第19話 儀式の間にて ③




 ミラスティアに魔力の使用許可を貰った【改変】は、藍の体を操り儀式の間を歩き始める。


「魔力の使用許可が下りた事により、中断されていた【改変】を再開します。【漆黒の魔力】よ――周辺の魔力を飲み込みなさい」


 【改変】の声を合図に藍の体から黒い魔力が溢れだす。次第に広がりを見せる黒い魔力は漂う紫黒の魔力を一気に吸い尽くしていった。


「魔力の補充を確認。これより、中断されていた【改変】を――ッ」


 言葉を遮り【改変】は身を屈める。そして、先ほどまで藍の頭があった場所に鋭い魔力で出来た結晶が通過する。

 結晶が向かうその先にはステータス画面を見ながら話をしているミラスティアとファンカレアの姿があった。


「【漆黒の魔力】よ――」


 周囲の魔力を吸い尽くした黒い魔力は驚異的な速さでミラスティアとファンカレアの前へと移動する。


「きゃっ」

「――ッ」


 突如現れた黒い魔力に驚く二人であったが、それが【改変】によるものだと理解すると安堵し落ち着きを取り戻す。

 黒い魔力は遅れて飛んできた結晶を飲み込み藍の体内に魔力へと還元する。


『やっと忌々しい紫黒の魔力が消え去った……!!』


 結晶が飛んできた先――ミラスティアとファンカレアから見て正面の奥で邪神は膨大な魔力を放出し物質化する。


「”空間支配”を解除したことによる懸念事項を忘れていました。これより主である制空藍の肉体を守る為、スキルの最適化を行います」


 邪神の体は魔力で出来た銀色の結晶で硬質化していき、次第にそれは40mを超える竜の姿へと変貌を遂げていた。

 【改変】はそれを見つめながら、今まで吸収した魔力の一部を【改変】によるスキルの最適化へと集中させる。


 そんな邪神の姿を見て、選定の舞台に立つ二人は臨戦態勢を取る。黄金の瞳に2mはある杖を両手に持つファンカレア、紫黒の瞳を灯らせ魔力を高めるミラスティア、創世の女神と世界最強と謳われる魔女が邪悪なる神を前に立ち向かおうと決意する。


「――不要です」


 しかし、それを制する一人の青年がそこに居た。

――正確には青年の体を操るスキル【改変】が。


「何故です!? 私達が力を合わせれば藍くんに怪我をさせる事なく邪神を倒すことが出来ます!!」

「……私としてもこの場で協力を断る理由を聞きたいわね」


 二人は鋭い視線を【改変】へと向ける。ファンカレアは大切な人を守る為に戦いたいのにそれを止められた不満を以て、ミラスティアは大切な孫を危険へと誘う【改変】に疑いを以て。二人がそれぞれの理由で【改変】を見るが、【改変】は正面に対峙する銀色の竜を見据えて振り返ることなく答える。


「――たった今、邪神が埋め込んだとされる浸食の欠片の消失を確認。精神世界に滞在する魂の修復が完了しました」

「「ッ!!」」


 【改変】の言葉に二人は驚愕する。

 ファンカレアは直ぐにステータス画面を表示させて状態を確認すると、そこには”状態:自我の修復(99.9%)”と表示されていた。


「あれ? でも、表示が100%ではありませんが……」

「それは主である制空藍が”戻る”という意思を強く示していないだけです。修復は既に終えています」

「あら、どうしてあの子は戻って来ないのかしら……」

「……」


 ミラスティアの言葉に【改変】は沈黙する。

 【改変】にとって主である藍は、今まさに黒椿とのひと時を幸せに満ち溢れた感情で過ごしていた。それを二人へ正直に伝える事が藍にとって得となるか損となるか。スキルであるはずの【改変】は人間の様に思考していた。


「もしかして、修復が失敗したとか……!?」

「否定します。修復は不備なく終了しました。守護精霊である黒椿の連絡から察するに主である制空藍は、黒椿から現状の説明を受けているものと推察します」


 【改変】はファンカレアの仮説を否定して、当たり障りのない回答を述べる。


「……あなたは藍のスキルなのよね? スキルであるはずのあなたに意思の様なものがあること自体驚きだけれど……あなたは、あの子の中に居る守護精霊様とも会話が出来るの?」


 【改変】の言葉を聞いてミラスティアはふと頭によぎった疑問を投げかけた。


「肯定します。主である制空藍を守る役目として黒椿と接触しました、修復の完了を通達したのも黒椿です」

「そう――守護精霊様というのは一体どれ程の力を持っているのかしら? そして……守護精霊様はあの子の魂をちゃんと返すつもりはあるのかしら?」


 少しの間を置いて、ミラスティアは【改変】に続けて問いかける。

 藍を守るべくして存在する守護精霊、そんな存在が先程まで危機的状態に陥っていた藍の魂を易々と返すものなのかと。下手をすると藍の魂を精神世界へと閉じ込めて、【改変】を藍の代わりとして肉体へ宿し生命活動を続ける為だけに存在させる……そんな結末もありえるのではないかと。

