第21話 神様に愛される者




 邪神となったグラファルトを救う為に、俺は早速この精神世界から儀式の間にある肉体へと移動する方法を黒椿に教えてもらう事になった。


「それじゃあ早速教えるね? と言っても教える事はそんなにないんだけど」

「そういえば、俺の意思で戻れるんだっけ」


 そんな説明を黒椿にされた気がする。

 説明をしてくれた当人である黒椿はあははと微笑み咳ばらいをする。


「こほん……さて、藍が精神世界を出る方法だけど……実は、【改変】に”戻りたい”って伝えるだけなんだよね」


 真剣な表情で何を言われるかとどぎまぎしていたら、黒椿はあっけらかんとした口調でそう言った。

 え、それだけ? 本当に簡単だな……。


「真面目な顔するからどんな条件があるのかと冷や冷やした……それならまぁ手間もないか」

「う~ん……ある意味では一番難しいことかもしれないよ?」


 黒椿は俺の言葉を聞いて苦笑する。

 え、だって【改変】に戻りたいという意思を伝えるだけ……え……。


「まさかとは思うけど……【改変】が俺の意思を聞かないとか、そういうオチじゃないよな?」

「……」


 おい、なんで目を逸らした!?

 嘘だろ……あいつ一応俺のスキルなんだよね? スキルが主の言う事聞かないってそれ暴走状態ってことじゃ……。


「俺……戻れないのか……?」

「大丈夫……多分……あの子、藍の事大事にしてるから藍が声を掛ければきっと……」

「俺の事を大事にしているのなら、ちゃんと話を聞いてほしいな……」


 黒椿は相変わらず目を逸らした状態で俺に話をしている。

 自我の崩壊を起こした際、俺を守る為に【改変】は崩壊を始めた俺の魂をこの精神世界に送り込んだと黒椿から聞いていた。

 守ろうとしてくれるのはすごく伝わるし、心から感謝もしている。

 でもなぁ……自我の崩壊を招いた元凶を抹殺しようとしたり、ついでと言わんばかりにスキルとか魔力とか邪神から奪ったり、やる事がちょっと怖いんだよな……。


 逸らしていた目を移し俺の顔を見た黒椿はやれやれと言う様な仕草をした後俺に話かけて来る。


「……一応あの子の名誉の為に言い訳をさせてもらうと、あの子はいま物凄く怒ってる状態なんだよ。だから、出来ればあまり怖がらないであげて欲しいな……」

「え、怒ってる……? ていうか【改変】って感情とかそういう概念があるのか?」

「あー……そうか、そこから説明しなくちゃいけないのか……」


 黒椿は何かに納得した後、咳ばらいを一つして説明を始める。


「こほん。まずはスキルについてだけど、スキルには誰でも取得することが出来る通常スキル、種族限定の固有スキル、そして……努力では手に入れる事の出来ない強大な力を持った特殊スキル、ステータス画面ではこの3つに分類されているのはわかるよね?」

「なんとなくは……」

「でもね、それはあくまでこの世界での常識なんだよ」

「ん?」


 黒椿の言葉に俺は首を傾げる。

 そんな様子を見て、黒椿は更に説明を続ける。


「えっとね、このフィエリティーゼではステータス画面に表示する際に大雑把に分類してスキルを分けているんだよ。だから、明確に分けることが出来ないスキルであったとしても”割と普通にあるよね~”ってなったら通常のスキルへ、”これはちょっと他とは違うよね~”ってなったら特殊スキル、みたいな感じで大雑把にシステムが分けてしまうんだ」

「……つまり?」


 黒椿は数秒の沈黙の後、笑顔を消し語りだす。


「――【改変】は分類上”特殊スキル”ってなってるけど、あれはスキルっていう概念に収まる能力ではないんだよ。そうだね……言うなれば女神様とか地球の管理者が使う様な”権能”に近い能力だと思った方がいいかもしれないね」

「……は?」

「あと、今でこそ藍の保有する【改変】という力として存在しているけど、元々は違うからね?」

「は? え……っと?」


 次々と語られる衝撃的な事実に俺の頭はパンク寸前だった。

 【改変】さんは実は神の権能に近しい能力で、そもそも【改変】さんは【改変】さんではない別の存在だった……?


