第14話 なんでそういうことを言うかな!?



「――ここまで理解できたかな?」

「うーん……」


 頭の中の声が消え去った後、黒椿は俺の身に起こった出来事を説明してくれた。

 どうやら邪神から受け取った黒い球体には魔竜王——グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの記憶だけではなく、俺の自我を破壊する邪神の欠片が埋め込まれていたらしい。

 それを受け取った俺は記憶を見るのと同時に自我の崩壊が始まり、制空藍とグラファルトの区別がつかなくなって――


「自分をグラファルトだと思い込んでいた……と」

「正確には思い込んでいたんじゃなくて、藍という自我が消える寸前の状態だったんだけどね。制空藍という存在は元々居なくて自分はグラファルトという存在だと確定してしまう所だったんだよ」


 本当に危なかったんだよ? と苦笑する黒椿。

 俺という存在が消える……なんとなく言いたい事はわかるけど、それが身に起きた出来事だと言われると実感が持てない。


「ちょっと難しかったかな?」

「……いや、とりあえず理解は出来たよ。それで、俺という存在が消えなかったのは――」

「君のスキル【改変】のおかげだね。えっと、これから先の話をするには魔竜王の記憶を遡らないといけないんだけど……大丈夫かな?」


 黒椿が少し不安そうに尋ねて来た。


「大丈夫。なんて説明すればいいかわからないけど、邪神の欠片? ってのは砕けて消えた気がするんだ。それに……なんていうか」

「……?」

「黒椿が俺を好きだと言ってくれたから、もう大丈夫な気がするんだ」

「へっ?!」


 俺の一言に黒椿が素っ頓狂な声を上げる。

 あれ、なんか変な事言ったか?


「い、いきなりそういう恥ずかしい事を言うのやめてくれないかな?! びっくりするじゃないか!」

「ご、ごめん! でも事実だからさ。知らない世界でいきなりピンチになって、精神的にも肉体的にもダメだって時に……まさかお前に会えるなんて思わなかったからさ」


 何処か不安に思っていた。

 知らない世界で初めての人達と出会って、俺はこれからちゃんと上手くやれるのかとか、この先一体どんな人生を送るんだろうとか、考える度に変に身構えてしまっていた。

 そんな時に邪神が現れて、ファンカレアとも離れ離れになって、事情も飲み込めないまま一人で戦わないといけなくて……多分、そんな余裕のない心の隙間を狙って邪神は欠片を紛れ込ませたのかもしれない。


 でも、俺は黒椿に出会えた。

 成長してはいたけど中身は変わらない初恋の相手。

 もう会えないと思っていた彼女との再会は俺の心を強くする。 


「凄く安心したんだ。ひどく気分が悪かったはずなのに、黒椿の声を聞いてたら自然とそれが治ってきてさ。なんか、制空藍で良かったってそう思えたんだよ」

「そ、そうなんだ……まあ、僕のお陰で藍は邪神の力を打ち破る事が出来たってわけだね!! いや〜僕ってば凄いなあ!! さすがは藍の守護精霊だ!!」


 俺が素直に思いを伝えると黒椿は顔を真っ赤にして自画自賛を始める。

 それは昔から変わらない黒椿の癖で、恥ずかしくてどうしようもない気持ちを発散する為の照れ隠しみたいなものだった。まあ、顔を見れば照れているのはすぐにわかるんだけどね。


 俺の隣で自画自賛を繰り返す黒椿の頭に手を置きゆっくりと撫でる。


「そうだな、お前が守護精霊で本当に良かったよ」

「あっ……うっ……」


 黒椿は、一瞬ビクッと跳ねるがそれ以降は何も抵抗する事なく、赤くした顔を伏せて呻いている。


「嬉しかったよ。初恋の相手に好きって言ってもらえて」


 そう言って頭を撫で続ける。

 黒椿は俺の言葉を聞いた後、盛大なため息を吐いて口を尖らせた。


 ん? なんで溜息……?


