第26話 暴竜VS略奪者




 白銀と黒が混じった魔力が儀式の間に溢れて暴れ出す。

 それは俺の目の前で暴走を始めた、グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルによるものだった。グラファルトに記憶を取り戻してもらう為に説得を続けていた俺だったが、頭に血が上ってしまい怒鳴ってしまった。


 ……どうやら俺は家族の話になるとダメらしい。

 グラファルトがヴィドラスたちの最後について語っていた時、頭の中に思い浮かぶのは妹である雫との別れの記憶だった。あの時、妹を守って死んだ俺は最後に何を願ったか……それは妹の幸せであり、大切な妹を守れた事に対しての強い誇りに近い達成感だ。あの瞬間、俺は自分の人生に満足して死ぬことが出来た。


 だからこそ、俺はグラファルトの言葉に怒りを覚えたのかもしれない。


 ”世界の滅亡を望んでいる”と語ったグラファルト。

 だが、真実は違う。

 【叡智の瞳】でその真実を知ってしまった俺はどうしても我慢が出来なかった。

 ヴィドラスたちは決して世界の滅亡なんか望んではいない。

 彼らが望んでいたのは世界の平和であり、グラファルトの幸せであった。


 それを思い出して欲しくて俺は必死に語りかけた。

 自分でも気づかないうちに、涙を流すほどに。


 結果としてグラファルトは記憶を取り戻した。

 しかし、それは彼女にとって大きな傷となってしまったようだ。

 記憶を取り戻したグラファルトは自分の犯した罪を嘆いて狂乱する。

 ヴィドラスたちの願いを聞き入れるどころか、世界を恐怖へと陥れてファンカレアに封印されてしまう始末。自らの行いを悔やむ彼女の心は深く傷つき、邪悪なる神格の力を暴走させる結果を生み出した。


「藍くん!!」


 グラファルトに集中していると後方から俺の名前を呼ぶ声が聞こえる。

 その声に振り返ると、そこには自分よりも大きいであろう杖を持ったファンカレアと紫黒の魔力を儀式の間の入り口に覆うように放出するミラの姿があった。


「これ以上は危険です! 儀式の間が崩壊するかもしれませんッ! 早くこちらに戻ってきてください!」


 ファンカレアがそう叫ぶが、俺は足を進めることが出来なかった。


「大丈夫。崩壊なんてさせないから」

「藍、もういいのよ! ああなってしまっては、もうグラファルトは……だから、あなただけでも早くこっちに戻ってきなさい!」


 ミラがこちらに手を伸ばしそう告げる。

 ミラに名前を呼ばれたのは初めてかもな、それくらい焦っているってことなのだろうか?


