第17話 儀式の間にて ①
藍が天を仰ぎ嘆き始める少し前、創世の女神ファンカレアは目の前の光景に困惑していた。
儀式の間にて、邪神グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルとミラスティア・イル・アルヴィスが対峙していたその時、自我の崩壊を始めていた筈の想い人——制空藍がその足を動かし邪神を殴りつけたのだ。
『おのれ……おのれおのれえぇぇ!! 我の計画を台無しにしおって……許さんぞ人間!!』
「……」
邪神は儀式の間の壁へとめり込み声を荒げている。
藍はそんな邪神を黙って見つめていた。
「藍くんが生きていました……ちゃんと、ちゃんと生きていましたぁ……っ」
ファンカレアはその光景に涙を流す。ファンカレアの傍にはミラスティアが佇み、彼女にとっては孫でもあるはずの青年の姿を怪訝そうに見据えていた。
(おかしい……何かおかしいわね。私の全力の”支配”を受けて尚あの動きの速さ……それに、あの右手……おそらく魔法装甲だわ。魔力の扱い方なんて教えてもいないのにあんなに綺麗に右腕だけを魔力で覆うなんて……一体、あの子に何があったのかしら)
後ろで泣いて喜ぶファンカレアとは対照的に、ミラスティアは不安を隠せないでいる。そもそも、ミラスティアは儀式の間に入る前からある疑問を抱いていた。
(あの子……何故直ぐに【吸収】を使わなかったのかしら……いいえ、そもそも何故【吸収】が自動的に発動しなかったの?)
ミラスティアは知っていた。
【吸収】には持ち主である者が明確な殺気を受けた時に自動的に発動状態になることを。長年使い続けることで自分の意思により使いこなすことが出来るようになるが、初めてスキルを使った時はミラスティアでさえ制御が出来ていなかった。
(それなのに、発動の兆候すら感じ取れなかったなんて……)
「やっぱり、何かおかしいわね」
そうして考え続けるミラスティアであったが、突如大きな魔力の流れを感じてその方向へと視線を送る。
『喰らえ……!!』
「……」
ミラスティアの視線の先では、邪神が藍へ目掛けて【竜の息吹】を放っているところだった。先ほどよりは威力は下がっていたが、それは人間の体など簡単に焼き尽くす程に強力な竜種の固有スキルである魔力の砲撃だ。
「しまった……!」
油断していたミラスティアは邪神へかけていた支配を弱めていた事を忘れていた。 慌てて紫黒の魔力を放出するが、それは【竜の息吹】よりも後手に回ってしまい間に合わない。
「こうなったら……仕方がないわね」
ミラスティアは一息ついて覚悟を決めた。静かにその右腕を上げそこに佇む黒髪の青年へと向ける。
「ミラ……!」
ミラスティアの後方で状況を理解したファンカレアが咄嗟に友であるミラスティアの名前を呼び数歩前へと歩み寄る。
「ダメよ、女神様。あなたは何があっても儀式の間に入ってはダメ」
「ですが……」
「忘れたの? 今は私が”支配”を使っているから大丈夫だけれど、あなたが儀式の間に入って魔力でも使おうものなら、それだけで私の支配は不完全なものとなり――レベル0のあの子は試練を乗り越えられなかったものとして二度と私たちの前に現れることはないわ」
ミラスティアの言葉にファンカレアは進めていた足を止め悲痛な面持ちでミラスティアを見つめる。
ファンカレアの顔を見て、ミラスティアは優し気に微笑んだ。その頬に一滴の冷や汗を流しながら。
「大丈夫よ、別に死にはしないわ。あの子の元へ転移して私が【竜の息吹】を防ぐだけだから」
「ごめんなさい……私は何も出来なくて……」
ファンカレアはその表情を更に曇らせる。そんな彼女を見て、ミラスティアは困り顔を浮かべていた。
(ままならないわね……。絶対的な力を持つが故に世界を守る為、自らに制約を掛けていた女神様が今はそのしがらみに囚われているなんて)
神様も大変ね。とミラスティアは小さく呟き、笑みを溢す。
「ねぇ、ファンカレア」
「は、はいっ」
ミラスティアに名前を呼ばれてファンカレアは一瞬体を強張らせる。ミラスティアが自分の名前を呼ぶ時は、決まって説教か大事な話をする時だけだったからだ。
その予想に応える様に険しい表情を見せるミラスティアであったが――
「ふふっ。私の可愛い孫を助けて、あの子を無事フィエリティーゼへ送り届けたら……あなたのしがらみをどうにかしないとね」
「へっ……?」
その表情を和らげ、微笑みながらファンカレアにそう告げた。予想外の返答にファンカレアは気の抜けた声を出して首を傾げている。
「さあ、話の続きは後で……今は目の前の「状況――確認――」ッツ!!」
ミラスティアの声に重なるように男の声が儀式の間に響く。
その声の主は【竜の息吹】を前に立ち尽くしていた藍であった。しかし、彼の事を良く知っているミラスティアとファンカレアは、その無感情で冷淡な声音を聞いて困惑した。優し気に笑うあの青年から、あの様な声音が出るものなのかと。
