第22話 またね、僕の――。




 黒椿の【千里眼】を使い儀式の間の映像を見ていた俺は、邪神に対してひたすら無言で拳を振るう【改変】さんを目撃する。


 なんだろう……自分の体を使って邪神が凹殴りされているのを、俯瞰で見るこの感覚は……。そして何より複雑なのは、カメラワークが変わるように動く映像にチラチラ映るミラスティアさんとファンカレアの表情だった。

 あれ、明らかに引いてたよねミラスティアさん……ファンカレアに関してはもう泣いてたし……あ、【改変】さんに何か言ってる。もしかして、可哀想だからやめてとか言ってるのかな? ファンカレアなら言いそうだなぁ……あ、負けた。


 【改変】さんに話しかけるタイミングを伺ってたけど、そろそろ言った方がいいかもしれないな……多分だけどファンカレアがもたないと思う。


 俺は黒椿にそろそろ話しかけることを告げて意識を集中させる。


 確か、【改変】さんに意識を向ければいいんだよな。

 映像に映る俺の肉体、その内側にいるであろう人物に心の中で問いかける。


(えっと……聞こえてるかな?)

(……ッ!!)


 俺が問いかけた後、映像に変化があった。

 先程まで振り下ろしていた拳が止まったのだ。


 ……ん? どうしたんだろう。


(あれ……もしもーし?)

(ああ……ああ……!!)


 ええ!? ちょっ、怖いんだけど!? 何か唸ってるけど大丈夫なんだよなこれ!?


 慌てて黒椿に聞いてみたがどうやら大丈夫なようだ。歓喜で漏れた声とのこと。

 う、うん……喜んでくれてるってことかな。それならこっちとしても嬉しいけどさ。リアクションがちょっと怖いよ【改変】さん……。


(とりあえず、邪神を解放してあげてくれないかな? 多分だけど、もう攻撃とかしてこなさそうだし……)

(はっ!!)


 俺の願いを聞き届けた【改変】さんは、左手で掴んでいた邪神を正面の壁へと投げつけた。


 おいおい!? 何で思いっきり投げたんだよこの人! 大丈夫だよね、あれ……生きてるよね? あと、なんかブツブツ言ってるみたいだけど……大丈夫なのか……?


(えーっと……初めまして。でいいのかな……【改変】さん?)

(この日を、ずっと……ずっと待っておりました……我が主様……)


 お、おう……主様って言われるとなんか照れるな。というか、【改変】さんは多分女性……だよね? 声の高さ的に。女性に言われてると思うと、こそばゆい感覚になる。

 初めて聞いた時とは全く違う、それは感嘆という感情が溢れた声音。こうして声で聞くことで、さっきの黒椿の話が真実であるとしっかり理解できる。


(その、ずっと守ってくれてたんだよな……本当にありがとう【改変】さん)

(……ッ!! そ、そんな、勿体無きお言葉、恐悦至極でございます!!)

(あはは、そんな畏まらなくてもいいんだよ? 俺としては、これからは【改変】さんと仲良くやっていきたいと思っているからさ)


 あと、出来れば俺の体で拝み倒すのは今すぐやめて欲しいかな。ほら、端っこでミラスティアさんとファンカレアの二人が引いてるから……。戻った時にすっごい気まずいことになるから……。


 俺は【改変】さんに楽に話すように言うが、【改変】さんはそれを拒否する。


(例え我が主様の願いであったとしても、それを許容することは出来ません!! 私は我が主様に絶対の忠誠を誓った従者だと思っております!! 我が主様は敬うべき存在であり、私の全て……そんな尊きお方に気軽に話すなど絶対に出来ません)

(あ、はい……)


 声だけのはずなのに凄い気迫を感じる。そんな怒涛の勢いに俺は思わず同意してしまった。おかしいな……俺のお願いなら聞いてくれるって黒椿から聞いたんだけどな。

 とりあえず、俺の体で拝むのだけはやめて欲しいと切実に頼んだ結果、【改変】さんはその手を解き静かに立ち上がった。


(我が主様。この度は、魂のご快復おめでとうございます)

(ありがとう。黒椿から聞いたけど、【改変】さんが俺をここに送ってくれたんだよね? そのお陰で俺はもう会えないと思っていた黒椿に会うことが出来た……本当にありがとう)

(……全ては我が主様の為です。私にお礼など……)

(それでも、俺は感謝してるんだ。本当にありがとう)


 【改変】さんがここに連れて来てくれなかったら、きっと俺は黒椿に会うことなく消えていたのかもしれない。邪神に体を乗っ取られて、自我は消え去り制空藍という存在はどこにも存在しなくなってしまう可能性があった。

 それを防いでくれた【改変】さんは命の恩人であり、長年の願いを叶えてくれた恩人でもある。だからこそ、精一杯の感謝を告げた。


(……わかりました。我が主様からの感謝の言葉、未来永劫大切に記憶して保管しておきます)

(あ、うん)


 何だろう……俺への思いというか、態度というか……すっごく重いんだよな……。

 そんな風に思いはしたが、その優しい声音を聞いて俺は満足した。


 さて、本題である体へ戻る事を【改変】さんに話さないとな。


(それで、そろそろ精神世界からそっちに戻ろうと思うんだけど……)

(……大丈夫ですか? もう少し休まれていてもよろしいのですよ?)

