第6話 その先を知りたかった

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 今回は少しだけ長いかもしれません……すみません。

 大丈夫そうなら数回に一回はこのくらいの文字数になってしまうかもれないので、ご了承ください。


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「――制空藍様、何度もごめんなさい……」


 しばらく泣き続けていたファンカレアさんはようやく落ち着きを取り戻し、姿勢を正して謝罪の言葉を口にした。


 さっきも似たような会話をした気がする。

 意外と泣き虫なんだな、ファンカレアさんって。


「気にしないで。それと、その”制空藍様”って呼び方いい加減やめない?」


 正直、フルネームで呼ばれるのあんまり慣れないんだよな。

 周りにそんな人いなかったっていうのもあるけど、なによりファンカレアさんにはもっと親しい感じで呼んでもらいたい。


「では、何とお呼びすれば……」

「苗字でも名前でもどちらでもいいよ? ファンカレアさんが好きな呼び方をしてくれた方が俺も嬉しいから」


 俺の言葉を聞いて、ファンカレアさんは少し考え込んだ。

 数分に一回傾げた首を逆方向へコテンと傾け直す仕草に心を奪われそうになるが、俺は黙ってファンカレアさんの言葉を待つことにした。


 しばらく様子を見守っていると、覚悟を決めた様子のファンカレアさんが少し顔を赤らめながらこちらを見つめる。


「き、決まった?」

「は、はい! あの、本当にどんな呼び方でもいいんですか?」

「もちろん、ファンカレアさんが呼びやすい呼び方で」

「わかりました……それでは――」


 え、なんでこんなに緊迫した雰囲気を醸し出しているんですか?!

 どんな呼び方をするつもり何だろう……こっちまで緊張してきた。


 そして、深呼吸を何度も繰り返し――ついにファンカレアさんが口にする。


「ら……藍くんって、呼んでもいいですか!?」

「……」

「あのですね?! これはずっと秘密にしておこうと思っていた事なんですけど、実は私……地球の管理者に頼み込んで藍くんの事ずっと見ていたんです!! ミラスティア・イル・アルヴィスの事は知っていますよね? あの子、藍くんが大きくなったら自分の事を話すって言ってましたから。実は私ミラとは友人なんですよ!! ミラが地球に行ってしまう時にある約束を一方的にされまして私はあまり期待しないでいたんですが……ある日ミラから連絡があったんです!! 『私の娘が子供を産んだ』ってもうその時は大慌てでしたよ! いつの間にか娘が産まれていたり、約束を守ってくれたんだって嬉しくなってしまったり、もう感情がわーってなっちゃいました! それで地球の管理者にお願いして干渉しないことを条件に藍くんのことを見ていいことになって――」


 おお……なんかとんでもないカミングアウトをされている。

 茹でタコの様に顔を真っ赤にしながら、ファンカレアさんは休むことなく語り続けている。


 ……まあ、ファンカレアさんの”藍くん”呼びが可愛すぎて返事をするのを忘れていた俺が悪いんだけどさ。


 うーん、これはどう反応をするのが正解なんだろう?

 ずっと見られていたのか……話を聞く限り産まれた時からずっとってことだよな。

 そう考えるとなんだかむず痒い、というか恥ずかしい。


 次に判明した事実は俺の祖母――ミラスティアさんとは友達であり、ミラスティアさんは地球に行く際にファンカレアさんに対して何かを約束していたという事。

 多分、その話を俺は聞いていたと思う。


 満月の夜。

 窓から夜桜が見えたあの小さな家の奥間で、ミラスティアさんと出会った。

 今はまだ少ししか思い出せていない。

 でも、次第に思い出していくと確信していた。


 この場所で、ファンカレアさんと出会い触れ合う事によって覚醒した記憶の断片。

 十中八九ミラスティアさんの差し金だろう。

 何か事情があったのだろうか? もしかして地球の管理者絡みのことかな、この世界に居る限りとか言ってたし。俺が与えられた力を使って地球に何かしらの影響を与えないためとかね。何の力を与えられたのかも忘れちゃってるけど。


