第28話 女神と常闇は、守護者に出会う





 創世の女神ファンカレアが創り出した白色の世界。

 その中心にある幾重にも張られた結界の中には、三人の人影があった。


 一人は、フィエリティーゼの創造神であり創世を司る女神ファンカレア。


 一人は、フィエリティーゼ最強と謳われる常闇の魔法使いミラスティア・イル・アルヴィス。


 ファンカレアとミラスティアは、ミラスティアが用意したテーブルを挟み、同じく用意されたティーセットを使い優雅に紅茶を飲んでいた。

 しかしファンカレアは紅茶を口にしつつも、左へと視線をチラチラ向けて視線の先にいる三人目の人影を気にかけている。


「――全く、あなたはもう少し落ち着くという事を覚えた方が良いわね……」

「うっ……す、すみません……」


 それに気づいたミラスティアはいつものごとく溜息を吐いてファンカレアを注意する。ファンカレアは指摘されたことで視線をテーブルへと戻しミラスティアに対して謝罪の言葉を口にした。


「まぁ、あなたの気持ちも分からなくはないけどね……やっと戻ってきたと思った愛おしの王子様が、また眠りについちゃったんだから」

「あ、あのミラ……? その言い方は物凄く恥ずかしいので、出来ればやめて欲しいのですが……」


 からかうように大袈裟に手を動かし演じるように語るミラスティアに、ファンカレアは顔を真っ赤にして止めるように懇願する。

 そんなファンカレアを見てミラスティアはひとしきり笑い続けて、満足すると紅茶の入ったカップに手を伸ばしてそれを口にした。


「ふぅ……。そんなに心配することはないと思うわ、何が起きても対処できるように白色の世界へ移動したのだし」

「それは……そうなんですけど……一度ならず二度も気を失うなんて……やっぱり不安です」


 ごにょごにょと小さな声でそう呟くファンカレアにミラスティアは苦笑を浮かべ、ファンカレアを不安にさせてる張本人へと視線を向ける。


(全く……言われてるわよ、略奪者さん?)


 視線の先には、黒髪の青年がファンカレアの作りだした豪華な装飾の入ったベッドで横になっていた。

 【漆黒の略奪者】は解除され地球に居た頃の服装を纏い、起き上がることはなく瞳を閉じて規則的な呼吸を繰り返している。


(自我の崩壊とは違ってただ眠っているだけのようだけれど……どうしたのかしらねぇ?)


 ミラスティアは右手で顎を支えるようにして頬杖をつき儀式の間での出来事を思い出す。













――それは一時間程前のこと。 

 藍が暴走したグラファルトを【漆黒の略奪者】で飲み込んで直ぐの出来事だった。


「――全てを奪い尽くせ、【漆黒の略奪者】ッ!!」


 藍の声に反応するように漆黒の魔力は暴走するグラファルトを飲み込んだ。

 そうして訪れた静寂。

 不安を隠しきれないファンカレアとミラスティアは唯々その光景を見続けていた。


「……」


 そして、一言も喋らない藍はそのまま後方へと体を倒して――


「ッ!?」


 藍の様子に気づいて直ぐ”転移”を使ったミラスティアによって抱きかかえられ、その体を預けるのだった。


「藍!! しっかりしなさい!!」

「ミラ!! 回復魔法をかけます!!」


 遅れて駆け寄ったファンカレアが魔力を込めて藍へと手を翳す。

 そして、神聖魔法である”女神の祝福”を使い藍の治療を試みるが――特に変化が起こることはなく藍は目を瞑り倒れたままであった。


「そ、そんな……」

「大丈夫よ。どうやら身体的にも精神的にも怪我をしたわけではないみたいね……呼吸も安定しているから、ただ眠っているだけかしら……?」


 ミラスティアは藍の様子を観察して異常がないことを確認する。

 そうして藍の状態を見たミラスティアはファンカレアに一つの提案をした。


「ねぇ、ファンカレア。一度ここから移動しない? 試練は無事に終わったけれど、藍がこの状態だからすぐにフィエリティーゼへ行くことは出来ないし……そもそも、あなたの加護も与えていない状態よね? 説明しなきゃいけないこともあるだろうし、ここにはもう用はないと思うのだけれど?」

