第16話 【改変】の力


――――――自我の崩壊を確認しました。【改変】により自動修復を始めます。


 最後に聞いた声は無感情にそう言っていた。

 あの声、スマホの機械音声に似てたな……【改変】って一体何なんだろう?

 スキルではあるんだろうけど、ミラスティアさんから貰ったのは【闇魔力】と【吸収】の二つだけのはず……。


「藍はね、【改変】のおかげで今生きてるんだよ?」

「それさっきも言ってたけど、【改変】で俺はどうなったんだ?」

「【改変】の力で藍の精神は一時的にこの空間に避難させられたんだ。ここは藍の記憶を濃く受け継いでいる場所でもあるからね、崩壊した自我を治療するにはうってつけだったんだよ」

「……今まで聞くのを忘れてたけど――ってどこなんだ?」


 黒椿と話しているこの場所は草原が終わりなく広がり快晴の空と優しい風が吹いている。感覚的にはもう数時間ここにいるけど喉も乾かないしお腹も空かない。しかし、見渡す限りの草原が広がるだけで他には何もないこの世界は独特の雰囲気を漂わせていた。


「ここはね、藍の体の中だよ」

「えっと……?」

「ああ、ごめん省略しすぎたね……ここは藍の体に宿っている守護精霊の僕が創り出した精神世界だよ。女神様の白色の世界と似たようなモノかな?」

「えっ!? お前そんな凄いことできるのか!?」

「僕は女神様と違ってこれが精一杯だけどね。時間を操る事は出来ないから現実とこの世界の時間は同時に進んでるし、風景も草原から変えることも出来ないから。創生の女神様には到底かなわないよ」

「謙遜することはないと思うけどな……俺は凄いと思うしこんな凄い力を持っている黒椿が守ってくれるなら、守られる側の俺としても心強いよ」


 左側から顔を出す黒椿の頭を撫でる。黒椿は「藍にそう言われると嬉しいなぁ」と照れながら言いまた頬ずりをしてきた。

 黒椿って他にどんなことが出来るんだろう……俺も黒椿のステータスを見ることが出来たらよかったのにな。今になって黒椿の気持ちが分かった気がする。


 しばらく頬ずりをして満足したのか黒椿は俺の背中から離れて正面へと座る。


「ここにはね、藍の十年分の記憶が保管されてるの」

「俺の記憶が?」

「そうだよ。藍の守護精霊になった時、僕は藍の体に宿りこの精神世界を作った。ここで過ごして……ずっと藍を見て来たんだ!」


 両手を広げて黒椿はそう答える。


「だから藍の自我を治すにはここが一番適していたんだよ。この世界に僕の思い出として記憶されている藍の情報を、崩壊した藍の精神に埋め込んで治療していったんだ。と言っても、治療はとっくに終わってるけどね」

「え、そうなの? それじゃあどうして俺は戻れないんだ?」


 ステータス画面の状態の欄には”自我の修復(99.9%)”と書いてある。だからこそ、修復が終わって100%になったら戻れると思ってたんだけど違うのか……?


「藍が戻りたいと思えば戻れると思うよ? できればまだ伝えたい事があるからもう少し待って欲しいけどね……」


 黒椿は苦笑してそう言った。俺としてもまだまだ聞きたい事があったから自分の意思で決定できるのはすごく助かる。それに、せっかく再会できたんだからもう少しだけ黒椿と一緒に居たい。


「俺としてもまだ戻るつもりはなかったからいいんだけど……ここが精神世界だとしたら、俺の体はいまどうなってるんだ?」


 儀式の間で黒い球体に触れてからどれくらいの時間が過ぎたかわからない。精神が回復しても戻る体になにかあったら……。あれ、結構やばいんじゃないのか?


「大丈夫。藍の体は【改変】によってちゃんと守られているから、邪神が入り込む隙なんて全く無いよ! それどころか……」


 そこまで話して黒椿は口ごもり、あははと苦笑して俺から視線を逸らした。

 え……なに!? 俺の体に何が起こってるの!?


「お、おい……黒椿?」

「えっとね? 【改変】って藍が地球に居た時から持ってた凄く特殊なスキルで、制空藍という存在に干渉する全てを藍の意思を汲み取って作り変えることが出来る凄いスキルなんだよ。ただ、改変する規模によって消費する魔力が増えていくから生半可な魔力じゃ扱うことは難しいんだけどね」


 ……なにそのぶっ壊れスキル。つまり、俺が思うままに全ての出来事が変えられるってこと? しかも全てってことは俺に関わってきた人や見たことのある動物、植物、建造物なんかも思うままに作り変えることが出来ると?


「それってもう神様となんら変わらないのでは?」

「ううん、そういうわけでもないよ。藍の意思を汲み取り思うままに世界を作り変えることは出来るけど、それには必ず元となる原物オリジナルが必要だからね。神様っていうのはそういう原物を創ることが出来る人たちの事をいうから、藍のスキルはそれとは少し違うかなー」

「なるほど……」


 つまり、【改変】は二次創作みたいなモノなのかな? あれも原作となる一次創作の作品がないと描くことも出来ないから、なんとなく似ている気がする。


「まあそうだとしてもかなり規格外なスキルだと思うよ? さっきも言った通り原物があればその全てを変えられるわけだし、それは実態がないものでも可能だからね。例えば時間なら朝と夜を逆転させたり、空間なら天候や季節を変えてしまったりとかね。それには膨大な魔力を消費するから地球ではほとんど発動することはなかったけど」

「そっか……」


 黒椿の話を聞いて、俺は内心ほっとしていた。

 【改変】の能力を聞いてからずっと疑問に思っていた事、そんな力があるなら地球にいた頃の俺は自分の意思で気づかぬ内にその力を使っていたんじゃないかと……そうして作り変わった世界で俺は暮らしていたんじゃないかと……ずっと不安に思っていた。


