第12話 特異点




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作者の炬燵猫です。

本日は『混沌世界の漆黒の略奪者』をお読みくださりありがとうございます。

今回のお話は、試験的に様々な視点変更があります。

大丈夫なようでしたら、今後も少しだけそういう話が投稿されると思います。

そちらをご了承の上で本編をお楽しみください。

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――――シャン。


――シャン――シャン。



  顔の前で鈴の音が響く。

 うるさいとは感じないが、耳に残る音だ。

 なんだか、実家の近くの神社を思い出すな。


「ふぅ~ん……まだ寝る気なんだ」


 不貞腐れたような女性の声が上から聞こえる。

 誰だろうこの声……なんだか聞き覚えが――



 シャシャシャシャシャシャシャシャシャン!!!!


 シャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャシャ……!!


「うるせぇえ!!」

「あ、起きた」


 流石にうるさいと感じて体を起こす。

 目を開けると、そこは一面が草原だった。


「……は?」


 おかしい。

 俺は確か邪神から受け取った黒い球体に触れて、それで……それで……どうなったんだ? 


 ――シャン。


 その後……。


 ――シャン――シャンシャン――シャンシャンシャン。


 ……まずはこの音からだな。


 一瞬予想外の風景に気を取られそうになるが、それを堪えて音の発生源を探す。右に首を動かすがそこには奥まで広がる草原のみ。そして、左に首を動かすと――そこには唐紅色の頭をブンブン振り回す若い女性の姿があった。

 同い年位か? いや、それよりも。


「……何やってるの?」

「目覚まし代わりに僕の髪留めに付いてる鈴を鳴らしてる」


 よく見ると女性の右耳の上辺りに黒い花の髪飾りが付いていて、その装飾として小さな鈴も付いている。え、あの鈴がさっきの爆音を出してたの?! 耳壊れると思ったんだけど……。


「いや、もう起きてるから止めよう?」


 スピードは落としたみたいだけど未だにゆっくり頭を振り回す女性の肩を掴み止めさせる。揺れる度に乱れる髪からはやっぱり何処かで嗅いだ覚えがある懐かしい匂いがする。

 この人……やっぱり何処かで……。

 顔を下に向けたままの女性は、どこか見覚えがあった。

 それが何処だったか……。


「うう……脳が揺れる。君のせいで」

「清々しいほどに自業自得だよなそれ」

「いつまでも寝ていた君が悪い。僕に詫びろ」


 うっ……まあ、それを言われると確かに。

 俺が早い段階で目を覚まさなかったのが原因なのは間違いない? だろうし。


「えっと……ごめんなさい」

「うん。謝れるのは良い事だね、とっても偉いよ」


 下に向けていた顔を上げ、俺の頭を撫でる女性。

 その顔に一人の少女の面影か重なる。


 嘘だろ。

 これは、夢なのか?


「――あれ、どうして泣いてるの?」

「え……」


 頬に触れると濡れた感触が伝わってくる。

 どうやら彼女の顔を見て自分の意思とは関係なく泣いてしまったらしい。


「どうしたの? 別に泣かなくたっていいんだよ? 僕はそんなに気にしてないから」

「違う……違うんだ」


 目から止まることなく流れる涙を必死に何度も拭う。


「俺……地球で一度死んだんだ。それで、フィエリティーゼっていう所に転生することになって」

「うん、知ってるよ」

「そこで女神様に出会ってさ、祖母の事も思い出して」

「うん、わかってる」

「そしたら今度は、邪神なんていう奴に、襲われてさ」

「うん、大変だったね」

「だから、い、いまになって、ずっと昔にお前にまた会えるなんて……思ってもみなかったんだ……っ」


 そこで堪えられなくなった。止めどなく流れる涙、堪えていた嗚咽まで口から零れる。そんな俺を宥めるように、彼女は優しく抱き寄せてくれた。


「よしよし、頑張ったね。突然知らない場所に連れて来られて、常識外の話を嫌という程聞かされてさ、おまけに邪悪なる神に襲われるなんて……本当に良く頑張ったね」


 優しく耳元で響く声。

 落ち着く。

 昔は俺の方が宥める側だったのにな。


「ごめんね。急に消えちゃって」

「……心配したんだ」

「うん、知ってるよ」

「次会ったら、説教してやろうって思ってたんだ」

「あはは……それは全力で止めて欲しいな?!」

「ずっと会いたかった……黒椿くろつばき

「うん。僕もずーっと会いたかったよ、藍」



 邪神となった竜――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの記憶を見ていたはずの俺は、いつの間にか居た草原で目を覚ました。


 そして、混乱する俺の前に現れたのは……十年前、忽然と姿を消した初恋の少女が成長をした姿だった。







――――――――――――――――――――








 さて、そろそろ頃か。

 目の前に佇む人間はピクリとも動かない。


『さあ、これで依り代の完成だ!!』


 我は待ち望んだ好機に歓喜の声を上げる。


『愚かな奴め。敵から渡されたモノを何も考えずに受け取るとはな……!』


 声を張り叫ぶが、目の前の人間は何も反応を示さない。


『……ククク。見ているか、創世の女神よ!! 貴様の愛した存在は、我が依り代として利用させてもらうぞ!! 貴様はそこで、世界の終わりを見ているんだな!!』


 扉の向こうで手も出せず、さぞ絶望に浸っているところだろうか。


 そうだ。

 そうでなくはならない。


 我が受けた苦しみを、怒りを、絶望を!!