「……私もミラの意見に賛成です。もしかしたら、疲れて眠ってしまっただけかもしれませんし、藍くんには白色の世界でゆっくり休んでもらいましょう」


 ファンカレアはミラスティアの提案に頷き、杖を地面へと突き立てる。

 魔力を纏う杖を中心に魔法陣が広がって行き、忽ち三人は黄金の魔力に包まれた。


 そうして辿り着いたのは、ファンカレアが支配する白色の世界。

 制約のかけられていない白色の世界で、ファンカレアはすぐさまベッドを作り出し、三人がいる一定の空間に対して幾重にも重なった結界を張り始めた。


 作り出された広く豪華なベッドに若干引きつつも、ミラスティアは抱えていた藍をベッドの中心へと下ろして藍の黒髪を優しく撫でる。


「ふふ……お疲れ様、いまはゆっくり休みなさい」


 ミラスティアはその頬を朱色に染め、目を覚ますことなく眠り続ける青年に熱のこもった眼差しを送る。その熱のこもった眼差しが何を意味するのかを、眠り続けている藍はもちろんの事、結界を張ることに集中していたファンカレアも知ることはなかった……。


 こうして、白色の世界へ移動したミラスティアとファンカレアは、眠り続ける藍を見守りながら束の間の休息を得るのだった。















 現在、未だ目の覚める事のない藍をファンカレアはベッドの直ぐ側で眺めている。ミラスティアはそんなファンカレアをテーブル近くの椅子に座りながら呆れた様子で眺めていた。


「ふふ……ふふふ……」

「ちょっと……そのにやけ顔やめなさい、起きたら藍に言いつけるわよ?」

「に、にやけてません!!」


 ミラスティアの右側、そこには藍が足を向けてベッドの上で眠っている。

 ファンカレアはベッドの左側へと移動して、眠っている藍をだらしないにやけ顔で眺めていた。それに対してミラスティアが注意をすると、ファンカレアは頬を膨らませて否定する。しかし、多少なりとも自覚はあったのかその視線だけはミラスティアから外していた。


「……まぁいいわ。それより、藍の様子はどうなの?」


 これは言っても無駄だと察したミラスティアはそれ以上の追及をやめて話題を変える。


「相変わらずとしか……とても、心地良さそうに眠っています」


 ファンカレアはそう言うと再び藍を見つめてにやけそうになる顔を両手で抑える。

 ミラスティアはファンカレアの言葉に小さな溜息を吐いた。


「そう……、出来れば儀式の間で一体何があったのかを話して貰いたいのだけれど、無理やり起こすのはちょっとねぇ……」




「――なら、僕が説明してあげるよ」




 その声は、白色の世界に静寂を作りだす。


(全く気づけなかった……いつ、いつからそこに居たの……!?)


