第30話 果たされる願い





 制空藍です。

 儀式の間にて、暴走していた竜を【漆黒の略奪者】で吸収した俺はいつの間にか眠っていました。

 そうして目が覚めると、そこには顔を赤くした白銀の髪をもつ少女が居たわけで……。


『~~ッ!? いい加減にしろ!!』


 少女の振り下ろした一撃によって激しい痛みに襲われた俺は、これが夢ではないのだと確信するのだった。


 そして――。


「いいか? 我は黒椿からお前のことを介抱するように頼まれたから仕方なく! ああしてお前の頭を我の足に乗っけてやったのだ。それだけでも光栄なことなのだぞ! それをお前は……〜〜ッ!! ちゃんと反省しているのか!?」

「はい、すみません……」

「そもそもだな、我とて心の準備というものがあってだな? 別にお前に触れられることが——」


 俺の目の前で、生え際辺りに小さな二本の角を生やした少女は顔を赤くしながら仁王立ちをして、休むことなく怒鳴り続けている。

 驚くことに少女の正体は儀式の間で暴走していたあのグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルだった。


 怒鳴るグラファルトの話によると、【漆黒の略奪者】で吸収されたあと邪悪なる神格は黒椿によって消滅させられてたらしい。

 しかし、その際に最後の悪あがきを見せた邪悪なる神格は俺の魂へと干渉しようと試みたらしく、その影響で俺は深い眠りに落ちてしまったのだとか。

 とは言っても、今回は自我の崩壊を起こしたわけではなくただ気絶しただけなので特に修復を待つ必要はなく、肉体が覚醒し始めればそのうち自然と戻れるらしい。


 邪悪なる神格から解放されたグラファルトは俺と会う前に黒椿と顔合わせを済ませていたらしく、ある程度の状況説明を受けたあと眠っていた俺の世話を黒椿から任されたのだとか。

 俺はそんなグラファルトの話……というより説教を、正座をさせられながら時折謝罪の言葉を口にしつつ聞いていた。


 しかし、まさかこんなに短いスパンでこの精神世界に戻ってくるとは思ってもみなかった。

 前回もそうだったけど、やっぱりここは落ち着くな……心が癒されていくというか、これも黒椿が何かしているのだろうか? それとも、俺が黒椿と居るのが好きだから彼女の作った精神世界でも自然と似たような感覚に満たされるのかもしれない。


 あー……風が心地いい……。


「——って、聞いているのか貴様は!?」


 目を閉じて、草原に流れる風の心地良さに浸っていると両側の頬に強い衝撃が走る。

 慌てて目を開けると、グラファルトが俺の頬を両手で抑えていた。

 至近距離にあるグラファルトの顔がその怒りを露わにしている。

 折角、顔と声は見た目に合っていて可愛いのに……口調は荒々しいし、怒ると”お前”が”貴様”に変わるし……勿体無い。


 それにしてもまさかグラファルトがこんなに可愛い女の子だったとは……。

 身長も相当低いよな? 妹が150cmくらいだったよな……明らかに妹よりも10cm、いや下手したらそれ以上に低いだろう。

 こうして見てるだけなら可愛い女の子なのにな……。


「おい、なんだその憐れむような目は……そうかそうか……どうやら貴様は全く反省していないようだなぁ?」

「痛い痛い……潰れる……潰れるから……」


 グラファルトは額に青筋を作りながら笑顔で頬に添えた手の力を更に強める。

 その口からは発達した犬歯がキラリと光る。いや、それもう犬歯じゃないよね?小さいけど牙といっていいんじゃないかな?

 そうして、グラファルトは近づけていた顔をずらして首元へと持って行く。


「え、ちょっグラファルト!? 何するつもりだ!?」

「――我ら竜種が罰を受ける方法の中に”首噛み”という罰があってな?」

「おかしいな……説明を聞かなくてもその内容が理解できてしまう……」


 つまりはあれだろ……? 首元をその立派な牙で噛んでくるってことだろ?

 ダメだ、あの牙で噛まれたら俺の命が危ない、ここは速やかに避難を……


「――逃がすと思うか?」

「はっ?! おい!?」


 俺が後ろに後退しようと上半身を揺らすと、それを察知したグラファルトは正座していた俺の太ももにまたがり、自身の両足を俺の腰へとまわして締めようとして来た。小さい体で俺の腰を締めようとする為、届きそうで届かない足を一生懸命にくっつけようと体を密着させて来る。

 おい!? この体勢は色々とまずい!! 俺の痺れた足的にも世間体的にもまずいから!!


「おい馬鹿!? 早くこの足をどけろ!! 俺はまだお巡りさんのお世話になるわけにはいかないんだ!!」

「なに訳のわからんことを言っておる!! これ、そんなに暴れるでない!!」


 俺は暴れて何とか振り払おうとするがグラファルトは離れまいと頬に置いていた手を俺の背中へと回してしがみついて来る。

 お前ワザとだろ!? 絶対わかっててやってるよなこの駄竜!?


