第3話 未知との遭遇




 俺の目の前で小さく呻き声を出しながら顔を赤らめているファンカレアさん。

 可愛い……じゃなくて。


「えっと、転生者って俺で2000人目なんだよね? 他の人たちとはこう、今の俺達みたいな会話はしてこなかったの?」


 向こうからのアクションがなかったため、少し疑問に思っていた事を聞いてみる。


 俺が白色の世界に来る前に、1999人もの転生者の先輩が来ているはずだ。

 そう考えると女性はともかく、男ならアニメ好きな奴とかが来て「異世界転生キター!!」とか、ファンカレアさんの美しさに見惚れてプロポーズとかしてそうだけどな。

 転生者の先輩方は一体何をしていたのだろうか。


「は、はい。確かにあなたよりも前に1999名の不運な死を遂げた転生者の方々がここで私と出会っております。ですがその……」


 そこで一旦区切ると、ファンカレアさんはとても言いにくそうに続けて語ってくれた。


「今までの転生者の方々はなんといいますか……一人は自分の死を嘆き悲しみ、一人は自分の死に様に酷く落胆し、一人は自分を殺した相手に対する怒りを露にしたりと、全員がそれぞれの理由で自分の事にいっぱいいっぱいの状況でしたので、それどころではなかったというのが正しいですかね」


 あはは、と苦笑するファンカレアさんは何処か寂しそうに見える。


「こちらの世界へお迎えする際の決まり事とでも言いましょうか……いくつもの条件があるのですが、その中に『自分の意思とは無関係に訪れた死者であること』というものがあるんですよ」


 曰く、寿命で亡くなったり自ら命を絶つ行為を行ったとしてもその魂には強い力はなく、交通事故や理由のない他殺などで命を落とした者には強い執着と未練が残り、それが間接的に魂の強さを大きくさせるらしい。


 世界と世界を行き来するにはそれ相応の魂の強さが必要であり、最初に説明された様に白色の世界に辿り着けたとしても、その魂の強さによっては身体的欠陥・精神的欠陥が発生するとのこと。


「ですので、皆さん私の話を聞いても上の空と言いますか、呆然としてしまったり……突然暴れ出してしまったり……会話が成立するまでに時間が掛かり、その結果まともに話す前にフィエリティーゼに転移されてしまうんです」


 白色の世界に居れる時間はある程度決まっているらしい。

 その為、話が出来る状態になったとしても全てを話しきる前に転生が始まってしまったり、話を聞き終えた後でもそれ以降会話もなく自分でフィエリティーゼへの転送魔法陣に飛び込んでしまうのだとか。


「なるほど……」


 そう考えると、今こうして落ち着いている俺の方がおかしいのかもしれないな。


 死んだ日の事は鮮明に覚えている。

 泣きじゃくる雫の顔も、青い顔で駆けつける軍人さんとその後ろで視線を横へと背ける看護師さんの姿も、全てが鮮明に脳裏で繰り返し再生されて『お前は死んだんだ』と実感させる。

 こうしてファンカレアさんと楽しく会話をしていても、黙っていると『死』という刹那の光景が鮮明に思い出されるのだ。


「確かに、死んだ後にいきなりここに連れてこられて、ファンカレアさ……まにこうやって丁寧に説明されたとしても、今の状況が理解できなかったり、死の光景を思い出してパニック陥ったり、自分の事で精一杯になってしまう転生者の考えもなんとなく理解できるな」

「ふふ、無理に様付けしなくていいんですよ? でも、そうですよね。やっぱりあなたも信じられませんよね……」


 俺のぎこちない敬称に微笑みながらファンカレアさんはそう言った。

 やっぱりバレてましたよね、すみません。

 あと、心の中ではもう”ファンカレアさん”って呼ばせてもらってます。


「いや、俺は他の人たちとは違うよ。ちゃんと自分が死んだことも自覚してるし、えっと、ファンカレアさんが異世界の女神様だってこともちゃんと信じてるから」

「ありがとうございます……制空藍様。あの……あなたは、過去に戻りたい――ですか?」


 ふと見ると、ファンカレアさんの瞳は神秘的な虹色から深い蒼色に飲み込まれていた。

 どこまでも深い、深い蒼。

 その蒼に染まるようにファンカレアさんの表情も暗く落ち込んでいくのがわかる。


 ……きっと、今まで何度も言われてきたんだろうな。


 それぞれ死因は違うだろう。

 事故、殺害、災害、様々な死があって、それまでの生活があって、地球の何処かで平和に生きていた人生があった。

 だからこそ、理解できなくて……理解したくなくて、そう思って目の前の女神様に願い、訴え続けていたのかもしれない。


「まぁ……戻りたくないって言ったら嘘になるかな」

「やはり――」


 正直あの日の前日とかに戻れるのなら戻りたいと思う。

 理由なんて適当に前日の段階で帰国していたら、雫の泣き顔とか見ないで済んだんだろうし、何よりも平和な生活がそこにはあって、後になってニュースとかで旅先でゲリラ戦争が勃発していたとか家族で騒いだりして。

