第31話 混ざり合う魂





 俺はグラファルトに抱きしめられた状態で自分の過去の話をしていた。

 地球での生活、家族との関係性、そして妹と死に別れした時の気持ちなど、隠すことなくグラファルトに話していた。グラファルとはそんな俺の話を文句をいう事なく適度に相槌を打ちながら聞いてくれている。


 もしかしたら、ずっと心の中で我慢していたのかもしれない。

 妹との死に別れについて、ファンカレアの前では未練はないと言っていたけど……やっぱり心の奥底では寂しくて、受け入れられなくて、思い出すたびに泣きそうになって。白色の世界に来てからは色々な事が間髪入れずに起こっていたせいで、こうやって思い返す余裕もなかったから平気だったのかもしれない。


 だけどグラファルトの記憶を見て、自分の事のように体感して、ヴィドラスたちとの別れを経験して、今まで記憶の片隅に置いていた感情が溢れ出してしまった。別れの辛さを、苦しさを、悲しみを思い出してしまった。

 やっぱり、俺は家族の事となるとダメらしい。


「お前はヴィドラスたちの事を家族のように思ってくれているのだな……」

「……グラファルトの記憶を体感して俺が勝手に思ってるだけだから、あいつらにしてみれば迷惑かもしれないけどね」

「そんな事はない。あいつらはお前に大きな恩があると言っていた。まあその内容は間違いなく我の事だが……恩人であるお前に家族と言われて嬉しくないはずがない」


 そこまで言うと、グラファルトは右肩に乗せていた顔を動かし俺の前へと移動する。

 小さな顔は優し気に微笑みを浮かべていた。白銀の長い髪が陽に照らされて幻想的に輝いてる。縦長の瞳孔が特徴的な朱色の瞳を細めてグラファルトはその額を俺の額へと合わせた。


「アグマァルが言うには、我とお前は良く似ているらしいぞ。あやつの言葉を借りるのなら”優しさ”が似ているらしい」

「優しさ?」

「そうだ、だが似ていると言っても違う部分もあるがな……例えば、その心の弱さとかな。藍、お前の心は我以上に弱い」


 唐突にグラファルトはそう告げた。

 背中に回していた両手を動かし、俺の頬へと優しく触れる。その瞳は鋭く俺の事を見つめていた。


「お前の心は温かい……他者を思いやり、愛する気持ちで溢れている。だが同じくらいその心は弱く、そして酷く脆いのだ。他者の気持ちを理解すればするほどに、その者に訪れる大きな闇に触れた時……お前はそれを自分の事の様に感じ取りそれが大きくなれば――忽ちその心は簡単に壊れてしまう」

「……」

「いいか、藍。お前は強大な略奪の力を手に入れた。それは誰の物でもないお前のみに与えられた唯一の力だ。だがその力はお前には不向きな力ともいえる、何故ならばその略奪の力は――対象の人生の”全てを奪い去る”ことが出来る力だからだ」


 グラファルトの鋭かった瞳が目尻を下げる。

 そして合わせていた額を離し、グラファルトは再び自分の顔を俺の右肩へと移動させて俺の体を強く抱きしめた。


「黒椿や創世の女神がお前を守りたいと思う気持ちが今ならわかるぞ……我はお前が心配だ……。これは黒椿から聞いた話だがな、お前の所有するスキル――【漆黒の略奪者】だったか? お前の制御下にないそのスキルは対象の力だけではなく、その記憶も、感情も、対象に関する全てを奪う事が出来るらしい」

「……っ」

「我は黒椿によって吸収されたあとに直ぐ精神世界へと送られた為、スキルや魔力以外の全てを奪われなくて済んだが……お前がそのスキルを制御出来ていない状態でフィエリティーゼへ転生し、多くの者をその力を以て略奪したならば――いずれそのスキルは、お前の心に深い傷を生み出すだろう。自我の修復をする手段があるとしても何度も心を壊してしまえばその人格は変わり果ててしまう。修復する度に、元の人格が狂い始めるんだ……」


 俺はグラファルトの言葉を黙って聞くことしか出来なかった。


 考えてみればそうだ、黒椿は【漆黒の略奪者】は全てを奪うことが出来ると言っていた。それは力だけに限らず、その者の生きて来た人生のすべてを知る事が出来るという事なんだろう。

 その者がどういう経験をして、どういう経緯で死んだのか……。そう言った記憶が自分の事の様に記憶される。

 それは場合によっては役に立つ力ではあると思うが、同時にその者の人生を背負う覚悟を必要とする力でもある気がした。


 自分を見失わずに、全てを背負う覚悟。

 果たして、俺にそんな覚悟があるだろうか? いつか、出来るのだろうか?