 あの忌々しい転生者を世に放った創生の女神に味わってもらわねばな……!!



――て。



 ……ふん、か。

 依り代である人間と話していた時から喚いていた内側の声。


『いい加減諦めたらどうだ? 貴様が望む通りに世界を終わらせてやろうというのに……何を躊躇うことがある?』



――は――ない――。



『何を馬鹿な事を……忘れたのか?! 貴様の同胞が首を落とされたあの惨状を!! 貴様があの時、その身に強く感じた感情は嘘だったというのか?!』



――。



『貴様が望んだのだ。この世界の不条理を、転生者を野放しにする愚かな創世の女神への復讐を、貴様があの時同胞たちの前で願ったのだ!!』


 ……そうして、内側から喚く声が消え去った。


『あの場で泣きわめく事しか出来なかった愚か者が、今更何を思う』


 いや、原因は分かっている。


『――やはりこやつは危険だ。まだ僅かに残っているが反応を示すとは……早めに手を打って正解だったな』


 依り代と決めた転生者である人間。

 創生の女神のお気に入りだというのは選定の舞台ですぐに理解できた。

 だからこそ、こやつを依り代に世界を破壊し尽くすことで復讐を遂げることが出来る。

 そう考えての行動だったが……。


『まさか、善のやつが絆されるとはな。しかし、もう手遅れだ』


 人間には我の記憶と共に、我の欠片を植え付けた。

 今頃はもう自我の崩壊を迎え、人格を失った空の器となっているだろう。


『さあ、時間も迫っている。始めるとしよう!!』

「――それはどうかしら?」


 突如襲った重圧に魔力で出来ているはずの体が沈む。

 この悪寒……全てを飲み込むような不気味な気配……。


『貴様……!!』

「私の可愛い孫に――何をしたのかしら?」


 閉ざされた扉が砂となり消える。

 開け放たれた扉の向こう、奥まで広がる洞窟からこちらに向かって響く足音。

 その持ち主は――紫黒の魔力を解放し不敵に笑う。


『久しいな常闇!!』

「……いいえ、あなたの事なんて知らないわ」


 その気迫に思わず身震いする。

 禍々しいまで感じる殺気……フィエリティーゼに居た時にも感じた事がない。


『冷たい奴だ。共に過ごしてきた日々を忘れたか?』

「あら、私はあなたとなんて過去に話したことは一度もないわ」

『……なんだと?』


 常闇の顔からは笑みが消え、怒りを含む殺気へと変わる。


「私が知っているグラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルは、あなたの様に醜い姿をしていない。……そう、耐えられなかったのねグラファルト」


 なんだその憐れむような目は……!!

 やめろ――。


『ヤメロォ!! その様な目で我を見るなァ!!』


 常闇へ向けて【竜の息吹】を放つ。

 常人が食らえばチリ一つ残すことはない威力を放ったが、常闇は避けるそぶりを見せない。


「……馬鹿ねぇ」


 溜息を一つ吐き、常闇は紫黒の魔力を自身の前へ盾を作るように放出した。


「さあ――食事の時間よ」


 その一言を合図に、紫黒の魔力がまるで大きな口を開いたかの様に【竜の息吹】をその紫黒の渦の中へと飲み込む。

 忽ち放った【竜の息吹】はその大きさを小さくしていき……【竜の息吹】は跡形もなく消え去った。


「ふぅ……ごちそうさま」


 紫黒に灯る瞳を揺らめかせ、常闇は妖艶に微笑む。

 我が魔力を消耗したのとは裏腹に常闇の魔力はその勢いを増していた。


『……やはり、魔法は無意味か』

「グラファルトが私に勝てた事なんて一度もないわ、あの子を利用しているあなた如きでは私に勝つことは出来ないって事ね」

『確かに、今の我では貴様に勝つことは出来ないだろう……だが』


 我の言葉に常闇の視線が右へと向けられる。その先には、虚ろな目をした依り代の姿があった。


『一足遅かったな常闇! そやつの自我は崩壊を始めている頃だ、今更何をしようとも元の人格には戻らん!!』

「……」

『フハハハハ!! 言葉も出ぬか! だが、貴様の後ろに居る者はどうだろうなあ?』


 扉の向こう、儀式の間へ入る事も出来ず見守っていた創生の女神。

 我の言葉を聞いた創生の女神は膝から崩れ落ち涙を流している。


『そうだ……!! その顔が見たかったのだ!! 貴様のその絶望に満ち溢れた顔がなあ!! そして、空の器となった人間に入り貴様の世界を破滅へと誘ってやろう!! 女神の癖に制約に縛られ何も出来ぬ貴様はこのまま――』

「少し――少し

『なっ?!』


 なんだこれは?!

