第5話 孤独の理解者
「……本当にすみません!! わ、わたし、色々と混乱していまして……うぅ……」
「だ、大丈夫だから気にしなくていいよ。まさか俺も気絶するとは思わなかったし」
あの後、俺はファンカレアさんに抱きしめられたまま気絶してしまったらしい。
かなりの時間眠っていたみたいだ。
目を覚ました時、俺はファンカレアさんに膝枕をされた状態だった。
下からファンカレアさんを見上げていると、ファンカレアさんは涙目の状態でひたすら謝罪を繰り返し、こっちの声も聞こえていない様子だったので落ち着くまで待機することにした。
……別に膝枕が心地よかったわけではない。
本当だよ?
「それで……ここはどこ?」
周囲を見渡す限り、ここは白色の世界ではなさそうだ。
洞窟のように岩々に囲まれた広い空間、空間の中心にいる俺達の正面奥には大きな両開きの扉がある。
何だろう……あの扉すごく不気味だ。
黒く禍々しい炎のような光が扉から激しく光っていた。
もしかしなくても、あの中に入らないといけないのだろうか……。
「……ここは『選定の舞台』という所です。転生者がフィエリティーゼへ向かう為に越えなければならない最初の関門、ここで転生者の方は授けた力を試す為に予め作り出しておいた魔物と戦わなければならないのです。時間がなくて貴方が気を失っている間に転移させてもらいました」
ようやく落ち着きを取り戻したファンカレアさんに説明してもらった。
転生者に共通している事として、地球から白色の世界へやってくる魂はレベル0の状態なんだとか。
前の人生の経験はしっかりと魂に定着しているが、その経験を引き出す為に初めにレベルアップする必要があるらしい。
魔物――といってもスライム、ゴブリン(単体)などの比較的強くない魔物らしいが、レベル0にとってはそれでも大変らしい。
「地球で暮らしていた方々にとってこちらの世界の魔物は低レベルだとしても脅威になります。中にはゴブリンを倒すことが出来ず……そのまま魂ごと消失してしまう事もあります」
「……」
「ごめんなさい。私にはどうすることも出来なくて……選定の舞台は越えねばならない転生の試練――生きたいという転生者の心を定める場所なんです。ですから……私が直接手を差し伸べることは出来ず、差し伸べたら最後……その魂は試練を乗り越えられなかった者と判断され、強制的に地球の管理者の元へと戻されてしまうのです」
そして、往復した魂はその力を使い果たし――消失する。
……俺は少し勘違いをしていた。
転生者として選ばれたとしても、それで終わりではないんだ。
魔物という地球には存在しなかった自分たちにとっての敵を倒して、強くならないといけないんだ。フィエリティーゼという魔物が存在する異世界へと適応する為に。
地球で暮らしていた俺達にとって、それは過酷なものなんだろうな。
だからこそ、魔物の命を奪うという覚悟を決めないといけない。
戦って、生きて行かなきゃいけないんだ。
考えを改めないとな。
「……なるほど、それでゴブリンとかスライムとかを倒すとレベルが上がって強くなれるってこと?」
「そうです。レベルが一つでも上がれば転生者である本人が生前に経験してきた全てをレベル経験値として換算し、スキルやステータスに大幅な補正が掛かると考えてもらえれば」
わ、わかりやすい……。
所謂RPGゲームとかのシステムと一緒だよなそれ。
もしかしてこっちの世界にもゲーム機とかがあるのか?
そんなことを考えながらじーっと見ていると、ファンカレアさんが首を右に傾げた。
「ど、どうかされましたか?」
「いや、レベルの話を聞いてて思ったけど……スキルとかステータスとか、地球で言う所のゲームみたいだなって」
「ああ! それはですね、こちらに初めて来た転生者の方が『自分がどのようなスキルを持っているのかわからないのは不安だ!! あとレベルも!!』と選定の舞台に移動した際に仰られたので、そちらの世界の知識を参考に確認できる機能を付けさせてもらったんですよ」
一番初めの転生者はゲームが好きだったみたいだな。
他の転生者よりも立ち直りが早かったらしい。そして選定の舞台で魔物と戦うと聞いて、自分が現在この場所に置いてどれだけの力を持っているのか可視化できないか相談したんだとか。
その結果、ファンカレアさんは地球の管理者と相談して地球で生まれたゲームの知識を使い転生者にステータスを確認できる力を与える事になった。
「と言っても自分のスキルとレベルしか確認できないようにしていますし、自分で好きに改変できるわけではないので本当に確認するためのものなんですよ」
「それはフィエリティーゼの世界では常識になってるの?」
「はい、初代転生者の方を送り出した後に世界へ向けてステータスの確認方法を伝えましたので、あちらでは普通に知られていますよ」
さらっと凄い事いうなファンカレアさん。
多分お告げとかそういう感じなんだろうけど。
「これは興味本位で聞くんだけど、伝えるのってどんな感じなの?」
「そうですね……実際にやってみましょうか」
「え?」
すっと立ち上がり数歩後ろへ下がるファンカレアさん。
数秒間目を閉じた後――「では、始めます」と言い目を開く。
『我が尊き世界に生きる者へ告げる』
「っ?!」
なんだこれ?!
