第230話

 バタンと大きな音を立てて床に倒れたアスコット。

 両足とも氷に絡まれたけれど左足は外れ、右足だけが床に縫い付けられたように動かないから倒れた時に折れたのか、変な方向に捻じ曲がっている。

 落ちた左腕は圭人くんが咄嗟にストレージに入れた。そのままにしておくとまたサグレットに吸収されてしまうかもしれないし、再生能力が高かったら落ちた腕もくっついてしまう可能性がある。

 満身創痍としか言えないような状態なのに、倒れたアスコットの目が爛々としていて怖くて、逸らしてしまった。


 逸らした視線の先にあったのは、血液を吸収されたグルブの体。

 あんなに巨大だったのに残ったのは固い毛が付いたしわしわの皮だけになってる。骨も残ってないのはどういうことだろう。

 グルブの魔素を吸収し尽くしたサグレットの姿は、ローブをつけた老人の姿から少しも変わってない。シルエットが大きくなったと思ったのはなんだったんだろう。あれは私たちみんな見ていたから気のせいじゃない。


「あやつ、外見より中身の方を変えたと見ていいでしょうな」


 オランジェ公爵が唸るように言った。

 オランジェ公爵も魔法使い。後で知ったことだけど、この国では一二を争うほどの使い手なんだとか。


「オランジェはどう見た」

「先ほどまでのあやつより、威圧が増しております。正直言って私程度の魔法使いでは正面に立てば吹き飛ぶでしょうな。さすがは落とし子様方、私どもでは対峙するだけでも生きた心地がしないでしょう」


 その時、倒れたままのアスコットが叫んだ。私たちに背を向けている圭人くんの方をしっかりと向いて、視線を合わせている。だから、その表情、叫ぶ口もはっきりと見えた。


「俺ガ倒レたら、ストレージにイレロ! コノ体ヲサグレットに渡すナ! ワカッタナ勇者!」


 アスコットの瞳の色が、赤から金に変化した。自分の意思を取り戻した理由はわからないけど、操られていた感じではないあれはアスコットの意思だわ。


「ここまでお前に協力してやったのだ、最後はわしのものになるという約束だっただろう? アスコットよ、逃がさんぞ」


 グルブから離れて、ゆっくりとアスコットのいるところへ向かうサグレット。

 そこには私と光里ちゃん以外みんないるのに、気にした様子もない。小さな体から赤黒いモヤのようなものが見えるんだけど、あれはなんだろう。


「俺が……、望ンダノハ、始まりの聖女の水晶ヲ手に入れること、ソシテ我が国に呪イヲ振りまいたモノへの復讐ダ。グッ……人類滅亡は望みではナイ! 邪竜を魔王ニシテ、世界ヲ混乱させタら封印すると言ったのはお前ダロウ!」


 苦しそうなアスコットの左腕の切り傷から赤い液体が流れ続ける。回復する力がなくなってしまったのだろうか。


「ふははは、騙される方が悪いというのは人間の方がよく使う言葉だな。そろそろ、終わりにしよう、アスコット坊や」


 サグレットが手を翳すと流れる赤い血が糸のような筋になって指先に、手のひらにまとわりついていく。ああやって、アスコットの血液を吸い込んで魔素を全て奪っていく。

だめ、アスコットの魔力まで手に入れたらサグレットを倒すことができなくなる、そんな気がする。


「させない!」

「やめろ!」


 圭人くんが剣を振りかぶり、サグレットに向かう。

 夕彦くんと上条さんの魔法がサグレットを確実に捉える。

 ジェイクさんも、サツキさんも攻撃をしている。

 光里ちゃんはみんなに防御魔法をかけつつ、王様と公爵を守っている。


 それでも、どの攻撃もイマイチ効いている感じがしない。アスコットの命は吸い取られているまま。


 考えて考えて、私は、アスコットを結界の中に閉じ込めた。



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