 常闇の雰囲気が変わった。

 魔力であるはずの我の体がその場にひれ伏す。


『グッ……何故だ!! 何故動け――』

「黙りなさいと言ったわよね?」

『――ッ?!』


 何故だ!?

 常闇の言葉に逆らえない。

 気づけば周囲に灯されていた蝋燭の火は消え去り、紫黒の魔力が此処狭しと漂っている。怪しく光る紫黒の魔力が蝋燭代わりに周囲を不気味に照らしていた。


「私ね、これでも忙しいのよ」


 常闇から発せられた声は酷く冷たいものだった。

 言葉に魔力が込められている。

 そのせいか、声を聞くだけで自然と恐怖を植え付けられる。


「グラファルトを救い可愛い孫も守る。私はその為だけに頭を使いたいのよ……あなたのその五月蠅い鳴き声……不快だわ」


 ああ……そうか……。

 我は油断していたのだ。

 ここまでの展開が予想通りに進み、優越感に浸っていた。

 その結果、忘れていたのだ。


 目の前にいるのが――神をも殺せる”常闇”だということを。


「あなたを殺すのは簡単よ……でも今はしないわ。それよりも先にやる事があ……る……」


 常闇が話していた口を突然に閉ざした。

 途絶えた声に何事かと常闇へ視線を向けると、そこには何かを見つめる常闇の姿が見える。


「……一つ、答える事を許すわ」


 その言葉に応える様に我を抑えていた力が少しだけ弱まった。


「――あれは……あれが空の器という状態なの?」


 常闇の表情が険しいモノへと変わっていく。

 それは先ほどの殺意とは違う、困惑……驚愕といった表情だ。

 常闇の視線の先、そこにはあの転生者が居るはず。

 今頃あやつは自我を失い、身動きとれぬ人形と変わらぬ状態のはずだ。


『……質問の意図がわからんな。貴様は一体何を言っ――て』


 それは突然――我の前に現れた。


 動かせない魔力の体がそやつの一撃で後方の壁へとめり込む。


 これは……痛みか?!


『馬鹿な……一体何がどうなっている!?』


 目まぐるしく変わる状況に理解が追い付かない。

 魔力の塊である我が殴られ吹き飛ばされた。そんなことが出来るのは魔力操作に長けた魔法使いのみ。自身の魔力を体に纏い鎧とする魔法装甲だ。

 だが、魔法装甲はその魔力操作の難しさに加えて魔力の消費が激しいため、数秒程度しか保つことが出来ないとされている。


 そのはずなのに……。


『何なんだ……何なんだ貴様はァ!!!! 我の計画は完璧だったはずだ!! なのに――何故、何故我を攻撃することが出来る……転生者ァッ!!』



 我の目の前、驚愕する常闇たちを守るように現れたのは――その右腕を漆黒の魔力に染めた、自我を失ったはずの転生者――制空藍の姿であった。







――――――――――――――――――――







――私は、夢を見ているのでしょうか?


 先程までの出来事は、嘘だったのでしょうか?


『そやつの自我は崩壊を始めている頃だ、今更何をしようとも元の人格には戻らん!!』


 それは、邪神の放った言葉。

 選定の舞台で祈りを捧げていた時、突然に立ち上がり扉へと足を進める常闇を追って見えた光景。


 触れることも、そこへ駆ける事も出来ない私はただ茫然と立ち尽くす。


 嘘だと何度も祈った。


 ですが、邪神の言葉を裏付けるように部屋の隅に立つ彼はピクリとも動きません。


「そんな……」


 間に合わなかった。

 ダメだったんだ……。


 もう、あの笑顔を見ることは――。



「……一つ、答える事を許すわ」



 絶望に心が砕けそうになる私の前で、ミラは突然そのようなことを言いました。



「――あれは……あれが空の器という状態なの?」


 ミラの声は少しだけ震えている。

 それは困惑? いえ、どちらかと言えば何かに驚いているような……。


 一体――何が……。


 そう思い顔を上げた先で、私は衝撃的な光景を見る。



『何なんだ……何なんだ貴様はァ!!!!』



 これは、夢なのでしょうか?



『我の計画は完璧だったはずだ!! なのに――何故』



 私の目の前に広がる光景。

 ずっと待ち望んだ、恋焦がれた――最愛の人。



『なのに――何故、何故我を攻撃することが出来る……転生者ァッ!!』



「藍くん!!」



 儀式の間。

 その中央にて、制空藍は邪悪なる神をその漆黒の右腕で殴り飛ばしました。

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