(いや、やらなきゃいけないこともあるからさ)


 とりあえず、早く邪神となったグラファルトを救わないと。それからフィエリティーゼに向かうにあたっての注意とか、そもそも何で異世界であるフィエリティーゼに呼ばれたのかとか、聞かなきゃいけない事も沢山あるしね。


 【改変】さんの返事を待つが直ぐには返って来ない。

 映像を見ても動きは止まったままだった。


(……)

(えっと、ダメかな?)


 再度確認を取ると、【改変】さんは静かに語り出した。


(いいえ、そんなことはありません。元々この体は我が主様のものですから、直ぐにでもお返しいたしますよ――少々お待ちください。直ぐに邪神を消滅させますので)

(ストーップ!!)


 邪神の元へと歩み寄る【改変】さんを確認して直ぐに止める。

 しかし、一回で止まろうとしない【改変】さんに結局何度も止まるように頼み後方へと下がらせた。


(何故止めるのですか? あれは危険です、消すべきです、そうしましょう)

(いや、勝手に納得しないでくれないかな!? 心配してくれてるのはわかるけど、邪神は殺さないよ)

(……理解しかねます。あれは我が主様に危害を加えた存在ですよ?)


 【改変】さんは不満そうに声を低くしてそう言った。

 どうやら、俺に危害を加えた邪神を相当嫌っているみたいだ。


(そうだけど、それは神格を宿した影響でもあるんだよね?)

(……)


 【改変】さんは何も言わないが、これは事実だ。

 黒椿に聞いた話によると、神格を宿した者はその心の強さを試されるのだとか。一時の感情に身を任せ、神格の力を使ってしまうとその感情によって邪悪なる神格が生まれてしまう。人格は徐々に神格に浸食されて、最後には俺の身に起こった現象の様に、自我の崩壊が始まり完全に消え去ってしまうらしい。


(俺としては、グラファルトの事を助けたいと思っているんだ)

(……それは、創世の女神に頼まれたからですか?)

(違うよ。俺がグラファルトの過去を知って、助けたいと思ったんだ)


 仲間を思い、愛おしい家族に出会ったグラファルト。

 その光景は――どこか俺の家族を思い出させた。

 だからこそ、その怒りも、苦しみも理解できる。


(俺はグラファルトを救いたい。だから、後は俺に任せてくれないか?)

(……あの者は、我が主を)


 【改変】さんは悩んでいるみたいだ。

 俺の願いではあるけど、俺に危険が及ぶ可能性があるのならば許可できない。

 なんだかんだで俺の事を一番に考えての行動なんだよな。

 だけど、このままだと説得に時間が掛かりそうだな……。


(――いいんじゃない? 藍のやりたいようにやらせてあげてよ【改変】)


 これからどう説得しようか考えていると、聞きなれた優しい声が聞こえてくる。

 それは、目の前で目を合わせている黒椿の声だった。


(……何故だ、我が主様に何かあったらどうするつもりだ?)

(僕や君が居れば少なくとも藍が命を落とす心配はないでしょう? 君は藍に絶対の忠誠を誓ったんじゃなかったの? だったら、藍の事を信じてあげてよ)

(……チッ)


 黒椿が上手い事話をまとめてくれている。

 【改変】さん俺以外と話す時はこんな感じなんだね……なんか、ものすごく態度悪いような……普通に舌打ちしてるし。


(わかりました。我が主様に従います)

(は、はい……)

(では、私はここで待機しておりますので準備が出来ましたらまた連絡を)