「正直それを聞いて安心したよ。自分の意思を汲み取って勝手発動していたんじゃないか……って思ってたから。両親とか、雫とか……今まで関わってきたこと全てが俺の意思で作り変わった世界だったんじゃないかって」

「あはは、地球には魔力がほとんどない状態だったからね。【改変】に出来た事と言えば藍の傷の治りを早くしたり、潜在能力の底上げをしたり、感情を抑制させたりするくらいだと思うよ。心当たりとかあるんじゃないかな?」


 ……確かに、幼少期からやけに物事について理解するのが早かった。5歳になる頃には新聞紙を床に広げて読んでいた気がする。後々それが普通じゃないと知った時は驚愕したっけ。あとは……


「なあ、黒椿ってずっと俺のことを見ていてくれたんだよな?」

「……そうはっきり言われると照れるけど、まあそうなるかな?」

「じゃあさ、ミラスティアさんと初めて会った時のこと憶えてるか?」

「ミラスティアおばさんの事?」

「そう、ミラスティア”さん”の事――お前それ絶対本人の前で言うなよ?」


 あえて”さん”を強調して黒椿に言った。

 二度とその言葉を口にするなよ……絶対だぞ!? あの人滅茶苦茶怖いんだからな!?

 俺は黒椿の肩を掴み詰め寄る。そんな俺に驚いて黒椿は無言で首を縦に振った。


「そ、それでミラスティアお……常闇の魔女がどうしたの?」


 ミラスティアと口すると自然とおばさんがついて来てしまうのか、黒椿はわざわざ”常闇の魔女”と言い直して聞いて来る。お前絶対ここで”ミラスティアおばさん”って連呼してただろ……。


「いや、あの時ミラスティアさんから圧し潰されるような殺気を感じてたんだよ、ミラスティアさんは支配とか言ってたけど。だけど、いつの間にかその雰囲気に慣れて来て自然に動くことが出来るようになってたんだ……あれも【改変】が何かしていたのか?」

「そうだよ。常闇の魔女から受けていた殺気を【改変】が徐々に緩和させていったんだ。幸いにも常闇の魔女が溢れるくらいに魔力を持っていたから、魔力の使い過ぎで藍が倒れることもなかったしね」


 【改変】はスキルの持ち主である俺に危機が迫ると俺が命令して止めるまで自動的に対策をするようになるらしい。ミラスティアさんの時は殺気と言ってもそこまで強いモノではなく、肉体的にも精神的にも特に強い攻撃をされたわけではなかったから殺気による恐怖を緩和するだけに留まったのだとか。

 なるほどな……。【改変】事態も俺の意思が優先されるから暴走とかそういう心配は……


「って待て待て!! そうなると今の俺の体ってまさか――」

「あー……気づいちゃった?」


 黒椿は苦笑しながらばつが悪そうに言った。


「藍の想像している通り、精神を崩壊させるほどの危機に陥った藍を守る為に【改変】は今――藍の体を使って、藍を害した存在をその力の全てを以て滅ぼそうとしているんだよ……」

「なっ……」


 予想はしてたけど……してたけどさ!! いや何やってんの【改変】は!?


「だからその……レベルが上昇を続けてるのも今まさに害した相手である邪神と戦ってるからなんだよね……」

「俺の体は無事だよな……? 大丈夫だよな!?」

「だ、大丈夫だから安心してよ!! さっきも言ったけど藍の体は【改変】がしっかり守ってるから、それに藍が負けることは万が一にもないだろうしね……ははは」


 黒椿は最後に乾いた笑いをして明後日の方向を見始める。


「えっと……つまり?」

「――いまね、【改変】という藍のスキルは邪神を滅ぼす為に藍が持っている他のスキルを好き勝手に作り変えて邪神をボコボコにしているんだ……ステータスの下の方を見て? 凄いことになってるから」


 黒椿に促され、俺は自分のステータス画面の下を見ることにした。


「……ナニコレ」

「……ほんと、こうなって来ると邪神が可哀そうだよね……自分の魔力とスキルをなんてさ」









――――――――――――――――――――――――――――――――――――――


名前 制空藍 


種族 人間(転生者)


レベル 346……


状態:自我の修復(99.9%)



スキル:【遠視】【気配察知】【威圧】【身体強化】【隠密】【言語理解】【念話】【魔法耐性】【物理耐性】【状態異常耐性】……


固有スキル:【竜の息吹】【竜の咆哮】【人化】【竜化】【眷属創造】……


特殊スキル:【改変】【漆黒の魔力】【(改変中)】【悪食】【魔法属性:全】【スキル合成】【スキル復元】【創造魔法(使用不可)】【神性魔法(使用不可)】……【神眼】【千里眼】


称号 【精霊に愛されし者】【黒椿の加護】【異世界からの転生者】【女神の寵愛を受けし者】【魔法を極めし者】【魔竜王】……【竜の主】

――――――――――――――――――――――――――――――――――――――



 ツッコミどころ満載のステータス……本当に何がどうなったらこうなるんだろう。

 ミラスティアさんから貰ったスキルは何故か無くなってるし、竜種でもないのに固有スキルに【竜の息吹】とか【竜の咆哮】とかがある。恐ろしい事にスキルはまだまだ増えているみたいだ。

 スキルを読んでいる途中にも【神眼】や【千里眼】などが追加されていく。


「……黒椿。これ、本当に俺なのか?」

「残念だけどこれは現実だよ藍……種族が人間のままで良かったね……」


 「それも時間の問題かな……」黒椿が小声でそう呟いているのを見て俺は天を仰ぐ。


――頼むから……せめて、せめて種族だけは人間のままでいさせてくれ……!!


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る