――頭の中で色々なことを考えながら、目の前で未だあわあわと真っ赤になりながら話し続けているファンカレアさんを見る。


『ごめんなさい……守れなくて、救えなくて、ごめんね……』


 あの言葉の意味、今なら分かる気がする。


 ずっと見ていてくれたんだよな。

 家族と楽しく過ごしていた毎日も、周りとの違いに苦悩する姿も、孤独になった俺を救ってくれた雫との出来事も――血反吐を吐いて雫を守り切って死んだあの日の事も。


 ファンカレアさんはどんな気持ちで見ていたのだろうか。

 羨ましかったのだろうか。

 自分に似ている俺をみて理解していてくれただろうか。

 何も出来ない自分を悔やみ、俺を抱きしめてくれた時みたいに謝りながら泣いていたのだろうか。


 俺がこの世界に来た理由は、きっと何か大きな目的があるんだろう。

 転生者である俺にしかできない何かが。


 でも、俺はそんなことを抜きにしてもここに来られて良かったと思う。

 こんなにも俺の事を想ってくれる人が家族以外にも存在していた。


 姿を見る事はなかったし、話すこともなかったけど。

 ずっと見守ってくれていた。

 それだけで凄く嬉しい。


「落ち着いて、ファンカレアさん」

「ひゃ、ひゃい!!」


 行き場を探すように空中を泳いでいるファンカレアさんの手を握る。


「ファンカレアさんがそう呼びたいなら俺は大歓迎だよ。これからはそう呼んで欲しい」

「……はい!!」


 俺の言葉を聞いた後、ファンカレアさんは満面の笑みを浮かべて俺の手を強く握り返してくる。

 それが嬉しくてこっちも自然と笑みがこぼれた。


「あの、藍くん。出来れば、私のことはファンカレアと呼び捨てにしてください」

「……それ不敬にならない?」

「ふふ、なりませんよ。敬語を使わないようにお願いしたのは私なんですよ? 私は、藍くんには女神としてではなく……違う形で接して欲しいんです」


 そう言うとファンカレアさんは握って手を一旦離し、手の指を絡めて再び握り直した。

 ……ファンカレアさん恋人繋ぎって知らないのかな。


「うーん……わかったよ、ファンカレア」

「はいっ!!」


 くっ、可愛い……。

 満面の笑顔だ。


「こんな所、ファンカレアさ……ファンカレアの信者とかに見られた大変そうだな」


 つい”さん”を付けそうになると、ファンカレアはむっと頬を膨らませてこちらをじーっと見つめてきた。一つ一つの仕草が一々可愛いなこの人。


「そんなことを言う人は私が直接文句を言いに行きます!! そうだ!! 今から世界に向けて発信しましょう!!」

「な、なにを?」

「フィエリティーゼに存在する全ての生命に対して、私と藍くんは仲良しだから敬語も敬称も必要ないということを大々的伝えましょう!!」

「うん、一旦落ち着こうファンカレア」


 勢いよく立ち上がり、キラキラとした瞳でこちらを見つめ力説して来るファンカレアの肩を掴み制止する。

 気持ちは嬉しいけどそれは流石にまずい気がする。

 むしろ逆効果だよそれは。


「す、すみません……わ、私……藍くんのことになるとつい」


 さっきまでとは打って変わって、ファンカレアはオロオロと申し訳なさそうにしている。

 これはもう最初に出会った時とは別人だな。

 それだけ心を許してくれているってことなんだろうけど。


「大丈夫、ちゃんとわかってるから。でも、どうしてこんなに俺の為にしてくれるんだ? やっぱりミラスティアさんの孫だから特別とか?」


 正直、それが大きいんじゃないかなって思ってる。

 そうだとしても、嬉しいと思う気持ちは何も変わったりしないんだけどね。

 他の転生者に対してはどんな感じだったのかわからないけど、今のこの状況が通常の転生者とは違うってことはなんとなくわかる。


 ファンカレアを見るとキョトンとした顔で首を傾げてこちらを見ている。

 あれ、違うのか?


