第236話

 壁の上の方からパラパラと細かい欠片が降ってくる。

 丈夫なはずのお城だけど、魔王に対抗できるほどの強い魔法に勝てなかったみたい。

 サグレットに覆い被さったアスコットの勢いに押されて、圭人くんはサグレットに刺さったままだった聖剣から手を放した。

 それでも聖剣の力は発揮されているのか、サグレットはアスコットに消された魔力をもう一度練ろうとしてそれができないことに苛立っている。


「なんだ、何が起こっている。わしの力が、消えていく」


 それはサグレット本人にも理解ができないことだった。絶対的な力を手に入れたはずなのにそれが消えるなんてことあってはならないことだったのだろう。

 老人の顔に、初めて困惑と怯えが浮かんだ。


「それは、創造神の力を借りた聖剣だ。アスコットが欲しがっていた竜の鍵より強力だぜ」

「オレは、魔王も、勇者も、消したかっタ。望みは片方ダケ叶う」


 剣を信用して手放した圭人くんは、落ち着いていた。

 そして、その時アスコットは、嬉しそうに笑った。


「な、」

「魔王じゃなくなったお前ナラ、オレでも殺せる」


 魔獣になったアスコットの体が纏っているのは、綺麗な白い光の魔力だった。

 アスコットの前世、魔王を倒した始まりの賢者だった時の力が残っていたのかも。

 静かに、爆発音がすることもなく、アスコットの声も、サグレットの断末魔さえなく。

 目の前が真っ白になって、一瞬何も見えなくなったような気がして怖くて私は目を瞑ってしまった。


 ゴトンと硬い音がしたのが、目を開ける合図。


 目を開けて見えたのは、床の上に転がる白く輝く聖剣。

 刃こぼれ一つなく、シミも汚れもついていない。

 圭人くんは一息ついてから、聖剣をその手に握った。

 そして、サグレットとアスコットがいたはずの場所を見て、首を振った。

 そこには何もいない、何もない。


「おつかれ」


 私たちの方にゆっくり近づきながらこの場にそぐわない軽い口調で言う圭人くんの言葉に、涙が溢れそうになった。

 そんな私の肩を、隣にいた光里ちゃんがポンと軽く叩いたおかげで少しシャッキリとする。


「終わったね、光里ちゃん」

「そうね。やっぱり白い人を一回殴りたいわ」


 拳をギュッと握ってファイティングポーズを取る光里ちゃんは、今にもあの白い世界に殴り込みをかけにいきそうなほど闘志に満ちている。


「あ、鍵もらった時にたくさん文句言っておけばよかった」

「ありすのバカ。時間切れで生き返ることができなかったらどうしたのよ」


 あの時、本当にそれで終わっててもよかったとは言えないけれど、それで終わるなら仕方ないって心のどこかで思ってたんだよなんて。

 光里ちゃんに言ったら怒られるんだろうな。


「魔王は、消えたのだな」

「ジュエル陛下」


 杉原さんが陛下と公爵の無事を確認してホッとしている。

 謁見の間は使い物にならないほどボロボロになってる。魔獣の遺体は倒すたびにストレージ行きだったからないけれど、そこら辺が壊れたり焦げていたり柱なんて壊れて瓦礫状態。


「さて、この後どうするか」


 少し眉を寄せて困った顔のジュエル陛下に、オランジェ公爵も苦笑い。

 この世界、この国を襲った脅威は消えたけど、違う悩みができてしまった。


「ゆっくり考えましょう。俺たちも手伝いますよ、できることでしたら」


 上条さんの言葉に、王様は輝くような笑みを浮かべた。


 あぁ、終わったんだわ。







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る