスティア。
ファンカレアも落ち着きを取り戻し、ゆっくりとした動きで紅茶を口に運んでいた。
「いいのいいの! どうせ藍の事だから大好きなファンカレアの頼みを断るわけないしね~」
「ぶっ」
黒椿の言葉にファンカレアは口に運んだ紅茶を吹き出し咳込んだ。
そんなファンカレアを見て驚いた黒椿はファンカレアの背中をさすって謝罪する。
「ご、ごめんファンカレア!! まさかそんなに動揺するとは思わなくて……」
「ごほっごほっい、いえ……その、いきなりでびっくりしてしまって……でも、本当に大丈夫なんですか? 頼む私が言うのは可笑しな話ですが、もしも藍くんに何かあったら……」
「忘れたのファンカレア? 藍は邪神の力をそのまま受け継いだんだよ? いまの藍はそんじゃそこらの転生者じゃ傷すらつけられないくらいに強いから大丈夫だよ。まぁその力を使いこなせてはいないから、やっぱり訓練は必要だと思うけどね……」
黒椿の言葉にファンカレアは納得したように頷いた。
「そういえば、ステータス画面が凄いことになっていましたね……」
「でしょ? だから心配しなくても大丈夫だよ、藍に任せておけば全て上手くいくから。その為にもさっきお願いした死後の魂がどうなるかの説明はちゃんとしてあげてね? あと訓練するための時間もね!」
「ふふ……わかりました。創世の女神としてちゃんとお約束いたします」
ファンカレアの返事を聞いて、黒椿はミラスティアの方へと顔を向ける。
黒椿の顔を見たミラスティアは「ついに私の番なのね……」と心底嫌そうに呟いたのだった。
「さてさて、次はミラへのお願いに移ろうかな!!」
「お手柔らかにね……」
黒椿の含みのある笑みを見て、ミラスティアは肩を落とす。
そうして語られた黒椿のお願いは……案の定、ミラスティアに大きな溜息を吐かせることになるのだった。
「――ちょっとフィエリティーゼに行って、持ってきて欲しいモノがあるんだよね」
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