第226話

 グォオオオオオオ


 獣の咆哮、頑丈に作られている城の壁すら震わすほどの怒りを含んだ雄叫びに耐えきれず、両手で耳を塞いでしまった。

 床から体に振動が伝わる。肌がビリビリと痛くて、気が付いたら鳥肌がびっしり立っていた。背筋が凍ってしまったような寒気と、動いてはいけないという本能的な恐怖。


 黒い魔獣が目を光らせてこちらを見た。


「ひっ!」


 引き連れた声をあげてしまうほど怯えた私を庇うように、前に立った圭人くんが大丈夫だというように振り向き微笑んでくれる。

 それだけで緊張がほぐれて動けるようになった、私は単純。

 杉原さんが肩をほぐすように首を傾けながら、片手で剣を軽く振り、圭人くんに目配せをした。圭人くんも頷いて、二人とも剣を構えながらアスコットに対峙する。


「俺たちが前に出る。ありす、光里と一緒に結界を張って陛下たちを守れ」

「了解です。……光里ちゃん行こう!」

「ええ、ありす。杉原さん、気をつけてください。爪や牙が変色してるから毒があるかもしれない」


 床を蹴り勢いをつけて向かってくる魔獣に変化したアスコットはグルルルと唸りながら、大きな牙を光らせて獲物を捉える目をしている。


 光里ちゃんが気が付いたように、牙と爪の先が濃い紫色に染まっていた。


 アスコットの巨体の背後からグルブが何か魔法を使っている、弱いけど速度を上げる補助魔法みたい。

 サグレットはアスコットを魔獣に変えた魔法で消耗したのか、魔法を使わないで石から魔獣を召喚させることに専念している。

 あれ一体いくつあるんだろう、物理なら数に限りはあるはず。大型の魔獣は出てこなくて、中型の鳥や犬くらいの大きさばかり。

 あれはジェイクさんとサツキさんに任せて大丈夫かな。


 圭人くんと杉原さんが剣を構えてアスコットを迎えようとしている。夕彦くんが速度アップ、上条さんが全体のステータスを上げる魔法を使う。


 どうやら二人の魔法は味方全員に効果があるようで、私と光里ちゃんの足も早くなった。

 光里ちゃんと一緒に、ジュエル陛下とオランジェ公爵を結界のドームに入れて守る。


「ジュエル陛下、結界を張ります」


 強い結界をと願ったからか、今までとは違う感覚。

 もしかして白い人が何かしてくれたのかしら。

 これなら陛下たちを十分守れる。


「ああ、頼む。……少年が魔獣にされてしまったが、あいつらは仲間割れをしたのだろうか」

「元から、仲間だったわけじゃないのかもしれませんな。彼らは利害関係でしか縁を結べなかったのであろう」


 年老いたオランジェ公爵が悲しげに目を伏せ、考えるのは自らの過去。

 海千山千、魑魅魍魎、群雄割拠。

 国王の第二子として生まれ、貴族の世界を生きて王族の血縁というだけで遜るもの取り入ろうとするものなどを見続けてすっかり捻くれた自分。

 神の落とし子四人を見てその絆を羨ましいと感じ、力になってやりたいと願った。

 そして今、こちらを襲う敵とはいえ幼い少年の姿が仲間の手によって魔獣に変えられるのを見て、縁とは、とまた考えてしまった。


 私は、公爵の考えてることなどわからず、戦闘の渦中にいる幼馴染の勇姿を見つめる。

 陛下もしっかりとこの戦いを見届けようとしているのか、杉原さんたちの方を向いた。


「なんだ、ケイトの剣が輝いている」

「あれは、創造神エアーの鍵から創り出した聖剣です。あの剣を勇者が振えば、魔王は倒れます。魔王の力で変えられた体も戻るといいのだけど」

「ありす、見て!」


 アスコットの爪が杉原さんを捉え、装備を切り裂こうとする。でも強度の高い装備、そう簡単には裂けないはず。


「あああっ! 杉原さんが!」


 大きな爪がベルトの金具に引っかかり、その勢いで杉原さんの体が床に叩きつけられる。

 ドンと大きな音が響いて、跳ねた。

 他の音が大きくて、杉原さんの声は聞こえない。

 けれど、衝撃が大きかったのか投げ出された格好のまま起き上がってこない。


 今、私の仕事は陛下を守ること。

 でも、なんとかしたい。

 どうすればいい。考えなきゃ!

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