第225話

「サグレットだけだった、何もない僕に、手を貸してくれたのは」


 ちゃんと話が聞きたくて、もっと近くに行こうと屈んでいるアスコットに寄ろうとしたら、いつの間にか隣にいた圭人くんに左腕を引かれて止められた。

 その手を押さえて首を振ると、仕方ないなって顔をして離してくれた。

 こうして仕草だけで何も言わなくてもわかってくれる人がいる、それを私は当たり前のように生きてきたけれどアスコットはそうじゃないのよね。


 まだ気力が抜けたようになってるアスコットの言葉使い、なんだか親とはぐれた幼い子供のようになってる。

 クリアレスの水晶が割れたことがそれほど衝撃だったのでしょうね。

 自分で割ろうとしてたのは、本気じゃなかったのかな、それとも他に考えていたことがあったのかしら。

 ううん、そんなこと今は気にしてもしょうがない。

「サグレットは、あなたを利用しただけではないの?」

「それでもいいさ、不気味な子供として扱われなかった。それだけでよかった」


 私はその時に何か言わなきゃいけなかったんだろう。

 でも、何も、言えなかった。


「アスコット殿、こちらへ来なさい」


 グルブが大きな身体を揺らしながら声をかけるのだけど、アスコットはゆっくりと立ち上がってもそこから動こうとしない。


 杖を振り回すサグレットはアスコットのことなんて気にしてないようにこちらに向かって、いえ私たちが守っているジュエル陛下に向かって攻撃を仕掛けてくる。


 その魔法は多彩で、威力も大きい。

 炎、氷、風、土、どれだけの魔法を使えるのかわからない。

 こちらの出方を探っているようにも見えるけれど、その魔法に対処しているのは賢者の二人。どんな魔法が来ても私たちにダメージはないのだけれど、外れた魔法が当たったら建物には影響してしまうのではないかな。


 これは、なんとかしなきゃと思ったら、上条さんがしっかりと結界を張ってくれていた。戦闘の経験値は流石だと、こういう時に感心してしまうわ。


 それよりも魔石のようなものから出てくる魔獣の方が厄介。

 そちらはジェイクさんとサツキさんが相手をしてくれている。

 サツキさんの短剣は殺傷力は低いのだけど状態異常の魔法を色々と付与してあって、敵の動きが止まったところをジェイクさんが仕留めている。


「いつもそうだ、莉亜は一人で決めて一人で進んでいく。俺は、そんな莉亜が愛しくて、着いていくのも楽しかった……」


ぶつぶつと呟くアスコットは、もうこちらを見ていない。


「莉亜と一緒に転生したかった。同じ場所で、また生きられたら、また出会えたら、それだけを願っていたのに」

「ああ、完全に壊れたようじゃな、賢者も人間だったのだろうが。それでは辛いだろう、さあ、全て捨てるがいい」


 一瞬でアスコットの前に転移してきたサグレットに驚く間もなく、私はただ悲鳴を上げることすら出来ず立ち竦んでしまった。


「あ、アスコット……」


 サグレットが杖を振ると、アスコットの姿が変化していく。

 小さな少年の頭に山羊のような角が生え、口は裂け目が吊り上がり。体が膨らみ服が破れて、黒い毛のはえた獣になる。


「暴れよ! 奴らを喰らえ! お前が望むまま全てを壊すといい!」


 獣の手が振りかぶって私を抉ろうとするその前に、光里ちゃんが助けてくれた。


「ありす!」

「光里ちゃん、ありがとう」


 アスコットの腕が私を捉えることはなかったけど、その強靭な腕は城の頑丈さなど物ともせず床を大きく破壊して穴を開けた。

 だめ、このままだと被害が大きくなる。 

 

 私に今できることはこれだけ。あの鍵を、神の鍵を作る。

 素材は、ストレージの中にたっぷりある。

 ううん、あの鍵はそれ以上に私の魔素を必要としている。私の願い、祈りそんなものも。

 そして作った鍵だけど、これで完成じゃない。

 私は神の鍵を素材にして白く輝くロングソードを作った。


「圭人くん、この剣を使って欲しいの。そして、全てが消えるようにって願いながら斬って」

「わかった」


 多くを説明することはしなかった、時間もないし。

 それでも圭人くんは鍵から作った剣を、受け取ってくれた。

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