「あの子はね――フィエリティーゼでも、地球でもない、もう存在しない世界からやってきた神様なんだよ」

「……えぇっ!?!?」


 ど、どういうことだ!? 神様!? 俺の体の中に神様だった人が居るってこと!? 大丈夫なのかそれ……心の中でとはいえ俺結構暴言に近い発言をしちゃってるんだけど……。


 俺の驚き様に黒椿は苦笑して「そうなるよね」と小さく呟いた。


「驚くのもしょうがないよ。僕だって【叡智の瞳】でこのことを知った時は似たような反応をしたから……あ、藍は【叡智の瞳】を使って知ろうとしちゃダメだよ? 多分、膨大な情報量に脳が耐えきれなくてしばらく意識がなくなると思うから」

「わ、わかった……でも、なんで別の世界の神様が俺の体に……」

「ごめんね。正直、僕も理由はわかんないだ……本人に止められちゃって」


 黒椿は申し訳なさそうに眉を下げる。

 どうやら、【叡智の瞳】で調べようとした時、初めて【叡智の瞳】の力が弾かれたらしい。流石は元神様というべきなのか……。


「でも、今は自らの存在を【改変】と言う能力に作り変えて、藍に絶対の忠誠を誓っているみたいだから……ね?」

「いや、そんな可愛くお願いされてもなあ……」


 正直怖いよ!? 元神様だった人が、俺の知らない所で絶対の忠誠を誓っているとか……。俺、これでも普通の大学生だったんだけどな……。


 うじうじと考え込んでいる俺を見て、黒椿は溜息を吐いて話しだした。


「またそうやって考え込んで……じゃあ、想像してみよう!!」

「……想像?」

「うん!! 藍が17歳の頃にハマっていた可愛い女の子がい~っぱい出てくるソシャ「ちょっと待て!!」――何かな?」


 何か意気揚々と語り出したよこの子!?


「な、なな、なんで……それを……」

「全く……僕の事なんか忘れて、あ~んなゲームにハマるなんてさ……」

「ち、違うんです……思春期によくあるあれなんです……」

「”もうっ!! 早くしないと遅刻しちゃうぞ!! はぁと”」

「――生まれて来てすみませんでした……!!!!」


 俺は間髪入れずに黒椿の前で土下座をする。

 やめて!? あのゲームのキャラクターの真似とか本当にやめてくれ……!!

 思わぬところで黒歴史を抉られた……ていうかそんなことまで見てたのか……。


 俺が地面に勢いよく頭をぶつけると、黒椿はしゃがみ込み俺の頭を数回叩く。


「あははっ、まあ確かに思春期にありがちな光景だったね。ほら、もうからかったりしないから起きて? 意地悪してごめんね?」

「……」


 黒椿が伸ばす手に触れ起き上がる。

 くっ……まさかこんな弱みを握られてたなんて、いや……そもそも俺の事をずっと見ていたんだから他にも何か……うん、黒椿にはあまり逆らわないようにしよう。


 俺が心の内で誓いを立てていると、黒椿は話を戻す。


「まあ、何でこんな話をしたかと言うとね……【改変】に対する認識を変えて欲しいなって思ったからだよ」

「認識を変える……?」

「そうそう、藍はきっとあの子の事を感情のない無機質な存在と思っていたかもしれないけど……女神様や私と同じようにちゃんと意思はあるんだよ。今回だって、藍を傷つけられて、それが許せなくて……ちょっと本気で怒っちゃっただけなんだ」


 黒椿はどこか困ったような……そんな表情をしていた。

 それは、彼女が全てを知っているからこそ自然と出てしまう表情なのだろうか?