 俺が不安を募らせ考えていると、グラファルトはふっと小さく笑い俺の後頭部を優しく撫でる。


「……そう深く考えることはない。要はお前が【漆黒の略奪者】を使いこなせばいいのだ」

「使いこなす、か……」

「もちろん簡単なことではないが、スキルを自由に操れるようになれば力のみを奪うことも容易くなるはずだ。我もお前の傍で支えよう、こう見えてヴィドラスたちにスキルの使い方などを教えた経験があるからな。幸いにも時間はたっぷりとあるわけだし創世の女神にでも頼んで時間を作ってもらうとしよう」


 グラファルトは顔を上げ愉快そうに笑っている。

 そんなグラファルトにつられて俺も微笑み頷いた。


「そうだな……確かにまだ自分の能力について理解も出来てないし、それを知る為にも訓練は必要か。俺としては早くフィエリティーゼに転生して、お前の魂を解放してやりたいと思ってたんだけどな……」

「……ん? 我の魂を解放する?」

「あれ、黒椿から聞いてないのか?」


 首を傾げて不思議そうにしているグラファルトに俺は説明をする。


 俺はグラファルトを救う前に黒椿からある事を聞いていた。

 黒椿の話では、グラファルトの魂をフィエリティーゼへ転生した後、竜の渓谷に封印されているグラファルトの肉体へと移すことが出来るらしい。


 どうやら黒椿は【叡智の瞳】を使いグラファルトが元の体へと戻れる方法を探していたみたいだ。その結果、邪神と成った時に捨て去った空の肉体を邪悪なる神格が竜の渓谷へと封印していた事が分かったらしい。仮に女神に滅ぼされたとしても支配したグラファルトの魂ごと自分も逃げ出し、封印しておいた肉体を使い世界の外側からではなく内側から滅ぼそうとしたのだとか。しかし、ファンカレアは邪神と化したグラファルトを滅ぼすような事はせず、その魂を封印するという選択をしたため、結局無駄に終わってしまったたらしいが。


 そういった経緯で封印は解かれることはなく、竜の渓谷にはグラファルトの肉体が結界内で保存された状態で隠されたままになっている。

 それを使ってグラファルトの魂を肉体へと移植すれば魔竜王として復活させることが出来るのだとか。

 まあ俺が奪ってしまった魔力やスキルの問題もあるが、そこらへんはウルギア……【改変】のスキルが何とかしてくれるとのことだ。


「グラファルトは黒椿と会ったって言ってたから、てっきりその説明を受けているものだと……」

「あー……そう言う事か……たく、黒椿め……”ちょっと大変だと思うけど頑張って説明してね”、とはこういう事か……面倒な事を押し付けおって……」

「ん? どういうことだ?」


 グラファルトは自分の後頭部を掻き大きな溜息を吐いた。

 その様子を見て首を傾げていると、グラファルトは言葉を選ぶように話し始める。


「あー、つまりだな……我はその話をいま初めて聞いたが……別にそこまで急ぐ必要がなくなったと言えばいいのか……仮に肉体に戻れたとしても、そんなに変わらないと言うべきか……」

「いや、そんなことはないだろう? ここに居るより、外の世界で自由に動ける方がお前にとって楽だろうし……」

「うむ……そうなんだが……そうなんだがな……? はぁ、回りくどいのは好かん。はっきり言うぞ?」


 グラファルトは一度大袈裟に自分の後頭部を掻いた後、俺の両肩を掴み覚悟を決めたように話し出す。


「邪悪なる神格がお前の魂に干渉しようとした事はさっき説明したな?」

「あ、ああ……」

「その時に、ある問題が生じた」

「問題?」

「……我の魂は邪悪なる神格によって支配、いやあれはもう融合していたと言っていいだろう、まあそういう状態であった。そして、融合していた邪悪なる神格は我の魂ごとお前の魂を取り込もうと最後の悪あがきをしたのだ」


 そこまで話したところで、グラファルトは申し訳なさそうに俺から視線を逸らす。


 ……なんだろう、グラファルトの分かりやすい説明の所為かな?

