第11話 優しき竜は、世界を憎む。





 常闇のミラ。


 それは女神に認められし〈使徒〉の称号を持つ六人の魔女の一人。


 我がまだ生まれる前の話だ。

 六つの頭に六属性を持つ厄災の蛇が現れた。

 国と呼べるモノが存在しない時代、人間は同じ属性スキルを所有する者同士で小さな集落を作っていたという。

 最初は一つの集落で解決しようと各集落の長は考え厄災の蛇に戦いを挑んだという。しかし、六属性を操る規格外な厄災の蛇に対抗するには、一つの属性では到底敵うものではなかったらしい。


 そこで行動に移したのは【闇魔力】を持つ黒の集落の長だった。

 長は他の集落を回り話し合う場を作ることを嘆願する。最初は断っていた他の集落の長たちであったが、厄災の蛇による被害が増え続ける現状を打破できるならと重い腰を上げ黒の集落の長の申し出を受け入れた。


 こうして集まった集落の長たち。

 しかし、そこには長だけではなく各集落で一番強いとされる魔法使いが一人ついて来ていた。

 各属性の魔法を極めし女達。

 話し合いの結果、彼女たちは長に依頼され厄災の蛇を討伐することになる。


 長期にわたる戦いを予想していた集落の長たちは、危なくなったら直ぐに避難し再戦すればいいと告げた。


 しかし、長たちは驚愕することになる。


――六人の女達は、僅か三日で厄災の蛇を討伐したのだ。


 しかし、それは嬉しい誤算だった。

 世界を悩ませていた厄災の蛇の討伐は直ぐに各集落へと通達され、集落の垣根を越えて皆で宴を開いたという。


 翌日、世界に女神ファンカレアの声が響いた。

 世界を終わりへと誘う厄災を打ち滅ぼした六人の魔法使いに〈使徒〉の称号を授けると。

 称号とは、女神ファンカレアが授ける事の出来る恩恵の一つだ。

 〈使徒〉の称号には魔力量の増加や各自固有スキル付与、不老長寿の加護が授けられる。


 こうして世界の厄災は去り、各集落は六人の長と六人の使徒を中心に発展していき、やがて六つの大国を建国することになる。

 六属性に縛られることのない、共栄共存の世界。

 その頂点である神の使徒の一人が、いま目の前にいるミラスティア・イル・アルヴィスだ。




「ふぅん。どうやら違うみたいね」

『何故、神の使徒がここに……』


 黒のドレスを身に纏いシルクの黒手袋を付けた常闇。

 噂通りの美しさだ。

 しかし、それを忘れさせる程の漏れ出る膨大な魔力量が油断ならぬと警鐘を鳴らしている。

 我の【神眼】を以てしても計り知れぬ魔力量……それになんだあのは!?

 常闇から漏れ出るは紫を帯びた黒い魔力、それは【闇魔力】の色とは違うものだった。


「あら、私が何処に居ようともそれは私の自由だと思うのだけれど」

『……そうか、では我が同胞に危害を加えたその理由はなんだ?』


 常闇の前には蒼の竜――ヴィドラスが横たわっていた。

 幸いにも命までは失っていないようだが……。


「ああ、この子の事ね? 安心して、魔力は抜き取ってしまったけれど生命活動に支障が出ない程度には抑えたから生きていると思うわ」

『……どうやらそのようだな』

「そもそもがこの子の早とちりだったのだけれどね」


 常闇はさぞ困ったという仕草で首を傾げて苦笑する。


『早とちり……?』

「ええ、元々私の目的はあなたに会う事だったから」

『……話が見えてこないのだが』


 我に会う事が何故ヴィドラスが倒されることに繋がるのかいまいち理解できない。

 それに応える様に常闇はこれまで経緯を語り始めた。


「あなたに会う為にここへ来たのだけれど、急にその子が現れて”我が住処に何用だ!!”と言われたから、”あなた達の中で一番強い子に話があるの”って説明をしたら急に襲って来たのよ……”貴様の様な異質な存在を魔竜王様に近づける訳には行かない!!”とか言ってね」

『……』

「話しても聞いてもらえなかったから、とりあえず魔力を限界まで奪って動けないようにしたのよ」


 何をやっているのだ馬鹿者が……。

 というかヴィドラス奴、我にはあんなにペコペコしておる癖に……人間にはそんな強気な態度で出るのだな。何はともあれ、起きたら説教と教育してやらねば……。


「……と言うわけなのだけれど。納得してもらえたかしら?」

『ああ……我が同胞が世話になったようだ……命を奪わなかった事、この者たちの親代わりとして心より感謝する』

「いいのよ、私も魔力を奪ったから。でも安心したわ、あの子から聞いていた通り話の分かる魔竜王様で」


 あの子? 人間の国で我の噂でも流れているのか?


