第8話 ―過去― ミラの願い
ここはどこだろう。
辺りを見渡すが途絶えることなく全てが暗闇だ。
静寂が支配する暗闇、その中で揺蕩うようなそんな感じ。
不思議と違和感はなく心地良い気分だ。
このまま全てを忘れて、眠ってしまうのも悪くない。全部夢だったと納得してしまえば、全てが丸く収まる。
でも、そんな中でも思い浮かぶのは――最後に見た、ファンカレアの顔だった。
――そうか、間に合わなかったのか。
告白染みた事を言っておいてこのザマじゃどうしようもないな。
……彼女は、今も泣いているのだろうか。
また、一人にさせてしまったのだろうか。
あの白色の世界で、独りぼっちで、世界を羨ましそうに眺め続けるのだろうか。
――嫌だな。
それは……凄く嫌だな。
「さあ、これであなたに与えることが出来たわ」
暗闇の先、一点の光から声が聞こえる。
どこかで聞いたことのある、落ち着く声。
その声に惹かれるように俺の体は光の方へと進んで行く。
やがて、眩しいくらいの光に包まれて――。
「いい? 今から話すことは必ず思い出さなきゃダメよ?」
ああ、そうだ。
この日は……満月が綺麗だったな。
これは、五年前の記憶の断片だ。
ミラスティアさんに言われたことを、忘れていた記憶を全て思い出す。
「あなたに渡したスキルは二つ、一つは【闇魔力】のスキルね。フィエリティーゼに存在する六属性の一つで、フィエリティーゼで生まれた者は必ず一つだけ六属性の何れかを所持しているわ。でも【闇魔力】はもう私しか使える人がいないから、向こうに行っても誰にも渡しちゃダメよ?」
ふふっと小さく微笑み、ミラスティアさんは片手の人差し指を俺の口に上目遣いをしながら当ててくる。
くっ、五年前もそうだけど思い出した今でもドキドキする。
この人絶対ワザとだろ?!
「さあ、次のスキルについてだけれど」
ミラスティアさんは人差し指を口から離して、くるりとその場で半回転する。
この時、長い黒髪から香る洗剤のいい香りが鼻腔をくすぐっていた。
俺に背を向けティーセットの並ぶテーブルへ歩いて行くミラスティアさんを見ていると右手を上げて人差し指を数回曲げる。どうやら”お茶にしましょう”という意味らしい。
対極に二つ用意してある椅子の片方に腰掛け、ミラスティアさんの淹れてくれた紅茶を口に含む。
「ふぅ……。二つ目のスキルの名前はね【
カップに口を付け一息吐いた後、ミラスティアさんは何もない空間に手を伸ばしながらそう言った。
空間に伸ばした手は紫黒色の魔力に飲み込まれてその姿を消す。
「ああ、これはスキルじゃなくて魔法になるからあなたでも覚えられると思うわよ。かなり魔力を使うけれど」
肩をすくめてミラスティアさんは言った。
やがて消えた手が何かを掴んで姿を現す。手に持っていたのはブドウ一房だった。
「【吸収】はね、対象の魔力・生命力・スキルの三つを奪うことが出来るのよ」
雑談をするかのようにミラスティアさんはそう言った後、プツンっと実が沢山ついているブドウから三つの実を枝から引き抜いた。
結構重要な話だったと思うんだけどな……。
「本当につまらないスキルよ。最初の頃は私も喜んだけれど……100m以内ならじわじわと、10mともなれば一瞬で相手の全てを刈り取る能力なんて、つまらないわ」
ミラスティアさんは溜息を吐いて枝から引き抜いた実を食べ始める。
一つ一つの動きが艶美で艶めかしい。
「このスキルはね、相手の生命力・魔力・スキルの三つは奪えるけれどそれ以外――装飾品や武器の類とか、身につけているものを盗れるわけではないのよ。それにスキルだって奪うことは出来ても自分が使えるのは一度きりだし……まあ、そこから覚えられる魔法とかは永続的に使えるみたいだけれどね」
ミラスティアさんは右手の指先を全て上に向けた。