「全く……全く全く!! 僕が藍のこと大好きって言った途端にそうやってさ……浮気者の癖に!! 女神様に告白した癖に!! 君という奴はいつからそんな軽い男になったんだーー!!」

「うわっなんだよ急に!?」

「急にじゃないでしょ!! 僕は十年間、藍の守護精霊としてこの場所からずっと見守ってたんだから!! 僕のこと好きだった癖に!! 僕が居なくなってからも神社で僕が来るのをずっと待ってた癖に!! 結局胸か? 胸なんでしょ!? あのボインボインにメロメロだったんでしょ!?」


 撫でていた俺の手を払って黒椿が凄い勢いで捲し立てて来る。そうか……ファンカレアとのやりとりもずっと見ていたのか……。

 そういえば前にもこんな事があったな。

 確かあの時はバレンタインに学校の人からチョコ(クラスの男子全員に配ってたので間違いなく義理)を貰った帰りに会いに行ったら、ランドセルの奥に隠してたのに何故かランドセルを開け始めてチョコを見つけたんだよな……なんでわかったんだろうあれ。


「く、黒椿……とりあえず落ちついて」

「シャーーッ!!」

「猫かお前は!!」


 宥めようとするが爪を立てて威嚇をしてくる。ダメだ、全然話しを聞こうとしないよこの子。

 これからどうするか……そう考えていた時、黒椿が威嚇のポーズを解いてその場にしゃがみ込んでしまった。あ、これ多分泣くな。


「うっ……僕のことは遊びだったんだね……僕はこんなにも藍の事を想っていたのに……ぽっとでの女神様に負ける程度の存在だったんだね……」

「……」


 ど、どうしよう……。こっちが浮気したみたいで凄い罪悪感が襲ってくる。でも……そうだよな。俺が勝手に消えてしまったと思い込んでいただけで、知らなかったとはいえ黒椿はずっと俺の事を……。


「ごめんな、黒椿」

「……ぐすっ……藍?」


 泣き崩れる黒椿の前で姿勢を正し、俺は頭を下げて謝罪した。


「十年前、お前が何も言わずに消えてしまったあの時、俺はもう会えないと思ったんだ。どれだけ願っても、何度あの神社に行こうともお前に会えなかったから……だから、諦めて思い出として心に留めておこうって」

「……それは!!」

「わかってる。守護精霊として、俺の中でずっと見守っていてくれたんだよな?」


 俺の言葉に黒椿は鼻をすすりながら小さく頷く。


「……僕は藍の守護精霊に成れたけど、守護精霊ってかなり魔力を必要とするみたいで……現実世界に姿を現すには藍がどれだけ魔力を集める事が出来たとしても魔力の総量が減少している地球では不可能な事だったんだ。だから、何度も神社に来てくれる君に申し訳なくて……でも、僕の事を想ってくれている姿が嬉しくもあって……」


 黒椿はそのレモンイエローの瞳から涙をポロポロと流して話す。


「……僕は藍が好き、大好き。君に名前を貰ったあの日から僕は君を愛して生きて行くと決めたから。だから、ぼくは……」

「ありがとう……ずっと、ずっと思い続けてくれてありがとう……」


 泣きながら話す黒椿を抱きしめる。何をされたのか理解した黒椿は俺の背中に手を回し声を上げて泣いた。黒椿といい、ファンカレアといい、なんで俺の周りにはこう良い人達ばかりが集まるんだ。俺の事をずっと見守ってくれて、俺の事を想ってくれて、俺を好きだと言ってくれて……。


「……何も知らないでのうのうと生きていた自分が恥ずかしいよほんと」


 そう呟いて、俺の胸に顔をうずくめる黒椿の頭を撫でる。




 さて、これからどうすればいいんだろう。

 まず、俺はファンカレアに告白した。正確には”大好きだ”と伝えただけで付き合ってくださいと言ったわけではないが。俺の気持ち的にあれは告白の部類に入るだろうと思う。ファンカレアの事は可愛いと思うし一緒に居たいと思うからね。