『そういえば、お前は我に話があるのだったな? ちょっと待っていろ』


 常闇と話すために人化の魔法を使う。

 ヴィドラスの馬鹿を生かしてもらったのだ、恩にはきちんと報いねば。


「人間はこっちの方が話しやすいだろう」

「……」

「ん? どうした、見た目は獣人と大して変わらんだろう?」

「――あなた、だったのね」


 グッ……。

 こやつ、言ってはならぬことを……我だって気にしてるのに!!

 だが耐えろ。

 耐えるんだ我よ、こやつは恩人……恩人なのだ……!


「こ、これは生まれて直ぐに人化の魔法を使った影響でだな、本来はもっと成長した立派な大人の姿に」

「まあいいじゃない……夢を見るのは自由だと思うけれどね。さあ、こっちで一緒に甘いお菓子を食べましょう?」

「……」

「ああ、ごめんなさい……私ったら駄目ね。いま手持ちにある紅茶って全部甘くないやつなのよね。こんな事ならお子様用の甘い紅茶を用意しておけばよかったわ」

「……ろす」

「あら、どうしたの? そろそろお眠の時間――」

「――ごろず!! おまえぜえったいごろず!!」


 こうして、世界最強の魔女――ミラスティア・イル・アルヴィスと出会った。


 殺すと宣言しておきながら、結果は惨敗。


 仕方がないだろう……なんだあの【吸収】とかいうスキル!? 卑怯だ!!

 もし仮に常闇が手加減をしていなかったら……考えただけでゾッとする。

 我は常闇にいいように遊ばれていたようだ。







―――――――――――――――――――――――







 常闇はそれから何度か渓谷へ遊びに来るようになった。

 どうやら、人化の魔法を使った我の姿を気に入ったらしい。

 最初の方こそヴィドラスとアグマァルは我と常闇の様子を遠くから見守る形で眺めていたが、次第に危険はないと理解したのか我と常闇の会話に入ってくるまでになる。


 しかし、常闇の話には驚いた。

 初めて常闇と会った出会った日、我は常闇の話に耳を疑った。


”女神様とは友達でよく話をするのだけれど、女神様の話によれば――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニル、あなたには神格が宿っているらしいわよ?”


 何を言っておるのだこやつは……。

 そう思い疑いの眼差しを向けていると、常闇は微笑みながら我の魔力を吸い始める。我に敵うモノなど存在しないとばかり思っておったが……常闇には逆らえないとこの時、我は悟ったのだ。


 神格とは神に成る為の資格のようなものらしい。

 有り余る力を持ち、救いを求めるモノを助け進化を促すという偉業を成し遂げた我は、それを得る資格を有したのだと常闇は語る。


 しかし、神か……。

 我はいまの生活を気に入っている。

 ヴィドラスとアグマァルが幸せに暮らして行けるよう、これからも支えていくつもりだ。だから、神に成れると言われても正直なりたいとは思えなかった。


 こうして年月は騒がしく過ぎて行く。


 ヴィドラスが見境なく怪我した魔獣を拾ってきたり、それをアグマァルの血を使って実験してみたり、常闇による魔力操作の授業でヴィドラスとアグマァルが人化の魔法を憶えたりと……本当に愉快な毎日を過ごしていた。


 最初は我とヴィドラス、そしてアグマァルの三頭のみだった竜種も、ヴィドラスが拾って来た魔獣をあいつ全て竜へと進化させた影響でいつの間にか15頭へと増えていた。まだ幼かった魔獣もいたが、そやつはヴィドラスとアグマァルが面倒を見ている。さながら子供を育てる親のようだと常闇と見守っていた。







 充実した日々を送っていたある日。

 常闇が一人の男を連れて渓谷へ顔を出した。

 どうやら、そやつは常闇の番らしい。


 渓谷で過ごしてきた我は外の世界の情勢など知る由もなかったが、どうやら常闇の番は異世界から来た召喚者だとか。

 それも、常闇たちが建国した六大国ではない別の小国で召喚されたらしく、魔女達を倒す為に戦争に駆り出されていたという。

 人間とは何て愚かな生き物なのか……我がその小国を滅ぼしに行ってやろうと告げると、それを常闇が制した。どうやら、らしい。


 ……我はその一言で全てを察したのだ。


 フィエリティーゼには時々転生者と呼ばれる者たちが存在していると聞いたことがあったが、どうやら召喚者はこやつが初めてらしい。

 その後、常闇がよくわからんことを早口で捲し立てるものだから面倒になり適当に返事していた。

 しばらく会えなくなるというのには驚いたが、まあ我ら竜種にとっては数百年だろうが大差ないと常闇を笑ってやった。


 あの時の……常闇の何とも言えぬ表情は何故か我の心に強く残っている。


 その後、常闇と召喚者は渓谷で一夜を過ごし、我ら竜種に見送られて何処かへ転移した。


 最後に、常闇は我に忠告する。


「よく聞いて、グラファルト。あなたの持つ神格はとても厄介な代物よ。感情に身を任せるような愚かな決断をしないで、ちゃんと自我を保つの」


 言い聞かせるように我の両肩を強く掴み常闇は語る。

 あまりに真剣な眼差しに我も何も言わずただ頷くことしか出来ずにいた。


「私はとても心配だわ……。最近、転生者たちが良からぬ動きを見せているみたいだから、警戒しておいて?」

「う、うむ。転生者とは強い奴が多いのか?」

「……良い、グラファルト? 転生者の……人の恐ろしいところは強さじゃないの。人の恐ろしいところはね――」





 あれ?




