第9話 邪悪なる神
儀式の間で邪神と俺は向かい合い敵対する。
円状に広がる儀式の間には等間隔で蝋燭が壁に出来た空間に収められてその火を揺らしていた。
さて、カッコつけて右手を翳してみたがこれ本当にする必要あったかな?
やった後に後悔している自分が居る……すごく恥ずかしい。
『抗うか人間……所詮一刻も持たぬ命だというのに何を抗う必要がある?』
「……どういうことだ?」
あれ、邪神を倒せばいいとかそういう話じゃないのか?
『なんだ、もしや何も知らないであの場に居たのか? はっ創世の女神も酷なことをする……』
「説明される前にお前が連れ去ったんだろうが!!」
いや、ファンカレアと居るのが楽しくて説明する時間が遅れたのは事実なんだけどさ……。
『哀れな転生者だな。どうせ残り僅かな命だ、餞別代りに我が説明してやろう』
「話を聞かないやつだなお前……まあ正直助かるけど」
なんで邪神に同情されてるんだろう……。
まあ、知らないよりは知っていた方がいいのか?
邪神はこちらに近づいて来る様子はなく、数メートル先に佇んでいる。
てっきりここに連れて来られて直ぐに殺されると思ってたから意外だ。
『この儀式の間では魂の選別をしているのは知っているか?』
「……魔物を倒してレベルを上げるやつのことか?」
『レベル? なんだそれは?』
あれ、違うのか? ファンカレアからそんな話を聞いたんだけど。
「ファンカレアが言うには転生者である俺たちはこの世界ではまだレベル0の状態らしい。それで、前世の経験を還元する為に低レベルの魔物を倒してレベルアップしなくちゃいけないんだってさ」
『ふむ……そんな話を聞いたような……聞かなかったような……』
「お前何年間封印されていたんだよ……」
『我か? そうだな……常闇の奴が姿を消してすぐだから――ざっと200年か……少なくとも300年は経っていないはずだが』
……何言ってんだこいつ?
「常闇って……ミラスティアさん――ミラスティア・イル・アルヴィスの事だよな?」
『ん? 貴様、常闇を知っているのか? 神域に居ることやその変な服からして転生者のはずだが……』
「変な服って言うな。こっちの世界では割と流行の服だぞ」
いや、俺も突っ込んでる場合じゃない。
「というか……俺は常闇の孫だよ」
『は? 嘘だろう!? 貴様あの悪魔の子孫なのか!!??』
俺の言葉に邪神は驚愕していた。
体を形成していた黒い魔力がものすごい勢いで乱れて、その巨体を維持することが出来ず黒い大きな球体となっている。
……ちょっと面白い。
それよりもこいつ人の祖母に向かって悪魔とか言ったぞ……。
「俺としてはお前がミラスティアさんの事を知っている方が驚きなんだけど……」
『忘れるわけがないだろう!! あの悪魔め……急に姿を消したと思ったら異世界へと旅立っていたのか!!』
邪神はぶつぶつ言いながら黒い魔力をさらに増やしていく。
そういえば、俺こいつのこと全然知らないんだよな。
「……なあ、お前って一体何なんだ?」
『ああ? 何だとは何だ?』
「いや、ファンカレアの事を恨んでいるかと思えば、ミラスティアさんの事は悪魔って呼んだりして……本当に邪神なのか?」
ファンカレアがそう言ってるからそうなんだろうけど……なんか想像していた邪神とは全く違うんだよな。
なんでだろう、内側に何か隠してるような本当の姿を見せないようにしている感じ。
『む……貴様、本当にただの人間か?』
「ただのじゃないかな? 一応そっちからしたら異世界人だし」
『そういう意味ではないわ!! 屁理屈を言いおって』
溜息を吐き邪神はしばし黙り込む。
そして――。
『我は邪神だ。それは間違いない――だが、最初からそうだった訳ではない』
邪神はそこで話を区切り大きな球体の姿を変えていく。
それは先ほどとは比べるまでもなく大きい体格だ。背中と思われる部分には魔力が物体へと変化したような黒く鋭利な翼が構成されている。
竜。
邪悪なる神と呼ばれていたそいつは――そう呼ぶに相応しい姿へと変貌を遂げていた。
『かつて、我は竜だった。”善”と”悪”を司る竜神、魔導を極めし魔竜王、六色の魔女に並び立つ存在、様々な呼ばれ方をしたものだ……』
相変わらず、翼以外の姿は黒い影に覆われて確認できないが……どこか懐かしそうに過去を噛みしめるように邪神と呼ばれた竜は語りだす。
『これでも、フィエリティーゼでは我を知らぬ者はいないという位には有名だったのだ。……皆に慕われていた。我の血を分け与えた魔物が竜種となり、その子供らも竜種として生を成し、我を竜神として崇めておったな……』
「なら、どうして――」
どうして、お前は邪悪なる神と呼ばれる存在になってしまったんだ。
そう聞こうとした刹那、突風が舞う。
『それをお前が問うのか? 転生者よ』
ポタッ。
赤い液体。
それは、地球での最後を遂げたあの日に流れた物と同じ……オナジモノダ。
「グアアアアアアッ」
『騒ぐな転生者よ……たかが右腕を落としたくらいで何を喚いておる』
痛い……痛い、いたい、イタイ!!