 そう言い終わると【改変】さんは腕を組みその場で待機している状態になった。


「あはは……何とかグラファルトを救う事が出来そうだね」


 黒椿は【千里眼】を解いて、そのレモンイエローの瞳を細めて俺に苦笑しながらそう言った。


「黒椿のおかげで助かったよ。最後はなんか素っ気ない感じだったけど大丈夫かな……」

「まあ、心配しているだけだと思うからそんなに気にしなくて大丈夫だと思うよ?」

「ならいいんだけどさ」


 俺の言葉を最後にしばらくの沈黙が訪れる。

 いまから俺は、精神世界を出てあの儀式の間へと戻る。

 それはつまり――黒椿との別れを意味していた。


「……」

「……」


 黒椿は少しだけ目を伏せて微笑んでいる。

 そんな彼女を見てチクリと胸が痛んだ。

 黒椿の元へと歩みより、その細くて柔らかい体を抱きしめる。


「……また会えるんだよな?」

「大丈夫、この世界には魔力が溢れているからね。それに、グラファルトの魔力を吸収した藍なら直ぐにでも僕を呼べると思うよ?」

「そっか……うん、わかった」


 そう返事をするが、俺は離すことなく黒椿を抱きしめていた。

 黒椿もそれに応える様に抱きしめて来る。


「ダメだね。直ぐに会えるのに……寂しいなあ」

「わかるよ、俺も同じだ」

「【改変】と同じように僕に声を掛けてくれれば話せるから」

「……ああ」

「無理はしないでね? 僕はいつでもここで見ているから」

「わかった」


 そう言い終わると、黒椿は一瞬だけ抱きしめていた手に力を入れて、そしてゆっくりと俺から一歩離れる。


「もう泣いたりしないよ。また会えるから」

「ああ、これからは――いや、……ずっと一緒だ」

「――そうだね。それじゃあ、一旦お別れだね」


 今までで一番の笑顔を見せた黒椿はその瞳を閉じて再び開く。

 それは、グラファルトについて質問してきた時に見せた黄金色の瞳だ。だけど、あの時とは違ってどこか穏やかな、見ていると落ち着くような雰囲気を感じた。


「最後に、僕から君にプレゼントを贈るね」

「プレゼント?」


 黒椿の言葉に首を傾げる。そんな様子を見てくすりと笑うと黒椿は俺に向けて右手を翳した。


「君の力は確かに強い。でも、僕はまだまだ君が心配なんだ……だから、【漆黒の魔力】と【略奪者】を完璧なモノにしよう」


 翳した手から唐紅色の魔力が俺の体に吸い込まれていく。それが、体中を巡るように流れていくのが伝わってきた。

 俺の顔を見て、黒椿は優しく微笑んだ。


「心配しないで……君の体に宿る二つのスキルを統合しているだけだから」

「……っ」


 黒椿を信じて大人しくしていると、やがて体を巡っていた唐紅色の魔力は外へと出て黒椿の手へと飲み込まれる。どうやら、スキルの統合っていうのが終わったみたいだ。感覚的には特に変わりないけど……。


「成功したのか?」

「うん、手で触れることで全てを奪う事の出来る【略奪者】を、君が自由に操ることの出来る【漆黒の魔力】へ統合したんだ。スキルの名前はね――」


 そう言って、黒椿は俺の方へと近づき耳元へ口を持ってくる。


「――っていうんだ。次第に自由に操れるようになると思うけど、最初の内は声に出して発動するようにした方がいいよ」

「……わかった、色々とありがとう」

「僕は藍の守護精霊だからね。これくらい当然だよ」


 肩に置いていた手が頬へと移る。

 見つめ合う俺達は、惹かれ合うように自然と唇を重ねた。


「チュッ――ふふっ……僕のファーストキスだよ」

「そういえば、俺も初めてだな」

「藍は独りぼっちだったからねぇ……」


 あれ、なんか最後に心の傷を抉られたような……。


「まあいいか……。じゃあ、行ってくる!」

「うん、行ってらっしゃい」


 こうして、俺は笑顔の黒椿に見送られて儀式の間へと戻った。















―――――――――――――――――――――









 藍が戻ったことで、黒椿のみとなった精神世界。

 黒椿は草原へと寝ころび空を見る。


「あーあ……行っちゃったなあ……」


 そうして思い出すのは、あの愛おしい黒髪の青年の姿。


「へへっ……えへへっ」


 自身の唇を抑えて恍惚な表情を浮かべる。

 それは先程まで藍と口づけを交わしていた光景を思い出しての事だった。


 そうしてしばらくの間、足をばたつかせて喜んでいた黒椿はその表情を消し黄金色の瞳で再び空を見る。


「きっと君には、数え切れないほどの苦しみや悲しみが押し寄せてくるだろうね……だけど、大丈夫。僕はいつでも君の傍に居るから……」


 届くはずもない空に右手を掲げる。

 一面に広がる草原には穏やかな風が吹いている。掲げた手の先には青が広がっていた。

 そんな光景を眺めてから、黒椿は一度だけ瞬きをしてその瞳の色をレモンイエローへと戻す。


「だから、行ってらっしゃい」


 その瞳には涙が溢れていた。

 しかし、それとは反対に黒椿の表情は穏やかで、ここには居ない青年を想い優しく微笑む。




「またね、――僕の【漆黒ブラック略奪者プレデター】」




 自分以外誰もいない草原で、黒椿はそう呟いた。




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