「……きっかけがミラの孫だったからというのは事実です。そうでなければきっと藍くんのことを知ることは出来なかったでしょうから。でも、それはただのきっかけなんですよ」


 そう言ってファンカレアは優しく微笑んだ。

 僅かに頬が朱色に染まっているのがわかる。

 今までのあどけない雰囲気とは少し違う色っぽい大人の雰囲気に鼓動が早くなるのを感じた。


「私は、藍くんをずっと見てきたんです。生まれた時から今日を迎えるその時まで……あ、でも女神としてのお仕事はちゃんとしていましたよ? たまにさぼりたくなった時もありましたけど……と、とにかく! それくらい私は藍くんに夢中になっていたんです」

「そ、それはまた嬉しいような恥ずかしいような……」

「本当に夢中になっていました。その理由はきっと――似ていたからだと思います」「似ていた?」


 ファンカレアは少しの沈黙を作り、そっと俺の手に触れる。

 どこか不安そうな彼女の手に応える様に俺は触れた手を軽く握った。


「似ていたんです。周りに理解されず、一方的に距離を置かれていた藍くんの姿が……女神として存在する私と重なって見えたんです。映像越しに見える藍くんの悲しみも、寂しさも、喜びも、全部……全部、気持ちを理解できるからこそ自分の事の様に感じていたのかもしれません。だからこそ嬉しかった、妹の雫さんやご両親と話している時の藍くんはとっても幸せそうでしたから。私にとってのミラの様な関係ですね」


 ミラスティアさんとは友人なんだっけ。

 そうか……家族と居るときの俺は幸せそうにしていたのか。

 確かに家族との時間は何よりも大切にしていたから、はたからだとそう見えていたのかもしれないな。


「だからこそ、藍くんがこちらの世界へ来るあの瞬間……罪悪感や、不安感で胸が圧し潰される気持ちでした……」


 握った手に力が込められる。


「藍くんがこちらに来ることは、ミラと地球の管理者の間で話し合いが終わってしまっていた後だったので、私が介入する余地はそこにはありませんでした……仲の良い家族と離れ離れにさせてしまうことが本当に申し訳なくて……何もできないことが情けなくて……画面に映るあなたに謝り続けることしか出来ませんでした」


 もともと、ミラスティアさんが一方的に約束をしたって言ってたっけ。

 その内容に俺がフィエリティーゼに転生することが含まれていたわけか。

 本当はそこらへんももっと詳しく聞きたいけど……今は、ファンカレアの話をちゃんと聞こう。


「ごめんなさい……」

「謝らなくて大丈夫だって。ミラスティアさんはきっと俺がこの世界に絶対必要だと思ったから力をくれたんだと思う。何度でもいうけど今はもう向こうの世界に未練とかは全くないんだ。家族のおかげで毎日幸せに過ごせたし、最後には雫を守り抜くこともできた。そして――白色の世界で君に会うことが出来たから」


 目を閉じたその時、死んだと聞かされたその時。

 心のどこかで整理をつけていた自分がいた。そうして心の中で強く思ったことは雫を守れたことに対する満足感だけだった。

 その後に両親の事は少しだけ気にはしたけど、よくよく考えれば向こうの世界にはミラスティアさんが居るんだよな……だからかもしれないがあまり心配はしていない。


「俺はここで君と出会った。フィエリティーゼを守護する女神様に。最初はどう接していいかわからなかったけど。でも、心の奥底にある孤独を感じて……俺と似ていることを知って、本当の君を知って、俺は――君の傍に居たいと思ったんだ」