赤い血液は次第に広がりを見せる。
右腕があった場所には何もない。
空気が流れる度に耐え難い痛みが襲う。
何が起きた?!
なぜ、こいつは攻撃してきた?!
俺が何をしたっていうんだ!!
『はぁ。我も短――よな――な依り代を――けてしまうとは――ない』
何かを言っているが耐え難い痛みが随時襲う状況で邪神の言葉が右から左に流れる。視界がぼやけて、次第に蝋燭の光が見えなくなるくらいに目の前が黒く塗りつぶされていく。
『ほれ、これで治ったであろう?』
今度ははっきりと邪神の声が聞こえた。
治った?
何が?
地面を見ると、落ちていたはずの右腕がなくなっていた。
それに驚き震える左手でないはずの右腕部分を確認するように触れると……そこには先ほど切り落とされた右腕が何事もなかったかのようにくっついていた。
「何がどうなっているんだ……」
あの痛みは確かにあった。
しかし、今は毛ほどもその痛みを感じることはなく、切り落とされた右腕を動かしてみるがちゃんと動く。
『我が治したのだ。大事な依り代を失うわけにはいかぬからな』
その声に体が震える。
恐る恐る顔を上げると、そこには影の竜がいた。
手を伸ばせば触れられる距離、痛みに悶えている時に近づいてきたのだろうか。
「……」
『どうした……今になって我を恐れるか?』
「転生者は――俺達は一体何をしてしまったんだ?」
あの一瞬。
一体の竜が邪悪なる神と呼ばれる存在へと成り果てたその理由を問おうとした時。
こいつから感じたプレッシャーに似た憎悪。
それは紛れもなく、転生者である俺へ向けられていた。
『……知ってどうなる? 先ほどは説明しそびれたが、貴様はこの儀式の間でそう長くは存在し続けられない。それは創世の女神が作り出した制約によって決められた事だ、そして創世の女神もこの場に立ち入ることは出来ない。この場で試されるのは、自らの生への渇望だ。それを証明するにはこの場に現れる魔物――貴様にとっては我になるが、そいつを倒さない限り出ることは出来ない』
邪神は淡々と告げる。
『お前が生き残るには我を倒すしか道はない。だが、先ほどの攻撃を防げないようであれば進むことなどできはしないがな。お前に残された道はただ一つ、我にその体を渡すことだけだ』
禍々しい黒い魔力で出来た大きい腕が伸びて来て俺の目の前で止まった。
『抗い苦しむことはない。この場で我を受け入れれば全て終わる……なのに何故、我の過去を知りたがる貴様には関係のない――』
「知らないと!!」
邪神の言葉を遮り、震える足を叩き立ち上がる。
「知らないと、きっと後悔する。何も知らないで相手を決めつけるのは恥ずべき行為だ」
知らないで相手を決めつけて、そういう存在なんだと決めつける。
それじゃだめだ。
「お前がどれだけの苦しみを味わったのか、どれだけモノを抱えてるのか、俺は全く知らない……。だから、竜だか何だか知らないが何も知らないままお前にこの体を渡すことは絶対に出来ない」
『ふん、脆弱な人間が我に抗えるわけがない。一方的に奪ってやることも容易い事だ』
「いいや、お前は俺からこの体を奪うことは出来ない」
目の前の影に俺は宣言する。
『何故そう言い切れる?』
「俺が――常闇の孫だからだ」
そうして、頭の中で意識を研ぎ澄ませる。
ミラスティアさんから与えられたスキル、【闇魔力】を心の中で唱えて発動させた。
体の奥底から何かが湧いて出るような感覚に襲われる。
これが、魔力を操る感覚何だろうか。
『なるほどな……。常闇の奴め、面倒なことをしてくれる。しかし、たかが【闇魔力】を操れるだけで何が出来るというのだ? お前は知らぬのかもしれないが【闇魔力】というのは長い年月をかけて真価を発揮する属性スキルだ。そんな成長途中のスキルを得ただけで勝ち誇るとは……我を愚弄する気か転生者ァ!!』
邪神が怒りに任せて咆哮を上げる。
その声は儀式の間を震わせて地面が大きく揺れているのが分かった。
しかし、何故だかその咆哮を受けても俺は恐怖を抱くことはなかった。
深呼吸を一つおき、冷静に相手を睨みつける。
これもスキルの影響なのか?
