第172話 閑話・西の国にて 4

 上条の脳裏に、圭人に聖剣を作れと迫った時のグルブ伯爵の姿が浮かぶ。

 あの男が何か暗躍していることはオランジェ公爵の調べである程度のことは掴めてはいるが、その全容はまだ把握しきれていない。

 具体的に事を起こしているという証拠がこの国で見つかればいいと上条は考えていたが、どうやらそれは思ったより早く集まりそうだ。

 上条にとってはそれほど居心地の悪くない部屋だが、ウィスタリス王は自国の闇を他国の宰相に知られてしまうことに思い当たったか、腰の座りが悪そうだ。


「グルブ子爵はその使いの行方を知っているのか?」


 王からの質問に、キュッと背筋を伸ばしてバスティンは答える。


「我が領地から退去した後、西のサグレット侯爵の領地に入り手を組んだと。そこまでは父が調べています。ですがもうかなり時間が経っているので、今はどうだか」

「むぅ、サグレットか、もしその頃から何やら企んでいたとしたら厄介だな」

「どのような人物ですか?」


 サグレット侯爵について、だいぶ主観が入るがと一呼吸置いてから王が説明する。


「侯爵家は数代前に王族から降下した姫が嫁いでいてな。十数位だが王位継承権を持つサグレットは私と同学年で、側近候補だった。何を勘違いしたのかその頃から傲慢なやつで権力というものを履き違えていたから側近にはしなかったのだ」

「私の父も、王と同級だったと聞いてます」

「ああ、グルブ子爵は優しい穏やかな人物で、東の領地の長子でなかったら宮廷に欲しい人材だった。サグレットは、次男であったが狡猾で人心を操る術を持っていたのか、神教を取り込み神殿を味方につけて家督を継いだのだ」


 そこまで話して少々疲れたのか、王はテーブルに置かれたカップに手をつけた。事前に上条がチェックして毒が入っていないことは確認している。少し温いお茶は喋り続け疲れた喉を優しく潤す。


「神殿にそれほど魅力はないでしょう?」


 この世界において、宗教はそれほど重視されていない。にもかかわらずそれを取り込んだということを王は気にしているように見える。

 上条はこの世界に召喚された時、そして魔王を倒した時に邂逅した創造神エアーの全身白い姿を思い出す。あの頼りなげな神を祀っても御利益はなさそうだなんて不遜なことを考えながら。


「貴族はな、それほど神頼みなどしないものだが、民は違う。我々が考えている以上に民は神を敬い恐れ、愛しているよ」

「そうですね、週に一度の礼拝に欠かさず参加するという民は多いです」


 王の言葉にバスティンも追従した。

 街にある神殿では礼拝が開かれたり、神殿の周辺で時々バザーが開かれたりしている。小さな村には神殿がない代わりに各家庭で小さな祠を祀っていたりする。


「サグレットは神殿の人気を利用して、自領の民を増やしたり備えを蓄えていたのだが、それはまあ民には悪いことではないと黙認しておった。他の領地にも影響を広げていたのだが、特に支障はなかったのでそちらも放置だ」


「ただそれが、他国の貴族と手を組んで水面下で企みを進めていたならば」

「容認できることではないな」


 上条の指摘に、王は頭を抱える。これまでその性格はさておき、それなりに信頼をしてきたのだ。自領の繁栄を願うということは国に対しても仇なすことはないと。

 だが、それが根底から覆されようとしている。どれほどの規模か、何をやろうとしているのか、調べることは多い。

 予算に限りがあり決して裕福とはいえないウィスタリス。頭の痛い問題になりそうだと途方にくれる。


「私が調べましょうか?」

「いや、他国のものであるあなたにそれは……」


 上条の提案に飛びつきそうになる心を抑えて、王は拳を握る。これ以上この国を引っ掻き回さないで欲しいという本音をちらつかせながら。


「わかりました」


 では勝手に動きましょうという言葉は飲み込み、上条は喉を潤す。

 すっかり冷めたお茶は渋みが出てしまい、お世辞にも美味しいといえなかった。





  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る