 そうやって安心して笑いあう生活が送れたんだろうな、なんて。


 だけど――。


「だけどさ、どうしても戻りたいってわけでもないんだ」

「え?」


 俯いていた彼女の顔がすごい勢いでこっちを見る。


「何て言えばいいのかな……今までファンカレアさんが出会って来た転生者たちと俺とでは多分だけど、終わり方が違ったからだと思う」

「終わり方、ですか?」


 いまいち理解していなさそうなファンカレアさんの言葉に頷く。


 終わりとは、不意に訪れる死の事だ。

 奪われるように、巻き込まれるように、突然に訪れて気づいた時にはもう手遅れ。

 そんな終わりを迎えた人たちにとっては、新しい人生よりも以前までの生活への未練の方が当然大きいわけで、今の状況が認められなくて……唯々戻りたいと願い続けてしまうのだろう。


「突然訪れた死に対して、今までの人たちは納得できなかったんだと思う。病気や寿命で亡くなった訳じゃないからお別れとかも出来なかっただろうし」

「……」

「だけど、俺はもうやれるだけの事はやってから死んだんだ。必死に妹を守り切って、ちゃんと避難シェルターに届けることが出来た。だから、生前に未練とかは全くないんだよ」


 まあ、他の人たちと一緒で別れの言葉は言えなかったんだけどね。


 死ぬ直前、あんなに泣いていた雫がシェルターを見つけて安心したように笑っていたのを見て――ああ、俺は守り切ったんだ。って心からそう思った。


「だから、俺は過去に戻りたいなんて――」


 雫の事を思い出しながら語っていた俺は、ファンカレアさんの顔を見て驚愕する。


 先ほどまでとは違う、全てを包み込むような優しい空色の瞳、なのにその瞳には……何故か涙が溢れていた。


 ――どうして、彼女は泣いているのだろうか?


「ごめんなさい」

「え?」


 ふと、柔らかい感触が体に伝わる。

 驚いていた所為で動けなかったのもあるが、ファンカレアさんの素早い動きに体が反応できず、気づくと俺はファンカレアさんに抱きしめられていた。

 花かな……植物系の落ち着くいい匂いがする。

 そして何よりもファンカレアさんの体なんか全体的にすごく柔らかい、特に胸の感触が……っていやいやそうじゃないだろう俺!!


「ちょっ、ファンカレアさん?!」

「ごめんなさい……本当にごめんなさい!! 守れなくて、救えなくて、ごめんなさい……ごめんね……」

「待て待て!! 苦しい、ぐるじぃ……」


 やばい。

 女神様ってこんなに力があるのか?! さっきから本気で離れようとしてるのに全然動けないんだけど?!

 柔らかいとか気持ちいいとか思ってたけどそれどころじゃない。


 このままじゃ死ぬ……第二の死が訪れてしまう。

 死因が女性の胸に抱かれたことによる『窒息死』なんて展開マジで笑えないぞ。


 俺は何度もファンカレアさんの肩を叩くが当の本人は泣いてばかりで全く気付く気配がない。

 次第に目の前がぐにゃぐにゃと歪み始め、周囲が徐々に暗くなる。













――ごめんなさい、あなたにの罪を背負わせてしまって……本当にごめんなさい。










 なんで、今まで忘れていたんだ……?



 頭の中で謝るファンカレアさんに重なる一人の女性。

 それは、たった一度だけ会った事のある祖母の姿だった。

 五年前、15歳になった俺は初めて祖母に会った。


 『お母様は人との接触を嫌っている。私もお父様に育てられ、お母様は私達とは別の離れで暮らしていた』とお袋が言っていたのを覚えている。


 満月の夜。

 お袋に呼ばれて祖母宅の離れへ行くように促された。

 月の光のみの薄暗い道を歩いて着いたのは、本家の庭先に建てられた小さな家。

 扉を開き暗い廊下を歩いていると、その先に薄暗く紫色に光る不気味な扉があった。

 そして、扉に手をかけ――


『初めまして、あなたが雪野ゆきのの子供ね』


 深淵の先。

 一つの扉を開けた向こうでは静かに微笑んでいた。

 それが俺のお袋――制空雪野の母親である制空ミラとの出会いだった。




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