 体勢を崩して正座をやめる事は出来たが、依然としてあぐらを組む俺の足に乗ってグラファルトは何としてでも俺の首元を噛もうとしてくる。

 そうしてグラファルトと格闘していたのだが、次第に疲労していった俺が竜であるグラファルトに敵うはずはなく……


「ふぅ……手間を掛けさせおって……」

「ぐっ……初めて人間であることを後悔した」

「安心しろ、少しだけ強く噛むだけだ……少しだけな」


 そうして、満面の笑みを浮かべた後グラファルトはその口を大きく開き、俺の首へと勢いよく嚙みついた。


 草原の広がるこの精神世界に俺の絶叫が木霊したのは言うまでもない。
















「全く、お前のせいで無駄に疲れたぞ」

「だったら噛みつかなきゃいい話だろうが……いててっ」


 噛まれた右側の首の付け根がズキズキと痛む。

 思いっきり嚙みついた後、グラファルトは満足したのか俺の上からその体をどけて痛みに悶える俺を笑いながら見ていた。


「相変わらず人間は脆いな、いや……ここは精神世界だからお前の心が弱いのか……?」

「なんだろう……首の痛みとは違うこの胸の痛みは……」


 グラファルトが唱えた精神攻撃が、俺の心にクリティカルヒットする。

 胸を抑えて下を向いた俺にグラファルトは溜息を吐きながら近づいてきた。


「はぁ……ほれ、傷を見せてみよ」


 そう言ってグラファルトは俺の首元へと手を添えて魔力を放出した。

 すると、泣くほど痛かった首の噛み傷が瞬く間に消えてなくなる。


「これで傷は消えたな」

「……」

「ん? なんだ、そんなにジロジロと我を見おって……この格好が気になるのか?」

「ああごめん、その格好も気にならないと言ったら噓になるけど……そうじゃなくてさ」


 「やっぱり似合わんか?」と少し落ち込んでいたグラファルトに俺は違う理由で見つめてしまった事を告げる。


「もう、大丈夫なんだなって安心してたんだ」


 目の前に居るのは邪神なんかではない。

 正真正銘、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルであると……そう思って俺は安心していた。


「……そうだな、悪に堕ちた神格はこの魂から取り除かれた。我はもう……決して間違えることはない、全部お前のおかげだ」


 グラファルトは、柔らかい笑みを浮かべてそう言った。

 その笑顔を見ただけで、グラファルトは救われたのだとそう確信することが出来た」。


「そっか……ヴィドラスの願い、守れてよかったよ」

「……」

「グラファルトの記憶を見てからさ、どうしてか分からないけどずっとヴィドラスの声が頭の中で聞こえて来たんだよ」

「……おそらくだが、お前が我の魔力を吸収し続けたのが要因だろうな。どうやら我は、同胞たちの魂の欠片を無意識のうちに自身の魔力へと吸収していたらしい。そういう芸当が出来るスキル【悪食】があってな」


 グラファルトは草原に腰掛けていた俺の隣へと座りそう言った。

 【悪食】か……そういえば、ステータスにそんなスキルが増えていたような気がする。


「――ヴィドラスは、お前に何を願ったんだ?」


 グラファルトは小さな声で俺にそう質問してきた。

 別に隠す必要もないので、俺はグラファルトの顔を見て答える。


「ずっと同じことを繰り返してた。”どうか……どうか……お願いします”って。最初は何をどうすればいいのか全くわからなかったけど、お前と対峙して、心から想いをぶつけ合って、そうして……やっとわかったんだ」

「……」

「あいつはさ、お前を救ってほしかったんだよ。自分たちの死を受け入れられなくて、邪神と成って何百年も封印されたお前の事を。あいつらの最後の願い、お前はもう思い出したんだろ?」

「――ああ、思い出したぞ。もう、忘れたくない……大切な記憶だ」


 グラファルトは声を震わせて顔を伏せる。

 俺はゆっくりと右手を伸ばし、その白銀の頭を撫でる。

 怒られるかなと思ったが、どうやら頭を撫でるのは大丈夫みたいだ。


 グラファルトの頭を撫でながら、俺はヴィドラスたちの事を考えていた。


「……あいつらは、ちゃんと成仏出来たのかな」


 最後まで主であるグラファルトの幸せを願い続けたヴィドラスたち。出来れば、あいつらにも幸せになって欲しいと、俺はそう思う。


 そんな事を考えていると、頭を撫でていた手に何かが触れる感触があった。


「……お前に会う前の事だ。我はヴィドラスたちの魂と話をすることが出来てな? あいつらはちゃんと”幸せだった”と……そう言って成仏していったぞ」


 グラファルトの両手が撫でていた俺の手を包むように握っている。

 少女の表情はその時の光景を思い出し、幸せを嚙みしめるような……そんな笑顔を浮かべていた。




――ありがとう。




 ふと、そんな声が聞こえたきがした。

 グラファルトの声ではない、何度も俺に願い続けた……あの声だ。

 聞こえるはずのない声が、俺の頭の中で木霊してゆっくりと消えていく。


「……」


 ……胸の辺りが苦しくなって、何かが込み上げてくる。

 そうか……あいつらは、ちゃんと――


「そう言えば、アグマァルの奴がお前に感謝を伝えてくれと――ッ」


 グラファルトが言葉を途中で止めてその顔を驚愕に染めている。しかし、その顔は直ぐに柔らかい笑みへと変わりグラファルトは静かに立ち上がった。

 グラファルトはゆっくりと俺の前へ進み、そして……先程していた様にあぐらを組んでいた俺の足にその腰を下ろした。


 顔を俺の耳元へと近づけて、優しい声音でグラファルトは話し始める。


「――お前は優しい……優しい奴だ」

「……」

「ありがとう、藍」

「……ッ」


 そう言って、グラファルトは俺の体を強く抱きしめた。

 俺の右肩に顔を置いて、優しい声で続けて語り掛けて来る。

 しかし、その声は微かに震えていて……多分、とそう思った。


「我の愛した家族を想い、泣いてくれて……ありがとう」

「そっか……俺は……ちゃんと救えたんだな。グラファルトの事も、世界の事も、そして――あいつらの事も、ちゃんと救えたんだ……ッ」


 静かな草原で、俺とグラファルトは涙を流す。






 ヴィドラス……アグマァル……。


 お前たちの願い……ちゃんと、叶えたぞ。




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