第235話

 キィーンと、 

 空気を切り裂くような高い音が、勇者である圭人くんしか扱うことのできない聖剣から鳴った。 まるで、これからしなければいけないことを剣自身が理解しているような、不思議な音だった。


 私が作り出したスキルを剥ぎ取る青い球を、サツキさんはしっかりサグレットに当ててくれた。

 

 魔法防御を剥ぎ取られたサグレットが自分を狙う勇者に背を向け、アイテムを作り出した錬金術師の方を向いたのは油断だったのか、それともあまりに強い怒りが隙を作り出すことになったのかは私にはわからない。

 でもそれは間違いなく、サグレットにとっては悪手。私たちの好機だった。


「魔王、これで終わりだ」

「おのれっ、勇者!」


 圭人くんの剣はサグレットのローブを切り裂き、胴に突き刺さった。

 サグレットの目が血走り、貫かれた剣の先から伝って赤いものがポタポタと垂れている。

 魔王であるサグレットを倒せるのは聖剣だけ。聖剣で貫かれたサグレットは、もう。


「……ん? 動かない」


 圭人くんが剣の握りを返しながら引き抜こうとした。

 けれど、サグレットは何もしていないのに抜けないみたい。

 ものすごく嫌な予感がする、サグレットは何をしようとしてるの?


「ふ、ふははは。ここで終わるものか、お前らも道連れだ!」


 邪悪な魔力がぐるぐると練られて、サグレットを中心に黒いもやが渦巻いてる。

 流れていた血は止まっているけれど体には剣が突き刺さったままなのに平然としているようにも見えるし、まるで同化しているみたい。バチバチと音がするのはサグレットが何かに抵抗しているからかな。


「いけない! ありす、結界!」


 光里ちゃんが叫ぶ。結界が使えるのは私と上条さん。


「ありす、俺か張ったやつの上に重ねて!」

「はい!」


 二人でできる限り広く大きく強い結界を張る。二重三重と、確実に仲間を守れるように。


「きゃぁっ!」

「うわっ!」


 なんてこと!

 結界を張っても張ってもバリバリと割れてしまう!


「結界なら私たちも張れる! 君たちよりは薄いがな」

「四人分ならどうですかな! む!」


 ジュエル陛下とオランジェ公爵も重ねるように結界を張ってくれたけれど、それでもサグレットの悪意はそれを壊していく。


「ふははは! わしももう持たないだろう、だがただでは死なん。お前たちが先に逝って導となれ!」


 サグレットの黒い魔力が、謁見の間を覆い尽くすように広がった。

 結界は、相変わらず割れていく。

 まるで暗闇が降りてくるような絶望。

 圭人くんは聖剣の柄を握ったまま、もう一太刀と足掻いている。


「サせるか!」

「アスコット!? 何をするの!」


 魔獣の姿のままのアスコットが白い魔力を全身に纏い、サグレットに覆い被さった。


「サグレット、おれガ一緒に、逝ってヤル」

「ぐ、アスコット、貴様、何を!」


 上空でボンという音がしたのはアスコットの魔力が膨れて、サグレットの魔力を吹き飛ばしたから。私たちは全員無事だけど、お城の壁がボロボロになってる!


「安心シロ、痛みハ一瞬だ」


 ニィッと、大きな口を歪めてアスコットが笑った。

 

「やめろ、やめるのだ! お前はそれでいいのか、この世界に、神にいいようにされて悔しくはないのか!」

「もう、いイ。オレは疲れた」


 それが、最後だった。





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