第211話

 まるでアスコットの母か姉のような口調をしている始まりの聖女クリアレス。この二人は一体どういう関係なんだろう。アキラと呼ばれたアスコットはクリアレスを、憎いものを見るような目つきで睨みつけている。

 女神の館にある水晶が鎮座しているこのホールは、クリアレスの力が隅々まで行き渡っていて攻撃などができないはず。

 だから、私たちは油断をしていた。

 小さな体を震わせ、握った拳から血が滴り落ちるほど強く怒りを堪えているアスコット。

 まさかそれほど強い感情がクリアレスに向いているなんて思わなかったの。


「お前は、いつもそうだった。自分には何も関係ありませんと、一人で涼しい顔をして! お前も、堕ちろ! 砕けてしまえ!」


 アスコットの手のひらから放たれた炎の球が、水晶の台座を包んだ。


「だめ! 結界!」


 クリアレスの姿ごと魔法の炎に包まれる前に結界で水晶を守った。

 杉原さんと圭人くんが飛び出し、アスコットと対峙する。

 アスコットは二人の剣を掻い潜り、軽くあしらいながらも魔法を放つ。

 何発もの魔法の球が私に向かってきた。結界を解こうとしてるのね。


 ジェイクさんとサツキさんが私を守ってくれるから、その間に結界を何重にも重ねて水晶を守る。夕彦くんと上条さんがこの部屋の結界がどうなっているかを調べているんだけど。


「結界は生きているな。クリアレスの結界をすり抜けてるというか、あいつには初めから効いていないようだ」

「僕が攻撃魔法を使おうとしても、この部屋では使えないです。どうしてあいつは」


 夕彦くんが風の魔法を使おうとしても、発動はするけどすぐに霧散してしまう。

 そうか、杉原さんたちの剣がアスコットに当たることはないんだ。それでも行動を止めることはできるので、二人は剣を止めない。

 アスコットの魔法は激しくなる。私に向かっていたけれど埒が開かないと思ったのか、大きな炎だけじゃなく氷の蔦が仲間全員に向かって飛んでくる。


『うわぁあああ!』


 天井近くを飛んでいたエリックに蔦が当たりそうになり、慌てて逃げ出している。


「エリック! ここから逃げて! これを、王様に渡して!」

『わかった!』


 エリックに結界の腕輪を投げて、嘴に咥えたことを見届けてからこのホールから出てもらう。

 ホッとしていたら氷の蔦がかけらを撒き散らしながら飛んできたので、それを結界で受け止める。みんなもう腕輪の発動回数超えちゃってるんじゃないかな、気をつけないと。


「光里ちゃん、危ない!」

「きゃっ!」


 蔦が光里ちゃんに当たって左腕に絡みついた。ぐっと引っ張られて光里ちゃんがアスコットに引き寄せられる。光里ちゃんが蔦に囚われたのを見て私たちの動きが止まる。

 元々こちらからは攻撃ができないの不利すぎるわ。


「お前が、今代の聖女だな」

「そうだけど、それがどうしたのよ」

「蘇生魔法は使えるか? それか、解除は?」


 光里ちゃんは蘇生魔法を使える。解除は私が使える。

 でも、それを教えていいんだろうか、光里ちゃんは考え込んでしまって口を噤んでいる。


「アキラ! 光里を放しなさい!」

「うるさい! 莉亜が悪いんだろう! 俺たちが一緒に行こうって言ったのに、一人でこんなところで水晶に閉じ込められるなんて!」

「閉じ込められたんじゃないわ、望んだのよ。私は、私たちのような思いをする人が減るようにと思って」


 まるで痴話喧嘩のような感じなんだけど、どういうことなのかしら?

 やっぱり二人はお互いをよく知ってるようだし。


「莉亜って、クリアレスのこと?」

「何がクリアレスだ、この女の本名は立花莉亜、俺と一緒にこの世界に呼ばれたのは二十四歳の時。俺の恋人だった。もう一人、勇者だったやつは莉亜の兄の拓真だ」


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る