第171話 閑話・西の国にて 3

 玉座の間にいた貴族たちは、王城で執務があるものを除きそれぞれの館に戻って行った。もともと登城していたのは、王都に館を持ちながらも時間の余裕がある貴族だけだった。


 貴族位にあるとはいえ、つい先日家督を継いだばかりのバスティン・グルブは自国の王と同席することを一度は辞退した。

 だが、上条の説得と若さゆえの大胆不敵さが良い方に転がり、王と大国の宰相二人相手の密談に加わることを納得しこの場は落ち着いた。


 侍従を呼びウィスタリス王が急いで用意させたのは、セントリオの使者を迎えるに相応しい貴人のための応接間。

 だがこの国の経済状態を表しているかのように、どことなく手入れが足りない箇所が見受けられる。

 カーテンのドレープの波が美しく整えられておらず、壁にかかっている肖像画の枠に埃が少し。一面に敷かれた毛足の長い絨毯は、毛先が同じ方向に揃っていないので織物特有の綺麗な模様が出ていない。

 セントリオなら、これらのことは手慣れたメイドがささっと整えるだろう。それほど人手が足りないのかと上条は王に気づかれないように嘆息した。

 テーブルに用意されたお茶は上品な香り。

 暖かく、せめてもの心尽くしを感じさせるもので、上条はそっと鑑定をした後にこくりと飲み込んだ。王に毒を盛るのは簡単なことではないはず、その経路も調べておきたかった。


 上条がそんなことに思考を巡らせているとはつゆ知らず、バスティンはこれまで自身が知った情報を漏らさず伝えなくてはと、持ち前の正義感を発揮して必死で思い返す。

 そして彼が持っている情報こそ、上条に必要なことだった。


「私の父、先代のグルブ子爵にその話が来たのは十数年ほど前のことでした。私はまだ学生で父の仕事を夏季休暇などで手伝う程度でしたが、相手の胡散臭さはすぐにわかりました」

「その話とは、なんだ?」


 地方の話とはいえ自身が知らないことに少々立腹なウィスタリス王は、話の続きを促す。上条の回復魔法で毒が抜けて体調が戻り、今まで萎えていた気力も復活したのか自国の現状がおかしいことに気がついたようだ。


「北のノイチラスにいる竜の死骸を譲るから、代わりに革命のための兵を貸せという話です。確かに竜の体があればそこから噴き出す魔素や素材で我が領地は潤いますが、北の竜が死んだという話を聞いたことがなかったし、譲ると言ってもどうやってここまで運ぶのか。革命とはどういうことだと、父は突っぱねました」

「革命……、十数年前といったら」


 セントリオは周辺国と比べようもないほど気候も情勢も魔物の発生すら落ち着いた国だが、十数年前に一度大きな危機が訪れたことがある。魔物大暴走、スタンピードと呼ばれるそれが起こったのだ。

 だが、セントリオにとって運が良かったのは、魔王を討伐した勇者と賢者の二人が王と意気投合したこと。

 暴走は二人と騎士団の活躍で鎮圧され、民への被害はゼロだった。地方ではそんなことがあったということすら知られなかったほど。

後日、商人や詩人の話が各村に回り回って、勇者と賢者の評判がさらに高まることになった。


「まさか、人工的な暴走だったのか」


 統率された魔獣の動きは気持ち悪かったが、殲滅は難しくなかった。

 だが、あの後しばらく警戒を続けていた時間が辛かったことを上条は思い出す。


「その話を持ってきた男は、セントリオのグルブ伯爵の使いと名乗っていました」





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