第173話 閑話・西の国にて 5 〜そしてまた始まる
王と子爵との話を終えて、上条は王宮を退出した。
ウィスタリス王としては彼を引き留めたのち、速やかに自国へ帰還するよう願うつもりだったが、街の様子が見たいと言われればそれを止めることもできない。
たとえ上条の目的がサグレット侯爵領を調べることだとしても。
顔を隠すローブは冒険者がよくしている姿で、街に溶け込むのにも違和感はなく、魔法に長けた賢者である上条を追跡できるほどの技量を持つものはこの国にはいなかった。
上条は、街の外れまで行くとそこから転移した。
行き先はサグレット侯爵領。
この世界は隅々まで踏破済みで、上条が転移できない場所はどこにもない。力を過信しているわけではなく、むしろ慎重なほどだ。
もし上条からの連絡が数ヶ月なかったら、杉原はすぐに気が付く。
「ひどいな、空き家だらけで畑が放置されてる。これは、昨日今日で人がいなくなったわけじゃないな」
足を踏み入れたサグレット侯爵領は、考えていた以上に荒れていた。
数十年前に栄えていた街の近くに転移したはずだが、崩れた門をくぐり、そこにあったのはボロボロの建物と獣に踏み荒らされた畑。
人影などもなく、片付けられなかった農具がそこらの道端に打ち捨てられている。
「街ごと移動したのか」
民家を調べ、大型の家具が残され、小物や生活用品などが見つからないことを確認してそのように当たりをつける。
街があったとは思えないほど枯れて痩せた土地。
痩せた犬型の魔獣が畑のあった場所を掘り返し、何かをガツガツと食べている。餌となったのは土の中の小さな獣かそれとも昆虫か、周囲の森はそれほど栄養がないのかそちらも調べてみる必要がある。
「空から見る方が早いか」
結界が張ってあるところならば空からでも確認できる。
結界を使える人間は、それが見えるから。自分の周りに防御をかけてから飛翔の呪文を唱え、空から侯爵領を見下ろした。
そして街を発見し、移動する。
しばらく調べるしかないかと、ため息ひとつ。
街の入り口まで少し距離を置いて自分の格好を確かめる。そして、ただの冒険者のふりをして街に潜入した。
結界は悪意を弾く。つまり悪意も何もなければ潜入自体は簡単なことだった。
「ああ、面倒だな。杉原にこっちを任せればよかったか」
実際は杉原にそんな繊細な調査などできるはずないとわかっていながら考えるのは、ただの逃避でしかなかった。
ーーーーーーーー
私たちの目的と行き先を話して、これからこの山脈を抜けるという話をした。
「俺が北の国まで送るよ?」
翡翠色の髪をばさっとかき上げてヨアヒムさんが言う。黄金色の瞳がキラキラと輝いているんだけど、これってなんだか悪戯を考えている時の表情に見えますよ?
「お前が飛んでたら目立つことこの上ない。遠慮しておくよ」
「残念、ひとっ飛びなのに」
乗せてくれると言う提案を断られて、本当に残念そうなヨアヒムさん。翼がしゅんと下がってしまった。
なので、私はついこんなことを言ってしまった。
「ヨアヒムさんの竜の姿見てみたいです」
「おう!」
「やめろ!! 夕彦、光里、ヨアヒム止めろ! 圭人、ありすの口押さえとけ。これ以上ヨアヒムを調子に乗らせるな」
「もが」
家の外に出ようとするヨアヒムさんを夕彦くんと光里ちゃんが止めて、私は口を塞がれて圭人くんの膝の上に乗せられた。なんで?
「ヨアヒム、お前竜になったらサイズ調整とか無理だろ。俺は覚えてるぞ北の国の街を覆った影を」
「あー、あはは。でもほら、数分で街に着くし」
どうやらヨアヒムさんは乗せられやすく、おだてに弱いそうです。杉原さんにこの後いっぱい説明されました。
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