 目の前に居るファンカレアに微笑み語る。

 大丈夫。

 一人にしない。

 心でそう言いながら指を絡めた手を強く握った。


「ありがとう」


 ずっと見守ってくれて、想ってくれてありがとう。


「大好きだ」

「ッ……、わたしも……わたしも藍くんが――」



『――ずっとこの時を待っていたぞ』



 それは後方から聞こえた声。

 この場所で一番危険だと全身から感じる両開きの扉の奥から響いてきた声だった。


「……なんだ?」

「そんな!? まだ時間はあるはず……それにこの気配は……」


 黄金色の瞳を輝かせファンカレアは立ち上がる。

 何もない空間から大きな杖を出し先端を扉の方へと掲げた。

 周囲にはファンカレアから溢れ出た魔力が塊となり浮かんでいる。


「まだ間に合う……間に合わせないと……!!」


 ファンカレアの額に汗が流れる。

 何が起きているのかいまいち理解できていない俺はただその場で眺めることしか出来なかった。


『おのれ創世の女神め……我を地の底に封印する暴挙、許さぬ……決して許さぬぞ

!!』


 扉から漏れ出る黒いオーラが強くなっていく。

 ウネウネと動いていてちょっと不気味だ。


「私の世界を破壊と混沌へ誘う手引きをしていたあなたを野放しに出来ません!! せめてもの情けで存在を抹消することを止め、封印という手段を選んだのです……悔い改め”善”となったその時には解放しようと……それなのに、どうして封印を自ら破り去ったのですか邪神!!」

『ふざけるな!! 破壊と混沌こそ我が宿願、全てを無に帰し新たなる世界を生み出し我こそが世界の唯一神となるのだ!! 我の遊戯を奪い去った貴様を許すことはない……!!』


 邪神と呼ばれた見えない存在はその憎悪を強くする。

 話を聞く限りだと邪神がファンカレアの世界――フィエリティーゼの事だと思うけど、そこを滅茶苦茶にしてファンカレアから奪おうとしたってことか?

 そんなことが出来るのかどうかわからないけど、間違いなくあいつが悪い気がする。


「あなたの思い通りにはさせません!! もう一度封印――いえ、こうなればもう私も後には引けません。邪悪なる神よ、あなたの存在をここで終わらせます!!」


 双翼を羽ばたかせ膨大な魔力が周囲に沸き立つ。

 凄い圧迫感……これがファンカレアの力なのか……。

 溢れ出た魔力はファンカレアの持つ杖へと集まり銀色の杖の先に黄金の光る花を咲かせる。

 初めて魔法を見たけど綺麗だな……。


「”我は求める――創世の力よ、いま此処にその力の片鱗を”」

『それを待っていた!!』


 ファンカレアの詠唱のような言葉を遮るように高らかに叫ぶ声。

 黒いオーラが周囲の魔力を吸い尽くし杖の先に出来た黄金の花を枯らした。

 魔力を使うその時を狙っていたのか!


『これが創世の女神が持つ魔力……ッ、これがあれば我は再び返り咲くことが出来る……!!』


 刹那。

 両開きの扉は大きく開かれ、その奥に存在する黒い影が姿を現す。

 3mは越えるであろう巨体。

 その黒い影の体からはウネウネとした黒いオーラが蠢いていた。


 まずい。

 なんか、あいつこっちを見てる気がする。


『ほう……良いがそこに居るではないか』

「ッ?!」


 動こうとした時には手遅れだった。

 俺の後方に伸びる自分の影から黒いオーラが這い出てきて、俺の体に纏わりつく。


「藍くん!!」


 ファンカレアが俺の名前を叫び、手を伸ばしていた。

 その手を掴もうと俺も手を伸ばすが……伸ばした手は黒いオーラに飲み込まれる。


『さあ、儀式の間へと向かおうぞ!! そこで貴様の精神を喰らいつくし……その体を使い、世界を破滅へと誘ってくれよう!!』


 顔にまで浸食してくる黒いオーラ。

 僅かに見える視界の先で、ファンカレアが涙を流して何かを叫んでいる。

 それを最後に……俺の視界は意識と共に闇の中へと飲み込まれた。

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