 俺に絶対の忠誠を誓った、名も知らぬ神様の事を。


「――だからね? 出来れば僕たちみたいにちゃんと……」

「うん。黒椿が何を言いたいのか、分かった気がする」


 【改変】さんはちゃんと感情も意思もある存在なんだと。

 ただの便利なスキルとして見るんじゃなくて、対話できる存在として歩み寄る。

 そうだよな、きっとこれからも沢山お世話になるんだろうし、そう言った意味でも認識を改めて話をしてみよう。


「教えてくれてありがとう、黒椿」

「……ううん。それじゃあ、早速話してみる?」


 黒椿の言葉に頷く。

 黒椿は俺の反応を見た後、前へと進み俺の頬に手を置いた。


「一応ね、私が【千里眼】を使って儀式の間での光景を藍に見せるから、藍はそれを見ながら【改変】に届けるように頭の中で会話を試してみて?」

「……わかった」

「ふふ、そんなに緊張しなくて大丈夫だよ! 大前提としてあの子は藍の事が大好きなんだから」


 黒椿は俺の顔を見てそう言い微笑む。

 そうして黒椿は俺と目を合わせて、その瞳を黒く染めていく。


「じゃあ、始めようか」

「……わかった」


 そうして、黒椿の瞳を通して再び俺は儀式の間を見つめる。












―――――――――――――――――――――――










「――腐っても邪神、か。魔力を吸い取り切るまでは生かしてやろうと思っていたが、中々にしぶといな」



 儀式の間では、今も尚その憤怒を絶やすことなく【改変】が邪神を殴りつけていた。


「あの……流石にそろそろやめた方が……」

「……何か?」

「い、いえ!? なんでもありません!!」


 流石にボコボコにされている邪神を可哀そうに思ったファンカレアが【改変】に対して声を掛けたが、漆黒の魔力装甲に覆われた顔をこちらに向けた【改変】に自分の考えを否定する。

 ファンカレアを襲ったのは狂気じみた怒りの覇気。もし、邪魔でもしようものなら容赦なく攻撃してくる……そう確信させる雰囲気を【改変】は纏っていた。


 ファンカレアはゆっくりと顔を横に曲げ、その場で一緒に見ていたミラスティアへと縋りつく。


「ミ、ミラ……私、女神なんですけど……これでもかなり強い創世の女神なんですけど……」

「……仕方がないわ、今のあなたは自らに強い制約をかけている状態だもの。この件が終わったらその辺りの調整もしましょう。それにね……私だってあんなのと戦うのはごめんだわ……」


 ミラスティアはファンカレアの頭を撫でながらそう告げる。

 止まる事のない魔力結晶が砕ける光景、その音が儀式の間で響き渡っている。

 そんな光景を見ながら、二人は心の底から願うのだった。


(早く帰ってきてください……藍くん……)

(早く戻ってきなさい……じゃないと、後で容赦しないわよ……)



――その願いは偶然にも、タイミング良く叶うことになる。



「さあ、後はその神格を――ッ!!!!」


 突如として、【改変】は振り上げた拳を停止させて体をビクリと痙攣させる。


「い、一体どうしたのでしょうか……」

「……さあ?」


 そんな様子をミラスティアとファンカレアは静かに見守って居た。


 【改変】は、しばらく動きを止めた後、もう動く事さえなくなった邪神を掴み、正面の壁へと投げ捨てた。


「ああ――ついに……ついに私は……」


 それは感嘆の声。

 儀式の間にいる【改変】は、憤怒の感情を捨て去り……たった一人のにその心を歓喜で染め上げた。



(初めまして。でいいのかな……【改変】さん?)

(この日を、ずっと……ずっと待っておりました……我が主様……)


 この日、【改変】――否、異世界より舞い降りた元神である存在は、自らが仕える尊き主との会話を至福の心で迎えるのであった。



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