第227話

 魔獣に変化したら理性がなくなってしまうのだろうか、アスコットは、私たちと話をしていた外見だけは儚げな美少年はその面影をすっかり無くして獣の咆哮をあげている。

 投げ出されて倒れている杉原さんのところへ駆け寄った時にアスコットや他の魔獣が来たら、私では対処しきれない。それに陛下の守りが手薄になってしまうわ。

 一か八か、この結界の中から攻撃することはできる。

 といっても、攻撃魔法の使えない私には遠距離攻撃の方法がスリングくらいしかなくて、飛距離もそこまであるわけじゃない。

 それでも杉原さんの回復が発動する間、少しでも時間を稼ぐためにアスコットに麻痺が効くなら良いけどやってみるしかないかな。

 そんなことを考えていたら、足元をつんつんと硬いもので突かれた。


「えっ」

「結界内に魔獣だと? ありす、これは」


 魔獣であるイエローシーガルがいることに気がついたジュエル陛下が、攻撃していいものか戸惑っている。結界内に入れるっていうことは悪意が全くないということだからね。

 そして、この子がさっきまで味方してくれていたこともわかってるだろうし。


「エリック」


 私の足を突いた後、こてんと首を傾げる可愛いイエローシーガル。私の従魔のエリック。

 鳥には表情がないなんて聞くけど、充分あると思うな。

 私が一度死んだから従魔契約が切れてしまったのに、エリックはわざわざ結界内に入ってきてくれた。ということはこのままもう一度契約しても良いのかな。

 エリックを抱えてティムスキルを使う。

 見えない何かが絡まって、またエリックと契約が結ばれた。


「あのまま、自由になっても良かったんだよ?」

『僕、ありすといれたから自由になったんだよ。それに毎日刺激的で楽しいよ、またよろしくね』

「ありがとう、こちらこそよろしくね」

『もう、消えちゃ嫌だよ。すごく怖かった』

「ごめんね、もう大丈夫だから」


「ありす、感動の再会風味もいいけど、戦闘中よ!」


 光里ちゃんが結界内からロングソードを振るう。キィと断末魔をあげて魔獣が消える。

 コウモリのような魔獣がここまできたのに、私だけが気がついていなかった。

 振り向けば、陛下も公爵も戦ってる。

 私がエリックに撹乱のため投下してもらうための弾を渡すと、エリックはまかせてーと言いながら高く飛び上がった。


 倒れている杉原さんを上条さんが支え、圭人くんが足元を薙いでアスコットの意識を惹いている。どうにかしてあそこに隙を作って杉原さんを一時退避させたい。

 私が届かないなら、助けてくれる仲間がいる。


「エリック!」


 私が声をかけると、エリックが渡したスパイス弾をアスコットに向けて投げてくれた。

 エリックのコントロールはなかなかのもの。しっかりアスコットの顔付近に命中したようで、顔を押さえて苦しんでいる。


 ギャァ!!


 スパイス弾は、胡椒、山椒、唐辛子などなど、絶対目に入れたくないものを細かくすりつぶして投擲用の弾にしたもの。相手をあまり傷つけたくなかったり無力化するには効果覿面。


「ありがとう! よし、こっちは大丈夫。ちと離れるな」


 上条さんが杉原さんの様子を確認して、すぐに玉座のあるこの謁見の間右奥に転移した。


 

「ふ、かつての勇者もスキルが変わればそこいらの冒険者と同じよの。ほれ、グルブよ。お前もそこで吠えておらず戦うがいい」


 杉原さんに回復スキルがあることを知らないサグレットは、あれで杉原さんが倒れちゃったと思ってるのかな。そして、なんだか黒い大きな魔法陣をグルブに向かって描いているのだけど。


「サグレット殿、何をなさるおつもりか! ……やめ、ぐっ!」


 自分もアスコットのように魔獣にされることがわかったのか、逃げようとしたグルブだったけどそれはもう遅かった。グルブのシルエットがぐにゃぐにゃと変化する。


「うわ、サグレットえげつないわ。グルブとアスコットはあいつにとってただの捨て駒だったのね」

「光里ちゃん、サグレットは絶対倒さなきゃ」

「そうね、許せない。うわ、大きい」


 グルブの体は大きく膨らんで、硬そうな毛が生え、頭はまるでヤギと羊を合わせたような顔に捩れた大きいツノ。圭人くんがやってたRPGゲームで見た、ミノタウロスに似た姿になってる。

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