 この後の展開がなんとなくわかってしまうのは。


「それって……まさか」

「――どうやら、我の魂とお前の魂に繋がりの様なものが出来てしまったらしい。その影響なのか……我とお前はスキル、魔力、生命力などといった身体的能力値が共存する形で繋がってしまっているみたいでな。早い話がお前が死ねば、我も死ぬ。逆に我が死んでも、お前も死んでしまう――そういうことらしい」


 そして、グラファルトは俺にステータス画面を出すように言って来た。

 その言葉に従い俺の足の上に座り直したグラファルトの前にステータス画面を表示する。

 黒椿と言う特殊な例を除いて、普通なら俺しか見ることの出来ないステータス画面、しかしグラファルトは俺のステータス画面を指さしそこに書いてある文章を読み始めた。


「ほれ、ここに書いてあるであろう? ”共命きょうめい(グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル)”と」

「……」

「ん? どうした? ちゃんとここに書いてあるだろう?」

「……いや、うん。そうなんだけどさ」


 グラファルトの指さす状態の横には確かに”共命(グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル)”と書いてあった。

 確かにそのことにもすごく驚いたけど、それよりも……。


「もうヤダ……なにこのステータス……」





――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


名前 制空藍 


種族 人間(転生者)


レベル ―――


状態:”共命(グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル)”



スキル:【改変により特殊スキルへと統合中】


固有スキル:【竜の息吹】【竜の咆哮】【人化】【竜化】【眷属創造】【地脈操作】【水流操作】【火炎操作】


特殊スキル:【改変】【漆黒の略奪者】【悪食】【魔法属性:全】【スキル合成】【スキル復元】【創造魔法(神属性の魔力が不足しています)】【神性魔法(神属性の魔力が不足しています)】【神眼】【千里眼】【隠蔽】【吸収(復元中)】


称号 【精霊に愛されし者】【黒椿の加護】【異世界からの転生者】【女神の寵愛を受けし者】【魔法を極めし者】【魔竜王】【竜の主】【略奪の王】【運命を共にする者】【厄災を打ち砕く者】【超越者】【竜に愛された者】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――





 目を塞ぎたくなる光景が広がるステータス画面。

 うん、レベルに関してはもう表示すらされなくなってるし、スキルもウルギアが勝手に改変とか復元とかしまくってるし……あいつは俺をどうしたいんだ……神にでもするつもりか? お前のせいで俺はもう【超越者】とかいう称号もらっちゃってるんだよ!? もういいよ! お願いだからやめてくれ……。


「しかし、黒椿から説明は受けていたがこのステータス画面というやつは便利だな……スキルや称号など【神眼】を使うよりも細かく見れる!」

「楽しそうだなお前……」


 俺の心境とは裏腹にグラファルトは俺の足元でキャッキャッと騒いで楽しそうにしている。

 そんなグラファルトに呆れた様に言うとグラファルトはふんっと鼻を鳴らし話し出す。


「逆にお前は何を呆けておるのだ? 強くなることは良いことだろう? 安心しろ、我とお前は一心同体だ。この力をちゃんと使いこなせるように我がちゃんと鍛えてやろう!!」

「いや、この共命ももしかしたら竜の肉体を手に入れれば解除されたり――」


 そこまで話すと、グラファルトはステータス画面を見ていた顔を上へと向けて首を左右に振り始めた。


「黒椿が【叡智の瞳】だったか? それを使って調べたが解決方法は見つからなかったらしい」

「……そうですか」

「まあ、お前からすれば不服かもしれないが……解決する手段がないものは仕方がないだろう? 見えぬ未来よりも今を楽しもうではないか!!」


 頭を俺の体に預けてグラファルトは愉快そうに笑っている。

 そんな少女の態度を見て、俺はもう考え込むのをやめた。


 グラファルトの言う通り、答えのない未来を考えるよりも今をちゃんと理解していく方が大事だと思う。


 それに……、せっかく仲良くなれたグラファルトと転生して早々にお別れとなるのは寂しいとも思っていた。だから、離れることはないと聞いて内心ほっとしている自分もいるわけで……早い話、いまの状況を楽しいと感じてる自分もいるわけだ。


 こうして、俺はグラファルトと一心同体であることを知った。

 果たして、これから俺はどうなるのか……足元でこれからの話を楽しそうに語るグラファルトの頭を、俺は相槌を打ちながらやれやれと撫で続けるのだった。





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