まあ、なんにせよありがたい。
「……もらったスキルが【闇魔力】だけだと思っているのか?」
『常闇から何個スキルを得ようとも結果は変わらぬわ!! 我を倒せるスキルなど――いや待て、まさか貴様!!』
「ミラスティアさんを知っているお前なら分かるんじゃないのか? 俺がどんなスキルを与えられたのか」
俺の言葉に邪神はその体を後ろへと下がらさせる。
『くっ、常闇め……!! 厄介なスキルを渡したものだな、よりにもよって【吸収】を渡すとは……』
「自分で言っておいてなんだが、どうして【吸収】だと確信が持てたんだ?」
『そんなもの見ればわかる!! 先ほどまで油断していた自分が情けなく感じる程にな……ッ』
邪神が放つ声から恨みに近い感情が伝わってくる。
いやほんと何をしたのさ、ミラスティアさん……。
「見ればわかるものなのか?」
『我には【神眼】があるからな。並みのスキルやそうでなくとも一度見たスキルならその存在をしっかりと把握できる。しかし……、貴様は一体何者なんだ? 【吸収】のみならず、我の【神眼】を以てしても把握できないスキルまで保有しおって……』
「えっ」
何それ、初耳なんだけど?!
『……貴様、まさかとは思うが自分のスキルも把握できていないのか?』
「……はは」
笑顔で返事をしたら、怒りを込めた魔力を放出される。
逆効果だったみたいだ。
やがて魔力の放出を止めた邪神は溜息を一つ吐いた。
『全く……貴様と話しているとこっちの調子が狂ってしまう……』
「そうかな?」
『嬉しそうにするでないわ!! 全く――何故、我が近くに居たタイミングで【吸収】を使わなかった?』
唐突に邪神からそう問われた。
何故か……、さっきから答えは伝えているつもりだったんだけどな。
「確かに、【吸収】を使えば勝ち目があったかもしれないけど……でも、それじゃダメなんだ」
『……わかっているのか? 貴様は創世の女神の元へ戻れるチャンスを、自ら台無しにしたんだぞ』
「だからこそだよ」
だからこそ……ファンカレアの元に戻れるからこそ、ダメだと思った。
「ずっと考えていた……何故ファンカレアはお前の事を封印なんて言う面倒な手段を取ってまで生かしていたのか」
『……』
「お前と話していてわかったんだ。きっとお前は、昔はもっと違う生き方をしていたんじゃないかって。ファンカレアやミラスティアさん達と楽しく笑い合うような……そんな毎日を過ごしていたんじゃないかって」
邪神は何も言うことなく黙って俺の話を聞いていた。
「だから知りたいと思った。竜であったお前を、邪神にさせるまでのその深い憎悪の理由を」
『……』
「だから、教えてくれないか? 俺は全てを知りたい、お前の過去を……俺達転生者が恨まれるその理由を」
邪神は何も話すことなくこちらを見据える。
俺もその視線から逃げることなくしっかりと邪神の方へ目を向けた。
『……そうか』
沈黙を破ったのは邪神の諦めたような声だった。
『どうせ消えるのだ――消える者に何を話そうが損することはないか』
乾いた笑い声を出し、邪神はそう呟いた。
邪神は黒い小さな球体を作り出しこちらに向けて投げる。
ピンポン玉サイズの小さな球体はゆっくりとこっちへ進んできて俺の目の前で止まるとプカプカとその場で漂っている。
「これは?」
『それに触れれば貴様の知りたいことが全てわかる。まあ、これで貴様にも理解できるはずだ……愚かなる創世の女神が行った許しがたい所業がな』
唸るような声。
邪神はその場から動くことなくそう告げた。
「ありがとう」
『ふんっ、貴様が我を理解しその体を差し出すことになれば面倒が減ると思っただけだ』
照れてるのかな?
口にしたら怒られる気がする為に心の中で思うだけにした。
そして、俺は小さな球体に手を添える。
――これは、思い出だ。
かつての記憶。
我がまだ、竜として世界を生きていた頃の記憶だ。
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