「ダメだ。まだ終わってない、こんな結末は誰も望んでいない」


 俺は二人を見て首を振り動かないことを告げる。


 グラファルトが暴走を始めた時、ふと頭に声が響いた。

 それは、邪神の欠片が砕ける直前に聞いた声。



 ――――どうか、どうか、お願いします。



 あの声は、ヴィドラスの声だった。

 彼が何を願ったのか、その真意を理解したわけではない。

 でも、なんとなくだけどヴィドラスが頼んだ願いとは……いま目の前で苦しむグラファルトを救うことなんだと、そう思ったんだ。


「ファンカレア、ミラ、絶対に儀式の間には入って来るなよ」

「危険すぎるわ……私達も一緒に――」

「初めて使う力だから上手く制御出来る自信がないんだ。だから、そこで見ていてくれ。大丈夫、ちゃんとグラファルトを救ってくるから!」


 そう言って二人に笑いかける。

 不安を取り除くために、特にファンカレアには沢山心配をかけてしまったからな……もう、彼女を悲しませないためにも早く終わらせないと。


「……わかりました。でも、もし藍くんに命の危険が迫った場合は私が全力で守ります」

「うん、ありがとうファンカレア」


 ファンカレアは杖を強く握りそう言った。そんなファンカレアに笑顔で感謝を伝えると、緊張気味だったファンカレアの顔に小さな笑みが浮かぶ。


 さて、始めるか。

 振り返ると、そこには暴れる魔力の渦があった。

 その中心に、グラファルトがいるのだろう。


「安心しろグラファルト」


 ファンカレア達を背にして、暴走した魔力の渦へと足を進める。


「お前の罪も、憎悪も、復讐も、願いも、想いも、全て俺が引き受ける」


 聞こえてはいないだろう。

 魔力が乱れて儀式の間を震わせている。

 幸いにも儀式の間は頑丈らしい、震える程の魔力の衝撃がかかっても壁には傷一ついていなかった。


「だから、もう少しだけ待っていてくれ」


 グラファルトを隠すように溢れる魔力が細い触手の様にうねりこっちへ向かってくる。その触手には明確な殺意が込められていた。



 ――――どうか、どうか、お願いします。



 ヴィドラス。

 お前の主を、今俺が救って見せる。


「力をよこせ――【漆黒の略奪者】ッ!!」


 俺の声に応えるように、俺の体から膨大な魔力が放出される。


 漆黒の魔力。

 それは歓喜に震えるように俺の体に纏わりついて来る。


「うわっ」


 その光景に一瞬後ろへ下がってしまったが、グラファルトから伸びる触手とは違い悪意らしきもの感じなかった為そのまま漆黒の魔力に身を任せることにした。

 漆黒の魔力はそのまま俺の体を包み込み魔力の物質化を始める。


 ブーツ、ズボン、ベルトにシャツ、手袋、コートと形どり漆黒の服へと変化した。

 それは【千里眼】で視ていた時のゴツゴツとした鎧ではなく、動きやすい……何処か地球に存在した戦闘服を彷彿とさせる服装だ。厳密にいえば戦闘服にファンタジー要素が取り込まれたような……もしかして、俺の記憶を参考にしたりしてないよね?

 俺の意思が反映される、みたいな。

 だとしたら物凄く恥ずかしんだけど……うん、後でミラに聞いてみよう。


「おお……なんか凄いことに――って感心してる場合じゃないッ」


 魔力の触手が俺の心臓を狙って攻撃してくる。

 まずいと思い右に飛んだ……瞬間、俺は壁に激突していた……。


「……え? ど、どういうこと?」

(――藍様、大丈夫ですか?)


 俺が状況が飲み込めずにいると、頭の中でウルギアが声を掛けて来る。


(ウルギアか? 特に痛みはないけど……これどうなってるの?)


 軽く右へ飛んだつもりが、右端の壁へと激突する結果に……。しかも壁が抉れるくらいの勢いだったはずなのに痛みは全くと言っていいほど感じなかった。


(藍様の肉体はレベルの上昇に伴いその基礎能力値も底上げされています。先ほどまで精神世界に居た藍様はその急激な成長についていけていないのだと推測します)


 おお……それって遠回しにあなたの所為だって言ってるようなものだよね?

 うーん、困ったな。

 まさかスキルを制御する事はおろか自分の体すらまともに動かせないなんて……。


(どうにかならないかな?)

(では、今から私が藍様の肉体をサポートします。過剰な力をこちら側で制御しますので、藍様は思うがままに体を動かしていただいて構いません)

(あ、ありがとう)


 正直ダメもとで頼んだから本当にどうにか出来るとは思わなかった……。

 ウルギアって優秀だなぁ。少しだけ俺への忠誠心が強すぎるとは思うけど。


 試しにその場でジャンプしてみるが、天井へぶつかることはなく数十cmくらいの高さまで飛ぶとそのまま地面に足が着く。


 よし、これなら大丈夫そうだ。


 視線を魔力の渦へと移して漆黒の魔力を右手に集中させる。


「とりあえず、周囲の暴走した魔力を吸収しないとな」


 儀式の間に溢れた白銀と黒が混じった魔力を漆黒の魔力で吸い尽くす。

 右手から解放した漆黒の魔力は周囲の魔力を飲み込む様に染め上げていき忽ち俺の体へと戻っていく。

 漆黒の魔力が体に戻ると不思議と力が溢れて来るような感覚がした。多分だけど魔力が増えた影響かな?