指先には赤・青・緑・黄・白の五色の魔力がゆらゆらと揺れている。
「これが各五属性のスキルを奪った影響よ。これはフィエリティーゼに限った話ではないのだけれど、世界に漂う魔力という存在は最初は全て無属性なのよ。それが水の近くで長年漂えば水の性質を帯びた青になるし、炎の近くに長年漂えば炎の性質を帯びた赤になる。そうやって漂う魔力は適合者を探すの、それを判別するのが各六属性を司るスキルってところかしら」
家庭教師の様にマンツーマンでの魔法の授業を真剣に聞いていた。
ミラスティアさんは俺が頷くのを見て話を続ける。
「属性スキルを持っていない者は存在しないわ、逆に二つ持っている者も私以外にはいないのだけれど。私の場合は最初は【闇魔力】だったわね。ああ、別に気にしなくていいわよ。【闇魔力】を渡したけれど、さっき説明した通り私は一度使えばその後も永久的に闇魔法を使えるから。一度体を介して属性魔法を使うことで繋がりみたいなものが出来るらしいわ」
これも女神様の受け売りだけれどね。とミラスティアさんは首を傾げて微笑む。
「まあ、仮に【闇魔力】のスキルが使えなくなったとしても……私には関係ないのだけれど」
ピクリと体がナニかに反応する。
慌ててミラスティアさんの方を見ると、ミラスティアさんの背後に紫黒の魔力が蠢いていた。
「これは【闇魔力】の特性みたいなものね、【闇魔力】のスキルを所持している人物の感情や思考によってその性質を変化させるらしいわ」
そう呟いたミラスティアさんの背後で紫黒の魔力がゆっくりと前へ動き出す。
紫黒の魔力が目指していたのはミラスティアさんの右手の先に揺らめく五属性の魔力だった。
五属性の魔力を見つけた瞬間、紫黒の魔力は一気に五属性の魔力を飲み込んだ。
「これが私だけのスキル――【紫黒の魔力】ね、能力的には【闇魔力】と同じなのだけれど、それに加えて【吸収】の魔力を奪う能力を使える感じかしら。効果範囲は本気を出せば【吸収】の10倍くらいね、あとは【紫黒の魔力】でしか使えない魔法とかもあるわよ? そこまで便利なものではないけれど」
足を組みカップを指でなぞりながら説明してくれるミラスティアさん。
つまり、俺の【闇魔力】も何れは変化してしまうわけか……。
「ああ、そうだ。フィエリティーゼに行くと自分のステータスを確認できるようになるのだけれど、【紫黒の魔力】みたいな派生スキルとでも言うのかしら? そういうスキルは通常のスキル欄の下、誰にも見えないようになっているから一応これも向こうに着いたら思い出しておきなさい」
話してくれたことは一言一句覚えていた。
俺はミラスティアさんの言葉に頷き話を聞く体制をとる。
「まあ、あまり長く説明してもあとが大変よね。要約すると【吸収】は相手の身体的能力を奪えるスキルね。生命力、スキルなんかは別にあってもなくても関係ないわ。【吸収】の恐ろしいところはね……その対象が魔力を持っているものならば、命の概念が存在しないモノにも通用するというところよ」
――それが
真剣な表情でミラスティアさんはそう語る。
”フィエリティーゼの神様どんな人?”
記憶の中の俺がミラスティアさんにそう言った。
「そうね……良い子よ。私がこっちに来るときも色々とお世話になったわ。こっちも話し相手になってあげたりしたわね」
ファンカレアについて話すミラスティアさんは、どうしてか陰りのある表情をしていた。
俺の顔を見て微笑んだミラスティアさんはゆっくりと立ち上がり、俺の前へと近づいて来る。
「これからあなたの記憶を封印するわ。記憶は向こうへ飛ばされた際に戻るようにしておくから安心しなさい」
両手で俺の頬に触れてミラスティアさんは顔を近づけてくる。
綺麗だから滅茶苦茶ドキドキする……流石に近すぎないか?!
