第29話 そして、器たちは邂逅する






 自己紹介が終わりお互いの呼び名も決まったあと、白色の世界では女性のみのお茶会が開催されていた。

 新たに黒椿が作り出した椅子にファンかレアが腰掛け、ティーセットが置かれたテーブルをミラスティア、黒椿、ファンカレアの三人が囲んでいる。


「じゃあ、早速だけど……どこから話そうか?」


 そう言った黒椿は紅茶を一口飲み、渋い顔をした後に自分で急須と湯呑を作り出して、急須から湯呑に注いだ煎茶を飲み始める。

 それを見たミラスティアが苦笑しながら虚空へと手を伸ばし、空間魔法を使って取り出した煎餅をテーブルに置く。

 黒椿はそれを満面の笑みで受け取り食べ始めた。


「そうね、私としては順番に全部聞いていきたいのだけれど……」


 そこまで口にしたミラスティアはカップを口元へと持って行き正面に座っているファンカレアに視線を送る。

 ファンカレアはというと、先程の”藍が自分の話をしていた”という部分が気になっている様子でソワソワと体を揺らし目を輝かせていた。

 そんなファンカレアの様子を確認したミラスティアは溜息を漏らし呆れた様子で続きを話し出す。


「はぁ……、先にそこの女神様が気になっている事を話してあげてくれない?」

「ん? ……あぁ、そういう事ね」


 煎餅を齧ろうとしていた黒椿は、ミラスティアが見ている方へと視線を向けて納得したように頷いた。


「えっと、ファンカレア? ちゃんと話すからさっきみたいな事はやめてね? 一応僕にも乙女の尊厳みたいなものはあるから……」

「は、はい……先程は本当にすみませんでした……」


 申し訳なさそうに心からの謝罪を述べるファンカレアに黒椿は苦笑しながらも「大丈夫」と告げて話を始める。


「それじゃあ、ファンカレアが気になっているであろう話をしようか。でも、その話をするにあたって……ファンカレアにお願いと謝らなくちゃいけないことがあるんだ」

「え? 私にですか?」


 黒椿の言葉を聞いてファンカレアは首を傾げる。

 お願いに関してはそこまで驚きはしないが、初めて会う相手からの謝罪という言葉が不思議だったのだ。

 黒椿は眉尻を下げてファンカレアに頷く。


「順序立ててちゃんと説明するよ。そうだね……それは、僕という存在が生まれた時の話から――」


 そうして、黒椿は二人に語り始める。


 まだ名も無い精霊だった頃、藍に出会い救われた事。

 藍に名前を貰った事で、自分が力のある精霊へと進化したこと。

 藍の事を愛していて、自らが望んで藍だけの守護精霊であり続けると誓った事。


 最後に、自我の修復を行っている時の話で黒椿は話を終える。

 全てを隠すことなく、分かりやすく簡潔にまとめて黒椿は話した。

 その話を二人は最後まで無言で聞いていた。


「――と、言うわけで僕と藍はお互いの想いを再確認して、恋人として隣を歩いて行くことを決めたんだ」

「……」

「精神世界で、ファンカレアを抜きにして勝手に決めてしまった事をどうしても謝りたかった……本当にごめんなさい」


 顎に手を置き黙ったままのファンカレアに黒椿は頭を下げて謝罪する。


 しばらくの沈黙を置いて、ファンカレアはその閉ざしていた口を開き始めた。


「あの……」

「うん、君の怒りは最もだと思う。だけど、怒るのは僕だけで藍の事はどうか怒らな――「今の話に、私への謝罪が必要な内容がありましたか?」……え?」


 ファンカレアは困ったと言わんばかりの顔を浮かべて黒椿の話を遮る。

 そんなファンカレアの言葉に、黒椿は間の抜けた声を出してしまった。


「え? いや、だって……僕と藍は、君の意見を聞かずに勝手に恋人同士になったんだよ? 藍は君の事を異性として好きだと告げたのに……」

「んん? それは、喜ばしい事ではないのですか? 藍くんが黒椿の事も、そして私の事も好きだと言ってくれたんですよね? どちらかの事を拒絶するのではなく、二人の事が好きだと……違うのですか?」

「そう……だけど……。あれ……?」


 そんな二人の会話を聞いて、ミラスティアはどこか納得したように二人の話に割り込んだ。


「ああ……そう言う事ね。黒椿とファンカレアの話が平行線なのは……きっと二人が違う世界の生まれだからよ」


 「まあ、正確には少し違うのだけれどね」と呟き、ミラスティアは空になったカップに紅茶を注いだ。


「えっと、ミラ? つまりはどういう事なの?」

「そうね……簡単に言えば、フィエリティーゼでは一夫多妻が当たり前なのよ。もちろん妻となった女達を養えるかとか、家柄の問題とかはあるけれど……フィエリティーゼでは基本的に強い男は複数人の女を抱えているものなの。そういえば、私も蓮太郎に地球の話を聞いた時は驚いたわね……懐かしいわ」


 カップに入った紅茶を眺めてミラスティアは思い出に酔いしれる。

 その話を聞いて黒椿はようやくファンカレアと嚙み合わなかった違和感について理解した。


「なるほどね……だから、ファンカレアは困った顔をしてたんだ……」

「は、はい……藍くんが私と黒椿の二人を好きになって何が悪いのかわからなくて……」

「はぁ……緊張して損した気分だよ……」

(良かったね、藍……君の心配は無駄に終わりそうだよ……)