 それは、フィエリティーゼ最強と謳われた魔女ですら気づけなかった隠密。

 一切の気配を感じさせることなく、唐紅色の髪を揺らして女性はファンカレアが座っていた椅子へと腰掛けている。


「いやぁ、ちょっとバタバタしててこっちへ来るが遅くなっちゃった。一応こうして会うのは初めましてかな? 僕は二人の事を見てたから知っているけど」


 ミラスティアが驚愕していることに触れることなく突如現れた女性は淡々と語り出す。


「あ、女神様もこっちにおいで! ほら、椅子もいま!」

「そんな!?」


 警戒を露わにしていたファンカレアに女性は笑顔でそういった。

 そんな女性の言葉にファンカレアは耳を疑う。


 ここは白色の世界。

 創世の女神であるファンカレアが完全に支配する空間だ。

 その空間ではファンカレアが許可をしない限り、あらゆる物を置くことはおろか作り出すことなんて不可能な事であった。

 それを目の前で笑みを浮かべる女性はいとも容易くやってのけたのだ。


「あぁ……警戒するのは最もだね。それじゃあまずは自己紹介から始めようか」


 「今日で二回目だよ」と小さく呟く女性はそのレモンイエローの瞳を閉じる。


 そして、再び瞳が開いた時――その瞳は黄金の輝きを宿していた。


「僕の名前は黒椿、制空藍を守護する一応精霊だよ。あ、僕の正体については特に話すつもりもないから詮索しないでね?」

「……そう、あなたが黒椿なのね」


 ミラスティアは冷や汗を流す。

 黒椿という名前は藍のステータスを覗いた時に知っていたが、その存在がどのようなモノなのかまでは把握することは出来なかった。

 しかし、ミラスティアは今まさに理解した。


 黒椿という圧倒的な存在を。

 そして、儀式の間にて【改変】が口にした言葉の意味を。



”あの守護精霊が本気になることがあるとするならば――創生の女神が、全ての力を以て挑むべき相手となるでしょう”


”あれはもう、膨大な魔力を手に入れた事で神に近しい存在になり始めています”



(近しいなんてものじゃないわ……この圧倒的な力は正しく――神そのものじゃないッ)


 ミラスティアは思考する。

 黒椿が自分たちの前に現れたその目的を。

 仮に自分たちと敵対する意思を見せて来たとして、自分に何が出来るのかを。

 そして、黒椿にとって藍と言う存在はどういう価値を見出す者なのかを。


「……そうですか、あなたが黒椿さんなんですね」

「ファンカレア!?」


 思考を続けていたミラスティアの前で、ファンカレアは黒椿に近づき目の前に立っている。

 その光景に驚愕し、ミラスティアはいつでも動けるように微かに紫黒の魔力をその場に漂わせる。


「そうだよ、創世の女神様」

「……あなたに言いたい事があります」

「――何かな?」


 ファンカレアの言葉に黒椿はその目を細め、身に纏う魔力を強める。それはもし、何か不愉快な発言があった場合、実力行使を厭わないという意思表示でもあった。

 そのことに気が付いたミラスティアは更に警戒を強めて、いつでも援護出来るように黒椿の一挙手一投足に集中する。


 しかし、そんな二人とは裏腹にファンカレアは声を大にして――


「藍くんの事を守ってくれて、本当にありがとうございました!!」

「――へっ?」


 黒椿に対して頭を下げて、感謝の言葉を伝えるのであった。

 その予想外の行動に毒気を抜かれた黒椿とミラスティアは、込めていた魔力を霧散させる。


 そうしてしばらくの沈黙が流れたが、その沈黙を破ったのは一人の大きな笑い声であった。


「……あははは!! もう……真剣な表情で何を言われるかと思ったら、まさか感謝の言葉を貰うとはねぇ。流石、藍が好きになった相手って感じかな?」

「ら、藍くんが私に関して何か言っていたんですか!?」

「う、うん……とりあえず、ちゃんと全部話すから……ね、落ち着こう? 揺れてるから、肩掴むの止めて、気持ち悪い……」


 藍が自分の事を話していたと聞いたファンカレアは興奮したように黒椿の肩を掴み揺らしまくる。ファンカレアが揺らして来るのを止めようとする黒椿だったが、全く耳を貸さないファンカレアは更に揺らし続け、次第に黒椿は酔い始めてしまう。


(……どうやら、こちらに危害を加える気はないみたいね)


 その様子を眺めていたミラスティアはそう判断して、今なお興奮状態で黒椿の肩を揺さぶるファンカレアを止めに入る。


「こらこら、精霊さんが困ってるでしょ?」

「はっ……!? す、すみません黒椿さん!! だ、大丈夫ですか!?」

「うぅ……大丈夫大丈夫……。あと、僕の事は黒椿でいいよ? 女神様、それにミラスティアお――常闇の魔女!!」


 頭を抑えながら黒椿は、ペコペコと頭を下げるファンカレアと溜息を漏らすミラスティアにそう言った。


「わ、わかりました……では、私の事もファンカレアで構いません。これからよろしくお願いしますね、黒椿」

「……いま何を言おうとしたのか気になる所だけれど、私の事もミラで良いわ。よろしくね、黒椿」

「うん! こちらこそよろしくね、ファンカレア! ミラ!」


 三人は見つめ合い笑みを浮かべる。



 こうして、創世の女神と常闇の魔女は制空藍の守護精霊と出会った。







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