「記憶が戻るとき、ちゃんとゆっくり見れるように
何かおかしいと思ったらやっぱりあんたの仕業だったのか!!
いま分かった。
この人の色っぽい声とか仕草とか後々俺が見るのを知っていてあえてやっているんだ。くっ……損はしてないからいいんだけど……いいんだけどさ?!
「いいこと? もし強敵に出会ったらすぐに【吸収】の事を思い出しなさい。口に出さなくてもいいわ、スキルは強く意識をするだけでも発動するものだから。不安なら口に出してもいいけど……それを許してくれる敵ばかりではないから」
頬に触れていた手をスライドさせて両肩をそっと掴み俺の体を自分の方へと寄せてくる。
そして、耳元に顔を近づけてミラスティアさんは囁くように忠告してきた。
「心配してないと言えば嘘になるわ。でも、これはもう決まっていたことなの……」
肩に置いていた手が震えている。
顔を見ることは出来ないが少しだけ声も上擦っているように聞こえた。
「ごめんなさい、あなたに私達の罪を背負わせてしまって……本当にごめんなさい」
ああ、そうだ。
この時だったな……ミラスティアさんが俺に謝罪の言葉を告げてきたのは。
罪とはなんだろうか、もしかして俺が死んだことに関係あるのかな。
だとしても、それは仕方がないことだったんじゃないだろうか。
地球の管理者にも、ミラスティアさんにも、ファンカレアにも。
それぞれが、それぞれの苦悩と事情を持っていて何処かで折り合いをつけるしかなかった。
その中心に居たのがたまたま俺であっただけなんだから。それを責めてもどうしようもないことだ。俺じゃなくて妹の雫が選ばれたとかだったら文句を言って俺に変えろ!!とか言ってそうだけどね。
「……一つお願いがあるの」
こちらに顔を見せず、抱き寄せられた状態で話は進む。
「これはお願いだから、聞き流してもらってもいいわ。あなたに罪を背負わせた身で出来る願いだとは思ってもいないから」
それでも……聞いてほしいことがあると、ミラスティアさんは切実に話し続ける。
「女神様の事、よろしくね。あの子の探し物を見つけてあげてね」
愛しているわ……。
ミラスティアさんがそう囁いた後、世界は暗闇へと飲み込まれる。
ここで記憶は終わりみたいだ。
さて、色々とやらないといけない事が出来たな。
「となれば、さっさとあいつを倒して二人に会いに行かないと」
ミラスティアさんの方は会えるかどうかわからないけど、ファンカレアに相談しないとな。
「――そういうわけだからさ、いい加減この気持ち悪いの外してくれないかな?」
俺の声に応えるように暗闇が消え去り視界が開けた。
記憶が終わってから肌に感じている悪寒。
その正体が正面に佇んでいる。
『貴様、いまの状況が理解できていないのか?』
邪神。
3mはある巨体はそこに立ち尽くしているだけで周囲を威圧する気迫がある。
しかし、その体は黒いオーラが蠢いていてシルエットのような状態になっている為、顔の表情や部分的な特徴がいまいち把握できない。
だからこそ、その巨大な影の存在は一層不気味に感じる。
もしかして、幽霊とかに近しい存在なのか?
依り代とか言ってたし、その可能性がかなり高いと思う。
「理解してるよ。早くここから出てファンカレアに会いに行かないといけないんだ」
『ふんっ脆弱な人間如きに何が出来る!! 貴様はこれから我の依り代となり世界に破滅を齎す存在となる……感謝するがいい!! 我が宿命の贄になれたことを!!』
邪神は高らかに宣言し、その体となっている魔力を大きく震わせる。
「――悪いけど、俺は生きなきゃいけないんだ……」
俺は邪神を前に冷静に告げる。
お前には何の恨みもないが、折角の二度目の人生をお前のせいで台無しにされるわけにはいかない。
「だから」
膨大な魔力に支配された儀式の間で、俺は邪神に右手を手を翳した。
「お前には、ここで消えてもらう!!」
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