 この後……常闇は我になんて言ったんだっけ……。






























 我? われ……いや、違う。




『魔竜王様!! お逃げ下さい!!』



 魔竜王と呼ぶ声が聞こえる。


 そうだ、これは記憶だ。


 邪神となった竜――グラファルト・ヴァヴィラ・ドラグニルの記憶。

 見ているだけのはずが、竜であった彼女の想いや感情が俺に強く伝わってくる。

 そして、いま目の前で起きている出来事も。


 きっと……これが彼女を邪悪なる神へとさせた原因なんだろう。


「へへっいい素材みーっけ!!」

『グアアアアァ!!!!』

「おい!! ちゃんと綺麗に殺せよ? 竜の素材は高く売れるし強い武器を作るのに必要だからな!!」

「へいへい」


 グラファルトが家族と住んでいた渓谷は酷い有様だ。

 魔法によって渓谷は潰れ、壮観な景色であった森林は火の海と化している。

 辺りには12頭の竜が首を落とされた状態で横たわっていた。


 なんだ。

 なんなんだこれは?!


 激しく襲う吐き気。

 頭痛も酷く、今にも卒倒しそうになるがそれを何とか堪えた。


 貴様ら……よくも……よくも俺の家族に!!!!


 これまで感じたこともない憎悪に近い殺人衝動。

 いま目の前のこいつらを一人残さず引き裂いてやりたい。


 手を、足を、全てを動かそうともがくが停止しているかのようにびくともしない。


 どうして、どうして俺はこいつらを殺すことが出来ないんだ!!!!


『魔、竜王……さま』


 俺を呼ぶ声に、俺の意思とは関係なく顔が動く。

 前方の丘の上に二頭の竜が倒されていた、その二頭の横には二人の人間の姿が見える。




 ああ……嘘だ……。




「おい、お前が魔竜王ってやつか? ちっこい見た目だがその角は間違いなくドラゴンって感じだもんな?」


 何を言っているんだこいつは……?

 ドラゴン? なんだそれは。いや、こいつらは転生者だったな。ならドラゴンって言うのは俺達のことか?

 そんなことはどうでもいい、早く、早く、俺の家族を解放しろ!!


「おっと、大人しくしておいた方がいいぜ? さもないと……」


 ザシュッ。


『ガァアアアアアア!!??』


 ヴィドラスの片翼が切り落とされた。


『「貴様あああああああああああああ!!!!」』

『なりません!!』


 俺とグラファルトの声が重なる。


 人化を解き、竜へと変貌したあとヴィドラスの叫ぶ声が響いた。


 何で……何で止めるんだよヴィドラス!!


『魔竜王様……良いのです……良いのですよ……』


 やめろ……そんな顔をするな。


『魔竜王様……』


 ヴィドラスの隣へ顔が動く。

 そこにはヴィドラスの妻であるアグマァルがいた。


『魔竜王様……愛しております』


 やめろ……。


「ああ? 何言ってんだこいつ? なんか白けてきたなあ……おい!! もういいよな?」

「ああ!! ある程度回収できたぜ!!」

「あいよー。それじゃ、こいつらを切って魔竜王様も殺しますかね」


 転生者の二人がなにかいっている。


 やめろ……。


 グラファルトが【竜の息吹】を使うが転生者の一人が作った結界により防がれてしまった。


「うおっ、あぶねぇなこいつ!!」

「おい、さっさとそいつら殺して魔竜王も討伐しちまうぞ!!」


 更に攻撃をしようとするが、合流した転生者数名の魔法によって幾重もの鎖がグラファルト体に巻き付いて来る。


「そいじゃあ、いきますかねっ!!」


 その瞬間、視界の先がゆっくりと進み始める。

 転生者の二人が振り下ろした剣が、ヴィドラスとアグマァルの首へと――。


『魔竜王様……ど――し――』



 ああ……。



『――あなた様と――せ―――』 



 嗚呼……。



『あな――こ――みち――――』































 ……殺そう。


 転生者も、フィエリティーゼに生きる人間も。



 そして。


 転生者を野放しにしている忌まわしき女神も。


 俺には力がある。 

 世界を滅ぼすこの神の力が!!


 待っていろ同胞たちよ。

 いま、世界を終わらせてかたきを取ってやる。








――こうして、俺は邪神になったんだ。































――――――自我の崩壊を確認しました。【改変】により自動修復を始めます。

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