 周囲の魔力がなくなると、暴走した魔力の渦は魔力の放出を止めてその中心から全体へと魔力の物質化を始めた。

 それは魔力で出来た結晶。鱗の様に体を形成していき、やがてそれは竜を形どる。

 頭を二つに分けた竜は片方が白銀で片方は黒い魔力の結晶で出来ていた。翼はなく大きな四肢が儀式の間の大地を踏みつけている。さながら第二形態といったところだろうか?


「まあそう簡単にはいかないよな」


 静かに見据える竜。

 しばらくの間を置いて黒い竜がその口を開き魔力のブレスを放出する。

 俺は迷うことなく右手を翳して漆黒の魔力を解放しブレスへとぶつけた。

 しかし、それを予想していたのか今度は白銀の竜が口を開きブレスを放出して来る。


「げっ」


 慌てて左手を翳して漆黒の魔力を解放するが、二頭の頭から放出されるブレスは勢いを止めることなく俺に向かって降り注がれる。その勢いに圧されて地面を抉りながら体が後ろへと後退していく。


(ウルギア! これって大丈夫なのか?)

(……暴走により極限まで奪いつくした魔力が回復している様です。ですが問題はありません。藍様の体は漆黒の魔力で作られた服によって守られています、例えブレスが藍様に当たろうとも御身を傷つけることは出来ません)


 そ、そうなのか……。

 なら安心だけど、この状況は変わらないよな。


(ちなみに、あのブレスってどれくらい続くと思う?)

(正確な値は算出出来ません。ですが、それよりも懸念すべきはその魔力が暴走状態にあると言う事です)

(どういうことだ?)

(暴走状態に陥った魔力はグラファルトの魂を消費して生み出されています。このままですと、グラファルトの魂は完全に消失し――その存在も消え去ることになります)


 確かにそれはまずい。

 俺の目的はグラファルトを邪悪なる神格から救い出すことだ。神格さえ【漆黒の略奪者】で奪えばいいかと思っていたが、先にグラファルトの魂が消滅してしまったら元も子もない。


(何か方法はないのか!?)

(……少々お待ちください)

(え……、ウルギア?)

(――――)


 え、待つの!? この状況で!?

 直ぐにウルギアに声を掛けるが全く返答が返って来ない。

 ちょっと待って! この状況で置いてけぼりとか勘弁してほしんだけど!?


(ちょっ、ウルギア!? グラファルトの命が懸かってるからなるべく早く――)

(ふっふっふ……どうやらお困りみたいだね!!)

(――黒椿?)


 ウルギアに声を掛けていると聞きなれた元気な声が頭の中に響く。

 それは、ついさっき別れを告げて来た黒椿の声だった。


(そう! 君の可愛いお嫁さんが助けに来たよ!)

(……何だろう。さっき感動的な別れを告げたはずなのにこの台無し感)

(ちょっと!! 僕に失礼じゃないかな!?)


 茶目っ気満載な登場をした黒椿にため息が出る。

 ウルギアは黒椿を呼んできてくれたのか? というか、精神世界にも行けるんだねウルギア……。


(ごめんごめん……でも、いまはそんな軽口を言っていられる状況じゃないんだって)

(わかってるよ……だからこそ【改変】に僕が呼ばれた訳だしさ)


 不服と言わんばかりの声に苦笑しつつも黒椿の言葉に耳を傾ける。

 やっぱりウルギアが連れて来てくれたみたいだな。


(と、言う事は黒椿なら何とか出来るってことか?)

(もちろん! 僕は藍の守護精霊だからね、藍の願いを叶える事なんて造作もないよっ)


 黒椿はえっへんと言わんばかりに声を上げる。

 なんだかんだ言ってもちゃんと頼りになるんだよな。

 本当に頼もしい守護精霊様だよ。


(それじゃあ教えてくれ。どうすればグラファルトの魂を救うことが出来る?)

(簡単だよ、防ぐんじゃなくて攻めればいいんだよ!!)

(えっ、まさかの脳筋戦法!?)


 黒椿の提案に思わずツッコミを入れてしまった。


(なんで救う方法が攻撃することになるんだよ!? おかしいだろ!!)

