第169話 閑話 西の国にて 上条静流
北、東、南の三方には足を踏み入れてはならないとされる魔獣が蔓延る広大な森、国の西側は他の大陸に行くにも遠すぎる深い海。
どこにも行けない陸の孤島状態のウィスタリス。
この国で生まれたほとんどの庶民は時折訪れる冒険者や商人から他国の話を聞き、それでも森の魔獣を恐れて一歩外に出ることを躊躇し、結局ウィスタリスで一生を終える。
他国の繁栄を羨み、自国の貧困を嘆きながら。
国を出られるのは魔獣に挑み戦える力を手に入れたものや、商人になり強い冒険者を雇うことができる一部の人間だけ。
セントリオの宰相として西の国ウィスタリスを訪れた賢者・上条静流は、ウィスタリス王への謁見を許され玉座の前で王に膝を折っていた。玉座の間は高いドーム型の天井が太い六本の円柱に支えられ、天井の明かり取りから差し込み光が柔らかく降りてきている。
王と王妃のための豪奢な玉座。だがそこには王しかいない。
この国の王妃は、王子を一人残し数年前に儚くなっていた。
王としては他国からの客など自国のものに余計な知識を与える邪魔者。
そしてその魔力でこの国を滅ぼすことすらできる上条静流という人間は、ウィスタリスにとっては歓迎できない客人だった。
「それで、こんな何もない平穏な時期に何のようですかな、賢者様」
栄養が行き届いていないのか痩せ細った王は、歳の頃は五十近く、グレーの髪に赤灰色の瞳。
寂しくなりつつある頭髪を王冠で隠している。
嗄れた声には覇気がなく、どこか疲れが滲んでいた。
「今回は賢者としてではなくセントリオ王の使者として来訪させていただいてます。それにしても平穏ですか」
ウィスタリスの王は代々魔法を使える人物がその座に着くことになっている。
今代の王も親族の中で一番の使い手のはずだが、レベルアップをするという概念がないのか満足にステータスが上がっておらず、スキルも二つほどしか持っていない。
ウィスタリス王城は作りは豪華だがところどころ壁が剥がれたり、柱に小さなヒビが入っている。元は綺麗な城だったはずだが満足に修復もされず、寂れた感じがこの国の現状を表していた。
「ああ、我がウィスタリスは何も変わらん。そう賢者様がたが魔王を倒した百年前から何も。ずっと飢えたままだ」
「セントリオの手を拒んだのはウィスタリスなのですが、今もその考えは変わらないのでしょうか」
数年おきに森の開拓を進めようとするセントリオとそれを拒むウィスタリス。魔獣よけを施した街道を作って商人を安全に行き来させたいという提案を、金がないという理由だけで拒んでいた。
「工賃も人も出せぬ。街道の権利がセントリオのものになるなら我が国は賛成などできるはずもない。それに、他国の文化は不要だ。我が国はこのままでいいのだよ」
現状維持こそを美徳と考える王に上条は内心疑問に思う。
邪竜への魔力は確かにこの国から出ているはずなのに、この王の様子ではそれを知らないのではないかと。
「そうですか、まあ、今回の目的はその話ではないので置いておきましょう」
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