 仮にそうなった場合、邪神よりも厄介なモノを相手にすることになる。そんな最悪な結末を出来れば迎えたくはないとミラスティアは切実に願うのだった。


「詳しく説明することは出来ません。ですが、あの守護精霊が本気になることがあるとするならば――創世の女神が、全ての力を以て挑むべき相手となるでしょう。あれはもう、膨大な魔力を手に入れた事で神に近しい存在になり始めています。ですが幸いなことに、彼女は主である制空藍の意思を尊重するつもりです。なので、話すべき事が終わったならば直ぐにでも魂は解放されると推察します」


 【改変】の言葉に、ミラスティアだけではなく会話を聞いていたファンカレアもが身震いをする。

 創世の女神であるファンカレアはその絶大な力を制約を以て封じている。

 それは自分自身の力がフィエリティーゼに影響を与えないようにする為だ。その力の全てを解放した時、フィエリティーゼという世界は創世の力の余波を受け止める事が出来ずに消滅を迎えてしまうのだ。

 それ程の力を以て戦わなければならない存在が藍の中に守護精霊として宿っている。それは、頼もしい守護精霊である反面――敵に回った時の恐怖を覚えさせる邪神よりも恐ろしい存在であった。


「……これはまたとんでもない事実を聞いてしまったわね」

「……ですが、今は信じるしかありません。守護精霊である黒椿さんが神にも近しい存在であるのは事実ですが……藍くんを治してくれたのも事実なんですから」


 ミラスティアは、ファンカレアの言葉に「そうね」と相槌を打ち小さな呼吸を一つおく。


「話を逸らしてしまってごめんなさい、それで話を戻すけれど……私達に手を出させない理由は説明して貰えるのかしら?」

「――それは『我を放って会話など、つれないではないか』ッ!」


 【改変】が振り返った一瞬を見計らって銀色の竜となった邪神が何百もの魔力の結晶を飛ばしてくる。【改変】は後方へ軽く飛び退け【漆黒の魔力】を前へと放出し魔力の結晶を飲み込んでいく。


 その様子を見ていたファンカレアは手に持っている杖を力強く握り前へと歩み始める。


「ミラ……やっぱり私達も」

「その必要はありません。ミラスティア・イル・アルヴィスと創世の女神ファンカレアの二名は決して儀式の間に足を踏み入れないように」


 ファンカレアの声に【改変】が即座に返答する。その声を聞き歩き出したファンカレアは儀式の間の手前で足を止めた。


『本当なら、今頃はフィエリティーゼへ転生しているはずだったのだ……それを邪魔しただけではなく、我に傷をつけるとは……貴様を生かしておくのはやめた。ここで、我が直々に殺してやる!!』

「……」


 邪神の咆哮が儀式の間に響き渡る。それは【竜の咆哮】を合わせた声であり、通常であれば恐怖・混乱・気絶など、何かしらの状態異常に陥るはずの声であった。しかし、【改変】は動じることなくその場に立ち続けている。精神攻撃である【竜の咆哮】は、スキルであり全ての事象を作り変える事の出来る【改変】にとって意味をなさない攻撃であった。


 しばらくの沈黙の後、【改変】は邪神を見据えてポツリと語り始める。


「先程の問いに答えましょう、ミラスティア・イル・アルヴィス。確かに、あなた方を含めた三人で戦うことが出来るのならば、邪神と言う存在はいとも容易く屠る事が出来るでしょう」

『きっ貴様ぁぁ!!』


 それは挑発に似た言葉であった。

 【改変】は邪神に届くようにワザと大きな声でそう答えたのだ。



「――ですが、それではダメなんですよ」

『「「ッ!?!?」」』



 それは憤怒であった。

 周囲を威圧する一人の青年。

 彼を中心に大地が震え怯え出す。


「――貴様がどの世界を壊そうが、何処の誰を恨もうが、そんなことはどうでもいい」


 憤怒はゆっくりと歩き出す。

 それを抱かせた愚か者へと近づく為に。


「――だが、貴様は触れていけない禁忌に触れた」


 先程までの威勢はどこへ行ったのか……邪悪なる神と恐れられた存在はその圧倒的な憤怒を前に後ずさる。


「――貴様は私を目覚めさせた。我が主である大切な存在を傷つけたんだ」


 スッと静かに指さす憤怒の右腕。

 その先には壁に巨体をぶつけて尚逃げようとする愚かな存在の姿があった。


「――これより【改変】はその役目を放棄する」


 その言葉と同時に青年の体は漆黒に染まり出す。

 それは魔力で出来た魔法装甲。

 青年を覆いつくし漆黒の鎧は血が巡るように赤い線が脈を打つ。


「――悔い改めろ……貴様は私を怒らせた」




 そこから繰り広げられるのは、無慈悲なる怒りの鉄槌だ。

 選定の舞台より、ミラスティアとファンカレアの二人はその場で動くことなく立ち尽くす。

 漆黒の鎧が銀色に煌めく水晶の竜を砕き始めるその光景を。





 ――その憤怒が止むのは……遠くない未来の話。


 約束を契り、真実を知り、全てを奪う覚悟をその心に携えて。


 精神世界からの復活を遂げる優しき青年の帰還と共に、憤怒のスキルはその姿を消すのだった。


 戻ってきた主がその光景に困惑することも知らずに……。

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