第231話
アスコットにもう悪意はない。
それが確信できたのは結界に入れることができたからなんだけど、なんとなくもう大丈夫じゃないのかという漠然とした思いはあった。
それにしてもボロボロの体は見ているのも辛い、少年の姿の面影がないのは逆に良いのかもしれない。
そして今、命が終わろうとしているというのに正気に戻った瞳だけが優しく揺れている。
こんなことしなければよかったのに。
最初から、ううん、アスコットの国で起こったことを考えたら同情するところはあるんだけど。
突然光里ちゃんが手を祈りの形に組みながら魔法を唱え、アスコットの体が光に包まれた。
サグレットに変えられた魔獣の体のままだけど、小さな傷は消えて床に張り付けられた時に折れた足が綺麗に治っている。
圭人くんに切られてなくなった腕はそのままだけど、傷口はしっかりと塞がって血が流れることはない。
「光里ちゃん」
「このまま死なせて良いはずがない。今のアスコットなら罪を償うことも出来るんじゃないかしら」
「馬鹿ダナ、この姿で生かしてドウスル」
息切れもしていない、だけど嗄れた声。これは魔獣になったせいだからなのね。
「サグレットを倒したら、元の姿に戻れるんじゃないかしら」
「ありすもそう思った? 私もそれ考えてたんだけど、サグレットのそばにアスコットが行ったらまた操られちゃうんじゃないかしら」
「……正気に戻った魔獣を再び使役するには、魔獣からのかなりの反発が予想されるから強大な魔素が必要になる。自分から使役を望むならともかく、こうなっては二度操られることはないだろう」
上条さんがいつの間にか私たちの近くで戦っていた。
私の結界は残っているけど、私と光里ちゃんがアスコットのそばに来たことで警備が手薄になった陛下たちを守りながらサグレットに攻撃魔法を撃っている。
「それなら、アスコット。戦おう一緒に」
「……アア、良いだろウ」
立ち上がったアスコットは見上げるほど大きくて、でも威圧感のようなものは消えていた。
「ぐわっ!」
圭人くんの腕にサグレットの撃ち出した火の玉が当たった。すぐに夕彦くんが回復魔法をかけて、その間にジェイクさんがサグレットに切り掛かる。
連携は取れている。
ただ、サグレットの防御力が高いのか、回復力が高いのかわからないけどこちらの攻撃があまり効いてない気がする。
「ふ、ははは。一人分とはいえ魔素を補充したばかりだ。どれ、神の落とし子様たちに派手な魔法でも見せてやろう」
そう言いながらサグレットは杖を上空に向かって振り上げた。
ここはセントリオ国、謁見の間。
天井は普通のビルの三階分くらいあってとても高い。
外からの太陽光のおかげでとても明るい空間になっているのだけど、サグレットの魔法のせいか一瞬で薄暗くなった。
「な、何が起きてるの」
「ありす、落ち着いて結界をできるだけ大きくかけて、みんなを守って下さい。僕も魔法防御をかけます!」
パニックになりかけた私を言葉だけで落ち着かせて、何をすれば良いのかすぐに教えてくれる夕彦くん。
言われた通りに大きく結界を張る。
サグレットはニヤニヤと笑いながら杖をくるりと回した。
先端が、床を向いた瞬間。
天井に溜まっていた薄暗いものから、閃光が何本も何本も走る。
バリバリバリバリと音を立てて柱や壁に当たり、城に施されている魔法の結界など物ともせずに壊していく。
「いかん、城を壊して俺たち全員を押し潰す気か」
「これじゃあ結界があっても周りが無事じゃないわ!」
ジェイクさんとサツキさんが叫ぶ。
サグレットは私たちを嘲笑うかのように宙に浮き、くるくるとバトンのように杖を回している。
「なんとかしたいな。結構な魔道具だよ、あの杖」
上条さんの呟きを聞いた私は、すぐに伝えた。
『エリック!』
『了解だよ、ありす!』
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