 オロオロと申し訳なさそうに話すファンカレアに、黒椿は椅子の背もたれに体を預けてそういった。


「まぁ、険悪になるわけじゃないのだから別にいいんじゃない? それで、あなたが謝りたかった事はこれで終わりみたいだけれど、もう一つのお願いはなんだったのかしら?」


 そんな黒椿の様子にミラスティアは小さく笑みを溢して話を進める。

 預けた体をゆっくりと起こして、黒椿はミラスティアの質問へ答えた。


「あー……それも似たような内容だよ。精神世界で藍は僕との関係性の事でファンカレアに怒られるんじゃないかって落ち込んでてね……この機会を利用して先にファンカレアに僕から伝えてあんまり藍の事を怒らないであげて? ってお願いするつもりだったんだ……」

「どちらかの気持ちを蔑ろにするようであれば思うところはありました。でも、そうではなく私と黒椿の事を大事にしてくれるのなら特に怒る理由はないですね」


 黒椿の言葉にファンカレアは優しい笑みを浮かべてそう答えた。

 ファンカレアの言葉を聞いて、黒椿も同じく笑みを浮かべる。


「それじゃあ、特に心配することはなかったわけだね。なんかどっと疲れたよ……」

「ふふ、でもそうですか……藍くんは一生懸命悩んでくれていたんですね……」

「……うん。僕たちの事を思ってその気持ちに嘘をつこうとまでしてね」


 そうして、二人はベッドの上で眠っている藍へと視線を移す。

 心地よさそうに眠る藍を見て、二人はその頬を朱色に染めるのであった。


「僕たちは幸せ者だね、ファンカレア」

「はい、大好きな人に想って貰えるのは……本当に嬉しくて、幸せです」


 こうして、黒椿とファンカレアはお互いの想いが同じなんだと言う事を確かめ合ったのだった。
















 黒椿とファンカレアがお互いの想いを確認し終えると、ミラスティアが話題を邪神となったグラファルトへと移した。

 そうして黒椿は二人から投げ掛けられる質問に答える形で、精神世界での出来事から今に至るまでの全てを語る。


「――なるほどねぇ……。それじゃあ、邪悪なる神格は完全に消滅したと思っていいのかしら?」

「うん、そこは安心して欲しいな。さっき消滅させておいたから!」

「……あなたのその馬鹿げた力についても気になるのだけれど……まぁいいわ。聞かれたくないみたいだし」


 ミラスティアの言葉に黒椿は苦笑した。


「それで……グラファルトはどうなったのかしら」


 ミラスティアは少しだけ声のトーンをおとして黒椿に質問を投げ掛けた。


 ミラスティアにとって、友と呼べる存在であるグラファルト。

 藍は救うと言っていたが、実際のところはグラファルトが漆黒の魔力に飲み込まれてしまい、その安否は分からず仕舞いだった。

 ミラスティアは最悪の結末も視野に入れながら黒椿の返答を待つ。


「……大丈夫だよ、ミラ。グラファルトはちゃんと生きているから」

「ッ……そう、そうなのね」


 ミラスティアは黒椿の言葉に瞳を潤ませ優しい笑みを浮かべる。


(約束、守ってくれたのね……ありがとう、藍)


 それは、自分では出来なかったであろう最高の結果。それを成し遂げた青年に、ミラスティアは心からの感謝を送るのだった。


「……あの子はいま、どこに居るの?」

「ああ、それなら――今頃、ゆっくり話し合ってるんじゃないかな?」

「話し合うって――そう……そこに居るのね?」


 黒椿の視線を追うようにミラスティアも視線を動かす。

 そこには、ベッドの上で眠っている藍の姿があった。



































「――おい、いつまで寝ているつもりだ?」


 ……上から声がする。

 優しい声音ではあるが、その口調はどこか荒々しい。

 というか、折角気持ちよく寝てるのに……。


「――いい加減起きろ、流石に寝過ぎだ」


 うるさいな……こっちは邪神とか暴走した竜を相手にしたりとかで疲れてるんだ。

 ゆっくり休ませてくれ。


 俺は体を右へと捻り右手を動かす。


「ひゃっ!? どこを触っておるのだ貴様!? 変なところに手を入れるな!!」

「……ん?」


 なんだ今の声……というか、この手に感じる温かい感触は一体……。

 次第に意識がはっきりとしていき俺は眠りから覚醒した。

 しかし、俺は眠りから覚醒したことを心から後悔することになる。


 声のしていた方へと顔を向けると……そこには、顔を赤らめこちらを睨みつける白銀の髪の少女の姿があった。


 ……え、誰この子? というか、なんで俺は知らない中学生くらいの子にあぐら座で膝枕されてるんだ?


 混乱している俺に、少女は声を震わせながら静かに告げる。

 自分の正体と……顔を赤らめているその理由について。


「貴様……このグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの足元で寝るだけではなく、ふ、服の間に手を入れるなど……覚悟は出来ているのだろうな……?」


 風に揺られて白銀の髪が揺れている。

 生え際の近く、揺れる髪の隙間から二つの黒い角が顔を覗かせていた。

 そして視線を下に動かすと、俺の右手は少女が着ているダメージ加工が施されたオーバーオールタイプのズボン、その膝辺りにあるダメージ加工で出来た穴に綺麗に突っ込んでいた。


 いや、色々突っ込みたいことがあるんだけど……。

 なんで暴走状態だったはずのグラファルトが俺を膝枕してるんだ?

 そして、なんでお前は地球で俺が見た事のある服を着ているんだ?


 しかし、当然ながらそんなことを聞ける雰囲気ではなく……少女は俺の手が意図せず僅かに動く度に、体を震わせその顔を更に赤くする。


「~~ッ!? いい加減にしろ!!」


 怒りに震える少女がその右腕を振り上げた瞬間、俺は心の中で思うのであった。



 ……ああ、願わくば――これが夢でありますようにと。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る