(違う違う! 藍のスキルで便利なのがあるじゃん、今両手で使ってるスキルが)


 便利なスキル……?

 視線を手に移してその先から出る漆黒の魔力に目をやる。

 ええ……つまり、そういうこと?


(まさかとは思うけど……【漆黒の略奪者】の事か?)

(そうだよ! それにしてもカッコいいねその格好!! なんか中二病――ラスボスって感じがする!!)


 おい、いま中二病って言ったよなこいつ。

 ていうか俺って今そんな感じに見えてるのか……まぁここは地球じゃないからきっと大丈夫だろう……そう信じよう。じゃないと、俺の心が持たない。


 話が逸れてしまったが、要するに【漆黒の略奪者】を使ってグラファルト自身を吸収するってことだよな? それって……。


(……仮に【漆黒の略奪者】を使ってグラファルトを吸収したら、グラファルトの魂は消えてしまうんじゃないか?)

(まあ普通はそうなるかな。対象の全てを奪う事が出来る力はその存在すらも奪い去る。でも、人格とかが混同したら問題だからスキルが自動的に消滅させるか、魂だけを残して外へと追いやったりとかするみたいだね)


 淡々と告げる黒椿は分かりやすく説明をしてくれる。黒椿はどうしてこんなにも俺のスキルについて詳しいのだろうか? もしかして【叡智の瞳】を使ってるのかな?

 だとしたら俺も使いたいけど、今使って何か支障が出たら困るしな……今度、黒椿に頼んでちゃんと使えるように教えてもらおう。


(あれ、魂だけ残すことが出来るならそうしたらいいんじゃないか?)

(ところがそうもいかないんだよ。魂だけを残してしまうとしばらくしたら消滅してしまうんだ。その魂以外の魔力もスキルも称号も全部奪われちゃった訳だから。それはもう、か弱い存在で名も無い精霊よりも弱い存在なんだよ)


 名も無い精霊であれば魔力を吸収して数年は存在することが出来るらしい。

 しかし、それは魂と共に僅かでも魔力が存在している場合だけであり、魔力が0の状態の魂はその供給を失っているのも同然であり、瞬く間に消滅の一途をたどってしまうらしい。


(ん? それじゃあどっちにしろグラファルトの魂は消えてしまうんじゃ……)

(そこで、僕の出番って事だね!!)


 待ってましたと言わんばかりに黒椿が声を張り上げる。

 ちょっと頭痛を感じる程にうるさい声だった。


(えっと、つまり?)

(僕の精神世界に取り込んだグラファルトの魂を避難させるんだよ! そこで藍の魔力を使って魂の存在を強くする、そうすればグラファルトの魂は生き続けることが出来るよ)

(……そして、俺の中にまた新しい住人が増えるわけだな)


 一人は初恋の守護精霊、一人は元神様だという意思を持ったスキル、そして――今まさに新たな住人として竜が加わろうとしていると。

 一体どうしたらそんなことになるだろうか? 大丈夫かなぁ……このままどんどん増えていってそのうちとんでもないことになったりしないだろうか。


(さあ、どうする? 僕としてはどちらでもいいよ、藍が望むままに、やりたいようにすればいいと思う)

(……はぁ。騒がしくなりそうだな)

(僕はそういうの大好きだけどね)


 あははと笑う黒椿の声を聞き、自然と笑みが零れる。


(わかったよ。黒椿、俺はグラファルトを救いたい。だから、力を貸してくれ)

(もちろん、僕はいつだって藍の味方だよ)


 そうして、意識を目の前の竜へと集中させる。

 一度だけ深い深呼吸をして、体の中の魔力を両手へと集める。


「覚悟は決まった――全てを奪い尽くせ、【漆黒の略奪者】ッ!!」


 漆黒の魔力が俺の体から濁流の様に流れていく。

 それは大きな口の様に左右に分かれてブレスを飲み込んでいく。

 そのまま漆黒の魔力は双頭の竜へと近づいていき――抵抗を許すことなく、その存在ごと全てを飲み込んだ。


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