頭の中に直接ファンカレアさんの声が響いてくる。
『我が尊き世界に生きる者よ、新たなる力を授けよう』
目の前に居るのは女神だ。
神々しい光を全体に放ち、くびれた腰からは大きな双翼が姿を現す。
彼女の瞳は黄金色に光り輝き、その表情は凛々しく何者をも寄せ付けない程の威圧感を携えていた。
『その力の使い方は、すでに理解できるだろう』
言葉遣いも違うんだな。
これが、フィエリティーゼに生まれた者を前にする時の姿なんだろう。
『我が尊き世界に生きる者よ、創世の女神ファンカレアの名において世界に祝福を』
そう言い終わると、全身に感じていた威圧感が消え腰付近に現れていた双翼も光の粒子となって消え去った。
俺の前へと数歩進み、目線を合わせるように座った。
女神様は静かに目を閉じ、そして瞬きを数回して目を開く。
「こんな感じです。どうでした?」
「……」
そこにはファンカレアさんが居た。
彼女の優し気に微笑む顔を見て俺はほっと一息つく。
正直驚いた。
あれが女神様として持つ威厳というやつなんだろう。
崇拝してしまう気持ちもわかる。
実際女神様だしね。
でも、女神様として君臨するファンカレアさんは……何故か寂しそうに見えてしまった。
「凄かった。なんか、別の人を見ているみたいだったし。自然と頭を下げないといけない雰囲気を感じたよ」
「……そう、ですか」
――孤独。
少しだけ俯いて返事をするファンカレアさんを見て、そう感じた。
自分を理解してくれない。
傍に居てくれない。
何でも出来て、何にでも対応できてしまうから周囲から距離を置かれてしまう。
――お前はいいよな藍、何でも出来るから。
そうか、女神様としてのファンカレアさんは俺に似てるんだ。
女神様と比べるなんて罰当たりかもしれないけど。
でも、凄く似ている気がした。
目が、表情が、雰囲気が。
昔、雫に救われる前の……独りぼっちの俺に似ていたんだ。
「でも……大丈夫だよ」
「え……?」
俺も孤独だった。
小学校や中学校で友達はいなかった。
最初は仲良くしてても、俺の事を知っていくと周囲はどんどん離れて行った。
『どうせ私達が居なくてもなんともないんでしょ?』
『制空って何考えてんのかわかんねぇよな』
『何でも出来るからって調子乗ってんじゃねぇよ!!』
『ねぇ、生きてて楽しいの?』
そうやって人との違いを知って、俺は自ら距離を置くようにした。
次第に家族とも距離を置くようになって。
……そんな時、雫の一言に救われたんだよな。
「俺は『わかっているから。ちゃんと知ってるよ』」
「ッ……」
「『嬉しそうに笑う』君を、『相手を想って悲しんでくれる』君を」
昔、まだ中二だった四つ年下の妹――雫に言われた言葉。
『私は分かってるから。ちゃんと知ってるから。私のプレゼントを嬉しそうに受け取ってくれるお兄ちゃんを、私がテニスの大会で負けちゃった時に私の事を想って一緒に悲しんで、傍に居てくれたお兄ちゃんを、私はちゃーんと知ってるからね!! そんなお兄ちゃんが私は大好きだよ!!』
知ってくれている。
クラスメイト達とは違う、本当の気持ちを分かってくれている。
それだけで、俺は救われたんだ。
「だから、凛々しい女神様よりも、表情豊かで幸せそうに笑うファンカレアさんの方が俺は好きだよ」
まぁ女神様に対して不敬かもしれないけど……。
ふと視線を上げると、そこには驚愕の表情を浮かべるファンカレアさんの姿があった。そして、忽ちその瞳には涙が溜まりゆっくりと彼女が目を閉じるのを合図に静かに流れ出した。
「ありがとう……ありがとうございます……そう言ってもらえて、わたしは、わたしはすごく嬉しいです……ありがとう……ございます」
両手で何かを包む様に胸の前で握り、彼女は何度も感謝の言葉を告げる。
涙を流し、優しく微笑む彼女はとても綺麗だ。
良かった。
俺は間違っていなかったんだな。
雫、ありがとう。
お前のおかげでお兄ちゃん……ファンカレアさんに近づけた気がするよ。
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