藍は頭を動かし周囲を見渡した後、漆黒に染まる右手を【竜の息吹】の方へと
「制空藍を害する者を確認しました。これよりスキル【改変】は主である制空藍を害する全てを抹消します。【漆黒の魔力】よ――主に牙を向くその攻撃を飲み込みなさい」
その声に応える様に、収束された黒い魔力は拡散するように広がって行き【竜の息吹】へと群がっていく。そして、【竜の息吹】は黒い魔力に飲み込まれて消えてしまった。
『馬鹿な……貴様のスキルにそんな力はなかったはずだ!!』
「――【漆黒の魔力】よ、害する敵へと攻撃しなさい」
邪神の声に答えることなく藍の体を操る【改変】は黒い魔力を邪神の方へと放出する。その光景は正しく、黒い【竜の息吹】そのものであった。
『させるかぁっ!!』
邪神はその黒い魔力を防ぐように、無属性の魔力で作りだした透明な障壁を幾重にも重ねて展開する。やがて黒い魔力は障壁にぶつかりその勢いを――止めることはなかった。
「――貫きなさい」
その声を合図に黒い魔力は先端を尖らせ回転を始める。一枚一枚が薄く張られた障壁は次々と貫かれていき、やがて黒い魔力は邪神の本体である魔力の塊へと到達した。
『グアァァァ!?』
「標的に到達。レベルの上昇を確認。これにより主の魂の固定が完了しました」
【改変】がそう告げると儀式の間の壁が青白い光の線を作り出す。不規則に角を作り幾つも伸びるその線はやがて光を失い、その代わりに儀式の間の左端に半径1m程の魔法陣が現れた。
「あれは……フィエリティーゼへの転送陣です!!」
「ということは……あの子の試練は無事完了した扱いになったのね」
その光景に一度安堵の表情を浮かべた二人であったが、直ぐに視線を藍の方へと向ける。
「一体……何が起こっているのでしょうか?」
「それを知る為にも女神様、あの子のステータスを視てくれないかしら? さっきから【人物鑑定】を使っているのだけれどスキルが全く見えないのよね……」
【人物鑑定】とはミラスティアが作りだした【神眼】の下位互換にあたるスキルだ。【神眼】はどのような相手に対しても使うことが出来るが、【人物鑑定】は自分よりも強い相手に使うと高確率で弾かれてしまう。更に【神眼】がステータスの全てを覗けるのに対して【人物鑑定】では名前とレベル、スキルのみであり固有スキルや特殊スキル、称号などといった情報は見ることが出来ない。
ミラスティアは【人物鑑定】で藍のスキルを見たが、そこには何も表示されていなかった。そこで、この世界の女神であるファンカレアに藍のステータスを見て貰おうと提案する。
「それは構いませんが……藍くんに怒られませんかね?」
「……はぁ。あなたねぇ」
(この子は、いまが非常事態だって理解しているのかしら……)
ファンカレアの言葉にミラスティアは大きな溜め息を吐き呆れた様子で首を左右に振る。相手を想い過ぎるのも問題だと心の中で思うのだった。
「えっ、私何かおかしなことを言いましたか?」
ファンカレアは溜め息の理由が分からずに顔を赤らめ首を傾ける。
「……もしあの子から何か言われたら、私が見るように頼んだって伝えるわよ……それでいいでしょう?」
「うぅ……絶対ですよ?」
「はいはい……さあ、はやく見てくれる?」
ファンカレアはミラスティアの言葉に頷き藍の方へと視線を向ける。瞳を黄金色へと変化させ右手を藍へと翳す。
「ステータス開示――制空藍」
ファンカレアの言葉を合図に黄金色に輝くステータス画面が姿を現す。
「あら、私達のステータス画面とは違うのね」
「これは世界の創造神である私だけが使える権限みたいなものですからね。ここには世界の全情報が随時更新され、記録されているんです」
「出ましたよ」と黄金色のステータス画面をミラスティアに見えるように大きくする。ミラスティアはファンカレアの元へと歩み寄り隣まで行くと足を止め、目の前に広がるステータス画面を見つめる。
「いま、私の権限を使ってミラにも見えるようにしています。……あの、ミラ?」
「――これはまた……あの子はどうしてこう規格外な結果を呼び寄せてくるのかしら……」
二人が見つめる先――そこには藍のステータスが表示されている。
それを見つめてファンカレアは驚愕し、ミラスティアは呆れて苦笑した。
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名前 制空藍
種族 人間(転生者)
レベル 156
状態:自我の修復(83.7%)
スキル:
固有スキル:
特殊スキル:【改変】【漆黒の魔力】【(改変中)】【悪食】【魔法属性:全】
称号 【精霊に愛されし者】【黒椿の加護】【異世界からの転生者】【女神の寵愛を受けし者】
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