 そして、黒椿だ。

 地球で暮らしていた頃から知っている関係で俺の初恋の相手でもある。その正体は俺の守護精霊であり、俺がもう会えないと決めつけて諦めてからもずっと俺を好きでいてくれた一途で優しいやつだ。元々好きだった相手にこんなに想われていて嬉しくないはずがない。断言するが、俺は黒椿がいまでも好きだ。


 だからこそ考える。俺はどうすればいいのかと。


「……藍は、僕の事嫌い?」


 俺が考えにふけっていると黒椿からそう聞かれた。相変わらず顔をうずくめている為、どんな表情をしているのかはわからないけど泣き止んではくれたみたいだ。


「そんなわけないだろ? さっきも言ったけどお前が消えてしまった後、何度も神社に行ってお前に会いたいと願い続けたんだ。それくらい俺はお前の事が好きだった」

「……それは、今も変わらない?」

「――変わらない。再会できて、こうして触れ合うことが出来て嬉しく思う。俺は黒椿の事が大好きだ」


 黒椿の頭に手を置き少しだけ力を込めて抱きしめた。

 そうすると、黒椿の方も俺を強く抱きしめる。


「そっか……そうなんだ……ッ。嬉しいなあ……」

「だからこそ、俺はいま悩んでるんだけどな」

「……女神様のことだよね?」


 黒椿は俺が考えていることをなんとなく理解しているみたいだ。

 俺は黒椿の言葉に「うん」と答えた。


「優柔不断で悪いとは思ってるんだ。でも、どっちが一番とか決めるのはなんか違う気がして……こんな経験いままでしてこなかったって言うのもあるんだけどさ」

「うん……藍は優しいからね。言いたいことはわかるよ」

「あと、ファンカレアの事は別に胸のサイズで決めたわけじゃないからな!? いま思うと、ここで出会った黒椿と似てたんだよ。俺をずっと想ってくれていた所とか、ちゃんと俺の事を理解してくれているところとか」


 流石に、二人とも人間ではないってところまで一緒だとは思わなかってけど。


「だから、二人の気持ちを無下にするのも申し訳なくて、どうしようかなって」

「――じゃあさ、僕と約束しようよ」


 俺がうじうじと悩んでいると黒椿は顔を上げてそう言った。

 黒椿の両手が俺の頬へと移り、優しく撫でる。


「邪神を倒して落ち着いて話が出来るようになったら、女神様に全部話すこと。そして、女神様さえよければ……僕と女神様の二人を藍の恋人にすることを今ここで約束して?」

「……それっていいのか?」

「だって、これから暮らして行くのは異世界だよ? 向こうがどういう世界かはわからないけど……少なくとも地球でのルールは関係ないしねっ」


 いやまあそうだろうけど……。


「黒椿はそれで良いのか?」

「そうだねぇ……藍が僕と女神様とで優劣をつけるような人だったら嫌だっただろうけど、藍はそんなことしないってわかってるから。現にいま悩んでるところだったしね。だから僕は大丈夫! 藍が僕をちゃんと愛してくれるなら、それで幸せだから」


 レモンイエローの瞳を細めて黒椿は笑う。


 その笑顔を見て、俺は一息つき覚悟を決めた。


「――わかった。色々と落ち着いたらファンカレアに話すよ。黒椿の事も、俺の気持ちも」

「うん! 約束だよ?」

「ああ、約束だ」


 そうして、黒椿と俺はお互いの小指を絡めて結ぶ。



 邪神を倒して、選定の舞台へ帰る。

 そして、ファンカレアに黒椿との出来事を全部話して謝ろう。






「あ、仮に女神様が怒ったとしても僕が守るから安心してね?」


 なんで指切りした後にそういうことを言うかな!?

 え、大丈夫だよね……? 


こっちの気持ちも考えずに目の前で胸を張る守護精霊を見て、俺は心底不安に思うのだった……。

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